ツンデレとパンダ ①
俺に与えられた試練の内容だが、上下左右に複雑に入り組んだアリの巣みてぇな洞窟の中から宝を探し出すっつう物だった。まあ、仕事によっちゃ深い森の中だの入り組んだ洞窟だのに入り込む事もあったし、脳内でマッピングする技術だって身に付けて居る。今も分かれ道の手前で番号とどの方角から来たかを壁に刻んでいる最中だ。正直言ってこの程度なら試練にならねぇよ。
「おい、罠なんだから何があっても近付くなよ?」
「あっ、ケーキだ! いっただきまーす!」
「だから罠だって言ってんだろうが! 行くんじゃねぇよ!」
問題が有るとすれば操ってるパンダのヌイグルミを一緒に来させやがったアンノウンのボケだ。この試練だが入り組んだ洞窟を進むだけなら何とでもなるんだが、所々に誘惑する罠が仕掛けられている。その罠に引っかかると今まで通った道の何処かに強制的に転移って訳だ。
「さっきから何度も何度も罠に掛かりやがって。テメェが勝手に消えるんなら万々歳だが、俺まで巻き込まれるんだよっ! てか、食いもんが有ったら速攻で向かうとか育ち盛りで食いしん坊の餓鬼かってんだっ!」
それを分かって居ながら俺の目の前でパンダは罠に喜んで向かって行く。今は咄嗟にグレイプニルで縛ってるが、こりゃ時間の問題だな。一秒後にはケーキにダイブしてもおかしくない奴だよ、此奴は。
「まあ、僕って生まれて数年だし、育ち盛りの食いしん坊だね。だからケーキを食べて良い?」
「良いって言うとでも思ってんのかっ!」
この会話から分かるだろうが、アンノウンは仕掛けられた罠に尽く反応しやがってんだ。牛の丸焼きを持ち上げて丸呑みにして、マカロンの山を伸ばした舌で全部纏めて絡め取り、年代物のワインをラッパ飲み。そして俺と一緒に転移って訳だ。目印を付けてなきゃ転移の法則も分からなかったし、選ばなかったハズレの分かれ道に進む所だったぜ。
「結構食ったんだし、いい加減真面目に進めや。俺の方が後から突破したら威厳に関わるだろうが」
「既に結構なダメージを受けているのに?」
「……言うな」
そう。薄々感づいちゃいるが、俺の威厳なんて物は地の底に向かって急降下中だ。その殆どが事故が理由だが、事故を防げなかった時点で情けない。てか、試練を勝手に選んだ時も威厳に影響が有ったよな。端から見れば女が沢山居る方を速攻で選んだみてぇに見えるしよ。
……だって仕方無いだろ。俺、流れる水が苦手なんだよ。崖から激流に落とされて以来、流れが無い場所なら泳げるのに流れが有ったら身が竦む。それこそ目にするのも嫌なレベルでな。
「てか、それが分かってるんなら脚を引っ張るな。散々な事になってるってのに、強さで負けちまったら全部終わりだ。……俺は彼奴を守らなくちゃ駄目なんだ。守る相手より弱いって事があってたまるかよ」
「その約束をしたのはレリックじゃなくて十六夜なのに? 過去は捨てたんじゃ無かったのかい?」
「……捨てたさ。もう俺には不要なもんだ。だがな、男には絶対に貫かなくちゃならねぇ物が有る。それだけの話だよ」
「……ふ~ん」
俺に話が分かったのか分かってねぇのかは不明だが、これ以降アンノウンは途中で食べ物を見付けても反応せずに俺の頭の上で大人しくしていた。嵐の前触れかとも思ったが、此奴が動いたら俺が幾ら警戒しても無駄だしな。
だが、俺はちょいと疑問だった。確か女が妨害してくるんじゃなかったのか? さっきから食いもんばっかで妖精の姿を見てないんだが。
「いや、そもそも食べ物ばかりな時点で変なんだよ」
「僕とワンセットだって判断されたんじゃないの?」
「そりゃあ最悪だな」
勝手に同行して来た奴とセット扱いなのは気にしないが、アンノウンとセットなのは気にくわねぇ。さっきから好き放題言われてるし、俺も言ってやったぜ。……なーんか凄く不満だってのが伝わって来るがな。ヌイグルミなのに頬が膨らんじまってるしよ。
「レリッ君酷ーい! 君がロリコンだって言い触らしちゃってるよ!」
「おいっ!? 言い触らしちゃうじゃなくて言い触らしちゃってるのかよっ!?」
「大丈夫! ヴェロっちだけには教えてないよ!」
「ヴェロっちってヴェロンの事だよな? 彼奴に言ってないのだけは評価してやるが、その他全員に教えてんじゃねぇよ!」
