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ツンデレは同族嫌悪という言葉を知らないが大熊猫は知っている

「この先からも血の香りが……」


 レーン島の住人すらも選ばれた人達しか近寄ってはいけない精霊が住まう洞窟アガリチャ。その選ばれた人達が任命期間を過ごすログハウスは二階建てな上に、所々に金属の板を張り付けた砦みたいな造りだったわ。でも大型の鳥モンスターだって生息しているし、精霊さん達に用があって近寄る相手だったら並みの相手じゃないとも思う。大体、この島に来る事自体が大変だったわ。


「こりゃ昨日今日じゃねぇな。それもモンスターが襲って来たって状況でもねぇ。……ちょいと下がってろ」


 ログハウスのドアを半開きにしてレリックさんは呟く。開いた隙間から出て来たのはレリックさんの偽物達。よく見ればホクロが有ったり目に隈が出来ていたり、唇が分厚かったりと明らかな偽物だけれど、一瞬顔だけ見ただけじゃ間違いそうね。……微妙に薄汚れた白の全身タイツを着ているから全身を見れば丸分かりだけれど。


「しっかし嫌な光景だぜ。いや、悪臭を視覚化しただけだし、実際は腐った血生臭ぇ最悪な場所になってんだがよ」


「え? 悪臭の方が良かったの? じゃあレリッ君だけ悪臭コースにしとく?」


「……今のままで良い」


「分かったっ! レリッ君が今のままが良いって言うなら僕は別に構わないよ」


 確かに実際に存在するのは聖地だの神聖な場所だのと称えられているのを疑いたくなる程の腐った血の香り。今はアンノウンの魔法で感じないけれど、手掛かりになるからって、白い全身タイツに赤い文字で血の香りと書かれた物を着たレリックさんの偽物によって視覚で関知しているわ。


「いや、どうしてよ……」


「そりゃあ最初は煙とかに見える方が良いとは思ったんだけれど、他の煙と混ざったらややこしいでしょ? これならレリッ君の顔をしても本物と混ざったりしないしさ」


「俺の顔にする意味っ!」


「え? レリッ君の顔にしても特に効果が有る訳じゃないし、ノリ以外の何でも無いけれど?」


 洞窟に比べて偽レリックさん達の数は少なく、血の鮮度を表すのか白タイツの汚れも少ないからログハウスの血の香りは洞窟とは別物だろうけれど、それは決して良い知らせじゃないわ。先程まで感じた腐臭は何日か程度じゃきかない程に長い年月が経過した物。でも、ログハウスから数日前の血の香りがするって事は……、


「……」


 また誰かの大切な人が亡くなった。その事実は何度体験しても私の心に重くのし掛かる。重いわよね。潰れちゃいそうな程に……。


 意を決して半開きのドアに手を伸ばす。そうしたら後ろから尻尾を引っ張られた。


「ひゃわんっ!?」


「まあ、待てや。俺が行くから待ってろ。テメェは死体とか見慣れてねぇし、見慣れる必要なんか無いんだ。だから待ってろ。俺は見慣れているからな」


 思わず変態やら痴漢やら異常性癖やらロリペド屑やら罵倒しそうになったけれど、レリックさんはぶっきらぼうながら私を気遣いながらログハウスに入って行って、内側から鍵を閉めた。きっと中は悲惨な事になっていて、全身タイツの偽レリックさんが沢山居るのに……。


「……えっと、賢者様。アンノウンに匂いの可視化を別の物を使うように言ってくれませんか?」


「まあ、今回は流石に遊びすぎですからね。アンノウン、別の物に」


「はーい! だったらスケッチブックを持ったパンダのヌイグルミにしておくね」


 本当に賢者様の言葉だったら素直に聞くんだから。でも、アンノウンって生まれてから五年も経っていないらしいし、頭だって良いから人間の五歳未満の子供が凄い力を持っているのと同じと考えるべきなのかしら? それで賢者様が優しくって甘やかすお父さんで女神様は厳しく躾をしてくるお母さん。そんな風に考えたら少しは可愛く見えて来るわ。


 ……性根の悪さが全部台無しにしているんだけれど。素直に言う事を聞いたアンノウンを撫でながら誉めている賢者様だけれど、先ずレリックさんにした事が駄目なのだからちょっと冷静に見て欲しいわ。


「安心しろ。私が後で叱っておく。……今は支障を来すので無理だがな」


「ええ、キッツイお仕置きをお願いするわ」


 女神様の言葉にホッと胸を撫で下ろすけれど、一体何処まで効果が有るのでしょうね。そんな事よりも今はレリックさんだわ。大丈夫かしら……。


 それから暫くしてレリックさんがログハウスから出て来る。その時の彼は非常に青ざめた顔色で、一体どんな地獄が広がっていたのか私には想像も出来ない。そんな地獄に向かうのを止めてくれたレリックさんには感謝の言葉しか出ないわ。だって慣れていると口にする彼でさえ青ざめるのだから。



