苛立ちの理由
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「……これで十カ所目。今回も沢山の人を救えたわね」
「てか、俺がクルースニクの所属時は二つか三つを見付けるので精一杯だったってのに、どうなっているんだよ、あのキグルミ共の情報収集能力はよ。キグルミか? キグルミなだけに着れば神の恩恵でも与えられるってのか?」
世界は広いから存在が分かっている街や島を載せた地図だけでも膨大な数になる。その地図の何枚かには付箋が付けられ、特定の島には印が付いてあるわ。その一つに私はバッテンを付け、レリックさんは感心しているのか呆れているのか分からない呟きを漏らした。
この印は六色世界から浚われて来た人達が奴隷みたいに扱われている場所で、バッテンは既に解放した事を表すのだけれど、グリエーンで出会ったイアラさんの子供は未だに見付かっていない。中には途中で殺されたりで死んだ子供も居るらしいけれど、話を聞く限りではその中にも居なかったみたい。
安心はしちゃいけない。だって死んだのは見知らぬ誰かの大切な家族。それを偶々知り合った人の子供じゃないからって安心は出来ないわ。でも、直接声を聞いて心配する姿を見ちゃった私は複雑な思いなの。大勢助けたのに、目当ての相手が見付からない今は素直に喜べないわ。
「ちっ!」
六つも世界が有るし、一つ一つだって広い。関わりが有る人より全く接点の無い人の方が多いし、知らない場所で沢山の悲劇が起きている。悲劇を全て防ごうだなんて、逆に本来なら救えた人を救う為の足枷になるって分かっているわ。
その上、ちょっと嫌な事が有ったの。魔族から解放した人達は口々にお礼の言葉を向けてくれるけれど、中にはそうでない人達も居たのよ。
「どうして早く助けに来てくれなかったんだ!」
「魔族を倒すのはお前の使命何じゃ無かったのか!」
「こんな子供が勇者だなんて世界は終わったな……」
きっと精神的にも肉体的にも限界だったのだろう。大切な人を亡くしたのかも知れない。限界まで追い詰められて誰かに怒りをぶつけたかったのかも。レリックさんは怒ってくれたけれど、私はそれを止めた。彼等がそんな事を口にする気持ちが理解出来たから。だから私は立ち止まれない。一歩でも先に進まなくちゃいけないの。
「……はぁ」
でも、それでも私は悩んでしまう。思わず溜め息が漏れ、俯いて肩を落とす。そんな私の頭に手が置かれ、優しく撫でられる。レリックさんは無言で私を慰めようとしてくれていたの。きっと私と同じで色々と悩む事が有るのに。
「レリックさ……」
お礼を言おうと顔を上げる。私の目の前にはモグラのキグルミを着せられたレリックさんの姿があった。尚、本人に気が付いた様子は無い。
「……ちょっとアンノウン?」
「ふっふっふっ! さっきの台詞と試練の時のやり取りのフラグ解消って奴さ。それに全然問題無しだよ。だって本人には見えないし話題についても別の内容に聞こえる特別製だからね!」
指摘すれば傷付くだろうからレリックさんには今の姿についてのコメントを避け、私の背後でゴロゴロしているアンノウンの方を振り向く。もう疑いの余地無くアンノウンの仕業で、今回も無駄に凝っていたわ。まあ、キグルミ自体は神聖な儀式の衣装だし、後から着ていたのを知ってもそれなら大丈夫ね。
「ちょいと気晴らしに飲んで来る。土産を買って帰ってやるよ。だから入れ違いにならない為に留守番してな」
「あら、だったら甘い物が食べたいわ」
本人が気にしないなら黙っていましょう。アンノウンのキグルミが簡単に脱げるとは思えないし、気晴らしに行きたいなら変な事は言わなくて良いわよね。私は表面上は何事も無い風に振る舞うレリックさんを見送った。楽しんで来てくれたら良いのだけれど……。
「所でアンノウン。流石に外で飲んでる途中でキグルミに気が付かないのが解除されたりしないわよね?」
