会えた喜び
「さてと、用事は終わったぞ。しっかし久し振りに遠出したら肩が凝って仕方無いわい。帰ったら昼寝じゃな」
「いえ、今日の書類仕事が残っていますよ」
「お、おぉう……」
魔族の城から脱走した子達の心を魔法で癒やしたガンドルさんは少し疲れた様子で肩を叩く。もうお爺さんだから大変よね。それにしても……。
「本での描写とは随分違うわね。大聖者って呼び名に相応しい真面目一筋って感じじゃないわ」
「そりゃ面白可笑しく描いた方が受けが良いし、権力者も民衆に人気が出そうなのを支援してるって方が支持を受けやすい。本人からすれば恥ずかしいだけじゃがな」
「そうそう。ガンドルなんて頑固親父ですよ、正直言って。大酒飲みだし、酔ったら説教したがるし」
「お主が言うな、お主が! なーにが賢者じゃ。ナターシャやイーリヤが聞いたら絶対大爆笑じゃぞ」
「それはガンドルも同じじゃないですか」
「……まあ、そういう訳じゃよ、お嬢ちゃんに若いの。このアホは賢者なんて大層な名前で呼ばれているが、魔法の得意なアホだとでも思って適当に扱えば良いわい」
ガンドルさんは賢者様にヘッドロックを掛けながら笑う。ええ、そうね。伝説とかで憧れるのは良いけれど、こうして直接会ってお話ししたら全然違うもの。伝説上の存在としか見ないのは尊敬していても逆に失礼よ。
「ええ、大丈夫。もう何度もポンコツな所を見ているもの」
「なら良いわい。こんなアホや頑固親父に性悪小僧に腹黒娘、そして脳筋女神にも世界は救えたんじゃ。お主達も気張らずに頑張る事じゃな」
「はい!」
世界を救った英雄に対して凄い言いようね。でも、それを言ってるのが本人何だから笑っちゃうわ。……私も世界を救った後で驚くエピソードを捏造されたり恥ずかしい異名で呼ばれたりするのかしら? ……しそうね。物凄い美少女で胸が大きいとか伝承に残っちゃうかも知れないわ。まさか貧乳だから男だったって伝わらないわよね? 嫌よ、変な恋愛エピソードを作られるの。
「まあ、話が大きくなるのは死後でしょうし、それなら全然私には……次の勇者の試練の時に再現された私が現れるかも知れないけれど、絶対に自分に関して聞くのは止めましょう。うん、それが一番ね」
「よく分からんが慌ただしい娘じゃのう。まあ、元気な証拠か。では、キリュウ。今回は久々に息抜きをする口実を作ってくれて助かった。また儂じゃなくても構わない時にでも力を借りに来い。美味い酒と肴で引き受けよう」
「……出会い頭にお説教は勘弁してくれます? 流石に三百歳越えて正座で説教されるのは精神的に堪えるんですよ」
「なら年相応の振る舞いを心掛けんか、馬鹿者。不老不死じゃからと中身まで若いままとか、だからお主はアホだと言うのだ。では、今度こそさらばだ。キリュウのアホが何かアホをやった時は儂と再会した時に教えてくれい。みっちり叱って拳骨の十や二十もお見舞いしてやるから」
「アホアホ連発しなくても……」
「ええ、是非そうさせて貰うわ」
「ゲルダさんっ!? ちょっとシルヴィアも何か言って下さい!」
「……ん? ああ、悪い。脳筋女神とは誰の事か考えていたから話を聞いていなかった。ガンドル、誰の事………。おい、どうして無視して去って行く?」
「えっと、多分優しさだと思うわ」
「……だな」
私とレリックさんは女神様の追求をやんわりと止めに入る。それにしても未だ存命の英雄の意外な一面を目にして、改めて認識したわ。自分が凄い体験をしているって。
「凄いわよね、レリックさん。私達って伝説の英雄や神様と普通に会ってるのだもの。まあ、私だって勇者だけど。羊飼いの仕事の合間に本を読んでいた頃には予想もしなかったわよ」
「まあ、ヤンチャな坊主なら自分こそが次の勇者だって妄想したんだろうがな。俺も兄妹揃って……いや、何でもない」
「そう?」
今の絶対何か有るって感じだったけれど多分聞いちゃ駄目な事よね。ああ、それにしても……。
賢者様に出会えて良かった。あのまま小さい村の羊飼いで終わるのも悪くないけれど、広い世界を自分の目で見る事が出来たから。
女神様に出会えて良かった。修行は厳しいけれど、守りたいと思える人を守る力を貰えたもの。
レリックさんに出会えて良かった。まるで私が生まれる前に死んだお兄ちゃんと一緒にいるみたいな気がして、家族と旅をしている気分になれたもの。
アンノウンに会えて良かっ……良かった……わよね? うん、偶に楽しい時も無い訳じゃないし、退屈はしないもの。
今まで出会った人達との出会い。嬉しい出会いも辛い出会いも、その全てが今の私を作っているの。だから思うわ。私、勇者になれて本当に良かったって……。
「……あれ?」
空が急に色を変え、何処か遠くの室内を映し出す。豪華な造りと装飾で、大勢集まった人達の中には角や翼、獣人とは全く違う見た目の人達が居た。あれはもしかして魔族? いえ、あの豪華な椅子に座って全員を見下ろしているのは……。
「リリィ!」
半身を炭化させた状態なのに余裕綽々な表情で笑みを浮かべて艶っぽささえ感じられる表情で、その横に立つのは黒山羊の頭をした魔族。スーツ姿で礼儀正しそうな立ち姿が余計に不気味さを際立たせていたわ。
「あれは確かビリワック。カースキマイラとゲルダさんの初戦の時に出会った魔族ですね。未だこの規模の魔法は使えない筈ですし、ビリワックの魔法でしょうね。さて、何を見せる予定なのやら。……私が始末して良いのなら今すぐ皆殺しにするのですが……」
賢者様は珍しく不機嫌な様子で空を睨む。きっとそんな姿を予想しているのか嫌な笑みを浮かべたままリリィは演技としか思えない大袈裟な話し方で語っていたわ。
「やあ! 最愛なる同朋諸君、よくぞ集まってくれたね。皆が健在で私も嬉しいよ。こんな体でなければハグをしている所さ」
見た目は可憐な少女の言葉だけれど、それを向けられる魔族達の反応は恐怖や嫌悪、戸惑い。それだけでリリィに抱いている思いが丸分かり。どうやら僅かな出来事で私が感じた事は部下も感じているらしい。あの言葉は絶対に嘘だってね。
「今日は君達にサプライズが有るんだよ。君達がまるで用無しになっちゃってお知らせさ。まあ、魔族の明るい未来の為に我慢してくれたまえ」
アンノウンのコメント いや、僕に対して酷くない?




