勇者への試練 ①
「試練の内容は二つ。洞窟と水没林でそれぞれ宝探しをしていただきます。……本来ならばティアーニアを即座に献上したい所ですが、外に持ち出すには儀式が必要でして。せめてものお詫びとして妖精郷の住民の半数の命を捧げて……」
「いえ、一切ご無用ですので止めて下さいね? では、ゲルダさんとレリックさんの二人がそれぞれ宝探しをするという方向で」
お、重い。こんなに自然な流れで死んで償うとか出て来るだなんて、頭の捻子が外れた神様達でさえドン引きして関わるのを嫌がる筈だわ。賢者様もニコニコしているけれど数歩下がっているわよね?
「あれ? 賢者様は来ないのですか?」
「この手の儀式は神の干渉が有ってはならないのですよ。私は神ではないですが、神の世界に住んで、神の世界の物を食べている身ですからね」
「ああ、死の世界の物を口にしたら戻れなくなるってお話と同じなのね」
賢者様が一緒じゃないのは少し不安だけれど、私だって勇者として経験を積んで来たし何時までも頼ってばかりはいられないわ。それで試練の場所だけれど、妖精郷に来る時に通った水没林か洞窟のどちらかなのね。
「どっちも妖精による妨害が有ります。水没林は男性陣が、洞窟は女性陣が妨害をいたしますが、どちらがどっちに……」
「俺が洞窟に行く」
説明の途中だったのに話し合いもしないで決めるだなんて。レリックさん、そんなに妖精のお姉さん達と触れ合いたいのかしら? 矢っ張り何だかんだ言ってもスケベなのね、この人って。ヴェロンさんは何も言わないけれど少し怖い笑みを浮かべているし、多分私だって訝しむ目になっているのでしょうね。
「い、言っとくけど、ちゃんとした理由有っての事だからな! ……どんな理由かは口にしないが」
「あら、綺麗なお姉さん達と触れ合いたいって理由ではないの?」
「あらあら、そんな筈がないでしょう。だって私と旦那様は永遠の愛を誓い合ったばかり。浮気は男の甲斐性? ふふふ、有り得ない。……殺したい程に不愉快な言葉ですよね。……冗談ですよ?」
「はっはは……。分かってるよ……」
今のは絶対本気だったと思っているのは私だけじゃないわね。周りの妖精さん達は露骨に顔を背けるし、レリックさんは笑っているけれど完全に引きつっていたわ。ヴェロンさん、何も疑問に思わないのかしら? 思わないのでしょうね。だって完全に自分の世界に入り込んでいるもの。
「……ちょっと嫌かな?」
誰にも聞こえない声で呟いた。ヴェロンさんはレリックさんが好きなようで、実は好きじゃない。あの人が好きなのは妄想と理想でガチガチに着飾ったレリックさんだもの。
レリックさんって女好きだしツンデレで面倒臭い上に言動が柄悪いから百年の恋も冷める程だけれど、根は善人よ? ちゃんとそれを分かった人が好きになるのは分かるけれど、ヴェロンさんのはちょっと駄目な気しかしないわ。
それで不愉快に思うのは大袈裟な気がするけれど。どうして私がレリックさんに対してそんな風に?
仲間だから……は付き合いが短いし微妙な所よね。実は惹かれてる……だけは多分無い。私、恋らしい恋をした事は無いのだけれど。
「じゃあ、僕はレリッ君に同行するね! ゲルちゃんにはキグルミ部隊パンダーズから誰か一緒に行かせようか?」
「いや、それって駄目じゃないの?」
ヴェロンさんに訊いたら賢者様の使い魔のアンノウンならギリギリだけれど、完全に部外者になる人達は駄目だって。だからパンダーズの力を借りれないし、そもそも前まで違う名前じゃなかったかしら? ああ、日替わりで適当に決めているのだったわね。
私はキグルミさん達に同情しつつアンノウンが一緒に来ない事に安堵する。だって大変だもの。スッゴく大変だもの!
