怒れ大熊猫! 太股マニアの肩車
訳の分からない理由でしょうね、私はその問い掛けをしながらそんな風に考えていた。でも、同時に気になっていたの。だって何時も他人を煽って好き放題に行動しているアンノウンが存在を許さないって口にする程に敵意を向ける理由は一体何なのだろうって。……あのネルガル君が気になったのも有ると思う。
「うーん、これ言っちゃって良いのかなぁ? でも、ゲルちゃんが質問して来たし適当に誤魔化すって手もあるけれど」
「いや、そんな葛藤は聞こえない様にしなさいよ」
前足を組んで悩むアンノウンだったけど、少し考えた後で私の顔をジッと見る。ヌイグルミの無機質な瞳が真剣な物に見えたわ。本当に一体どうして……。
「先ず大前提なんだけれど、ゲルちゃんはザハクが使い魔だって事は理解しているよね?」
「うん。何となくだけれど……」
使い魔。それは高位の魔法使いだけが生み出せる存在。卵の状態で誕生し、孵るまでにどれだけの力を吸わせたかで力と性質、そして姿が変わるらしい。アンノウンが強いのも大勢の神様の悪ノリで力を注がれたからだとか。
「狡いよねぇ。芸を披露してたけど、命令聞いて当然じゃないか」
私の解析は妨害されてしまったから直ぐには分からなかったけれど、賢者様に話したら普通のモンスターじゃないと言っていたし、何となくだけれど使い魔だって察して……あれ? ちょっと待って。じゃあ、ネルガル君はあの歳で使い魔の創造が可能って事なの!?
「ねぇ、アンノウン。使い魔の創造って最低でも上級魔族クラスの魔力が必要な筈だったわよね?」
「うん、そーだよ。まあ、ザハクの力からして上の中位は有るだろうけど。ゲルちゃんが戦って来た魔族が大体その位なんだ。凄い才能だよね、あの子」
私は確かに魔族を何人も倒して来たけれど、勇者としての力の底上げに加えて武器の性能にも助けられた。だからその相手と同等の力を持っている事の凄さが理解出来たの。
「……話を戻すよ? ザハクは類い希な才能を持つ少年の使い魔の小さな竜。対して僕は伝説の賢者の使い魔で、パンダを操る猫科の猛獣っぽいの。ほら、分かるでしょう? それが理由さ」
「……まさかとは思うけど、物語のマスコットポジションみたいなのが被ってる、って言わないわよね?」
「そうだよ。少年に付き従う竜とか思いっきりマスコットじゃん! ゲルちゃんは勇者だから敵方だけど、マスコットキャラは二匹も不要!」
「じゃあ、レリックさんの尾行を開始しましょうか」
何と言うか聞いた時間が無駄だったわ。後一つ理由が残っているけれど、そっちまで聞く気はしないわね。……うん、まさかとは思うけれど、実はもう一つが超重要な情報だったりして。だってアンノウンって全く興味が湧かない相手にはドライな部分が有るもの。
矢っ張り訊ねるべきか、それとも無駄だから止めるべきか。迷いながら玄関の戸を開けると既にレリックさんの姿がなかった。あら? あんな足取りじゃ遠くには行けない筈なのだけれど。キョロキョロと周囲を見回しながら進むけれど見付からない。
「よう。誰を捜してんだ、ゲルダ?」
「わっ!?」
何処に居るのかと思ったら馬車の屋根の上にレリックさんの姿があった。少し窶れて見えたけれど、私が動くよりも前に飛び降りると両脇を掴み、また肩車をして来たわ。完全に待ち伏せされていたわね。私達が後を追う気なのを予想していたのかしら?
