僕は信じている 家族の絆を
「平和だなぁ……」
青い空の下、そよぐ風を肌で感じながら僕は呟いた。目的地である慰霊碑の設置された場所に最も近い町……確かニウだっけ? ニウのオープンカフェでミックスジュースを飲みながら行き交う人達の姿を眺めれば皆幸せそう。手を繋いだ親子や恋人らしい二人組。この町、悪徳貴族だった前の領主が別の家の人に代わった後に人が集まって作られた町だと聞いているけれど、僕が村に住んでいた時に有ったら良かったのにな。
「まあ、その場合はこんなに平和じゃないか」
色欲に溺れた強欲な馬鹿が領主だったらどれだけ条件が良い場所でもまともな町が作られる筈もないものね。決してあり得ない感想に苦笑しつつケーキにフォークを伸ばす。子供の一人旅だって言ったらサービスしてくれた苺のショートケーキ。うん、美味しい。贅沢を言えばチョコケーキが一番好きなんだけれど、親切で貰った物に文句は言えないよ。
……このカフェの店長もそうだけれど、エルフってのは本当に善人が多いよね。例外は勿論居るんだろうけれど、基本的に逞しく暑苦しい位に真っ直ぐで人が良い。そんなにだからこそ前の領主はエルフを嫌って追放したんだよね。それが最後の切っ掛けになって家の取り潰しが決まったんだけどね。
ああ、楽しかったなぁ。僕が先生と一緒に復讐に行った時の彼奴の姿はさ。
「この狼藉者共がっ! 警備の者達よ、早く来い! 愚かな者達に罰を与えるのだ!」
僕達が顔を見せて用件を伝えても余裕を崩さず、酒を飲みながら大声で喚き散らしていたっけ。その度に体中の脂肪がブヨブヨ動いて笑えたよ。そもそも領主の部屋に余所者が入っている時点で警備の人達に何かあったって分かりそうなものだけどさ。
ああ、その程度も分からない馬鹿だったっけ。自分に都合が悪い事は想像せず、悪い結果になれば非の無い相手にさえ烈火の如く怒り狂ってたからこその暴君だもの。
「ひ、ひぃ! か、金なら好きなだけ持って行って良いから命だけはっ!」
元々プライドだけは高くて、それに相応しい振る舞いなんてして来なかったから、自分の危機を悟った時も醜かった。腰を抜かしたのか四つん這いになって逃げるんだけれど、ズボンのお尻の部分が破れてパンツが見えていたよ。先生方?が操っている部下だった人達の成れの果てに囲まれて涙を流し、恐怖で顔を歪ましてさ。
自分が言い掛かりを付けた領民が許しを求めた時、謝った程度で誰が許すかって気絶するまで鞭打ちを続けたのは誰だっけ? それを伝えたら、覚えがない、自分じゃない、そんな子供みたいな言い訳をしてさ。
でもさ、僕や先生だって良心がある。死にたくないって命乞いするのなら、少しでも長く生きていられる方向に持って行ってあげるよ。何故か途中から死なせてくれって言ったけど、まあ初志貫徹って事で。
……所で強盗だとして、後々の事を考えれば口封じに殺してしまうのが普通だよね? 殺さず奪っても財宝の価値が変わるなんて珍奇な現象が起きる筈も無いんだから。
「本当に楽しかったなぁ……」
しみじみ思い出しながらポケットに手を入れてペンダントを取り出す。真ん中に濁った緑色の石をはめ込んだ古ぼけた何の変哲もない物だけれど、指先で石を引っかいて傷を付ければ絶叫が聞こえて来たんだ。
周囲の人には聞こえている様子はない。でも、直ぐに傷が消えた所に爪を立て、グリグリと動かせば深い傷が入って更に大きな絶叫が響く。魂を直接傷付けられるのは神経に触れられるよりも痛いって話だけれど、死にたくないって言ってたから生かしてあげているんだから我慢して貰わないと。
「領主と組んで大勢を呪い殺したんだ。この程度で済むならラッキーじゃないかな?」
あの領主は本当に馬鹿で強欲で、思い付きで領民を無理に集めて森を切り開かせたり、崩落の危険を無視して坑道を広げさせたり、それで住処を失った生き物が人里に来れば責任は取らないし、被害が出ても莫大な税率を下げもしない。
ほーんと、あの呪術師と組めた事は彼奴にとってラッキーだったよね。それで調子に乗って好き放題の末路が家の断絶かと思うと笑えるけど。
「さて、行こうかな」
フォークを振り上げてペンダントの中心に思いっきり突き刺した僕は立ち上がる。ジュースの料金を払った後、ペンダントを海に捨てたいと思ったけれど我慢した。この状態でも溺れる苦しさは感じるし、権力者の多くが求めるらしい不老不死っぽい所が有るから想像するだけで楽しいけれど、一応僕の切り札だからね。
