前向きな決意
英雄ガンドル・マグラス。初代勇者キリュウの仲間であるドワーフの僧侶。仲間になったのは最後だけれど、残された旅の道中の話では年長者として仲間を諫める事が多い。特に世間ずれしている所が有るキリュウとシルヴィアを叱るといったエピソードが多いが面白可笑しく描かれているので信用度は低く、同じく仲間のナターシャやイーリヤが語ったというのも怪しまれている。
本人もその辺りに関しては現在も惚けて……そう、初代勇者が活躍したのが三百年前であり、それから二代目三代目とつづいているが、それらの勇者や英雄の中で現在も存命している唯一の人物である。
「……まあ、実際は初代勇者は賢者様で、不老不死の女神だったシルヴィアと結婚した時にお祝いとして不老不死にして貰ったのだけれど。……それに三代目勇者の仲間だったウェイロンは魔族に寝返っているし」
「いや、誰に言ってるんだ?」
「レリックさんは気にしないで聞こえない振りをして自分を誤魔化していて。私と違って慣れてないのだもの」
そんな初代勇者とその仲間だった計三人の英雄だけれど、現在は私達が居る部屋の隣で昼間から再会を祝した宴会が行われているわ。大声で話しているから聞こえて来るんだけれど、私やレリックさんが本で読んで心弾ませたエピソードの裏話もポロポロ出て来て……。
「ほれ、あれを憶えておるか? 儂とシルヴィアが大喧嘩して山崩れを起こしたんじゃが、魔族に堤防が壊されて発生した鉄砲水を土砂が防いだ上に破壊した魔族まで倒してしまったんじゃからな」
「有ったな、そんな事も。確か夕飯を魚にするか肉にするかで揉めたのだったか?」
「凄く感謝されたし、知能プレーみたいに言い伝えられて本当の事が言えなくなったのですよね。それはそうと私、自分の墓参りを初めてしましたよ。世界各地に私のお墓がありますけれど、今まで行く機会が全く無くて。地元に人から見た観光地みたいな感じでして」
酒が入って舌が軽くなったのか、私が心躍らせた伝説の意外な真実、それも相変わらず知りたくなかったのばかりが聞こえて来る。本人達からすれば別に気にしないのだろうけれど、憧れた身からすれば勘弁して欲しいわ。
「レリックさん、酒盛りに誘われても断ったのは正解ね」
「あっ? お前が耳を塞いでいるからあんまり聞こえねぇよ」
でも、私は慣れている。女神様とのバカップル夫婦っぷりを見せ付けられ、頭のネジが最初から存在しない使い魔へのバ飼い主っぷりも見せ付けられ、ティアさんへの親バカっぷりも見せ付けられて少しは耐性が出来てるわ。
だから何となく察して酒の席に参加しなかったレリックさんが耳を塞ぐ手に私も手を重ねて聞こえないようにしてあげた。私と同じで勇者の冒険を描いた物語に心を躍らせ、賢者様を信仰する賢者信奉者のレリックさんが今の会話を聞いちゃうのは哀れだもの。
「……本当に聞こえていないのかしら。レリックさんのロリコン、幼女趣味、性的倒錯者」
「……いや、だから聞こえないって。何か言ってるのは分かるんだがよ。今、俺の名前を呼んだか?」
「……さあ?」
危ない危ない。ちょっとした悪戯心を出しちゃったけれど、本当に聞こえてなくて助かったわ。レリックさんが獣人だったら私の手も使って二重に耳を塞いでも聞こえただろうし、そもそも耳がもう一対有ったから塞ぎきれなかっただろうし。
レリックさんの問い掛けに対して私は適当に誤魔化しながら扉に視線を向ける。本当だったらレリックさんとお散歩にでも行くのが一番なのだけれど、知りたくなかった真実を知ってしまっても気になったのよ。
初代勇者と仲間が集まっているのだし、それだけで心が躍るわ。時々物語には出てこないエピソードだって混じるし、ガンドルさんは忙しい方だから仲間から見た賢者様と女神様のお話を聞く暇なんて無いものね。
