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ロリコン黒子は見た! 人妻ウサギの黒歴史

 大量の風船が破裂し、轟音と共に黄色の煙に包まれた町の一角でグレー兎は佇んでいた。かなりの音がしたにも関わらず物理的な破壊力は殆ど存在しない虚仮威し(こけおどし)だったらしく周辺への被害は殆ど見られない。精々がガラスが割れた程度だ。……但し、物理的な被害に限っての話である。


「……殺す」


 周囲に漂い続ける煙にはかなりの悪臭がしていた。腐ったキャベツとニンニクと腋臭を合わせた様な臭いで常人でさえ鼻が曲がりそうで意識が朦朧としそうな臭気だが、常人を超えた嗅覚の持ち主がその様な悪臭に包まれればどうなるかの問い掛けへの返答は、気絶している魔族の娘二人がその姿でしていた。悶絶した顔で二人揃ってタイプの違う美少女の面影は見られない不細工顔。そんな中でグレー兎が立っていられるのは頭を覆うキグルミの力。特殊なフィルターが害を持つ気体も悪臭もカットしてくれているのだ。


 ならば物騒な発言は誰に対してだろうか? 完全に舐めた真似をしたアビャクか? それとも目の前で気絶している魔族二人か? いいや、違う。その答えのヒントはグレー兎の腕に突如現れた文字にある。キグルミの右腕で金色に輝く文字。そこにはこう書かれていた。


『キグルミに悪臭が染み込まない工夫はしてあるから安心して。まあ、代償として脱いだ途端にグレちゃんの体に染み込むけれどさ』


 そう。殺意の矛先はアンノウンに向けられている。今抱いている怒りの何割かはアビャクの責任が有るのだろうが、同じ年頃の子供を持つ彼女は犠牲者の可能性が高い子供に怒りを向けられない。その代わり彼の分までアンノウンへの殺意を滾らせるが普段が普段なので理不尽とは言い切れない。本人が知れば盛大に煽りながら理不尽を主張するのだろうが。


「……さて、丁度良い所に的が有りますし……ぶつけましょうか」


 気絶中の二人を見ながら淡々とした口調で呟く彼女だが、知り合いが見れば今の彼女は冷静ではなく、激しく怒りのオーラが燃え上がっていると言い切るだろう。何を誰にぶつけるのか、それを訊ねる勇気の持ち主は限られている。つまり二人の命運は此処で潰えた……かに思えた。


 グレー兎の両手に浮かび上がる深紅の魔法陣。其処から発せられる熱量も込められた魔力も既に先代の魔王すら軽く凌駕している。それこそ今居る町を文字通りに地図から消し飛ばし、地面が完全に焼け焦げた巨大なクレーターを発生させるなど容易な程。


「安心しなさい。無駄に痛めつける趣味は有りませんので」


 気絶した二人の体が浮かび上がり、グレー兎は淡々とした口調のまま両手を向ける。魔法陣が急激に光を増して周囲が目も眩む程になった時、彼女の方に手を伸ばす者が居た。黒子である。黒子としてのキャラ付けなのか喋らない彼だが、喋れたとすれば『あ、あのぉ~』、とでも言った事だろう。


「……何でしょうか?」


「!?」


 肩に手を伸ばしたものの触れる寸前で止まり、恐る恐るといった様子で指先で突っつく程度に収まった少々シャイでヘタレな少年の方を振り向いた彼女は怪訝そうだ。よもや女の子だから見逃せと言うのかとも思ったが、少し前に同年代の少女の姿をした魔族と交戦したと文面で報告を受けたのを思い出す。


「もしかして筆談用の道具を忘れたのですか?」


「……」


「ならジェスチャーでお願いします」


 所在無さそうに肩を落としての無言の肯定。グレー兎は深い溜め息で妥協案、少し追加するならば気弱で真面目な少年への意地悪心を混ぜた提案を行った。


「!? ……!」


 流石に無茶ぶりだったので驚く黒子だが、そこは馬鹿真面目でお人好しな性格が災いして受け入れる事にしたらしい。ゲルダもそうだがグレー兎も少々アンノウンの影響を受けている節がある。言うなれば急性偽大熊猫酷似症きゅうせいにせおおくまねここくじしょう。尚、当然だが鳥トンは元より同類なので一切影響されていない。他人の不幸と苦痛が最高の娯楽なのは彼の生まれつきの性だ。


