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別れと旅立ち

「……何で、何で皆私を馬鹿にするんですか? ルルは本当にトロいとか、ルルって魔族で一番馬鹿だとか、挙げ句の果てにこんな子供が勇者だって嘘で騙そうとか……。それに何時の間にか聴覚阻害の魔法が無効化されちゃってるし。私が誉めて貰える数少ない特技だったのに」


 目の前の魔族のお姉さんのルル(あれ? 魔族ってあくまでこの姿で誕生する訳だから私の方が年上?)はうなだれて肩を落とすとプルプルと震え出す。目からは大粒の涙がポロポロこぼれてちょっと可哀想かなぁ。


「えっと、賢者様の魔法だから仕方無いですよ。あの人、淀みの封印にならないからしないだけで、その気になれば魔王も楽に倒せるそうだし」


「えっと、賢者って私の顔面をいきなり殴った人……じゃないよね? 流石に違うか……」


 殴られた時に出た鼻血の跡を指先で触りながらルルは身震いする。まあ、急に現れた相手に顔面を殴られたら怖いよね。でも、聖女様が殺されそうになってたし……。


「いえ、あの人が賢者様です」


 ちょっとショックを受けた姿が見ていられなくってフォローしたけど、出会い頭に顔面を殴打する人が勇者を導く賢者様だって信じられないよね、うん。小さい頃に読んで貰った絵本でも物静かで賢い方ってイメージだったから私も少しショックな気分。でも、まだマシだよ?


「あの人、人前でイチャイチャイチャイチャするし、其れを見せられなかっただけマシな方だと思うけど……」


 本当に勘弁して欲しいよ、流石に! 見ているこっちが恥ずかしくなるやりとりを何度も見せられて、もう賢者様や女神様への憧れに影響が出ている程で……。


「勇者を導く賢者がそんな事する訳ないじゃない! 私、そんな嘘を信じる馬鹿じゃないって言っているのに! もう、貴女なんて死んじゃえ!」


 うん、信じたくないけれど真実なの。もう仲間になるから変に気負わないで良い様に呆れさせているんじゃって思う位。でも、それもバレバレの嘘だって思ったルルは泣きながら怒り出して、叫び声と共に背中に出現した灰色の翼が波打って、羽が一本私に向かって飛んで来た。


「きゃっ!?」


 顔面に向かって飛んで来た羽を咄嗟に躱すけど少しだけ掠めた頬が綺麗に切れてドロリとした血が流れ出していた。ヤバい、切れ味が凄いよ、あの羽。


「避けないでっ!」


「無茶言わないでっ!」


 飛んで来た羽を次々に避けていたらルルは泣きながら叫んで更に羽を飛ばして来る。危ない上にこの羽ってちょっと……。


「臭い……」


 うん、とっても嫌な臭いがするわ。養鶏場みたいな鳥臭さが強烈に漂って来る上に別の臭いまで混ざっていて鼻が曲がりそう。だから思わず口から飛び出した言葉は本人の所まで届いちゃったみたいでショックを受けたのか一瞬固まって、更に激しく泣き出しちゃった。


「く…臭くないもん! 私、ちゃんと香水付けているもん!」


「えっと、羽の臭いが消えてなくって香水と混ざって凄い事になって……ますよ?」


 ううっ、幾ら魔族でも少し罪悪感が……。いやいや、相手は此処まで街を破壊しているのだし、そんな事を気にしたら駄目よ、私。ほら、向こうじゃ火柱が上がっているし、別の場所じゃ空に放った凄い魔力で周囲の建物が崩れちゃっているし、同情なんてしちゃ駄目っ!


