女王の使命と勇者の義務
実の所、どうせ事故だろうなってのは分かっていたわ。短い付き合いだけれどレリックさんが初対面の相手を襲う最低な人とは思えないし、問題が多いとは言っても勇者と仲間を選定する術式で選ばれたのだから違うとは思うわ。
……でも、幾ら何でも多過ぎないかしら? その短い付き合いの中で私が二回被害を受けて、知り合いのティアさんも水浴び姿を見られたらしいし。短い間だけで三件、そして今回で四件目。どうも怪しいし、この四件が全てだとは思えないわ。
「勇者様、お飲み物をどうぞ!」
「今から踊りが始まります」
妖精さん達による歓迎の宴。試練は後回しにして開かれたのだけれど、どうも本人達が騒ぎたいみたいね。空中を飛び回りながらのダンスや歌、運ばれてくる料理の数々。陽気で騒ぐのが大好きな人柄が伝わって来たわ。
「勇者様もご一緒に歌いましょう!」
「え、えっと、私、歌は少ししか知らないし……」
「ならば私達が一緒に歌いましょう!」
少し強引だけれど悪い気はしないわ。まるで村のお祭りの時みたいで、見ているだけでも楽しくなれるもの。でも、向こうがちょっと気になるわね……。
「それでは賢者様。我々の神に捧げる舞いをご覧下さいませ」
平伏の姿勢から恭しく告げられてから始まったのは厳かな神事の舞い。私の周りで行われているのが自由気ままで楽しむのを優先する物なら、その舞いは神への祈りが籠もった丁寧で美しい正確無比な動きだったわ。大勢が寸分の狂いも無く、神事の衣装であるキグルミを着て踊る。凄い違いにビックリだわ。
「……ねぇ、アンノウン。さっき言ってた事は本当かしら?」
そんな姿を見ていると、レリックさんを女装させたり私の顔にクリームパイをぶつけたのが嘘みたいに見えて来るわ。だから私は宴の途中で動き出したパンダを通してアンノウンに質問したの。妖精さん達は本当は悪戯好きな性格なんかじゃないって。賢者様の周りで踊る妖精さんの姿を見ていると不思議と信じられた。アンノウンの言葉なのにね。
「さっき言った事? おいおい、本気にしたのかい? 確かに僕はゲルちゃんの記憶力を心配しているみたいな事を言ったけれど、ツッコミにボケをぶつけただけだって」
「違う、そっちじゃない」
アンノウン、もしかしてわざとやってる? 何か理由が有るのなら、今はこれ以上何も訊かないで宴を楽しみましょう。
「……あれ? 所で妖精さん達は賢者様と女神様が夫婦だって知っていたけれど、どうして知っているのかしら? 一応隠している事なのに」
そんな疑問が浮かんだけれど、身内が関わると途端にポンコツになる賢者様のが事だもの。きっとポカをやらかしたかでしょう。そうじゃないならイシュリア様ね。神様関連のトラブルの九割以上の原因らしい方だし。そう思うと自然と納得が行くわね。
所でレリックさんがどうしているかというと、ヴェロンさん(様付けは不要らしい)とイチャイチャしているようで、よく見れば目で助けを求めている。少し離れた場所からでも酔いそうになる程に強いお酒を勧められているし、今なんて無理矢理口移しで飲まされているわ。
「……頑張って」
あの人はヤバいって私の直感が告げている。だからなるべく関わるのは止しましょう。うん、本当に危なくなったら賢者様がどうにかしてくれるわ。だから私は耳が利くレリックさんには届く程度の小声で応援すると見ない事にした。背を向け、楽しそうに歌い踊る妖精さん達に加わって遠慮無しに宴を楽しむ。酔いつぶれたら大変な事になるだろうし、レリックさんの事は応援するわ、心の中で。
「やったー! フカフカのベッドだーい!」
私達が妖精郷に来たのはこの場所でのみ採れる特別な金属、通称”妖精鉱石”を手に入れる為だったわ。でも、幾ら勇者と仲間でも無条件でくれる訳じゃないらしい。その条件こそが試練の突破。だけれど試練の準備が有るからって今日は客間に通されたわ。何故か私の部屋にアンノウンが居るけれど。
「アンノウンの正体は獣だし、女の子の部屋に勝手にとかは言わないわ。でも、貴方って賢者様の使い魔でしょう? 何しに来たの?」
「え? そりゃゲルちゃんの疑問に答える為だよ。マスターの所は不必要なのに護衛やら何やらが入って来て面白くないし、それならゲルちゃんで遊ぼう……ゲルちゃんと話そうと思ってさ」
「今、絶対ワザと間違ったでしょう? まあ、良いわ。じゃあ、最初の質問だけれど……」
「分かっているよ! 此処最近の体重の急増の理由でしょ?」
「違うわよ! だいたい、私は体重なんて全然増えてないもの!」
「……え? 本気で増えていないと思ってるの? 僕が体重計に悪戯している可能性を考えなきゃ駄目だって」
