表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

196/251

気が付けぬ事

 船底を削る岩礁に、舵を狂わす急で複雑な潮の流れ。後悔に航海上の悪条件が周囲に多く存在するその島には当然ながら一般の商船は寄り付かず、魚も特に豊富でもないので漁船も立ち寄らない。例えその様な理由が無くとも中継地点となる何かを設置するには少々辺鄙な場所であるのだが。


 ならば誰も近寄らず、長い年月を掛けて荒波で削り取られて行くだけなのかと言えば否である。人が寄りつかないからこそ、その場所を拠点にする者達が居る。潮の流れを物ともしない腕利きが岩礁の間を通り抜けられる小舟で建材を運び入れ、人目を憚って動く者達の基地が作り上げられた。麻薬や盗品の保管場所? 海賊の拠点? はたまた人身売買の商品を監禁する絶海の監獄にする予定だったのか、快適ではないが頑丈で広い建物が建てられた。


 幸運な事にその島を拠点にしようとした者達は襲った街を拠点にしていた海賊と自警団の手によって壊滅され、這々の体で逃げ出せた者達も周囲を縄張りにする人魚に出会ってしまった。この様に悪人達は悪事の準備をしただけで、その準備は実際には使用される事が無く終わった事だ。もし使われていたならば少し離れた場所の街や航路を進む船が襲われた事だろう。その後、返り討ちにした街は多大な被害を受けたが、街を恨んでいる相手は全滅したので報復の心配は皆無だ。


 では、不幸な事を続けて語ろう。人目に付かない孤島であり、何かをする為の拠点となる場所が有るなら、操船技術に自信があるか、そもそも孤島に向かうのに船は不要な者達にとって都合が良かった事だ。例えば男児は養子に出し、女児のみを育てる狼の獣人の部族のフェイルならば巨大な鳥のモンスターを従えて交易の脚にしているので休憩地点に使っただろう。ただ、先に記した通り交易の拠点にしては少々微妙な場所なので彼女達は使わないし、使った所で困る者はそうは居ない。少々部族の決まり事と誇りに関して五月蠅いが、悪人の集まりでは無いからだ。


 だが、人目に付かない孤島だという事が好条件となる者達は確かに存在する。その筆頭が魔族だ。このブリエルにおいて広い世界に点在する似た条件の島に攫った者達を集め、拠点となる砦や城を建設させる。当然悪条件であり、奴隷として働かせられる者達は苦しむ事になるが、それこそが目的だ。そうして発生した負の念こそが関わった魔族の力を増大させる。故に各島にて責任者の立場を与えられたのは高い実力を持った上級魔族のみ。


「ハハ、ハハハ、ハハハハハッ!」


 この島を任せられたディアット・ラミアもその内の一人。彼は自らが担当する場所こそが最も重要な場所だと確信していた。彼が指揮下に入っているリリィから期待している旨を伝えられ舞い上がった彼は今、蛇の下半身という姿を現し、更に巨大化して高い塔の周囲に長身を巻き付かせながら上を目指す。


「最高ダ、最高ダァアアアア!!」


 元の彼は理知的な顔立ちの優男。病的な白い肌も彼の美貌を際立たせていたが、今は全く知性が感じられない叫び声を狂気に染まった表情で響かせる。どうやら砦や城の構造は各地で違うらしく、彼が任されたのは幾つもの高い塔が手摺りもない空中の足場で繋がっているという物。建設中に何人もが落下して命を落とし、反抗的な者は建設中の塔から落とされて死んだ。日々高まりを感じる力による高揚感、そして忠義よりは恋慕の割合が多いリリィへの想いがディアットを慢心へと導き、リリィへの盲信は更に高まる一方。


 そんな彼だからこそ勇者とその仲間を名乗る者達がやって来た事はリリィに良い報告が出来ると歓喜に導くだけの物であり、何故絶海の孤島であるこの島に姿を見せた事は一切疑問に思わない。ヒトデのキグルミが思いの外上手く溶け込んだ事で違和感が減ったのも有るだろうが、ディアットが選んだのは正面切っての戦闘。この手柄によって自らがリリィの側近へと成り代わり、やがて寵愛を得て童貞を卒業する妄想にまで至った。


「……何かキメェ顔だな」


 欲望が顔に出ていたのだろう。レリックは容赦無い一言を嫌悪感を一切隠さず口にして、それがディアットの怒りを買った。


「ぼ、僕の顔がキモいだってぇええええっ!? 絶対に許さないからなぁ!!」


 元から勇者達相手という事で欲望によってかさ増しされた戦意を見せていたが、今度加わったのは激しい怒り。実年齢は兎も角、性的思考などは見た目の年齢に左右される魔族において二十歳位の彼が十歳前後のリリィに抱く想いからロリコンだったらしいが、更にナルシストも加わった。怒りに満ちた彼は蛇の下半身という姿を見せ、更に上着のポケットから丸薬を取り出して恍惚の表情で見詰める。