「……許さない。街をあんなに破壊するなんて絶対に許さないんだからっ!」


「ええっ!? いや、私が連れて来た子達や借りた子達にはあんな能力持ってない……」


「言い訳しないでっ! 街を破壊しに来た貴女以外の誰が街を彼処まで破壊するって言うの!」


 さっきから街を襲っておいて自分が被害者みたいな事ばっかり言って、今度は自分のせいじゃない!? 私はこの街がどれだけ綺麗だったか知っている。聖女様が自分を押し殺しながらも街が好きだって言っていたのを聞いた! それを此処まで壊しておいて……。


「絶対に許さない! 貴女は私が絶対に倒す!」


 こみ上げて来る怒りが力に変わったみたいに体が軽くなる。気が付けば体中に青い模様が現れて淡く光っていた。これって聖女様の体にあったのと同じだ。突如現れた模様に私は驚いだけどそれ以上に驚いていたのはルルだった。


「そ…それって勇者の証の……貴女が勇者って本当だったんだ」


 絶句した様子で震えながら私を指さすルルの言葉に私は頷き、この時初めて自分の口からこの名乗りを上げる。賢者様や女神様に言われてはなく、自分が名乗りたいと思ったから。



「私は四代目勇者ゲルダ・ネフィス。そして今此処で貴女を倒す者よ!」


 デュアルセイバーの切っ先をルルに向け、真っ直ぐに顔を見据える。もう迷いは無いわ。ルルを倒して勇者に選ばれるに相応しい存在だって証明するんだから! 


「え…えっと……」


 私と正面から目を合わせたルルは直ぐに目を逸らし、指先を合わせてモジモジしだした。羽の動きも止まり今が好機みたいだけど私は待つわ。目の前の相手が勇者として戦うに値するのか判明するのを。



「わ…私はルル・シャックス! 魔族の一員にして勇者を倒す者!」


 そしてルルは自分の頬を挟むようにして叩き、少しだけ声を震わせながらも私をちゃんと見ながら名乗りを上げる。うん、勇者の戦いはこうでなくちゃ。私が心躍らせた歴代勇者の戦いのシーンは何時も正々堂々と誇りの為に戦っていた。だから私もそうなるの。私みたいな子が憧れる勇者に。



「い…行きます!」


 ルルの翼がまたザワザワと動き、何本もの羽が向かって来た。さっきは避けたけど、今度は違う。正面からデュアルセイバーを構え、真上から叩き落とす。凄く堅くて重い物を殴った時みたいに腕が痺れるけど羽は地面に突き刺さっている。さっきは殆ど目で追えなかったのに今度はちゃんと見えていたわ。


「……これのお陰ね」


 こんなの読んだ本には出て来なかったから驚いたけど、勇者としての力を与えてくれているって理解した。これが出る前、私が心の何処かで勇者を名乗る踏ん切りが付かなかった頃には避けきれない位に速く見えた羽が叩き落とせる位に見切る事が出来た。言われるがままに受けた試練を突破して、言われるがままにベルガモットで勇者としてアピールした時の私とは違う。今この時、私は本当の意味で勇者としての一歩を踏み出した。



「急に覚醒なんてズルいわ! これじゃあ私は負ける為に生み出された悪役みたいじゃない! 魔族だって自分の意思と命を持っているのに!」


「……うん、そうだろうね」


 私はルルの叫びを否定出来なかった。どれだけ酷い事をしても、存在そのものを否定して良い理由なんて何処にも無い、誰も持っていない。でも、本当に分かっているのかな?





「じゃあ、どうして人間を襲うの?」


「え? だって私は魔族だもん」


「……そう」


 ちょっとだけ目の前の魔族に同情した。彼女、自分が抱えている矛盾に気が付いていないから。そして今の言葉で覚悟が決まった。



「なら、私は貴女を絶対に倒す。私が勇者で貴女が魔族だからじゃなくって、貴女の行動が許せないから」


「ひっ!」


 一歩前に踏み出せば怯えた仕草を見せたルルの翼から今度は二本の羽が飛んで来る。さっきは一本でも叩き落とせば手が痺れる位だった。でも、今度は一撃で二つ纏めて弾き飛ばす。正面から受け止めるんじゃなくって、軌道を逸らす、そんな風にイメージすれば自然と身体が動いてくれた。どう動けば良いのかデュアルセイバーから頭に入り込んで教えてくれる。


