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無力で馬鹿な……

「食料を受け取った様子が無い? それならば誰かが様子を見に行けば良いのでは御座らんか?」


 レーン島に漂流してそれなりの月日が流れ、物々交換を通して島に拠点を置くフェリルの者達とも交流が深まって来た拙者だが、幼き童から相談を受けた。どうも島の中心部に存在する洞窟であり、精霊が多く住まう事からフェリルにとって神聖な場所とされるアガリチャの警備隊が補給された生活物資を所定の場所に取りに来ていないとか。


「見に行きたいけれど掟があって……」


 一定期間、選ばれた者達以外は洞窟付近には近付かず、極力他の者との接触も控える。何とも面倒な掟だが、信仰する対象であり、この島を創造した女神イシュリアが定めた物故に破れぬとか。確かに人の定めた掟ならば、掟は人を守る為に存在する、そんな風に主張する者が出ても不思議では無いが、神が定めた掟というのが厄介だ。破る事は神に逆らう事に通じる。拙者も流石に神と敵対したいとは思わん。思わんのだが……。


「あくまで近付いてはならぬのは部族の者だけで御座るな?」


「うん。アガリチャの中には誰も入れないけれど、警備隊と接触禁じられているのはフェリルの者だけだから。……もしかして様子を見に行ってくれるの?」


「当然で御座る。義を見てせざるは勇なりけり。お母上の安否を気遣う幼子を見捨ててはおけん」


 掟故に大人にも相談できず、幼い子供が神に祈るしか出来なかったのだろう。掟など意味が無いと思う者も外には居るだろうが、中で守り続けられた掟とは簡単には捨てられん。ならば、掟に触れぬ拙者が動こう。それこそが義。絶対に守るべき物である。


 「……うん、了解した。小さい子達の面倒は見ておくから、楽土丸は洞窟に向かうと良いよ。でも、くれぐれも洞窟に入ろうとして警備隊の人達と揉めるのは止めてくれよ。……くれぐれも警備隊の人達と揉めるなよ?」


「いや、どうして二回言ったので御座るか?」


「じゃあ、今日の分の洗濯が残ってるから。おーい。誰か手伝ってくれ!」


 釈然としないというのは今の拙者の心境を言うので御座ろうな。トゥロは追求を無視して離れて行くし、母親を心配する子供の為にも一秒一刻が惜しい。トゥロの呼び掛けに元気良く集まる幼子達に微笑ましい物を感じつつ拙者は洞窟の方を向いた。


「……行くか」


 今は追求後回しにして様子を見に行こう。いや、寧ろ追求はしない方が良いかも知れん。確か洞窟の近くに簡易的なログハウスを建てて暮らしていると言っていたで御座るな。さて、杞憂で済めば良いのだが……。


 別れは悲しい。それが親しい者、特に身内ならば尚更だ。魔族である拙者には血縁者は居ないが、それでも悲しむ者の気持ちは理解している気だし、無事を確認して直ぐに報告が出来る事を神に祈りながら進んだ。


 木々をかき分け、風を感じながら進むが漂って来るのは緑の香りだけ。聞いていた場所からして最悪のパターンならば血が臭う筈で御座るし、どうやら何かあって物資を取りにいけぬのなら、拙者が運べば良いと、そんな風に考えている自分に気が付いた。


「拙者も随分と人に絆されたな。少し前ならば裏切り者として追放し、命を狙われたとしても同族を救う為に勇者に挑んだが、その勇者に関わった事で変わるとは皮肉な話だ。悪い気は全くしないがな。


 その理由は分かっている。ゲルダだ。拙者は彼女に求婚した。ならば受け入れられても受け入れられずとも、どの道拙者は人の味方をするべきだ。だが、魔族への同族意識が消えた訳ではない。いや、それだけは絶対に消えはしない。拙者にとって、魔族は大切な存在なのだから。


「今回の事態、魔族の仕業でなければ良いのだが。勇者が世界を救うと消える魔族だが、裏切り者として追放された者ならば神の許し次第で人として生きていける。……拙者に出来るのは一人でも多くの同胞を此方に引き入れる事だが、それまでの行い次第でどうなるか分からぬ。落とし前が命に関わる事態に陥る前にあの破滅主義者であるリリィを見限ってくれれば良いのだが……」


 アレは魔族の事など考えては居ない。既に滅ぶのが確定しているとし、それまでに好き放題して派手に散ろうという狂った女だ。最悪な事に魔族を遊びに巻き込む事さえも躊躇せぬ程のな。


 そんな風に悩みながら進めばログハウスが見えて来た。遠くでも拙者の耳は和やかに話す声が聞こえて来る。物資を受け取りに来なかった理由は分からぬが、これならば大丈夫だと踵を返そうとした時だ。ふとアガリチャの入り口を遠目に見た時、言い表せない嫌な予感がした。ほんの一瞬、直ぐに消えたので気のせいだったと思うのが普通だ。トゥロにも二度も言われ事だし、余計な諍いに発展する懸念が有るのならば近寄る必要すら無いであろう。



「……無いと思ったのだが、どうやら間違いだったで御座るな」


 ログハウスに近寄った時、僅かな疑念は確信に変わった。幾ら近寄る事を禁じられていない余所者とはいえ、神聖な洞窟近くに誰かが近寄っても誰も出て来ない等は有り得ない。気付かなかった? いや、それこそ有り得ないな。故に迷い無く拙者はアガリチャへと足を踏み入れる。その途端、奥から心が飲み込まれそうな程の憎悪を叩き付けられた。


 もし拙者が魔族でなければ心の奥まで憎悪に飲まれていたであろう。そして今の状況が教えてくれたのだ。あのログハウスから聞こえた平和な笑い声は偽物だったのだと。奥歯を噛みしめ、風を纏い、拙者は奥へと駆け出す。母の身を案じる少女に何を言うべきかなど、未熟な拙者には思い浮かばぬが……。



「……何処の誰かは知らぬが、貴様が触れたのは竜の逆鱗だぞっ! どの様な理由が有っても、子から母を奪った報いを受けさせてやる! 先ずは……この企みを叩き潰す」


 今の拙者の手には武器は握られてはいない。本来ならば何か武器となる物を調達するのが賢いので御座ろうな。だがっ! 幼子に母の安否を確認すると約束して出向いておいて、その母に手を出した者の企みを発見しておきながら、無手だからと引き返す事など馬鹿な拙者には無理だ! 一秒も早く叩き潰さねば気が済まぬっ!


 ログハウスの中を確かめた訳でも、この奇妙な何かを用意した者が下手人だという証しも見付けてはいないが、拙者の直感が正解だと告げていた。そして、最奥に通じる通路の先、開けた場所に出た時だ。居るであろうと思っていた番人が拙者を威嚇していた。






「がおー!」


 額に怒り顔のマークを張り付けた継ぎ接ぎだらけの間抜けな見た目の巨大な熊のヌイグルミ。それが両前足を上げて威嚇のポーズを取っていた。


アンノウンのコメント  今日はお休み

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