勇者の疑念 ツンデレの疑惑
「……それにしても、あの子を放っておいて良かったのかしら? よりにもよって鳥トンに預けるだなんて大丈夫かしら」
アンノウンとレリックさんが保護したというツイーグルのクオから伝えられた情報は非常に有用な物でした。上級魔族に数名の中級魔族、そしてウェイロンが滞在する城。建設の為に攫われ奴隷にされた人々の数も今までとは桁違い。何かしらの拠点にする予定でしょうし……漸く建設が完了して帰れるかもという期待を抱いた目の前で城が破壊されれば発生する負の念も激しい物となる。関係した魔族の力が大幅に上がりそうですね。
「呼び捨てにする辺り、ゲルダさんは彼の事を快く思っていないみたいですね。まあ、人格に些か問題が有るらしいですが、元々神父として人々の苦悩に向き合い懺悔を聞いて来たらしいですし、何よりアンノウンの推薦ですから大丈夫です。あの子は悪戯っ子ですが、敵以外の傷付いた者を更に追い詰め苦しめて楽しむ趣味は持っていないですし」
「……でも、アンノウンですし」
「おやおや、あの子も随分と信用が無いらしい。それはそうとして見えて来ましたよ」
アンノウンが引く車は海を渡り、荒波渦潮何のその、目的地であるレーン島が見えて来ました。私の魔法でぱぱっと行くのも、魔法で目的の城を発見するのもゲルダさん達の功績を上げる事による強化や魔族の封印に響くので回りくどい手段を選ばざるを得ないのが回りくどい。コミックや映画のヒーローが自力でマッハの速度で飛べるのに、一般人の振りをしている時は飛行機を使って目的地に向かう場合が有ればはこんな気持ちになるのでしょうか? まあ、私は魔法が得意なだけで主人公の器では有りませんが。
そう、私は主人公ではないし、元からこの世界は物語等ではありません。主人公の周りや見聞きする範囲だけで現在進行形で事件が発生する物語の世界でない以上は目の前の悲劇を即座に解決する事だけを優先してはならない。……それを分かっていなかった頃の私は大きな失敗をしましたからね。人を数のみで判断する、一般的には快く思われない事であっても、時には必要となる。
……犠牲になった方からすればどちらを選んだ結果だとしても納得は出来ませんが。
「……おい、考え事は後にしておけ」
シルヴィアに肩を掴まれ我に返る。どうやら思量に耽って動きが止まっていたらしい。そして、私が何を考えていたのかも彼女は察したのでしょう。だから止めてくれたのだ。……本当に愛しい妻には世話になってばかりです。私は彼女に十分なお返しが出来ているのでしょうか?
「有り難う御座います。愛していますよ、シルヴィア」
「何で礼を言ったのかは分からんが、お前の愛を受けているのだ。わざわざ礼を言うまでもないさ」
「それを言うなら私だって貴女から愛されています」
「そうか。ならお相子だな。愛しているぞ、キリュウ」
そっと愛しい妻を引き寄せ唇を重ねる。ああ、私は本当に幸せ者ですね……。
「レリックさん。どうして私の目を塞いでいるのかしら? 別に見慣れているし、見たい訳じゃないけれど」
「なら見ないで構わねぇだろ。餓鬼には早い。……ったく、バカップルには困るぜ」
「……同感だわ。緊張感が下がっちゃうもの」
少しの間シルヴィアと唇を重ねていた私ですが、何時までもこうしては居られません。この島には別の用事で来る予定でしたので何処にフェリルの集落があるかは分かっていますし、先ずはクオと共に襲われた少女の死体を引き渡しませんと。
……只、その後は少し厄介なのですよね。
「実はイシュリア様に同行をお願いする予定でしたが、見苦しい事になっているから嫌だと断られまして。……見苦しいと思う程度の羞恥心を持ち合わせていたのですね」
「えっと、賢者様。この島に住む人達がよりにもよってイシュリア様を信仰しているのは聞きましたけれど……同行をお願いするとか正気ですか?」