「来ないで、来ないでってばっ!」


 恐怖からか目を瞑りながらもルルの攻撃は激しくなって、今度は五本飛んでくるけど全部は弾かない。横に一歩移動する、それだけで私に当たりそうなのは三本、それを落とした瞬間、ルルに片方の刃を投げつけた。驚きつつも撃ち落とそうと羽を飛ばすけど、当たる直前に小さくなった刃の直ぐ側を通り抜けるだけ。そして、私は投げられた刃に気を取られた隙に駆け出して一気にルルへと迫っていた。


「てやっ!」


「来ないでって言ってるのにっ!!」


 癇癪を起こしたみたいな声で叫ぶとルルの翼が一層激しく震えて今度は十本もの羽が飛んで来ようとするけれど、小さくなったからと意識を外した刃は元の大きさに戻してある。今、ルルはそれに気が付いた。でも襲いよ。目の前に迫っているもの。



「きゃあっ!?」


 咄嗟に顔を庇った腕にぶつかった刃が弾かれて宙を舞う。放とうとした羽はショックで止まって地面に落ちて、私は既に至近距離に足を踏み入れていた。腕を伸ばして弾かれた刃をキャッチ、既に持っている刃の手も上に向けて、顔を庇って視野が狭まったルルの両方の翼を斬りつけた。



 この刃に物を斬る力は備わっていない。だから伝わって来たのは鈍器で殴った時の感触。厄介な羽を飛ばす翼を切り落とせないの。でも、別の力なら有る。




「羽さえ、羽毛さえなければ怖くないわ」


 このデュアルセイバーには相手の毛を刈り取る力が有るんだから!



「あ…ああ、私の翼が……ううっ、うわぁあああああああああん!!」


 羽が一本残らず抜け落ちた自分の翼を見て表情を固まらせたルルだけど、次の瞬間にはその場にしゃがんで泣き出してしまった。見た目だけなら私より上なのに小さい子供みたいにわんわん泣いて、手を目に当てて涙を流す。無力化したし、もうこれ以上の攻撃は必要無いよね?



「えっと、降伏してくだ……っ!?」


 だから大人しく捕まって欲しいと言おうとして何か嫌な予感がした私は咄嗟にデュアルセイバーを盾にして構える。途轍もない衝撃が手に伝わったかと思うと背中が何かにぶつかる。


「かはっ!? い…一体何が?」


 突然受けたダメージで肺の空気が押し出されて状況が理解出来なかった。え? どうしてルルがあんなに遠くに移動して……いや、違う。


「私が移動したんだ。ルルの一撃で此処まで殴り飛ばされて……」


 状況を理解する。自分の甘さを理解する。離れた場所で泣いているままのルルは拳を突き出していた。あんな無造作な一撃で殴り飛ばされて背後の壁に激突するなんて……。


 想定以上の力に恐怖を感じて足が竦む。でも、良いよね? だって私は未熟な勇者だもん。これから強くなるんだから。



「そう! 私は貴女を倒して強い勇者になる! だから怖いって思ったままでも戦ってみせる!」


 デュアルセイバーを構えてルルへと駆ける。両手をブンブンと振り回してバタバタ走るから上半身はグラグラ揺れているし、ちょっと叩けば転びそう。それに……。


「右脇腹を庇ってる? あっ!」


 どうも女神様の攻撃を受けた場所に負担が掛からない様にしているからか只でさえ不格好な走り方をしているのに尚更フォームが乱れている。これは付け入る隙だと確信した私はルルの右側に回り込む様に接近。デュアルセイバーを脇腹目掛けて振るうけど、ルルもそれに気が付いたのか一層無茶苦茶に腕を振り回す。


