既に終わっている……
……別に俺はテメェが世界最強だなんて自惚れは抱いちゃいねぇ。レガリアさんに鍛えて貰った時には上には上が居るって事を理解する方向に誘導されてたし、隊長みてぇに格上の相手と一緒に居たしな。それに最近じゃ武の女神に毎日ボッコボコにされてるし、どう見ても道場剣術の範囲なのに、素の状態で高い身体能力を更に魔法で高めて実戦で圧倒的な力を見せる賢者様みてぇな存在の事も知った。
だが……。
「おや、どうかしたのかね?」
全力で突き出した拳は軽々と避けられ、ハシビロコウのキグルミ姿っつうふざけた格好の奴が俺の腕に乗っている。不思議な事に一切の重量を感じねぇ。どうなってんだ? だが、俺がもう一本の腕で振り払おうとすれば野郎は僅かに動き、腕に人一人分の重量が掛かって俺は前のめりになった。その際に野郎は俺の頭を踏み台にしてから俺の背後に飛び降りるが体重は一切感じない。
「不思議かね? なに、体重分散と気功術の応用に過ぎん。軽気功と呼ばれる技でな因みにこの技は……鉄山靠!」
「がっ!?」
俺の背に野郎の、鳥トンの背中が急激な勢いで叩き付けられる。そのまま俺は前方に吹き飛ばされるが追撃は無い。……舐めやがって。だが、認めてやるよ。キグルミの下で腐れ外道な笑みを浮かべていそうな糞野郎は俺より遙かに格上だってな。
「さっきから随分と余裕だな、おい! 試練を突破出来るもんならやってみやがれって事かよ?」
「ククク、違うな。君には私の趣味に付き合って貰っているだけだとも。まあ、折角試練の相手を頼まれたのだし、この程度の役得があっても良かろう?」
「けっ! ふざけやがって。その余裕かました面に一撃入れてやっから覚悟しな」
「ちょ、ちょっと何をしているのよっ!? もう止めなさい!」
どういう理由かは知らねぇがアナスタシアが俺達の戦いを止めに入ろうとする。あれか? 鳥トンが予想以上に強かったから試練の相手を変更するとでも言う気かよ。残念だがそれは却下だ。俺は……俺とゲルダは絶対に目の前の野郎をぶっ倒して試練を突破するって決めたからな。
「アンタは黙って見てやがれ!」
「それに同感だ。これは互いに了承しての戦いなのでな」
軽快な動きで後ろに下がった鳥トンの手の中には無数の鉄串が現れ、それを構えたまま地面スレスレを滑る様に飛んで来る。そのままの状態での投擲。素手で投げたっつうのに弓矢以上の速度で向かって来るが、既に読んでるんだよ。あの鉄串の威力は既に知っている。さっき正面から叩き落とす気で振るった鎖が弾かれたからな。
「……ほう。そう来たか」
手首のスナップを利かせてグレイプニルを波打たせる。正面からじゃなく、上下左右から軌道を変える一撃に鉄串は次々に弾かれ、こっちに向かっていた鳥トンは前方に踏み込んで止まると天井近くまで飛び上がった。再び構える無数の鉄串。放たれる速度はさっき以上。だがな、それも読めてるんだよ。一度横から叩いた程度じゃ弾けないんだろうが、それなら何度も叩きつけりゃ良いだけだってな!
より激しく、より素早く、何よりも全ての串の軌道を読んで最適の動きを生み出す。一本二本と鎖が弾く度に腕に衝撃が走って痺れそうになるが耐え抜いた。これで半分。全部弾いたら地面に降りる瞬間に一撃叩き込んでやる!
