幸せと最期の言葉
幸せって何だろう? 不幸せって何だろう? 僕は前からそれが分からなかった。家族と一緒にサーカス団をやっていた頃、僕はピエロとして芸を披露していたんだけれど反応は様々だったよ。
楽しそうな人も居れば退屈そうにしている人だっている。同じ物を見ても感じる物は同じじゃないんだし、幸福も不幸も同じじゃないのかな?
一人は寂しい? 一人が好きだって人は居るよ? 群れで行動する動物も居れば、生まれて直ぐに親離れする生き物だって居る。じゃあ、そっちの方は不幸なのかい? 質素な暮らしでも満足な人や贅沢じゃないと駄目だって人も居る。
でさ、ネルガル君が言っていたんだ。幸か不幸かの区別って比較する対象が存在してこそだってね。
「この世に黒しか色がなかったら、そもそも黒って色の名前さえ存在しない。不足しか知らない人と不足を知らない人が不幸と思うラインだって同じさ。普通なら不幸だって思う現状でも、自他問わず幸福だって思う事を知らなければ、それが普通でしかないんだ」
うん、思い出した結果、全く理解出来ないや! 実は今回の計画だって全然分かってないんだよね。だって僕は七歳児だもーん!
「アヒャヒャヒャヒャ! さーて! どれにしよっかな? これかな? あれかな? 全部かな?」
そんな僕が居るのはネルガル君が魔法儀式を行った洞窟の中。先生から出されたけれど途中で怠けてたから慌ててやった宿題で作ったモンスター達の横を通り、一番奥まで行けば魔法陣から噴き出す煙が部屋に留まって濃くなってる。転んだら嫌だし、慎重に進んだらネルガル君のお姉ちゃんは意識を失ってた。本格的に儀式が発動するまでは無理にでも生かして置くんだっけ?
そんな事より重要なのは、発動するなり効果が最終段階まで達する煙の発生源の此処まで来るだろう誰かが感じるインパクト! アフロなカツラに肉じゅばん、そして当然鼻眼鏡ー!
「全部にしたら個々の印象が薄そうだし、此処は何か一つに絞らなくちゃね」
ネルガル君は悪戯するなって言ったけど、だって僕は悪戯大好きだからお断りさ! 友達の想いも! 他人の痛みも! 正直言ってよく分からない! だから僕は楽しむのさ。自分勝手に好き放題に、この人生を謳歌する。まだまだ悪戯がし足りないよ。もっともっと命の苦痛の表情を見たいな。
「……ならば彼女ではなく、来た者をターゲットにしてはどうだい? 見掛けを奇抜にした場合、遠くから何か変だと思いながら寄って来るけど、直前まで分からない悪戯ならば一瞬で空気を変えるよ。落とし穴を掘るか頭上からタライが落ちて来るか、その辺が定番じゃないかな? 僕のオススメは落とし穴の中にカレーを入れておく事さ。矢っ張り悪戯の最大の楽しみはターゲットの反応だからね」
「それ良いね! って、一体誰……パンダだぁ!」」
横から聞こえたナイスアイディアに僕は喜ぶ。でも、よく考えたら変だよ。僕以外の誰も居ないし、門番達だって反応していないのにさ。ビックリして横を見たら誰も居ないけど、下を見ればパンダのヌイグルミが立っていたんだ。
「ねぇ、パンダさん。パンダさんはお名前有るの?」
「モチのロンさ。僕の名前はアンノウン。愉快で明るい善良なパンダさ」
その場で一回転して威嚇のポーズを取るアンノウン。可愛い! 欲しい! よーし! 連れて帰っちゃえ! だって前からパンダを飼いたかったんだもん! でも、家族は駄目って言ってたし、先生も許可をくれなかったけど、動くヌイグルミなら問題無いよね? 抵抗されても僕に勝てる筈が無いしさ。
「ねぇ、アビャク君。僕、君にお願いが有るんだ。聞いてくれたら嬉しいな。お礼に君が一度も行った事の無い場所に招待しちゃうよ!」
「わーお! 何処だい? 美味しいお菓子は沢山有るかい? どんなお願いだって大丈夫! だって僕は万能だもーん! きっと僕は勇者に選ばれていたんじゃないのかな?」
きっとそうだよ。ネルガル君は自分を天才だって言うけれど、僕なんか自分の体を好き放題に作り替えちゃえるもーんね。僕が魔人になってなきゃ、勇者の座は約束されてたよ。……あれれ? 今回の勇者はオレジナから出るんだっけ?