 それはそうとして諦めてジェスチャーを始めた彼だったのだが、此処から先は難航を極める事になった。


「サバンナ! 違う? ならば……コタツで食べるアイスクリーム……でもないのですか」


 そう。全然正解にたどり着かないのだ。何を言っても黒子は首を横に振るばかり。微妙な空気が漂い二人揃って気まずい感じになっていた。


「畑仕事……いえ、炭坑夫! 惜しい? ああ、石炭……じゃなくて鉱石。鉱石……ああ、功績ですね?」


 この黒子、真面目なのは良いのだが少々頭が固い所があるらしく此処までたどり着くのにジェスチャーの考案時間と合わせて一時間近くが経過している。ジェスチャーも微妙に分かり辛いものだから提案したは良いがジェスチャーゲームなど不慣れなグレー兎には中々通じず、時間を掛けて漸く理解に至った。


「つまり勇者一行の功績稼ぎの為にも見逃せと? まあ、それが回り回って最終的に犠牲者を減らす事に繋がるのでしょうが……」


「……」


 静かに頷く黒子だが、布で隠された視線の先は美風の生足をチラチラと見ている。バレはしないと思ったのだろうが、グレー兎の咳払いで竦み上がった。何となくだが彼は理解する。キグルミの下で彼女は呆れ顔であると。


「真面目な方と思っていたのですが、どうやら年頃の少年らしいですね。ですが彼女は敵ですし、意中の少女が居るのでしょう?」


「!?」


「全てアンノウンから聞かされていますよ。確か十歳程度の女の子に惚れているとか。あの腐れ大熊猫擬きは他人の恥ずかしい秘密を広めるのが大好き……いえ、待って下さい」


 此処まで話した所でグレー兎は気が付く、気が付いてしまう。その情報から考えて自分も当てはまるのではないかと。だが、未だ決定した事ではなく、墓穴を掘らせる計画の可能性も有ると判断した彼女はそれとなく訊ねてみる事にした。結果、黒子は顔を背けて震えている。必死に笑いを押し殺していた。


「……メロリンパッフェ」


「ぶふぅ!」


 それはグレー兎にとって絶対的な禁句、消し去りたい過去。要するに黒歴史。メロリンクィーンのペンネームでノートにしたためていたポエム。今では全てのノートを焼却処分したのだが、先の内乱の際にコピーした物が戦場にばらまかれ、ポエムを元にした歌が今でも偶に流される。その威力や思わず吹き出した為に敵の大将をあっさり仕留める事が出来た程。笑っちゃ駄目だ、それを理解しているが故に黒子は無言の鉄則を破って思わず吹き出してしまったらしい。


「……帰ります。ばーか! ばーか! 貴方の雇い主、腐れ外道!」


 最後にその様な捨て台詞を残す程にキャラが崩壊したグレー兎は転移で姿を消し、黒子はポツンとその場に残る。魔族二人も何時の間にか消え去っていた。居たたまれなくなった彼はしゃがんで指先で地面を引っかくのだが、その動きが突然止まる。



「……!」


 地面に文字を書けば良かった、今頃になってそれに思い当たったのだ。既にジェスチャーゲームで無駄な時間を過ごしてしまっている事が急激に恥ずかしくなった彼の耳に騒ぎ声が聞こえて来る。当然ながら魔族達が大暴れしていたのだ。悪臭のする煙も既に風に運ばれて臭気も収まっている。


「一体何があったんだ」


「うわっ!? ボロボロだな、此処ら辺」


 好奇心が旺盛な子供が来ると思っていたのか大人ばかり(屈強で優しいエルフだから当然だが)なので少し残念そうにしている黒子だが、先程も記したが彼はお人好しだ。困っている人は助けずにいられず、割と簡単に騙される程に。故にアンノウンには頻繁に騙されているし、状況を判断しようと集まって来た人達を安心させるべく文字を地面に書こうとするが、問題に行き当たった。


「!?」


 彼は異世界の存在だ。当然ながら文字が違う。普段の道具には自動翻訳機能が付いているから筆談が出来たが、今は無理だ。


「うん? 動きで何かを伝える気なのか?」


 故に再び始まった。解読困難なジェスチャーゲームが。


「花見! 違うか……」


「分かった! 人妻を寝取った自慢話を大声でしていたら直ぐ後ろに旦那が居た時のチンピラ! ……違った?」


 本当にエルフは人が良い。普通の人達ならば黒子を一目見ただけで疑うだろう。何せ明らかな不審者だ。疑わない方がどうにかしている。この後、エルフ達が根気良く二時間以上に渡って付き合ってくれたので黒子は何とか状況説明を執り行えたのだった……。



アンノウンのコメント  因みに出会いはポエムの執筆中

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