「会話が聞こえてるんだよ。ったく、仕方無ぇ餓鬼だな、テメェはよ。まあ、後で話す手間が省けるし一緒に来いよ。。……あっ、尾行しようとした罰として到着まで肩車な。このまま町中を歩いてやるぜ」
「ええっ!?」
気になったので聞いてみたら私達の声が実は届いていただなんて。小声で話していたのに何故かしら? レリックさんの耳が優れているのか、それとも聞こえる様に何かしたのが居るのか……。
「え? 僕に何か付いてる? ゴミだったら取っておいてよ、ゲルちゃん」
町中を肩車で練り歩くだなんて恥ずかしい事になった私の手元、レリックさんの頭に乗っているパンダに疑いの眼差しを向ける。でも分かっていたのか、実は違うけれど私の勘違いを察してなのか惚けた態度を崩さない。
「ねぇ、レリック。謝るから降ろして貰えないかしら? 流石に町中をずっと歩くのは」
「却下だ。はっ! 精々恥ずかしがりな。まあ、これに懲りたら兄貴……じゃなくて人を尾行しようだなんてしないこった」
「お願いよ。歩かせて欲しいわ……お兄ちゃん」
「……駄目だ」
……惜しい! 言い間違いからもしかしてと思ってお兄ちゃんって呼んでみたけど、少しだけ迷ったわ。うん、矢っ張りこの人って妹萌えなのかしら? まあ、私に変に趣味を押しつけて来ないなら別にとやかく言わないけど……何かあったら賢者様達に告げ口してやるんだから。
「ねぇ、レリッ君。頭の上でお菓子食べて良いかな?」
「良いって言うと思ってんのか?」
「駄目かぁ。じゃあクッキー食べて良い?」
「クッキーは菓子だろがっ!」
「じゃあメンチカツ食べるね。揚げ立ては最高!」
アンノウンは最終的にレリックさんの許可を取る事無く何処からか出したメンチカツを食べ始める。パンダの口元から零れ落ちる食べ滓によってレリックさんの髪の毛は油とゴミと肉汁で酷い有様になっていた。
「……おい、俺にも寄越せ」
「レリッ君は食いしん坊だね。はい、どうぞ。最後の一個ね」
レリックさん、可哀想に。既に自棄になっちゃっているのね。アンノウンからメンチカツを受け取ったレリックさんは一口齧り、そのまま二つに割ると口を付けていない方を私に差し出して来た。
「匂いも味も大丈夫だ。ほら、テメェも食え」
「あ、有り難う、レリックさん」
手を汚さなくて済むようにってお札で挟んだメンチカツを口に運べば上質な肉の旨味と玉ねぎの甘さが口の中に広がった。衣はサクサクだし、油が良いのか油っこい感じも無い。溢れ出す肉汁に少し苦戦しながらも食べ進めれば何時の間にか無くなっちゃった。
「……一応これも使っとけ。安心しろ、洗ってから使ってねぇ」
本当にレリックさんったら良い人ね。ぶっきらぼうな態度で渡された綺麗なハンカチで指と口元を拭いて綺麗にしたわ。レリックさんって世話焼きよね。私が何か言う前に欲しい物を渡して来るし、本当にお兄ちゃんに世話される妹みたいな気分だわ。……悪い気分じゃないとは思う。矢っ張り賢者様や女神様は伝説の英雄で神様だもの。打ち解けても気後れが有るのは事実だわ。
……これで女にだらしがない妹萌えじゃなかったらなぁ。
少し残念に思いながら大人しく肩車をされていたのだけれど、その間もレリックさんは何かとお世話をしてくれる。露天で小さな羊のヌイグルミを買ってくれたり、アンノウンの悪戯にツッコミを入れながらも気を使ってくれて。
「ったく、ろくでも無ぇ事ばっかりしやがって。こんな事をして良いと思ってるのかよ、テメェ」
「何言ってるのさ、駄目な事だって事くらい分かってるよ、失敬だな」
「失敬なのはテメェだ、ボケ! ……どうした?」
本日何回目かになる遣り取りの途中、思わずクスクス笑ってしまったのが気になったらしくレリックさんが声を掛けて来る。まあ、気になるでしょうね。私も別に隠す事じゃないから質問に答える事にしたわ。
「レリックさんが仲間になってくれて良かったって思ったの」
「……そーかい。まあ、嬉しいんなら別に良い。俺に不都合が有る訳でもないしな」
「それはそうとレリッ君。実は君の背中に『太股マニア』って書いた紙を貼ってるんだけど、憲兵に追われたら頑張って逃げてね」
「何やってるんだ、テメェ!?」
「いや、だから背中に『太股マニア』って書いた紙を張ったんだって。……君、もう少し人の話を聞いたら良いと思うよ」
「うっせぇよ、馬鹿! あー、糞! 本当に張ってやがる!」
「だから張ったって言ってるじゃんか。人を疑うって性格悪いよ?」
「性悪ワールドチャンピオンのテメェが言うな!」
うん、本当にレリックさんが仲間になってくれて嬉しいわ。ターゲットが分散するし、ツッコミが楽になるもの。でも、ずっとパンダを頭に乗せたままなのは何故かしら? 悪戯されても除けない理由……禿? そうなのね。レリックさんったら十代なのに……。
こうして私が同情の念を抱く中、目的地だというオープンカフェに到着した。そこで私達を待っていたのは……。
アンノウンのコメント 聞かれなかったから教えなーい