 周囲を気にせずに振り回すから建物とか木に当たっているけど、触れた場所が爆発したみたいに砕けて破片が飛んで来た。顔に当たりそうな物を思わず手で庇った時、足に痛みが走る。弾いた時に地面に突き刺さっていた羽で足を少し切ってしまったの。そして、この硬直は回避行動を遅らせる結果になった。


「かっ!?」


 指先が胸を僅かに掠っただけで私の体は紙屑みたいに吹き飛ばされる。多分もう少し胸があったら危なかった。この時ばかりは貧乳で良かったって思うけど、ちょっとだけ落ち込んでしまうわね。デュアルセイバーの先を建物の壁に突き刺して勢いを殺して着地、息を整えた私の視線はルルの胸に向かっていた。


 無くはない、寧ろ普通より大きい。……うん、間違い無く彼女は私の敵。だから絶対に倒す。胸とかは関係無しに! 本当に胸は関係無しに!


「もう、もういい加減に死んでっ!」


「死んでと言われて死ぬ馬鹿はいない!」


 再び大きく振りかぶって勢い余って上半身が回転するルルの腕に向かってデュアルセイバーを振るっていた。但し刃の部分じゃなく、穴が空いた持ち手の部分を。ルルの拳は持ち手の穴に入り込み、そのまま二の腕まで入り込んだ所で勢いがなくなった。バランスを崩したルルの足は片方が地面から離れ、立て直そうとした瞬間に引っ張る。ルルは体勢を保てずに背中から倒れ込み、私は彼女の頭に向かってもう片方の刃を振り下ろした。


「きゃっ!?」


 でも、それは咄嗟にルルが頭を逸らしてしまい側面を少し掠めただけに終わる。毛が地面に落ちた。そう、ルルの側頭部の髪がデュアルセイバーの力によって見事に剃られていた。もう見事なまでにツルツルだ。


「え?」


 きっと違和感があって手で触れたのね。そっと指先で触れ撫で回す。何が起きたのか理解出来ずに呆然とした様子で何往復もさせ、毛が一本もない部分を触り続ける。


「えっと、ごめんなさい」


 此処まで街を破壊した敵とはいえ同じ女の子として凄く申し訳ない気分になった私はルルの腕をデュアルセイバーの持ち手から抜き、思わず頭を下げてしまう。



 その頭に目掛けてルルの手が伸びた。直前で気が付いて避けた私はその場から飛び退くとルルは大粒の涙を流しながら腕を振り回して掴み掛かって来る。


「貴女の…貴女の髪の毛も引き抜いてやるんだから!」


 あの手に捕まったら髪の毛だけじゃなくて首まで引き抜かれる! 速いけど動きが雑なお陰で避けれない事は無いけれど最悪を想像して冷や汗が流れる。きっと、だからだろう。隙を見て振るったデュアルセイバーの狙いが甘くなって、刃が正面から掴み取られたのは……。


「……捕まえた」


 咄嗟に引き抜こうとするけれどデュアルセイバーは少しも動いてくれず、引っ張られて踏ん張ったけど簡単に私の足は地面から離れる。持ち手を必死に掴んで放すまいとする中、私の身体は凄い勢いで振り回された。


「わわわわわっ!?」


 このまま怪力で叩きつけられたら不味い、そう判断した私はデュアルセイバーを小さくし、当然遠心力で飛ばされる。背後に迫るのは建物の外壁、私が両足で蹴りつけて衝突の威力を殺した時、ルルの姿は地面から消えて私へと手を伸ばして迫っていた。壁を蹴りつけて前方へと跳んだ私は空中で無防備で避ける方法が無い。このまま捕まって死ぬのか、諦め掛けた私を奮い立たせたのは誰の介入も無いという事実だった。


 危なくなれば助けに入るはずの賢者様が手出しをしない、つまり私ならどうにか出来るって信じていてくれているから。期待には応えてこそ誰もが憧れる勇者になれるんだ。迫り来るルルの腕、防御も不可能で弾き返すのも無理。なら、避けるだけ。


