有り得ない話
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「いや、私だって胸の事は自覚しているわよ? 仲間の一人に『胸筋を鍛えすぎたんですか?』とかほざきやがるのが居たから軽くシメてやった位だし」
勇者としての試練を受けに来た私は今、正座でお説教を受けている。如何にも魔法使いですって感じのお姉さんなのにドスの利いた声で正座を要求して来て逆らえる気がしなかったわ。レリックさん? 彼なら私の横で正座しているわ。私は兎も角、どうしてレリックさんまで叱られてるかだけど、自業自得ね。
「確かに此奴の胸は貧相だよな! 一瞬男かと思っ……」
レリックさんは私が思わず叫んだ言葉に続いて笑いながら続き、強烈なレバーブローを食らってしまった。……うん、あれは流石に酷い。私も自分が気にしている癖に失礼だったけど。
それにしても彼女は誰かしら? 前回の試練じゃ先代の勇者が出て来たけれど、二代目も男の人の筈だし。私は大人しくお説教を受けながらも考える。時々レリックさんが余計な事を口にして足を踏まれていたけれど、暫く続ければ言いたい事を言い切ったのか、彼女は満足した表情を浮かべたわ。
「取り敢えず今回はこれで終わりにしてあげるけど、初対面の相手に失礼な事を言っちゃ駄目よ?」
「はい、ごめんなさい。実はブルエルに来た時に襲って来た魔族に生き写しで」
「……ああ、成る程。それで胸だけは全然違ったと。それなら仕方無いわね。魔族が現れたと思ったんなら私だってビックリするわよ」
「本当にごめんなさい!」
「もう良いって。子供相手に何時までも怒らないわよ
納得してくれた様子の彼女にもう一度頭を下げた時、私はまたしても倒れそうになってしまった。咄嗟に横からレリックさんが手を伸ばして支えてくれた。本当にこの脱力感は何なのかしら?
「さてと、そろそろ試練を始めましょうか。この試練を突破すれば勇者には精霊と契約する力を、仲間には勇者と同様に功績によって力が増す祝福が与えられるわ。そして今回の試練だけれど、戦う力の無い仲間を守りながら奥まで来なさい。じゃあ、勇者らしく女の子をちゃんと守り抜きなさいね!」
結局最後まで名乗らないままお姉さんは姿を消し、私とレリックさんは静寂が支配するその場所で暫く黙り込んでいたわ。だって、凄く微妙な空気になったのだもの。
「あの女、思いっ切り間違えてたな。俺が勇者だってよ」
「試練の為に現れたのに判別が出来ないのね……」
よくよく考えれば私みたいな子供が選出されたり、勇者を決めるシステムにも不備があるのだから試練にも有っても不思議じゃないのだけれど、本当に凄く微妙な気分だわ。これ、やる気を削ぐ試練って事は無いわよね?
「……行くか」
レリックさんが立ち上がれば私と繋がっている鎖がジャラジャラと鳴り響く。それに混じって何かがカサカサと蠢き接近する音も聞こえて来たの。普段だったら立ち向かうけど、今の私にそんな力は無い。何とか立ち上がろうと力を込めるけれど立ち上がれずに困った時、レリックさんが私を抱えて持ち上げた。お姫様抱っこ……じゃなくて俵担ぎで。
「テメェは動けねぇし、俺が守ってやる。だから背後の様子をしっかり見てろ。俺は前のみに集中するからよ!」
……頼もしいわね。それにレリックさんの言葉なら不思議と信じたくなるのよ。本当に不思議。レリックさんは肩に乗せた私の位置を何度か調整し、足に力を込めると一気に駆け出した。左右の壁が矢の様に過ぎて行く中、一時は置き去りにして遠ざかった音が速度を上げて接近して来る。闇の中、その姿がはっきりと見えたと同時に全身が鳥肌だった。
「おい、どうしたっ!?」
「く、く、く……」