魔浸丸(ましんがん)、愛しの君からの贈り物。ああ、この任務を任されて以来、顔も見れず声も聞けない時間は本当に辛かった。でも! この手柄なら誰にも文句を言わさず側に居られる。何せ特別製を貰ったのだから、僕の勝利は決まっているのさ!」


 ディアットだが、実は塔の建設を命じられてから一度も会っていないし、複数人で集められて命じられる時に直接声を掛けられただけである。だが、強烈なナルシストである彼は用事が有る時も側近であるビリワック・ゴートマンを介してなのは互いの立場の違いをとやかく言われたく無い故に姿を見せず、側に置ける程の存在になれると信じているからこそ、そんな風に妄想していた。


「ヒ、ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒッ!」


 そんな彼が飲んだのは、今まで数人の魔族を理性無き怪物に変貌させた狂気の品。本来強い筈の仲間意識を多くの魔族に全く向けていないリリィだからこそ作り出せた物。彼が服用したのも今までと全く同じ物。


 この瞬間、ロリコンでナルシストで妄想癖が強いストーカー予備軍だったディアットの心は狂気に支配された。無造作に振るった尻尾が塔を破壊して傾かせ、その爛々と光る瞳は目の前の獲物二人を狙う。彼の目の前でレリックとゲルダは無防備に背を向け、僅かに傾いた塔の外壁に存在する凹凸を足場に見上げる高さを駆け上がる。


 この時、幾らナルシストのディアットでも理性が残っていれば自分に臆して逃げただけ等という短絡的な結論には至らなかっただろう。今の彼にそんな結論に至る知性が残っているかさえ疑わしいが。今の彼の頭に存在するのは二つの言葉。


 獲物逃げた。


 捕まえて殺す。


 最早本能だけで動いている可能性を感じさせるディアットは塔に巻き付き盛大にヒビを入れながら二人を追い続ける。塔を壊せば良い、そんな考えは一切持たず本能の赴くままに。そんな彼では到底理解不能だろうがレリックの口から出たのは嫌悪感が濃厚に感じられる言葉だ。


「……こりゃマジで臭ぇな。ゲルダが言ってた妙なドーピングってのはこれの事かよ」


 それはゲルダも感じていた魔浸丸の悪臭。 思わず視線を向けて呟く中、併走していたゲルダが先を行き、頂上の屋根を蹴ってレリックへと飛んで来たではないか。


「レリックさんっ!」


「おうよっ!」


 現在二人が居るのは常人が落ちれば即死は免れ無い高所。そんな場所から一切の躊躇無くゲルダは飛び降り、驚きもせずにゲルダの方に向かってレリックも飛び出していた。ゲルダは空中でブルースレイヴを構え、レリックは空中で体勢を変えて天地逆転となる。二人に迫るは巨大化し凶暴化したディアット。二人の瞳には一切の迷いが見られず、ゲルダが振り抜いたブルースレイヴの刃を蹴ってレリックが飛び出した。


「地印解放!」


 刃を蹴っての加速に地印の反発による加速も加わり、今のレリックの速度は単体では到底出せない物だ。にも関わらず、下手すれば高所から頭を下にして落下するという恐れを一切見せないレリックは拳を振り上げ、本能のままに噛み付こうとしたディアットの顔面に真正面から拳を叩き込んだ。


「らぁっ!!」


 ヒットの瞬間、鋭く伸びた牙がへし折れ、拳はディアットの顔を陥没させながら動きを止めずに突き進み、遂に衝撃で頭を完全に砕いた。


「まあ、こんなもんか。……着地をどうするかだな」


 どうやらゲルダと息の合った連携を見せた迄は良かったが、着地について考えていなかったらしい。何時もは腕に巻いたグレイプニルも預けており、今の彼には着地の瞬間に地面を殴って衝撃を殺す事のみ。塔の建設をさせられていた者達が見上げて悲鳴を上げる中、レリックは脚を掴まれ引き上げられるのを感じた。\



「……空中で歩けるのか?」


「未だ少しの時間だけって条件が加わるけれど、空中を前後左右上下に駆け回れるわ」


 少しだけ驚いた様子を見せるレリックが視線を向けたのは空中に立って自分を持っているゲルダの姿であった。やがてディアットの死骸が地面に激突して陥没した底で浄化されるのを見届けた後、働かされていた者達から歓声が上がる。それが悪い気分ではないのかレリックも満足そうだ。





 この時、彼は気が付いていなかった。咄嗟に引き寄せて落とさない為に抱えた結果、お姫様抱っこをされている事に。





「あっ! お姫様抱っこされてる!」


 無邪気な子供が指先を向けて叫ぶ瞬間まで彼は気が付かなかったのだ……。

アンノウンのコメント  尚、側近に自分以外の男を置く筈がないのでビリワックは男装していると思ってたよ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