「……ゲルダ。気持ちは分かる。気持ちは分かるが……あれでも一応私の姉だぞ? 気持ちは分かるが……」
「シルヴィアも随分と言いますね。まあ、一番付き合いが長いので溜まってる物も有るのでしょうが。でも、ゲルダさんが勇者だと証明する為に救世紋様を見せたとしても、偶に交易を行う程度の半閉鎖的な暮らしをしていますし、体に何か光る模様が浮き出ている程度に思われる可能性も有るんですよね。……その辺りの教育は島を創って住まわせたイシュリア様の責任ですので」
「どうしてイシュリア様に任せたんですかっ!?」
「……面目有りません。どうも本人が引き受けると五月蠅く主張したらしいとは聞いていますが。私が賢者だと証明するにしても色々と面倒な手を使う必要が有りまして……」
イシュリア様の管轄だから忌避して関わって来なかったのが災いしましたね。本来なら目的の場所であるアガリチャに向かって精霊とゲルダさん達の契約を取り持ったら直ぐに出て行く予定でしたのに。
「あの、ちょっと良いっすか? どうしてそこまで警戒するんで? いや、イシュリア様がアンノウン並みのトラブルメーカーなのは俺も理解してしまったっすけれど、信仰してるからって……」
「甘いですね。元々強い相手を求める獣人の上にイシュリア様が教育したのですよ?」
「……あ~、成る程」
私達の深刻そうな様子に疑問を持ったレリックさんも直ぐに理解して貰えて助かりました。イシュリア様と直接関わって問題行動を耳にして、どの様な方か理解出来たのは幸いであり、同時に不運でしたね。
「我が姉ながら傍迷惑な。せめて必要な時に役割を果たして欲しい物だがな……」
「……前から疑問だったのですが神様達って不老不死ですよね? なのに女神様達みたいに姉妹だったり、親子関係があったり、どうなっているのですか?」
イシュリア様の事を思って空を仰ぐシルヴィアも憂いに満ちた顔が美しい。笑顔が一番美しいですがね。私がそんな感想を抱く中、ゲルダさんが口にした疑問はもっともで、レリックさんも頷いています。私も勇者だった時に疑問に思いましたね。
「ああ、確かに私達は不老不死だが子供は宿る。有る程度成長すれば肉体年齢を自由に変えられるし、親や祖父から司る物の一部を任せられたり、全てを受け継いで相手は隠居したりな。神は本当妊娠し辛いから神の歴史の中でも滅多にないぞ。……尚、知らせるのが面倒だから六色世界中の認識と記録を変えている」
「な、成る程……」
「おや、流石に引いていますね。私も当時は引きました。でも、人間側も像を造り直したり記録を書き直したりするのが面倒でしょうし、助かるのでは?」
さて、お喋りはこの辺にしましょうか。この場の全員が足を止め、同じ方向の茂みに視線を送る。向こうも気が付かれて居るのが分かったのか、警戒した様子で姿を見せました。
「……何者だ。漂流者では有るまい? それに……昨日島を出たばかりのコルスの匂いがするぞ!」
どうやら死体を連れて来たのが裏目に出たらしい。武器を構えたフェリルの戦士達は私達を不審者だと判断していた。僅かながら死臭が混じっていたのでしょうか? これは説得して直ぐに納得とは行きませんね。
「……丁度良いな。なあ、姉ちゃん達、そんなギラギラしてんなら俺が相手をしてやるよ。新しい武器の試しをしたかった所だ。まあ、速攻で終わるから試しになるかは微妙だがな」
私がどうするべきか悩む中、如何にも物語のやられ役のチンピラっぽいセリフと共にレリックさんが前に進み出る。私は言葉を失い、シルヴィアは呆れて空を仰ぎ見て、ゲルダさんは肩を落とし、アンノウンは笑いを堪える。
「掛かって来いよ。先手は譲ってやるからよ!」
……この後、自信満々にチンピラ的な行動をするあんな事になるだなんて誰もが予想……出来ていました。
「ねぇ、賢者様。レリックさんって自分からアンノウンに気に入られに行ってないかしら?」
アンノウンのコメント 君って本当に最高!