きっと私の様子が変だって気が付いたのね。レリックさんが少し心配した様子で声を掛けてくれたけれど今の私に冷静に返す余裕は存在しないわ。だって私達を追い掛けて来たのは私が大っ嫌いなアレ……。
「蜘蛛ぉおおおおおおおおおっ!?」
「どわっ!? こら、暴れるな!」
そう、目の前の壁や床を埋め尽くす勢いで群を成して追跡して来たのは巨大な蜘蛛のモンスター。黒い体毛に覆われ、猫程度の大きさのが目測で……百匹位かしら? 直視するのも嫌な相手が緑色に光る目をこっちに向けて迫って来る。それだけでも不気味なのに、背中から生えている物が余計に際立たせているわね。
「あれはコスモスよね? 花は綺麗だけれど……」
その辺にでも咲いていそうな色鮮やかなコスモスの花が蜘蛛の背中にしっかりと根を張っていて、綺麗な花がかえって不気味に見えるわ。えっと、体が上手く動かないだけじゃなくって魔法も難しいけど、かいならデュアルセイバーの力の一つだし使えそうね。
『『コクモス』蜘蛛にのみ寄生し、巨大化させて操るコスモス。意思はなく本能的に動いているが、大群で動くのが驚異。蜘蛛と花のどちらを壊しても動きは止まる。巣は作らず動き続けるがエネルギーの消費が激しい。花は火や冷気に強く、全身に張った根が蜘蛛をそれらから守る』
「おい、どんなのが来てるんだ?」
「えっと、蜘蛛に寄生した花のモンスターで……」
迫り来る無数の足音に背を向け、前だけ向いて走り続けるレリックさんに私はコクモスについて話すけれど、声が震えていたし蜘蛛が苦手だって伝わったかしら?
「……」
それにしても私が今まで見た中で最悪の花ね。私、巨大な蜘蛛のモンスターと出会った時に逃げ出した位に蜘蛛が嫌いなのに。目の前のコクモス達は通路の奥から途切れなく向かって来て、まるで闇夜が大地を覆って行くみたい。ゾワゾワと鳥肌が立った私の体が震えて来た時、体を支えるレリックさんの腕の力が強まった。
「……もうちっと速くなるから舌噛むなよ? この試練は敵を倒すんじゃなくって仲間を守るって内容だ。なら、俺がお前を守ってやる」
「レリックさんって時々素敵に見えるわよね、時々」
「舌噛むつってんだろ、ド阿呆! てか、時々って何だよ、時々って!?」
「いや、だって普段が普段だもの……」
レリックさんはブツブツ文句を言いながらも速度を上げ、今の状態の私じゃ本当に舌を噛みそうだから黙り込む。……素敵だって思ったのは本当よ? 私を守ってくれるってのも嬉しいし、蜘蛛が苦手だって知ったら少しでも早く遠ざけてくれようとしているもの。コクモス達はグングンと遠ざかり、やがて見えなくなる。
「撒いたか? いや、もうちっと行くか」
でも、気が付いているのかしら? レリックさんも声が震えていたわ。ふふふ、きっと私と同じで蜘蛛が苦手なのね。自分では平気な振りが出来ていると思っている所は可愛いと思うけれど……うん、黙っておいてあげましょうか。
折角見栄を張っているのだもの。その位は良いでしょう。今だって本当は自分も蜘蛛から離れたくって必死なんだわ。ちょっと面白くなった私は笑いを堪え、代わりに鼻歌を歌う。お母さんが好きだった歌を……。
「……何で鼻歌なんざ歌ってるんだ?」
さて、どうしてでしょうね? 私、今は喋れないから答えられないわ。それにしてもレリックさんと一緒なら安心出来るわね。本当に家族みたい。まさか生き別れの兄妹……な~んちゃって。死んじゃったお兄ちゃんの事は聞いた事が有るけれど、レリックさんとは種族も名前も違うもの。えっと確か……十六夜だったわね。
でも、生きていたら心配を掛けていたのでしょうね。故郷に残って羊達の世話をしながら勇者としての旅を続ける私の無事を祈るだけで。もしかしたら兄妹揃って勇者一向に選ばれていたかも知れないけど。
まあ、そんな偶然は有り得ないわね。どんな偶然よって話だわ。
アンノウンのコメント ふぅん、蜘蛛が嫌いなんだ。ふぅん




