理解する少女 理解が足りないツンデレ
「こっちだよー!」
「そっちじゃないよ。こっちだってばー!」
私の膝の辺りまで水没した林の中、私は周囲から聞こえて来る無邪気な子供みたいな声を聞きながら進んでいた。流される程じゃないのだけれど足が浸かっている水には流れがあって体力を奪って行く。ちょっと休憩しようにも生えている木は細長い物ばっかりで登ったら折れちゃいそうだし、何本も折って重ねれば一時的な休憩所にはなりそうだけれど、多分怒られちゃうわね。
「こっちこっちー!」
「僕が言っているのが正解だよ。他の声は嘘吐きだからねー!」
普段なら何とも思わないのでしょうけれど、こうやって困っている時は少し鬱陶しく感じるわね、この声って。まるでアンノウンに囲まれてるみたいだわ?。いえ、流石に失礼な感想なのでしょうけれど。
「それにしても……」
少し楽そうな道を選んだレリックさんに腹が立つ。向こうは可愛い女の子が居たし、本当にあの人ったらロリコンなんじゃないかしら?
そもそも私が一人でこんな事をしているのには理由が有るわ。まあ、理由も無しにこんな大変な事をするだなんて有り得ないのだけれど……。
遡る事二日前。私とレリックさんは誘拐されていた人達の一部を解放して、話を聞いた後で賢者様がそれぞれの故郷に送り返したわ。世界間を自由に行き来して好きな場所に転移可能って凄いわよね。優秀な魔法使いが修行を積めば特定の拠点とマーキングした対象の近くの間に限って可能らしいけれど、賢者様はそんな制約無いもの。
「面倒な話も栄養のバランスも今日は忘れましょう。……あっ、いや。一応魔法でどうにかしましょうかね」
この日、食卓には何時もと違う料理が並んでいたわ。マヨコーンピザにミックスピザ、フライドチキンにポテトチップス。普段は栄養のバランスを考えつつ美味しい料理なのだけれど、偶にはこういったジャンクフードが食べたくなるって賢者様が言い出したの。まあ、言葉の通りに魔法でどうとでもなるらしいけれど、食事にそういったのは持ち込みたくないらしいわ。
「ジャンク……?」
ジャンクフードって何かしら? ちょっと味の濃いお肉中心のメニューに躊躇いつつも、ついつい手が伸びてしまうわ。濃い味付けで、口の中でシュワシュワ弾ける炭酸飲料って飲み物も合うし、今日だけなのが惜しいわね。
「ちぃっと雑多な味付けだが悪くねぇっすね、賢者様。簡単なパーティーには最適だ」
ビールジョッキを片手にフライドチキンを骨ごとバリバリと食べながら喋るレリックさんだけれど、そんな食べ方をしているから口元に食べかすが付いちゃってるじゃないの。
「レリックさん、ちょっとこっちを向いて。もー! 手間が掛かるわね」
ティッシュでレリックさんの口元拭いてあげるのだけれど、レリックさんったら少しも抵抗しないで受け入れて。……もしかして年下に世話をされる願望でも有るのかしら? いや、考えるのは止めておきましょう。
「レリッ君ったらゲルちゃんの尻に敷かれてるよねー」
「なすがままだよね、君」
「そんなだからロリコン扱いされるんだよ」
「あっ! 昨日担当の僕、それは僕のピザだよ」
「名前なんて書いてなかったよ? だから早い者勝ちさ」
「マスター! 次はオレンジジュースが飲みたーい!」
「ムシャムシャモグモグ。レリッ君って凄い年下が好みなの?」
私が心の中に留める気だった言葉を遠慮無しに口にする声。それと同じ声が六つ続けて放たれる。テーブルの上には今、子猫サイズのアンノウンが七頭全て揃っていたの。取りあえず一言コメントを。……頑張って、レリックさん!
