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情けなく不甲斐ない

「押し通るっ! 邪魔をすると言うのなら……いや、聞くまでもないで御座るな」


 楽土丸は平坦な声で告げ、内心で怒りを燃え上がらせる。負の念から生まれ出でた魔族だからこそ洞窟の最奥から感じる力がどの様な物なのか理解出来る。奥から感じるのは綺麗な程に純粋な憎悪だ、楽土丸はその様に感じ取っていた。敵討ち、逆恨み、義憤。誰かを憎むには何かしらの理由が有り、その理由は誰かや何かへの想いだ。


 だが、奥からはそれを感じない。一切の混じりっけが無い故に純粋であり、だからこそ楽土丸は怒りを感じていた。気が付かぬ内に影響されている可能性すら存在するが、今の彼が怒りを向けるのは目の前のふざけた存在。


「がお?」


 まるで不慣れな子供が苦心して縫い上げたかの様な不格好な熊のヌイグルミであり、声も幼い子供がお遊戯会の劇で獣の役でもしているかのよう。楽土丸の敵意に首を傾げる姿は今この状況でさえなければ気持ち悪さと可愛さが合わさって見えただろう。


「……この様な場所に待ち構えているのが貴様だと? ならば即座に切り捨てて貰う! 先ずは不用心に上げた前足を貰い受けるっ!」


 此処まで来る最中に感じた義憤。此処まで辿り着いて感じた危機感。それらの想いを虚仮にするかの如き存在に楽土丸は怒りを滾らせ風の刃を放つ。避けもせず防ぎもせず、一秒たりとも耐える事無く切り飛ばされた前足は見た目の通りに布と綿。


「見た目通りにヌイグルミか。何処までもふざけた奴だが…‥故に悍ましい。制作者は随分と趣味が悪いらしいで御座るな」


 断面から零れ落ちた綿は薄汚れた綿だが、楽土丸の鼻は綿が何で汚れているのかを察知した。血だ。大量の血を吸って完全に汚い色に染まった綿が詰め込まれていたのだ。漂う血の香りは強烈な腐敗臭を伴っている。思わず手で鼻を押さえる楽土丸を前にしてヌイグルミは仰向けに倒れ込んだ。


「がお……」


「歯応えが無かったが、痛覚まで無いで御座るか。まあ、良かろう。些か拍子抜けでは有るが、先に進ませて貰う。……弱い者をわざわざ痛めつける趣味は拙者には無い。捨て置いてやるから大人しくしておれ」


 目の前の存在を視認した時、楽土丸は確かに激しい怒りを感じた。だが、その対象はどうだ? まるで手応えが無く、起き上がれないのか足をバタバタ動かすばかり。一切の危機感も与えず、寧ろ相手をするのが馬鹿馬鹿しくなる程だ。楽土丸の心を埋めるのは虚無感。自分は目の前の存在にどうして時間を使ってしまったのかと後悔する程だ。


溜め息を吐き、肩を落としてトボトボと歩くも直ぐに気を取り直す。気持ちを切り替え、奥から感じる最悪な気配に進んだ時だ。切り落とされた腕が蠢き、体の断面と腕の断面の両側から糸が伸びて絡み合う。落とされた腕がくっつき、切断面が結合した。


「がっお! がっお! がおがおー!」


 何事も無く立ち上がったヌイグルミはステップを踏んで踊り、急に気が変わったらしく楽土丸の方を向く。ヌイグルミの目に使われる無機質な作り物の目が変わる筈がないが、額の怒りマークが変わって行く。可愛らしい怒り顔が激しい物へと変化し、足音もポフポフと柔らかい感じからドスドスと激しい物へとなった。


