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大熊猫は猛獣です

アンノウンのコメント 身内! 玩具! それ以外!

「うっ……! 何か嫌な予感がするわ。毛だってこんなに逆立っちゃって……」


 アングリズリーを倒した後は予想に反して他の門番代わりのモンスターや罠の類は無かったのだけれど、ある場所まで辿り付いた途端に私は思わず足を止めたわ。此処から先は近寄っては駄目だと本能が警戒する。思わず触れた尻尾の毛だって凄く逆立って酷い有様よ。これって帰ったら疲れた状態で毛繕いしなくちゃ駄目なパターンね。


「ねぇ、ゲルちゃん。髪の毛が……」


「あー! 聞こえない聞こえない。さっさと先に進みましょう!」


 尻尾でさえこの有様なら普段から悩みの種にしている癖毛はどうなっているのかなんて確かめたくもないわ。アンノウンはそんな状況だからこそ口にしようとしたけれど手で耳を塞いで大声を出す。……あっ、駄目ね。私は狼の耳も持っているから聞こえちゃうわ。でも、私が拒否したらアンノウンはあっさり引き下がったのかそれ以上は口にしないけれど、会話に混ぜて唐突に指摘して来るだろうから油断は出来ないわ。


 アンノウンが喋り出すかどうかを警戒しながらひたすら一本道を歩き続ける。精霊さん達が住む場所だって聞いていたのに影も形も見えないし、嫌な予感が募るばかり。あんな風に洞窟の天井に穴が開いたなら様子を見に来ても……あっ! そうだわ。勝手に洞窟に入ったけれど、フェリルの人達にとっては立ち入りを禁止する程に重要な場所なのだし、中から巨大なモンスターが姿を現せば流石に様子を見に来るでしょうし、そもそも楽土丸の姿が見えないけれど様子を見に来ている筈なのよ。


「さっきも戦いの時に匂いがしたけれどこっちの方からは感じないけれど、楽土丸ったら洞窟を覗いた後で直ぐに戻ったのかしら?」


「彼奴だったらさっきの部屋で岩の透き間に埋まってたよ?」


「……はい? さっきの部屋に居た?」


「うん!」


「いや、うん! じゃないわよ、うん! じゃ」


「はーい!」


「はーい! でもない! 何でもっと早く教えないのよ! ……先に行って置くけれど早口って事じゃないわよ」


「……ちぇ」



 アンノウンったら私が先に言わなかったら絶対早口で言ってたわね。その後でどんな煽り方をして来るのかを想像した後で私は踵を返す。私達が戦う前に聞こえて来た風の音。あれは今考えれば楽土丸が戦っていたのよ。なら岩の下敷きになって出られないなら助けなくちゃいけないわ。


「ちぇ、じゃないわよ! あーもー! 助けに行くわよ!」


「……何で?」


「何でって……」


「いや、だって魔族だよ? ゲルちゃんったら自分が勇者だって忘れちゃった? 裏切り者として追放された上に神に存在を許される、そんな厳しい条件をクリアした奴以外の魔族は世界を救ったら消えちゃうんだ。彼奴は悪い奴じゃないけれど、だからこそ追放されていても同胞の為にって敵対する可能性は高い。それでも助けるの?」


「それは……」


 アンノウンの淡々とした問い掛けに私は何も返せない。今まで魔族同士の絆も見たし、人とも絆を結んだ魔族にだって出会った。そして、人に対する悍ましい悪意や、人を害する事に疑問すら抱かない魔族にも。


 あの時、彼と私は共通の敵と戦った。少しだけ語り合って仲良くもなれた。でも、同時に出会いの時も思い出す。あの時既に魔族を追放されて狙われていたにも関わらず魔族の為に私を狙って来たのよね。


「……賢者様、女神様」


「駄目だよ、ゲルちゃん。これは君が答えを出すべき問題だ。何処に向かうか、どんな順番で向かうか。勇者ってのはその選択によって救える人の取捨を決めているんだ。それは何時か君にのし掛かる。だから、今すぐ決めて。楽土丸を助けるか否かを」