「……ねぇ、ゲルちゃん。あの髭、未だ帰らないのぉ?」
「酒盛りが始まって少ししか経ってないじゃない。きっと暫くは帰らないわよ、アンノウン」
「ぶぅ。嫌だなぁ」
イシュリア様の使い魔だとかイシュリア様に似ているとか、そんな感じの侮辱をした相手が大好きなご主人様と仲良くしているのが気に入らないのかアンノウンは小さくなって猫用ベッドでふてくされて寝転んでいる。ガンドルさんがそう思ったのも仕方無いけれど、流石にアンノウンが拗ねる気持ちも分かるわ。
「いやいや、実に懐かしい! ほら、お主ももっと飲め!」
「は、はぁ……」
「小奴、普段は凄い酒豪なんじゃぞ。休日には変装して酒を樽で買い出しておってな。儂がうっかりお主が勇者だと話してしまった時も同じ量を飲んだのにヘベレケな儂と違って涼しい顔をしておった」
「もう歳じゃないですか? 不老じゃなくって遅老でしかないんですし、老骨に無茶は駄目ですよ」
「なんの! 儂は生涯現役じゃ! 自分が若いままだからと調子に乗るでないわい!」
「痛たっ!」
本当に賢者様達は楽しそうだった。よく考えれば三人居た仲間の内、二人は既に死んじゃって子孫を見守っている状態。神様じゃなくて気心が知れている古い知人ってガンドルさんが最後の一人なのよね……。
「私も世界を救った後で冒険を懐かしむのかしら?」
辛い経験だってした。救えなかった事に不甲斐ない思いだってした。私の冒険は毎回ハッピーエンドが約束された物語じゃないからこれからも色々と悩むでしょうね。でも、同じ位に素敵な体験だってしたわ。本でしか知らなかった広い世界を体験して、沢山の出会いがあった。
きっとそれはこれからも……。
「うん、頑張りましょう」
無力感から来る不甲斐ない思いじゃなくて、力が足りなかったと感じたとしても最後は笑う事が出来るように。旅が終わった後、振り返る事が楽しくなるように。
救わなくちゃいけない、守り抜かなくちゃいけない、そんな気負いじゃなく、明日の自分が笑える為に。きっとそんな風に考える方が良いのでしょうね。
「……まあ、頑張れや。俺だって支えてやるし、賢者様やシルヴィア様だって居るんだ。……不貞寝してやがる力だけは確かな馬鹿もな。気負わずやりゃ良い」
「そうね、そうするわ。……矢っ張りレリックさんって分かりやすいツンデレよね。ちょっと面倒臭い位に」
「んなっ!?」
ふふふふ。あらあら、ついからかっちゃった。……あら? ちゃんと耳は塞いでいた筈よね? レリックさん、実は聞こえていたのかしら? 変ね。
「もしかしてゲルちゃんが手を重ねてくれるのが嬉しかったから聞こえているの黙っていたの?」
「……え?」
自然に会話に入って来たアンノウンの一言。気が付いた時、私はレリックさんが耳を塞ぐ手に重ねていた手を離して少し引いていた。……本気にしたんじゃないわよ? 思わずやっちゃっただけだもの。
「……だからロリコン扱いは勘弁してくれ」
でも、レリックさんったら落ち込んじゃった。慰めてあげなくっちゃ駄目ね。アンノウンったら相変わらずなんだもの。
「僕は常に僕なのさ!」
「はいはい。心を自然に読んで返事をするのは止めなさい」
旅の合間の何気ない時間。ちょっとした楽しい休憩。でも、私は分かっていたわ。もう直ぐ戦いが始まるって……。
アンノウンのコメント これも全部イシュリアが悪い! お仕置きしなくちゃね
新作書いています 本命の合間に書く多分王道のファンタジー
伝説の聖剣に選ばれたのは俺じゃなくて幼なじみの美少女剣士だったので、俺は別の方法で英雄になるべくヘッポコ魔法使いと塔を登る
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