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パンダと兎の料理ショー

もう直ぐ一周年! 今後も応援お願いします 感想募集中

「パンダとっ!」


「……兎の」


「お手軽クッキングー! ……って、グレちゃんもちゃんとやってよ」


「嫌です」


 突然空の彼方から現れた空飛ぶ船と、それに激突後に砂浜に墜落した巨大な鳥。その背中に乗っていた者の顔を見たレリックは既視感を覚えたが、瞬きをして目を開くと座っていた。一瞬前まで砂浜に居たのに、彼が今居るのは何処かの会場で、大勢のキグルミと共にソーシャルディスタンスを守って間を開けつつ座っている。全く意味が分からず右を見ても左を見てもキグルミだけという変な光景だ。


「……なんだこりゃ。変人達の……いや、止めておこう」


 忘れたいが忘れちゃならない事も有る。変人の集まりだの何だのと口にしかけたレリックだが、彼もキグルミで、端から見ればその変人達の一員でしかない。目を逸らしているが、彼には現実と戦う勇気が必要だ。戦ったら確実に心を折られはするし、得る物も無いかも知れないが。


 そんな風に諦めて怠惰に見詰める先にはキリュウが馬車内のキッチンに用意した調理関係の物一式と同じ物を揃えたシステムキッチンと、その前に立つパンダのヌイグルミと兎のキグルミのグレー兎。パンダは小さくて見えにくいのでわざわざ背後のスクリーンに映し出すという余計な事がされていた。


「……それで今回は何を作るのですか?」


「茶碗蒸し! 但し途中で気が変わっちゃうかもね!」


「あっ、これは絶対に他の物が完成するフラグですね。……下らない」


 何処までもハイテンションを貫くアンノウンとは対照的にグレー兎は兎に角やる気が見られない。手際良く指示通りにエビの殻を剥いているが、レリックはふと疑問を口にする。


「キグルミでどうやって剥いてるんだ? ……いや、待てよ」


 よくよく思い出せばレリックも爪を使って戦ったが、モグラのキグルミ自体には柔らかい手しか存在しない。あの時は夢中になっていたから気にならなかったが、本当にどうやって爪を使ったのか皆目見当が付かないまま料理は進んでいった。


「じゃあ、グレちゃんがエビの殻を炒めてから出汁を取っている間に僕は卵を割って調味料と合わせるね。この後で出汁と数回漉した溶き卵を混ぜて具を入れて蒸して……蒸し終わったのが此処に存在しまーす! 以上! パンダと兎のお手軽クッキングでしたー!」


 アンノウンの言葉と共にブザーが鳴り響き、ステージの上から幕が自動で降りて来る。キグルミ達は見事なスタンディングオペレーション。考えるのを止めていたレリックも流されて惜しみない拍手を送り、途中で我に返った。


「おいっ!? 幾ら何でも短縮が過ぎるだろがっ! せめて調味料の分量やら具材の紹介位しろやっ! てかっ、これはいったい何なんだよっ!?」


 レリックは諦めるのを止めた。但し無駄だった。垂れ幕が下がってステージが隠れて行く中、蒸し器を持ち上げて軽快なステップで踊るパンダは聞こえない振り。只、最後にグレー兎と目が合う。互いにキグルミ姿で直接目が見えないのに視線だけで通じ合った。


「「お互い大変だな(ですね)」」


 年齢も、社会的地位も、種族も、生まれた世界すら全く異なる二人だが、この時確かに性別を越えた友情が結ばれようとしていた。





「所でグレちゃん。レリッ君を弄くるので忙しいから君には長期休暇をプレゼーント!」


「流石ですね、根腐り性悪糞大熊猫擬き様。では、三百年程頂きますので、私の事は生涯忘れてレリック様を存分に弄くって下さいませ」


「おいぃいいいいいっ!? 汚ねぇぞ、こらっ! 自分が良けりゃそれで良いのかよっ!?」


「はい。私の胃は既に限界突破していますので」


 だが、友情とは脆く儚い。友情を意味する英語のfriendの最後は終わりを示すendなのだ。だからグレー兎はレリックの叫びにしれっと返し、内心ウッキウキなのを隠し切れずに兎の耳が激しく動いていた。