「レリックさん、頑張って。じゃあ、私はお先に!」
レリックさんが拒否したりアンノウンが気紛れを起こす前に転移用の魔法陣の上に乗る。後ろで何とかパンダを引き剥がそうとする声が聞こえたけれど応援しかしないから頑張ってね。
だってアンノウンの相手ってとっても大変なんだもの!
「ほらほら、そっちじゃないよ」
「こっちだよ、こっち!」
「そっちは逆だってさ!」
こんな経緯で水の中を進む私。聞こえて来る声の中で一人だけ本当の事を言っているらしいから、誰が正解か勘に従って選んでチェックポイントを目指す。声が反響するし、行く手を遮る細い木が鬱陶しいけれど伐採しながら進めない。……可能だったらそうしたのよね。
「妖精樹ピクシア、妖精さん達にとっては神聖な儀式で使う重要な木だって聞いたけれど……」
そもそも水没林の霧はこのピクシアから発生しているらしい。雑草以上に生命力が強くて、根に生えている毛の一本からでも数日で元の長さまで成長する上に、妖精郷を守る為に神様の恩恵が籠もっているとか何とか。……あれ? 妖精さん達が信仰心ガチ勢なのはそういったのも関わっているんじゃないのかしら?
「キシャァアアアアア!」
獰猛そうな鳴き声を上げながら飛び掛かって来る川チワワを片手で払い除ける。鳴き声は凶暴なのに尻尾を振りながら駆け寄って来る姿は可愛らしい。川の上を歩けるらしいけれど走れないし、力も普通のチワワと同じらしい。普通に小動物らしいけれど、こんな環境でどうやって生息しているのかしら?
と言うか、この周辺に生息しているのってこんな感じで基本的に弱い。寧ろ弱過ぎて倒すのに良心が痛むのを感じながら声に従ってチェックポイントに辿り着いた。周りのピクシアと違って枝がキラキラ輝いている。その木の前には神官の服装をした中年男性の妖精さんが飛んだ状態で私を待っていた。
「第三チェックポイント通過だね。じゃあ、次が最後だよ。じゃあ、最後の導き役はこの八人だ。最初に誰が正解か教えるから、ちゃんと声を覚えて他の七人に騙されないようにね」
この試練、最初に聞いた時は簡単だと思ったのに、実際に受けてみたら難しい。だって全員声質が似ているのだもの。その上、今度の八人は……。
「八子?」
「ああ、そうさ。声が凄くそっくりだけれど頑張って……」
私の前に現れたのは見た目も服も全く同じの八人。この試練の途中は悪戯をされないと思っていたら、まさかの最後の一歩手前でこんな事になるだなんて。私が少し頭が痛くなるのを感じていた時、水中から何かが迫っていた。
一応霧と水の中に隠れている積もりみたいだけれど、バシャバシャと水音を立てて時々足が出ているし存在がバレバレね。そんな事にも気が付いていないのか足の主は水中に潜り、私に向かって腕を突き出して来た。細い少女の腕だけれど爪先は鋭利。でも、動き自体は素人レベル。鼻先を掠めるギリギリまで引き付け、避けると同時に腕を蹴り上げる。
「あれ?」
思わず出た間抜けな声。私の蹴りは伸ばされた腕をすり抜け、その足を掴もうとする爪の先が僅かに触れると同時に足を振り下ろすけれど、まるで幻みたいにすり抜ける。でも、変よ。だって爪先が触れた感触は確かにしたわ。
「下がって!」
妖精さん達を巻き込まない為に避難させ、私は腹ポケットからデュアルセイバーを取り出して数歩下がる。相手も何時までも水中には居られないのかブクブクと泡が出て、彼女は姿を現した。
赤い髪、そして今は髪と同じ赤い狐の尻尾と耳。ずぶ濡れのワンピースの裾を摘まんで少し不愉快そうにしているけれど感情は殆ど見て取れない。
「……久し振り。じゃあ、改めて名乗る。ブリュー・テウメッソス。勇者、貴女を殺しに来た。……皆と一緒に」
感情の籠もっていない棒読みの言葉の後、空から風が落ちて来た……。
アンノウンのコメント ふへへへ レリッ君、あっそびましょー