パンダから聞こえて来る声は心底した声。つまりは全力で私を弄くりに来たって事ね。でも甘いわよ。だって私は確かにちょっと……いえ、結構食べるようになったけれど、それでも女神様に散々運動させられているもの。だから大丈夫……よね。
頭では大丈夫だと分かっているけれど、私を真っ直ぐ見詰めて来るパンダの無機質な目を見ていると不安になって来た。いや、だって別にお腹周りだって太くなってない……と思うし、どうせ嘘なのだろうけど。
「まあ、嘘なんだけどね」
「……矢っ張り」
うん、安心したわ。いえ、私は自分が太っていないって信じているし、賢者様や女神様が気が付く筈だから体重計に細工が出来る筈もないもの。でも、恐ろしいわ。慣れたと思っていたアンノウンの悪戯だけれど、まさかこんな風に来るだなんて。
「さて、話が逸れたから本題に入ろうか。妖精達が悪戯をキャラ付けの為にやっているとか、マスターとボスの関係をどうして知っているとかだよね?」
「ええ、そうよ。所で話が逸れたのは誰の責任かしら?」
「何を言っているのさ。僕以外の責任な訳が無いじゃないか。ほら、また話が逸れた。人と話す時は真面目に聞かなくちゃ駄目だよ? 常識だからね」
よりにもよってアンノウンに常識を説かれたショックは凄まじい。まるでイシュリア様に問題を起こすなって言われたみたいで、全力で反論したい気分を何とか抑え込んだ。駄目よ、ゲルダ。此処で反応するからアンノウンは楽しんじゃうんだから。
私が怒りを堪えているとアンノウンは語り始める。絵本や文献での断片的な情報ではない妖精さん達についての詳細な情報を……。
「先ず妖精ってのがどんな存在かというと、精霊の幼体みたいなものさ。僕と同じで生まれて間もない子供なのさ。だから僕も彼等もどんな悪戯をしても許されるべきなんだ」
いや、限度は有るわよ? 特にアンノウン。貴方のは悪戯の範疇を越えている時が有るもの。もう少し自重なさい。
「妖精が成長し、ある程度の年齢になったら精霊へと変わるんだ。その時に必要なのが妖精の女王。妖精を精霊に変え、新しい妖精を生み出して次の女王を選んで、その後で死んじゃうんだ」
「えっ!? そんな、役目を終えたら死んじゃうって……」
それじゃあまるで役目の為だけに生まれて来たみたいじゃない。レリックさんに接するヴェロンさんは確かに刺激したら不味い事になるタイプの人だけれど、それでも自分の恋に夢中になれる普通の心を持っていたわ。でも、役目を果たして死ななくちゃ駄目だなんて悲しいわ。
「まあ、普通にゲルちゃん達と平均寿命は同じなんだけれどね。そうやって新しく生まれた妖精の世話を成長した妖精が見て、その妖精が世話が出来る位になる頃に年老いたのから精霊に変化するんだ。因みに先代の女王は隠居中で悠々自適に暮らしているよ」
「あっ、別に早死にするとかじゃなくって、普通に寿命を迎える時に、役目が有るだけね、それじゃあ。……いや、もっと早く言いなさい!」
「何倍速?」
「違う。そっちじゃない!」
速くじゃなくて早く! 確かに言葉じゃ分かり辛いけれど分かっていて言ったでしょ! 少し話しただけなのに疲れがドッと押し寄せて来て、私はベッドに倒れ込む。これ以上ツッコミを入れる余裕は無いわね。
「因みに神の命令で動く存在である精霊に変化するからか信仰心はガチでさ。当の神達からドン引きされてるんだ。でもガチ過ぎて放置はイシュリアのやらかしを放置する並みにヤバいから定期的に誰かが顔出す貧乏くじ引かされて、僕が生まれる前にティアが妖精に興味持ったから、ボスが家族旅行のついでに引き受けたんだってさ。面倒だから二度と行きたくないって言ってたし、留守番はそれが理由だよ」
「貧乏くじを自分から引きに行ったのね……」
「ボスは真面目だからね。妖精も根が真面目だから人間の前じゃ自分達へのイメージ通りに振る舞ってるんだ」
「……もう何からツッコミを入れれば良いのやら」
疲れていたし、慣れてしまったから疑問に思わなかったのだけれど、後から考えれば別にツッコミって義務でも何でもないのよね。私、何でツッコミ入れるのが前提になっているのかしら?
「まあ、周囲がボケだらけだからじゃない?」
一番ボケる奴が何を言ってるの、そんなツッコミを入れる余力すら残っていない私は静かに目を閉じる。
この日、不思議な夢を見た。真っ暗なのに何故か落ち着く場所に居る私は誰かの声を聞いているの。男の声で私を守ってやるって言ってたわ。……一体誰なのかしら?
アンノウンのコメント ふっふっふ。もう遅いのさ、ゲルちゃん 君はすでにツッコミ役だ