「……おい、ゲルダ。さっきは咄嗟に尻尾を掴んだが変な理由は無いからな? 俺はお前を止めようとしただけだから勘違いするなよ!」


「あっ、さっきの事を冷静に考えて不安になっていただけなのね。まあ、大丈夫よ。分かっているから。……有り難う、レリックさん」


「意味不明な奴だな。俺は目の前で吐かれたら嫌だから止めただけだぞ」


「はいはい、そうね」


「本当だからなっ!」


 レリックさんったら本当に素直じゃ無いんだから。さっきの言葉じゃ今の言い訳は無理が有るわよ。でも私もこれ以上は言わないでおきましょうか。


「……アンノウン、駄目よ?」


「……はーい」


 こんな時に空気を読んだ上で敢えて空気を読まない言動をするアンノウンを前もって止め、ログハウスの中の事はレリックさんの意志を汲んで自分から訊ねない事にしたのだけれど、賢者様達との会話で同士討ちとか聞こえて来たわ。普通はあり得ない事態が起きたのなら理由が有る。


「……行きましょう」


 その理由に心当たりが有る。いえ、間違いないと確信していた。魔族、それも性根が腐ったのが絶対に関わっているんだって……。



 そしてアガリチャに足を踏み入れ、無数のパンダがちょこまか動き回る先から風が吹き荒れる音が聞こえて来る。急いで奥に向かえば広い場所に出て、そこには巨大なツギハギだらけのクマのヌイグルミが立っていた。


「がおー!」


 まるで此処まで覚悟を決めてやって来た相手を嘲笑い、その間抜けな姿と声で脱力させるのが目的みたいな気さえするわ。


「うおっ!? ありゃアンノウンの仕業か?」


「何言ってるのさ。僕はパンダであっちはグリズリー! 全然違うじゃないか! ヌイグルミの出来映えだって段違いだし、悪戯しちゃうよ?」


「いや、普段からしてるだろ。だが、一応言っとく。謝るから勘弁してくれ」


 あっ、アンノウンが予告してから行う悪戯が怖かったのね。……何時もはなんのみゃくらくも無く急に行う悪戯を今回に限って警告するだなんて。それよりも解析しましょうか。……それで本当か分かるでしょうし。


『『アングリズリー』無数の死人の血を腐らせた物を染み込ませた綿を詰め込んだヌイグルミ型モンスター。ダメージを受ければ怒り、怒りのボルテージによって自らを強化する』


「えっと、アングリズリーって名前らしいわ。少し厄介な能力を持っているけれど……秒で倒しましょう。そんな事よりも何故か楽土丸の匂いがするけれど……」


 姿は見えないし、一体何処に居るのかしら? いや、別に会いたい訳じゃ無いのだけれど。ちょっとだけ顔が熱くなったのは気のせいね。そんな事よりもレリックさんが不機嫌そうな顔をしたのは何故かしら?


「楽土丸ぅ? テメェを押し倒して胸を触った上に速攻で求婚した変態野郎だったか? 居たとしても関わるなよ、そんな奴とはよ」


 え? レリックさんがそれを言う? 事故で妖精女王の服を破きながら押し倒して求婚されたレリックさんが? 私のお尻を掴んだのだって先日よ?


「同族嫌悪!」


 うん、今回ばかりはアンノウンに同感ね。じゃ、じゃあ気を取り直して……。


「レリックさんっ!」


 名を叫ぶと同時に走り出し、レッドキャリバーとブルースレイヴに魔包剣を展開、その横をグレイプニルが突き進み、アングリズリーの額に切っ先が突き刺さると同時に鎖が体を雁字搦めにする。何重にも鎖は重なり、球体にまで達した所で私が刃を振り下ろした。刃を通す隙間なんて微塵も無く、鎖に刃が弾かれるか鎖が切れてしまうか。でもね、そんな事は分かってやっているのよ。そして、そうはならないって事もね。


 光り輝く魔力の刃は鎖に触れ、そのまますり抜けて動きを封じたアングリズリーだけを切り刻む。これが勇者の仲間の為の武器として生まれ変わったグレイプニルの力。レリックさんの意志で触れる物を選択出来る。だからこんな事だって可能よ。


「あの時は服を溶かしただけだったけれど、私だって成長しているんだからっ!」


 地面が盛り上がって現れた巨大なハエトリグサがグレイプニルの球体を飲み込み、同時にレリックさんが鎖を引けばバラバラになったアングリズリーの破片が飲み込まれて片耳だけが零れ落ちて内部に入り、数秒で溶かした。初めて魔族相手に使った時は服だけで体は無事だったけれど、今回は大丈夫ね。口を開いたハエトリグサの中には糸くずの一つも残っていなかったわ。


「……やったな。ありゃ完全に倒したぜ」


「そうね。流石に耳片方だけで再生だなんて……」


 無理よね、その言葉を言い終える前に耳の断面から糸が伸び丸まりながらクマの形になり、それが一気に膨れ上がる。天井を突き破り、太陽の光を浴びながら私達を見下ろしていた。