「では、私も言わせて貰おうか。……読んでいたと」
そう強がりを言いながら鳥トンは一本だけ追加の串を投擲した。その速度は今までで一番速く、他の一本に追突して軌道を変える。いや、違う! 一本だけじゃなく、弾かれた奴が次々に他の串にぶつかり、時には鎖に当たって動きを変える事で串の軌道を変えやがった。残り全ての串は俺の鎖に弾かれ見当違いの方向に行く事無く俺に向かって来る。弾かれた事で真っ直ぐではなく回転しながら向かって来るが、刺突が打撃に変わるだけの話。あの速度で当たったら少し効きそうだな。
「まあ、避ければ良いだけだ」
このまま立ち尽くしてたら当たりそうだが、別に相手の攻撃を避けるのは禁止だなんて約束はしてねぇし、してても誰が守るってんだ。俺は串から視線を外さないまま数歩分バックステップで下がり、何かに足がぶつかって動きが止まる。それは俺が弾いた時に地面に突き刺さった鉄串だった。
「言った筈だぞ? 読んでいる、とな」
「ぐっ!」
完全にしてやられた屈辱を味わった一拍子後、俺の体に回転する鉄串が叩き付けられる。まるで太い鉄の柱でぶん殴られた様な衝撃を全身で味わい動きを止めた俺の前に鳥トンの腕が迫っていた。咄嗟に選んだのは回避。だが、俺が足に力を入れた瞬間に地面が砕ける勢いで鳥トンが踏み込んだ影響で揺れる地面。バランスを崩した俺だが、咄嗟に腕で腹を庇う。いや、庇うって程立派な物じゃねぇ。精々が挟み込んだだけ。腕を通して突き抜けた衝撃は俺の腹部を襲う。内臓がグチャグチャになった様な感覚、そして地面を足が離れ後方に垂直に飛んで行く体。
畜生が。此処まで世界は広かったのかよ……。
流石に立っていられない位に弱まった体を術で強化して無理に動かすのもそろそろ限界だ。正直言って手足の骨にヒビが入ってるし、全身がミシミシと悲鳴を上げてやがる。精々一手程度が残った力の限界だ。こりゃ勝つどころか一矢報いるのも無理だろうよ。
「……ったく、散々待たせやがって」
だが、それは俺一人で戦う場合の話だ。ダッセェから崩れ落ちない様に必死に堪える俺の横を金色に輝く一角の羊が駆け抜けて行く。その背に乗ってレッドキャリバーとブルースレイヴを構えるゲルダも金色のオーラに身を包んでいた。
そう、これは俺と彼奴の兄妹二人で挑む試練だ。最終的に妹任せってのも情けない話だが、今回だけ譲ってやるよ。俺が腕組みして見守る中、額から一本の角を生やした羊(カイチって名前の老羊らしい)の突進が鳥トンを襲う。突き出した角の真下に潜り込まれて角の一撃は避けられたが、衝撃を受け止める為の踏ん張りで動きが止まった。
「地印……解放!」
カイチの背からゲルダが飛び上がり、そ硬直を狙って放たれるブルースレイヴの突き。カイチの突進を受け止める為の腕の防御をすり抜けて鳥トンの脇腹に叩き込まれた。だが、それだけじゃ奴は動じねぇ。僅かに体を動かして衝撃を逃がしやがったんだ。だけどよ、ゲルダの攻撃はそれで終わらねぇ。切っ先が命中した箇所に出現した魔法陣。ブルースレイヴの能力であり、その効果は……反発!
「これは……」
堪えきれず遙か後方の壁に向かって飛んで行く鳥トン。そのまま激突してくれれば助かったんだが、その程度の相手なら俺は苦戦しねぇ。空中で体勢を整え、壁に着地して衝撃を膝で吸収してダメージを最小限に抑え、曲げた膝を伸ばす勢いでゲルダの方に戻って来た。鉄串を構えて飛んで来る鳥トンに対し、ゲルダを乗せたカイチも飛び上がる。空中で真っ向からの勝負。
「……今だ!」
ここが勝負の分かれ目。つまりは最後の一手、切り札の使い所。最後の力を振り絞りグレイプニルを放って鳥トンの足に巻き付けて鎖を縮める。空中で引っ張られ大きくバランスを崩した奴に対し、カイチは空中を駆けながら接近、ゲルダも左右の腕に握った武器を振り下ろした。
「メー!!」
「これで終わりよ!」
角による突進と交差して放たれる打撃。避けるのは不可能だ。角の一撃は鳥トンの体をくの字に曲がらせ、交差して放たれた攻撃が地面へと叩き落とす。激突と共に朦々と土煙が上がり、鳥トンがそこから出て来やがった。
「マジかよ……」
絶句するしかないってのは正にこの事だ。あれだけ必死扱いて俺達が攻撃したってのに、平然としてやがる。ダメージを受けた様子すら見せねぇ。俺はもう気力で立つのがやっとの状態。ゲルダも長くは保ちそうにないって状態だ。……絶体絶命って奴か。
「……未だだ。諦めるには早いだろ」
「そうね。未だ負けてないわ!」
「メー!!」
俺達はそんな状況でも諦めるにはちぃっと早いよな。俺達の心は未だ折れてない。立ち向かう意志を見せる俺達に対し、鳥トンは腹に手を当てた。
「……小腹が減ったな。それに飽きた。悪いがこれで終わりにさせて貰おうか」
「ざっけんなっ! 試練は未だ終わって無ぇだろうが!」
食ってかかる俺に鳥トンは肩を竦め、さも呆れているって様子だ。俺が更に言葉を続けようとしたその時、ずっと黙っていたアナスタシアが間に割って入って来た。
「ちょっと待ちなさい! そもそも試練はとっくに終わってるわよっ!?」
……はい? いや、今何って言った?
アンノウンのコメント トンちゃんって口下手だからなあ 故意に