「レリッ君。過去には戻れないよ、僕は将来的に多分戻れるようになるけどさ。過去の事をクヨクヨ悩んでも仕方無いよ」
「その過去の結果に現在進行形で困ってるんだがなっ!?」
……まあ、流石に自分達と同類のパンダの言葉なんざ信じないだろ。賢者様の言葉なら別にしてもよ。俺は自分を安心させるべく何度も心の中で言い聞かせる。そうだ、大丈夫に決まっている。……何か見落としてる気がするが、絶対大丈夫だろ……と思いたい。
「おっ! 広い所に出たな。そろそろ中間地点か?」
「それは兎も角、レリッ君が酷い目に遭う気がするよ」
「……テメェが何か仕組んでんじゃ……」
本当に大丈夫だよな? 誰か気休めでも良いから大丈夫だって言ってくれ……。
レリックが足を踏み入れたのは所々に地下水脈とでも繋がっているのか水で満たされた広い場所。天井は鍾乳石が無数に生え、レリックの足音のみが響く。耳を澄まさなくとも何かあれば直ぐに聴覚で捉えられるだろう。レリックも天井の方に視線を送るも何も見えず何も聞こえないのか直ぐに前を向いて歩き出す。その背中を見詰める目が静かに輝き、直ぐに消える。
「……」
鍾乳石の間を這い回り、無音でレリックの後を追う。全身を包む粘膜が摩擦を減らして移動の音を消し、姿を見せるなり一切の音無く滑空しながら大きな口を開ける。体の三割程も有ろうかと思われる巨大な口。フクロウナギと呼ばれる魚に似ているが、その体は人を丸飲みに出来る程に巨大であり、魚であるにも関わらず背中には鳥の翼が生えている。
名をフクロウウナギ。フクロウと同じく無音での狩りを得意とするモンスター。一切音を立てず、そのままレリックを丸呑みにしようと迫る。
「臭ぇんだよ、ボケがっ!」
フクロウウナギの口が閉じられる瞬間、フクロウウナギの目の前からレリックの姿が消え失せ、目で探す暇も無く真上から振り下ろされた足に叩き落とされた。
「ちぃ! ヌルヌルしやがって鬱陶しい!」
「蹴りが滑ったよね、ズルってさ!」
「フシャアアアアア!」
フクロウウナギの頭を蹴った勢いで宙返りをして着地したレリックの目の前ではフクロウウナギが威嚇する。頭の一部が陥没しているが未だに健在。舌打ちをしながらフクロウウナギを睨むレリックの脚に付着した粘膜がその理由だろう。この粘膜は音を消して動く為だけでなく、身を守る為の物でもある。本来ならば一撃で仕留められた筈の相手が生き残った事にレリックは随分と機嫌を悪くしていた。
「ったく、鬱陶しい。だがな、それだけ臭ぇなら音を消して襲って来ても無駄だ。俺は鼻が利くんでな。姿を消しても無駄って訳だ」
「ペラペラ喋ってるけど魚類に言葉って通じるのかな?」
「知らん!」
地面に粘膜を擦り付けながらレリックはフクロウウナギを観察する。それなりに力を込めた蹴りが滑って勢いを殺されたのなら打撃は効果が薄いだろう。それが分かっているのかフクロウウナギは怒りに任せて正面から襲い掛かる。その視界から再びレリックの姿が消え、視界が割れる。背後にレリックが着地した時、彼の爪で切り裂かれたフクロウウナギは地面に転がった。
「……ちっ! 正直言って使いたくなかったが、この程度の奴に武器を抜くよりはマシか」
レリックは忌々しそうに爪先に付着した粘膜と血を振り払い吐き捨てる。
「そういう制限が好きだよね、君ってさ。思春期独自のアレかな?」
「……アレってのが何かは分からないが、どうせ禄でも無い物なんだろうな……」
「正解! そして新手だよ。血の香りに誘われて来たみたいだね」
レリックの頭の上で楽しそうに踊るパンダが足を向けた先の地面が盛り上がる。やがて土が側面を流れ落ちるとその姿がハッキリと見えた。二階建ての家程もある巨大なモグラの頭だ。
「モキュ!」
「……俺はモグラに縁でも有るのか?」
「え? 次はモグラのキグルミが着たいって?」
「言ってねぇし着たくねぇ!」
「モーキュー!」
叫び声を上げ、巨大モグラは地中から這い出る。鋭利な爪を持つ両前脚。ヒクヒクと動く鼻と小さな瞳はキュート。
「……うぇ」
「……うわぁ」
「モキュ?」
そして、胸より下はニョロニョロ動くイカの触手であった。
「「気持ち悪るっ!!」」
この時、レリックとアンノウンの意見が珍しく一致した……。
アンノウンのコメント 何かに使えそう! 因みに最初は地面を泳ぐ鯨の予定でした