「え? まさかあれで復活するの……?」


 あの規模の再生を一瞬で、更にあんなに大きく強くなるだなんて……。


「がーおー!」


 まるで天井がそのままの塊で落盤して来たみたいだった。真上からのし掛かる重圧に身が竦みそうになる。そんな私を叱咤する声が響いた。


「ボサッとしてんじゃねぇ! こんな所で躓いてて、どうやって世界を救うってんだ!」


 その言葉に私は無意識の内に下ろしそうになっていた腕を上げて構える。レッドキャリバーとブルースレイヴを結合させてデュアルセイバーに戻し、迫り来るアングリズリーの巨大な前足に向かって飛び込んだ。


「俺が時間を稼ぐからあの野郎の動きを止めろっ! そうしたら俺が特大の一撃で完全に滅してやるっ!」


「了解だわっ!」


「しくじるんじゃねぇぞっ!」


「そっちこそっ!」


 互いに軽口を叩き、もう余計な迷いは消えた。ええ、だってそうじゃない。レリックさんが出来るって言ったのだし、だったら信じて飛び込むだけよ。


 自分から飛び込んだ事で更に重圧が増す中、私の横を無数の岩の柱がせり上がる。地面から伸びる荒削りで直径一メートル程の極太の柱は私よりも先に手に到達した。一本一本は一瞬で折れてしまう強度だけれど、無数の柱で同時に受ける事で僅かな時間だけれど拮抗しているわ。直ぐに全体にヒビが入り、音を立てて崩れて行くけれど、私が到達した瞬間、アングリズリーの前足の勢いは大きく削がれていた。


「地印解放っ! あぁああああああああああああっ!!」


 引き寄せる力の天印を使えるレッドキャリバーと弾く力の地印を使えるブルースレイヴ。何時もは手数と扱い易さの為に片手で持てる二本に分けているけれど、結合状態のデュアルセイバーだからこその利点が存在する。


 折れた柱に乗り、腰を入れた乱撃を叩き込む。何重にも刻まれる青い魔法陣はブルースレイヴ単体の時よりも力強く輝いていたわ。


「さて、そろそろね。吹き飛びなさいっ!」


 拮抗が終わり、動き出しそうな前足を蹴って地面に降り立った瞬間、残った岩の柱が全て破壊され、折れた柱を潰しながら前足が迫る。でも、私達に後少しまで迫った所で再び止まったわ。


「が、がお?」


 見えない力に押し返される感覚に困惑したアングリズリー。体重を込めて無理矢理押し込もうとするけれども魔法陣が次々に輝きを強くする度に押し返す力は増し、遂に大きく頭上に上げた状態に。そして、それでも勢いは増し続けて巨大が浮き上がって空に向かって飛んで行った。


 これこそがデュアルセイバーの力。両手で持たなくちゃ使えない大きさで細かい動きは出来ないけれど、分けて使った時よりも高い威力で両方の印を使える。巨体は輝きを増す地印によって上空へと弾かれ続けて、レリックさんの準備も整ったのか周囲を無数の札が舞っていた。


「我が憎悪よ……」


 札はレリックさんの周囲で止まり、螺旋を描きながら空へと向かって行く。彼の指先はアングリズリーに向けられ、声は底冷えがする程に冷たい。レリックさんにこんな一面があっただなんて……。


「普段のラッキースケベなチンピラの姿からは想像出来ないよね!」


「アンノウン、今は黙っていなさい」


「おいおい、シリアスをぶち壊してこその僕じゃないか」


「天を灼き……」


 札が空へと昇りながら焔に包まれる。さっき口にした憎悪という言葉に相応しい夜の闇みたいな純粋な黒い焔は中心から札を包み、札に描かれた文字が妖しく光って消滅していない事を告げる。


「黒い炎かぁ。マスターの世界に伝わる地獄にも黒い炎が存在するって伝わってるらしいね。所であれを見ていたらイカスミベースのお鍋を食べたくなっちゃった」


「だから本当に黙ってて。レリックさんが可哀想でしょ!」


「そこで可哀想って出る辺りと君も大概だよね。ゲルちゃんも僕に影響されて来たんだ」


「……地を呑め」


 ……うん、レリックさんは特に気にした様子は見られないわ。声に違和感が有った風に聞こえてなんかいないんだから。漆黒の焔に包まれた札は速度を増し、螺旋は円錐……いえ、竜巻へと変わる。地印の魔法陣の力が尽き、落下を始めたアングリズリーを飲み込んだ竜巻は更に上へと昇って行った。


「|黒焔竜嵐《こくえんりゅうらん》!


 竜巻は竜と化し、遙か上空で弾け飛ぶ。レーン島の上空全体に広がった焔が島を照らし、島に刹那の夜が訪れた。降り注ぐ灰は存在しないわ。僅かな欠片からでも再生し強くなるアングリズリーは灰すら残さずこの世から消え去ったのだから……。




「んじゃ、行くぞ。……寧ろ此処から先が本番だ」


 そう。アングリズリーはあくまでも門番。門番を置いてでも干渉を避けたかった何かが待つ奥へと向かって私達は歩き出した。一体何が待っているのかしら……。

アンノウンのコメント  本当に別物だからね? 此処、重要!

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