「がう!」


「鬱陶しいっ! 腕を切り落としても直るなら細切れにするだけで御座るよ!」


 再び放たれる風の刃。ヌイグルミの全身に向かって無数の刃が放たれ、表面を僅かにへこましただけで霧散した。驚く楽土丸に向かってヌイグルミは腕を振り上げ、楽土丸は咄嗟に構える……よりも前に目の前に腕が迫っていた。咄嗟に腕を挟んだが、踏ん張った足は地から離れて後方へと飛ばされる。結論を言えば腕を挟んだ事が彼の命を繋いだ。腕の骨は折れ、肋骨にもヒビが入って数本折れる。体中に響く衝撃。もし腕を挟まなければ内臓が破裂していた事だろう。


「ぐっ……」


 背中から岩壁に激突する瞬間、空気の固まりをクッションにして衝撃を殺す。それでも陥没し、激しいヒビが蜘蛛の巣状に入り崩れ落ちた。岩と共に地面に落ち、更にその上から降り注ぐ岩。隙間から覗けばヌイグルミは何故かキョロキョロと何かを探している。この時、楽土丸は嫌な予感がしていた。


「まさかとは思うが、拙者を見失ったの……か? 自分が殴り飛ばしておいて? 頭の中まで腐った血を染み込ませた綿が詰まっているのでは御座らぬな……」


 間抜けな見た目だけでなく、頭の中まで残念な事に気が付いてしまった。そして、その様な相手に一撃で追い込まれた事にもだ。相手を侮りはしたが、攻撃に手は抜いていない。だが、現状はどうだ? 攻撃は一切通じず、相手が馬鹿故に助かっているが気が付かれれば終わりだ。情けない。不甲斐ない。役に立たない。様々な自己嫌悪の思いが楽土丸の心の中を渦巻く中、ヌイグルミは楽土丸を探すのを諦めたのか座り込んで欠伸までし始めたではないか。


「……」


 このまま黙っていれば助かる、そんな楽観的な希望は抱いていない。どれだけ間抜けな見た目の馬鹿でも、この場所を守っていたのには変わりがない。受けたダメージも決して軽くはなく、手当せずに放置すれば取り返しが付かなくなるのは明白だ。そして、戦う余力も逃げる余力も残されてはいない。


「……拙者の命運も此処までか。無駄に足掻く気は無いが、何とも情けない。大きな妄言ばかり口にして、その実何もなせてはいないで御座るな……」


 このまま何もせずに死ぬか。見付かって殺されるか、その二つ。故に楽土丸は自ら声を上げて居場所を知らせようとしたのだが、それよりも前にヌイグルミが何かに気が付いたかの様に立ち上がる。楽土丸に気が付いたのではない。顔はこの場所に続く道の先へと向けられていた。


「まさか誰か来たのかっ!? おいっ! 拙者は此処だ……」


 掟を破ってでもフェリルの誰かが入って来たのだと結論付けた楽土丸は逃げる時間を稼ぐべく声を張り上げる。だが、出たのは弱々しい声。受けたダメージは彼の想像以上に大きく、力強い声を出す事もままならない。自分は何処までも無力で何一つ守れないのだと、この場で自刃を望む程に無力を感じた時、来訪者達が姿を見せた。


「うおっ!? ありゃアンノウンの仕業か?」


「何言ってるのさ。僕はパンダであっちはグリズリー! 全然違うじゃないか! ヌイグルミの出来映えだって段違いだし、悪戯しちゃうよ?」


「いや、普段からしてるだろ。だが、一応言っとく。謝るから勘弁してくれ」


「えっと、アングリズリーって名前らしいわ。少し厄介な能力を持っているけれど……秒で倒しましょう。そんな事よりも何故か楽土丸の匂いがするけれど……」


 まさかのゲルダの登場に楽土丸の視線は彼女に向けられ、踊るパンダのヌイグルミにも、アングリズリーという名前が発覚した熊のヌイグルミも視界に入っていない。耳に届いたのも自信に溢れる声だ。隣のチンピラ風の青年は一切眼中に無かった。








「楽土丸ぅ? テメェを押し倒して胸を触った上に速攻で求婚した変態野郎だったか? 居たとしても関わるなよ、そんな奴とはよ」


 何故だか理解出来ない楽土丸だが、こう思った。お前には言われたくない、と……。

アンノウンのコメント  ……自爆芸かな?

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