 デュアルセイバーを振り下ろしてルルの腕に叩き付ける。微動だにしないけど私の身体は反動で上に向かい、更にルルの腕を踏みつけて高く跳んだ。足を掴もうと振るわれた腕は僅か下を素通りし、私を見上げたルルと視線が交わる。



「これで……終わり!!」


 全身全霊を込めた一撃がルルの顔面を捉え、地面へと叩き落とす。受け身も取れずに激突したルルの体は大きく跳ねて地面を転がり、何とか着地した私は大きく息を吐き出す。全身が痛みと疲労によって動かす事も困難な中、勝ったのだという実感が湧いてきた。


「勝った……。私が魔族に勝ったんだ……」


 賢者様と女神様が先にダメージを当たえ、眷属の介入もない戦いだったけれど、この勝利は間違い無く私の物だ。達成感や抑えていた恐怖が込み上げて気が付けば涙が流れ出していた。



「あれ? 変だな、涙が止まらない……」


 此処まで泣いたのは何時以来だろう? お父さんお母さんが亡くなって一人だけになった時? 止まる様子を見せない涙で視界がぼやけて前がよく見えないや。本当に変だな……。






「いや、これは幾ら何でも変過ぎるっ!」


 泣き出した時はこんな物かと思っていたけど、気持ちが落ち着いても涙が止まらない。何より賢者様達が何も言ってくれない事に違和感を持った時、ぼやけた視界で誰かが立ち上がるのを見た。いえ、違うわ。誰かじゃなくってルルだ。ルルが立ち上がったんだ。





「えへ、えへへへへ。初めて上手く出来た。聴覚だけじゃなくって、視覚の妨害が……。えっと、目がちゃんと見えなかったら戦えないよね? ……私の勝ちっ!」


 ぼやけた視界でルルが接近するのは分かるけど距離も動きも目で判断出来ない。賢者様が防いだけど、聴覚封じと合わさって本当に恐ろしい力、人を滅ぼす魔族に相応しい能力だ。








「……いえ、違うわね。能力だった、と言うのが正しいかしら?」


「かはっ!? ど…どうして……」


 振り抜いたデュアルセイバーはルルの脇腹に正確に叩き込めていて、拳を振り上げた姿勢で固まったルルは膝から崩れ落ちる。視覚を封じた事で勝利を確信したルルだけど、一つ忘れていたみたいね。




「私は狼の半獣人。……目が見えなくても鼻が凄く効くの」


 今度こそ終わりだと、デュアルセイバーを大きく振り上げて叩き付ける。ルルが倒れる音と共に涙が止まって視界が元に戻った。


「えっと、本当に終わったのよね?」


 ついさっき勝ったと思って油断したばかりだから安心は出来ないと気を引き締めようとした時、ルルの肉体が突如光り出す。まさか未だ戦えるのかと身構えた瞬間、光は粒になって天に昇ってルルの肉体は消え失せた。



「えっと、一体何が……」


「浄化ですね。魔族とは人の負の感情が肉体を持った存在ですから」


「ひゃわっ!? 賢者様、驚かせないで下さい!」


 何時の間にか背後に立っていた賢者様の手が頭を撫でる。倒したんだって聞かされて気が抜けた私だけど、賢者様の視線が私の体の模様に向けられているのに気が付いた。あっ! これについて何か知っているかも。


「あの、賢者様。この模様って何でしょうか? これが出たら力が湧いて来た上にルル……魔族の彼女が勇者の証だって言ってまして……」


「その通り、それは優れた勇者にのみ発現する勇者の証『救世紋様(きゅうせいもんよう)』です。私以外の勇者は発現しなかったのですが……ゲルダさん、貴女は本当に優れた勇者らしい。それに本当に頑張りました」


 賢者様の言葉で驚きと喜びが込み上げる。でも、破壊された街を見たら素直に喜べないよね。崩れ落ちた建物や燃え広がる炎を見ていたら心が痛くなる。もっと強くなって、何かをする人達を倒すんじゃなくって何もさせない、そんな勇者になりたいな。



「じゃあ、街を元に戻しますね。……まさか此処まで破壊するとは。止められなかった事が悔やまれますよ」


「えっと、仕方ないと思います。向こうは街を破壊する気で攻めて来ましたし……」


「いえ、そっちではなくて……さて、さっさと直しましょう」


 賢者様は矢っ張り優しい人だと思う。魔族に街を破壊された事を此処まで落ち込むだなんて。でも、何か様子が変な気がする。あれは罪悪感? でも、どうして?