「それでお願いなんだけれど……今直ぐ死んで欲しいな」
「ほへ?」
言葉の意味を理解する前に僕の背中を何かが貫いて先端がお腹から突き出る。これは爪? 首を半回転させようとしたけれど何故か出来なくって、そんな事よりも感じた物に頭が変になっちゃう。それは痛み。魔人になって先生から力の引き出し方を教わってから感じた事の無い物。それを僕は今日、強制的に思い出させられた。
「ああああああああああっ!? 痛い痛い痛い痛いっ!?」
涙が溢れ出て叫ぶしか出来ない。体を二つに分けて逃げ出そうとするけれど無理で、もがいても抜けない。誰か、誰か助けて! 先生! ザハク! ネルガル君! お願いだから助けてよぉ……。
「お父さん! お母さん! お姉ちゃん! 助け……」
「君、変な事を言うよね。英雄になる筈だった力を魔族の力に変えるには血縁者を殺さなくちゃいけないのに。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも君が殺したんじゃないの?」
「……え?」
何で知っているんだろう? 僕の家族は確かに僕が殺したよ。だって先生が僕を今の僕にしてくれて、もっと楽しい事をしたかったら皆を殺しなさいって言ったんだもん。でも大切な家族だから死体からえぐり取った目玉は何時も持ってるし、楽しい事は見せてあげて共有しているんだ。
それに家族なんだ。家族は何があっても家族だから、僕を助けてくれるのは当然じゃないの? だって、僕は家族の中で一番小さくて……。
「あっ、そうそう。案内する場所を教えてあげようか。僕の腹の中さ。正確には僕の本体の腹の中だね。残念! 僕は本物のパンダじゃ無かったのさ!」
うん、それは分かってた。改めて言われても困る。目の前の空間が歪んで巨大な赤黒い獣が顔を覗かせる。僕、食べられちゃうの?
「嫌だよ。助けて……」
この時、僕は腹を貫いていたのは目の前の獣の爪だって理解したよ。涙を流して怖がっても獣は僕を食べるのを止めようとしてくれない。直ぐ近くに迫った獣の口はエチケットを考えてかミントの香りがした。
何で、どうして助けてくれないんだよ、お姉ちゃん。何時何があっても僕の味方だって言ってたのに。ずっと守ってくれたのに。……あれ? 僕、そんなお姉ちゃんをどうして殺しちゃったんだろう? 死んだら二度と会えないのに。もう助けてくれる筈が無いのに……。
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で……。
「……何で?」
誰もその答えを教えてくれないまま僕の体は口の中に放り込まれ、そのまま閉じられる。もう身動きすら出来ないや。少し喋るだけの力は残っているかな?
「……ごめんなさい」
こうして僕の人生は終わった。幸せだったのかな? 不幸せだったのかな? …ごめんなさい分かんないや。
「……貧乏くじを引かされちゃったなぁ。子供を殺すのは無理だけれど魔人の存在は見逃せないからって僕に押しつけてさ。この魔法陣はゲルちゃんが活躍する為に放置して、帰ったらマスターに遊んで貰おっと……」
「……おや、アビャクが死にましたか。残念ですねぇ。何だかんだ言って頼みは聞いてくれる子だったのですが」
何やら研究資料の整理をしている最中だったウェイロンは手を止めて静かに呟く。確かに彼の声からはアビャクの死を惜しむ感情が感じられた。普段の薄っぺらい感情の振りではない本物の感情だ。
「まあ、別に良いですねぇ。だって所詮は実験体。観察で十分なデータは得ましたし、ネルガルの方が素材として優れています。彼さえ居れば……アビャクは用無しでしょう」
だが、続いて吐き出した言葉にはアビャクへの関心が一切籠もってはいない。既に終わった事、用済みの案件。彼から感じるのはそんな考えだけだった……。
「さあ! これから面白い事になりそうです。このまま進めば私は君を手に入れられる。もう誰にも渡さない。例え本人が拒絶したとしても、私の愛は変わらないのですから」
アンノウンのコメント ノーコメントで!