「それにしてもアンノウンが集めてくれた人手のおかげで随分と情報が手に入りました。私が魔法でパパッと集めた場合、それで解決しても得られる功績が激減しますからね」
チャーシューを山盛りに乗せたラーメンを啜りながら賢者様が語る。そう、世界を救う為には勇者である私が人を救って功績をあげる必要が有るのだけれど、賢者様みたいに神様側の方々の力を借りてばっかりじゃ得られる功績が大きく減っちゃう。だから遠回りに見えても私が出来るだけ活躍しないといけないし、アンノウンの部下のキグルミさん達の協力はギリギリで一般人の協力扱いみたい。まあ、どう見ても一般人じゃないのだけれど。
今日も他の世界から誘拐された人が無理矢理建設させられていた砦の場所を突き止めてレリックさんと一緒に支配していた魔族を倒したわ。
でも、その魔族の名に賢者様はちょっと考える事があって、悩んでる時はこんなメニューが食べたくなるみたい。ニュマ・リリム……そう、リリム。レリックさんも私達の仲間に加わる前に会った事がある名前で、賢者様も倒した魔族の名前らしい。
「……同じ怪物名を持つ魔族は同時期に誕生しないはず。可能性は低いですが随分と質の悪い上司が居るらしいですしコードネームの一種なのか、それとも何かが変わったのか。考えてたら凝ったメニューとか繊細な味付けとか面倒になりました。なので今日は魔法オンリーです」
怪物名……確か座学で習ったわね。魔族は誕生した瞬間から名前と名前への誇りを持っているらしいわ。例えば私が最初に戦った魔族の名前はルル・シャックスだけれど、シャックスの部分が怪物名。どうやら特別な意味が有る言葉らしく、どんな力を持つ存在なのかを示している。だから別の周期に同じ怪物名を持つ魔族が現れたら記録から能力が分かるらしいわ。隠せばいいのに誇りが有るから隠さないとか理解出来ないわね。私からすれば助かるのだけれど。
「賢者様って実は面倒臭がりよね」
「別に良いじゃないですか。私だって人間ですよ? 年中無休で働き続けて理想的な姿を貫くとか無理ですよ。面倒臭い」
「此奴は基本的に怠けたい時には怠けるぞ。昔も剣道とやらの練習も師範を務める祖父の目を盗んでサボっていたらしいからな」
「……」
あら、レリックさんったら少しショックを受け過ぎじゃないかしら。たかがそれだけの事で絶句するだなんて、賢者信奉者って面倒なのね。
「レリックさん、よく考えて。普段から私みたいな子供の前でも、溺愛している娘の前でもイチャイチャする方よ?」
まだまだポンコツな所を少ししか見ていないのに、この程度でショックを受けていたら心が持たないと思うのに、レリックさんは私の言葉に更にショックを受けちゃって固まってしまったわ。あら? フライドチキンが最後の一個ね。レリックさんが手を伸ばしたから諦めたけれど今なら……。
そう思ったのにフライドチキンに伸ばした私の手は空を掴み、フライドチキンを持ち上げたパンダが尻を私に向けた状態で左右に振る。煽っているのかしら? 明らかに煽っているわよね?
「甘いよ!」
「ふっふっふ! 食い意地なら誰にも負けないさ!」
「それじゃあ最後の一個は僕が貰おう!」
「そう! 本日担当の僕がね!」
「いやいや、昨日担当の僕だって」
「じゃあ、間をとって明後日担当の僕が!」
「こらこら、喧嘩は駄目だから一昨日担当の僕が食べるよ」
「「「「「「「食べるのは僕だよ!」」」」」」」
……自分だけで喧嘩が可能って器用ね、アンノウンったら。パンダのコントロールの争奪戦をしているのか机の上をパンダがウロチョロしていて慌ただしいし、結局は一匹が七匹に分裂したのだし勝負なんか終わりそうにないわ。
「じゃあ、私はご馳走様ね。レリックさん、行きましょうか」
普段ならデザートも食べる所だけれど、流石に脂っこい物を食べ過ぎたわね。
「……本当に魔法って便利よね」
あれだけ食べても太る心配をしなくて良い事に安心しつつ私はレリックさんの手を引いてテーブルから離れる。お皿は勝手に消えちゃうし、少し部屋で本でも読みましょうか。
「いい加減にしろ!」
拳骨が七発落ちる音を背中に浴びながら私は外の景色に目を向ける。此処からは見えないけれど、明日行く場所が少し楽しみだったわ。だって私がずっと絵本で憧れた所だもの。
「まあ、期待し過ぎるのは駄目ね。……それにしてもアンノウンが悲鳴すらあげられないなんて」
アンノウンのコメント 悶絶中にて不可能