「お、おおぅ……」


 何も言えない、言い返せない。レリックはグレー兎の清々しい対応に目の前が真っ暗になり、気が付けば砂浜に戻っていた。子供達に特に変わった様子は無く、先程間での光景はレリックが見た悪夢寄りの白昼夢だったとさえ思える。空を見上げればガレオン船は消え去り、パンダが蒸し器から取り出した茶色でバニラの匂いが香しい液体をばらまいていた。



「……いや、茶碗蒸しを作ってたよな? 茶碗蒸し作るっつったよな? 何だよ、それ……」


「何か凄い回復の薬だけれど? 別の物を作るかもって言ったじゃんか。ほら、子供達だって栄養失調やらが治ってるし、文句は無いでしょ? ……まあ、レリッ君には悪いけれど円形脱毛症には効果が薄いから悪しからず」


「なあ、それって俺が円形脱毛症になってるみたいに聞こえるぞ? あれだろ? 効かないって言っただけで、俺に症状が出てるとかは言ってないとか、少しは話を聞けとか言う気だろ?」


「……」


「答えろよっ!?」


 実際はその通りであり、弄くりの内容を先読みされて言われたので拗ねているだけだ。只、このままの状況が続けばその内本当に……。


「……まあ、良い。餓鬼共の怪我も癒えたし、さっさと帰るぞ。……彼奴は残念だけれどな」


 気絶していた黒子も目を覚まし、酷い有様だった子供達も健康な体に戻る。これならば長らくの食事不足による消化能力の低下で暫くは消化の良い物しか食べられないという事も無いだろう。不安なのは心のケアだが、それだけは自分ではどうにもならないとレリックは安心しながらも不甲斐なさに拳を握りしめた。


 特に彼に無力感を与えたのは砂の上に横たわる一人と一匹。最後にクオがコルスを守った所を目にしたレリックには、名前も知らないが深い絆で結ばれていた事が察せられたのだ。だが、既に永久の別れが訪れた。傷が癒えたのは片方のみ。もう片方は傷が全く塞がらず、息絶えていた。


「僕も死んだ子の復活は行えないように制限されているからね。死者蘇生が可能になったら命を軽んじるからって、神達も頭のネジが僕を創った時だけは戻って来てたみたい」


「……他人の尊厳は軽視して居るがな、テメェは。てか、もう少し性格がどうにかならなかったのかよ」


「無理だねっ! それと僕は誰彼構わず弄くる性悪じゃないよ! 弄くったら面白い相手だけ全力で弄くって、マスターとボスとかの弄くらないけれど気に入ってる相手以外は心底どうでも良いのさ!」


「寧ろ、より最悪じゃねぇのか?」


「ふっふっふ、どうかな? でも、今は戻ろうか。僕は子供達を家に送り届けるから、レリッ君はゲルちゃんに何も知られないようにお酒でも飲んでお土産持って帰りなよ」


 再びレリックの目に映る景色が切り替わり、町中に戻っていた。色々有った事で少し疲れた彼だが、全てを無かった事にすべく酒場に向かって歩き出す。その途中、立ち止まった彼は空を見上げて呟いた。



「……助かったぜ、アンノウン。恩に着てやるよ」


 視線の先、澄み切った青空には巨大なパンダの形をした雲が浮かんでいた……。















 尚、モグラのキグルミのままだったのを思い出して感謝を取り消すまで残り五秒である。

アンノウンのコメント まあ、休暇だしたのは僕だけれど、グレちゃんを雇っているのは遙か未来の僕なんだけれどね 三百年で良かったっけ?

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