まあ、これがあっても賢者の使い魔には絶対に勝てないけどさ。いや、仮にも世界を救った片思い拗らせ系英雄の先生の術をクシャミで跳ね返すってさ……あれは笑えたよね。こっそり魔法で覗き見してて良かったよ。パンダと目が合っちゃったけどさ。
上には上が居るし、勝てない戦いはするべきじゃない。魔法の天才の僕だけれど退き際だって理解しているのさ。アビャクは相手が強くても全力で弄くりに行くから組んでる時は困るんだよね。
「……三匹、かな? 信用されていないよね、僕って」
屋根の上に一匹、物陰に一匹、ついでに背負った荷物の中にも一匹。……最後のはアビャクだな。彼奴、悪戯の積もりなんだろうけど実は持ち上げた時から分かっていたよ。どうせ驚く僕の姿を覗き見して楽しみたいんだろうけれど、詰めが甘いんだよね。
それは良いとして、僕を見張っているのはオカマっぽいオジさんか飛鳥辺りだろうね。アビャクは問題外として、一応魔族側の先生も信用が無いし、人間な上に先生の部下じゃ疑われて当然さ。何せ先生が一切信用に値しない人だし。胡散臭い笑みを浮かべた先生の姿を思い浮かべながら、何かあっても直ぐに対応可能なように杖に手を伸ばす。但し普段使っている趣味の悪い髑髏が宝玉を咥えたデザインのじゃなくて、極々普通の魔法の杖。
あの趣味が最悪でセンスが終わってる杖、実は先生からの贈り物なんだよね。貰った時は嫌がらせを疑ったけど、後々善意だと分かって驚いたよ。あの人に善意が残っていたのか! 、ってね。あの人って実質的に動く死体だし、防腐処理してるから肉体は腐らない筈だけれど目玉が腐ってるんじゃないのかな? 絶対性根は腐りきってるけれどね。
「殺意は感じないし、疑ってるだけっぽいね。……別の面倒事がやって来たけどさ」
あくまで今の僕は『疫病で滅びた(笑)村の慰霊碑に祈りを捧げに行く一人旅の天才魔法使いの美少年』だからね。天才? そりゃ僕は才能豊かだもん。美少年? 散々言われて来たし問題有るかな?
そんな事はどうでも良いんだ。問題は僕に近寄って来る三人組のエルフのお兄さん達。如何にも体育会系って感じの暑苦しく人が良さそうな笑顔を浮かべている。ぶっちゃけ、苦手なタイプだ。確かオープンカフェで近くの席に座っていた人達だよね? 僕に何用なのやら。
「おーい! 其処の少年、我々も同行しよう!」
「この先にはちょいと強いモンスターが出るからな。流石に子供だけで行くのは見過ごせないな」
「遠慮するな。俺達も慰霊碑に向かう予定だ」
まあ、気が優しくって力持ち、そんなのが種族的な特徴のエルフが子供一人で危険な真似をするのを見過ごせないよね……。多分断っても食い下がらないし、本当に面倒だよ。
……少し思う。僕が魔族の協力者だと知った場合、この人達みたいなお人好しの何割が敵に回らないんだろう? 本能的に人への敵意を持ち、同じ様に人は魔族への敵意を持っている。それこそ洗脳されたとか余程の理由が無いと協力者は例外なく処刑される位にはね。
まあ、流石にエルフでも無理だろう。実際、何度か敵意を向けられた事だって有る。僕だって逆の立場だったら敵意を向けるから文句は無いよ。敵意には敵意でお返しするだけだしね。
でもさ、ただ一人だけ絶対に敵に回らない人を僕は知っている。殺そうと腹を刺した時でさえ謝罪の言葉を口にした人、僕の大切なイーチャお姉ちゃん。それらしい人が一国の姫の専属メイドだって耳にした時、僕は本当に嬉しかったんだ。だから再会したら謝ろう。
ねぇ、お姉ちゃん。世の中って不平等だよね。結局何処かの誰かが不幸を感じて生きている。でもさ、僕はそれをどうにかする方法を知っているんだ。その為にもお姉ちゃんの協力が必要だから、今すぐにでも会いたいな。
会って最初に言わないと。苦しむだけだけなのに殺し損ねてごめんなさい、ってね。あはは! 姉弟なんだし、僕の役に立って死んでよ。死んでくれるよね? だって僕に優しかったもの。昔みたいに僕を抱き締めて、言われるがままに死んでくれるよ、絶対に!
アンノウンのコメント 僕はモンブラン派! 因みにマスターはショートケーキの苺は最後に食べるよ