 その質問をしようと思ったけど、賢者様が何度か失敗しながら指を鳴らすと柔らかい風が吹いて壊れた建物が修復されていく。数秒後には私が初めて来た時と同じ美しい街並みに戻っていた。



「出来れば街の修復はしたくなかったのですがね。此処でしたなら他の街でしないのは気が咎めます。ですが、全ての街に立ち寄れる訳ではない。……どうして助けに来てくれなかった、私が勇者だった時に言われた言葉です。三百年経った今でも心に残っていますよ」


 すっかり元通りになった街を眺めながら呟く賢者様の顔は少し悲しそうで、私はこれ以上何かを言うのを止めた。きっと、それが正しいのだと思う。世界を救う旅の厳しさを一つ学んだ私だった。


 

「皆様、この度は有り難う御座います。お陰様で犠牲者の数も少なくすみました。…あの、もう次の世界に行かれるのですか?」


 怪我人の治療などの後始末も終わり、私達は聖女様の神殿まで来ていた。賢者様が大々的な式典は断ったから此処に居るのは僅かな関係者だけ。聖都で最も位の高い聖女様が当然お礼の言葉を述べて、少し寂しそうに顔を曇らせる。其の視線が向けられた空の上には橙色に光る球体が浮かんでいた。


「ええ、あの通りオレジナの封印に必要な功績は十分です。ならば次の世界に行って新たな功績を挙げませんとね」


 あれこそが封印の証だって賢者様が教えてくれた。もうオレジナには魔族は手出し出来ない。そうやって次から次へと世界で功績を挙げて封印を続ける事で全ての世界が救われる。今日は記念すべき第一歩を踏み出した日なの。


「……そう、ですよね」


 話を聞いた時から思った事だけど、聖女様が恋をしている相手は賢者様だったと今確信した。でも、賢者様には既に女神様が居る。本当に愛し合っていて誰も入り込む隙間がない妻が存在する。其れを口にして良いのかは分からない。だって、私は恋すらした事がないから。


 そんな私の悩みも聖女様の淡い恋心も知らず、賢者様は相変わらずの優しい笑顔で聖女様の頭を撫でる。きっと小さい頃から知っている聖女様は、賢者様には親戚の子供みたいに感じているのね。それは優しくて、少し残酷だと思った。


「安心して下さい。世界を全て救ったら顔を見に来ますよ、アミリー」


「ですから私はもうアミリーでは……いえ、今この時はアミリーに戻らせて頂きましょう。貴方と出会ったばかりの頃の、未だ聖女としての責務を全て背負う前の私に……」


 結局、聖女様は自らの想いを口にする事はなかった。でも、それで良いのかも知れないわ。何時かは知ってしまう事であっても、幸せな夢を見る事が出来るのだから。




「……恋って難しいのね」


 シュレイを旅立ち、目指す先は世界と世界を繋ぐ大樹ユグドラシル。アンノウンが引っ張る馬車に揺られながら私は呟いていた。恋だの愛だの語るには私は経験が無い。もしかしたら世界を救う度の途中で私にも出会いがあって誰かと恋をするのかも知れない。


 その恋が破れるのか、それとも結ばれるのか、恋に落ちてさえいない今の私には分からないのだけれど、視線の先で珍しく静かに寄り添っている賢者様と女神様を見ていると恋への希望が湧いてくる。