 アンノウンは静かに告げて、視線を向けた二人は無言で頷く。そうよね。普段は勇者であっても子供だからって色々守って貰えているけれども、勇者である時点で今ではない何時か背負う物もある。だからアンノウンは私に問い掛けて、私は答えが出せない。


「私は……」


「別に良いだろ。ウダウダ悩むんだったら助けてから後々の事を考えろや。何かあったら俺達が尻拭いしてやりゃ良いだけだろ」


「レリックさん?」


 迷いから言葉が出ずにうなだれた私の体が持ち上げられ、持ち上げたレリックさんは私を肩に担いだまま来た道を歩き出した。


「レリッ君は甘いなぁ」


「言ってろ。てか、見捨てるべきだと思ったんなら黙っとけや。たく、何を企んで黙っていたんだか」


「何を企んでいたって、ゲルちゃんの髪が前衛的なアートみたいになってるし、それを指摘した後に流れで言ったら抗議を受け流せるかなって。後は……ゲルちゃんを試す為?」


「疑問系かよっ!? おい、ゲルダ。あの馬鹿の言葉は話半分に聞いとけ。それとシルヴィア様、馬鹿にお仕置きお願いします!」


「ああ、良いだろう。アンノウン、探索を終えたら……分かっているな? いや、今すぐ始めよう。緊急時には神の封印を解く許可を得ているのだ。尻叩きを始めるが……逃げるなよ?」


「……いえす、ぼす」


「えっと、後で癒してあげますから耐えなさい、アンノウン。でもシルヴィアも手加減して欲しいのですが……」


「却下だ! 大体お前は普段から甘やかしが過ぎる。アンノウンの尻を叩いている間、お前にも説教をせねばならん。良いな?」


「……いえす、まいすいーとはにー」


 この流れを聞いていた私は思わず笑みがこぼれて沈んでいた心が浮かび上がって来た気がするわ。そうよね。後の事は後から考えれば良いわよね。もしもの時は賢者様達の力に期待しましょう。他力本願だって構わないわ。だって私は子供だもの。




「アンノウンはいい気味ね。でも、有り難う」


 一応お礼は言っておくわ。だって私の事を考えての問い掛けだったものね。……そうよね? うん、そうだと思いましょう。





「……にしてもよ、アンノウンは恐ろしいよな」


 何故か俵担ぎから肩車に変更して私を運ぶのを続行しているレリックさんが戻る最中にそんな事を呟いたわ。うん、それには同意しかないわね。


「ええ、確かに凄い力を悪戯に使うし、どんなタイミングで何を仕掛けてくるか全く予想が出来ないもの。六色世界とは一切関係無い異世界に行ったりするらしいし、黒子さん達の一部は未来のアンノウンが送り込んだらしいわ」


「……えっ? 何だよ、その知りたくなかった新情報。普通に恐ろしいな」


「あっ、でも怒らせたり困らせたりはするけど、悲しませたりする系の悪戯はしないらしいし、大怪我だって避けるそうよ。ストレス性の胃痛に特別な胃薬でアフターケアをするって言ってたし」


「いや、アフターケアの前にストレス性の胃痛の予防策の方が大切だろうが、あの珍獣。……だが、俺が言ってるのは別の事、彼奴がさっき口にした取捨選択だ。彼奴と少し過ごしただけでも分かるんだが、彼奴の区別は差が異常だ。普通の奴だって知らない場所での見知らぬ他人の犠牲に対して大して思わねぇが……彼奴は顔見知りが近くで何かに巻き込まれていたとしても、身内やら弄くったら面白いと思った相手じゃなければどうでも良い。……俺はそれが恐ろしいよ」


「……」


 私はレリックさんの言葉に無言で返す。その沈黙は肯定を示していた……。




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