「何言っているのさ、ゲルちゃん。するに決まっているじゃないか! そっちの方が面白いもん!」
「レ、レリックさーん! ちょっと待ってー!!」
私は慌ててレリックさんの後を追う。この時、私は疑ってもいなかったわ。レリックさんだけがキグルミ姿にされているって。……結論から言うとレリックさんも同じだったのよ。
順調に誘拐された連中を助けて行ってるってのにゲルダの奴の顔は晴れない。その理由に心当たりが有るかってぇと、その助けた連中の反応だ。感謝して礼の言葉を述べ、解放された事を喜ぶ奴等は良いさ。別に謝礼目的じゃ無いが、感謝されて悪い気はしねぇ。彼奴みてぇな餓鬼なら達成感が有るだろうよ。
だがな、気に入らないのは他の連中だ。俺達の力に怯えるのは理解してやる。要するに化け物より強い化け物って事だからな。それを口にしねぇのなら見逃してやる。
一切容赦する気が起きねぇのは文句を言って来た連中だ。勇者なら、勇者だったら、そんな風にもっと早く助けろってよ。……助けに行く前に死んどけよ。お前達には助ける価値は無かった。完全無欠の存在なんか存在するかよ。世界を背負わしておいて文句を言うなら……こうやって考えるだけでも腹が立って来る。俺が気晴らしに出たのはそんな理由だ。沈んだ表情のゲルダに、俺の不満を抱えた表情を見せたくなかったのも有るがな。
俺が一発殴ろうと思った時、彼奴は察して止めて来た。甘いんだよ、馬鹿がよ。抱え過ぎるな、餓鬼の癖に。俺は本当に何もしてやれてねぇよな……兄貴だってのに。
「どうも今日は視線が鬱陶しいな。俺がどうかした……いや、当然か」
遠巻きに俺を見てヒソヒソと話す連中や何故か後を付いて来る餓鬼共。これが美女ならって普段は思うんだろうが、今は美女だとしても鬱陶しい。んで、そんな事になってる理由だが、時折聞こえる勇者だの何だのってキーワードから簡単に察せたぜ。俺達が滞在している街であるシメシャバには助けた連中を一旦預けて名簿作成やらの事務手続きを任せたからな。……そりゃ注目される訳だ。
「面倒だが逃げるか。ったく、何で俺がこんなコソコソしなくちゃならねぇんだよ」
鬱陶しいから睨んで追い払いたいが、只でさえゲルダの中じゃ俺はチンピラみてぇだと認識されてるっぽいしな。それに噂になって、落ち込んでる今の彼奴に余計な心労を与えたくねぇし。だから俺は逃げる事を選んだ。どの道大衆酒場じゃ目立つだろうし、かと言って高級店に行くには財布の中身が心許無い。撒いた後で買い求めた酒とツマミを手に景色でも眺めながらと思ったんだが、入り込んだ路地裏で隠れ家的な目立たないバーを発見した俺は喜んで入り込んだ。
「おや、新人かと思えば貴様か、青年。早く席について注文したまえ。本日のお勧めは超激辛担々麺か超激辛餡掛け炒飯だ。ハバネロ入りのカクテルも悪くないぞ?」
扉を閉めて中の様子を目にする。カウンターには例のハシビロコウが立っていやがった。
「帰る……って、扉が開かねぇっ!?」
取っ手を掴んで押すが微塵も動かない。こうなったら蹴り破ってやろうかと思ったが、それも同じくだ。店内に漂う辛い匂い、水を慌てて飲む黒子やキグルミ達。俺が青ざめる中、ハシビロコウは心の底から愉しそうに嗤っていた。
「ククク。この店は何か注文して完食しないと出られない。諦めて注文したまえ」
……所で俺に対して新人がどうかとか言ってたよな? どういう意味か訊ねながらどうにか誤魔化して脱出……は無理だろうな。
「……辛くないメニューを寄越せ」
「残念だがお冷や以外は全て激辛メニューだ。そして水のみの注文は受け付けない。好き嫌いはいかんぞ、青年。ククク、決められないのなら私が決めてやろう。客に選ばせないのは心苦しい気もするが仕事なのでな」
……いや、絶対自分の趣味でこんな事をやってんだろ。
アンノウンのコメント 僕は部下の趣味には口出ししないから苦情は受け付けないよ