「さて、イエロアではどんな出会いが有るのかしら?」


 今まで小さな村と偶に出掛ける市場だけで終わると思っていた私の世界は人々との出会いで大きく広がって行く。きっと苦しくて辛い事も多いだろうけれど、それでも私は新たな出会いに胸を躍らせていた。



 この先に多くの素敵な出会いが有りますようにと願いながら……。










 燦々と照りつける太陽の下、灼熱の砂漠の街には今日も活気があった。ターバンを巻いた屈強な男達が水の入った大瓶を運び、ヘソ周りを露出した若い女達が装飾品の露天の前で立ち止まり、恰幅のいい中年女性が瑞々しい果物を買い求める。


 アラビアンナイトの世界を思わせる街の何気ない日常。人々の顔には笑顔が溢れ、平穏そのものだ。


 だが、違和感が一つ。黄金に輝く宮殿、権威の象徴であるその建物に誰もが視線を向けないのだ。それはまるで目を背ける事が今の平穏を守る術だと言うかの様に……。




「次はリンゴをちょうだい。それと甘いお酒をね」


 その宮殿の最奥、宮殿の主が座する場にはディーナの姿があった。踊り子を思わせる服装によって晒された肌はきめ細かく妖艶で、男ならば視線を向けずにはいられない程。豪奢な椅子に座しながら侍らした肌も露わな美童達に羽扇で扇がせ、色とりどりの果物や飲み物を差し出させる。


「ディーナ様、ご所望の品は此処に……」


「ふふふ。緊張しているわね……可愛い」


 差し出されたリンゴを受け取った彼女はリンゴを乗せていた銀の盆を手にした少年の頬を撫でる。年頃の男ならば彼女の美貌も相まって魅了されてしまいそうな優雅な動作にも関わらず少年の心は恐怖で満たされる。その肌は砂漠の街だというのに寒さに震えていた。


「あの子も早く仕事を終わらせて遊びに来れば良いのに。ちゃんと宴の準備はしてあげているのにトロいんだから、相変わらず」


 未だ姿を見せぬ友であるルルの来訪を待ちわびながら甘い酒が入った金の杯を傾けて喉を潤し、再びリンゴを口に運ぶ。リンゴと同様に赤い唇が実に触れた時、宙より現れた手紙が銀の盆の上に落ちてきた。


「……無粋ね。少し不愉快よ」


 もうすぐ姿を見せるはずの友人との宴を心待ちにしている気分を台無しにされたと眉を顰める姿に少年達は更に不機嫌を招かぬ様にと騒ぎはしないが恐怖する。次の瞬間、凍り付いた手紙が強く握られ砕け散った。



「……あの子が、ルルが浄化された? 既に継承の儀を終えた勇者によって?」


 妖艶な笑みが氷の仮面を思わせる無表情へと変わり、声から感情が抜け落ちる。部屋の気温が一気に下がり、雪と氷の国を思わせる極寒の世界へと姿を変えた。



「……許さない」


 静かに呟いた時、足元から氷が広がって行く。逃げる為に走り出そうとした少年達は足が凍って動けず、音を立てながらせり上がる氷によって忽ち全身を覆われて物言わぬ氷像となって生涯を終えた彼らをスノーマン達が運んで行った先には同じく氷像へと姿を変えた見栄麗しい少年少女達の姿があった。


「……絶対に許さない」


 氷の浸食は部屋に止まらず宮殿全体へと広がって、逃げ惑う人々の悲鳴も聞こえなくなる。何時しかの服は氷のドレスに変わっていた。






「来るなら来なさい、勇者! このディーナ・ジャックフロストが魂の芯まで凍り付かせてあげるわ」


 平穏な街からは活気が完全に消え失せ、オアシスの湖の底まで氷に覆われる。何気ない日常の風景は氷によって時が止まっていた……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひとまずここまで拝読しました。テンポのいい戦闘シーンの合間に「スノスノスノ」という掛け声で笑わせてもらいつつ、楽しく読むことができました。折を見てまた続きを読ませて頂きますね。
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