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モヤモヤ狼と賢者の逆鱗

「延期っすか? そりゃまたどうして?」


 それはお茶の時間の事。賢者様からグリエーン行きの延期が告げられたわ。


 グリエーンで行われる勇者としての力を強化する儀式は既に準備が整っていて、今日にでも出掛ける……筈だったのだけれど向かう日が急に延びたらしい。自分が参加する訳じゃなくても勇者の仲間になったのだからと楽しみにしていたレリックさんは少し残念そうね。


「儀式を担当する女ってのは何故か美人だっつうから楽しみにしてたんっすけどね」


 あっ、違ったわ。この人、本当に女性にだらしがないのね。ニヤニヤしながらそんな事を言う彼に私はジト目送り、直ぐに黙祷を捧げる。だってほら、賢者様が笑みを浮かべているもの。全く目が笑っていない笑みを。


「……ん? いや、誤解すんなって。好みだったらちょいと茶にでも誘う気だっただけだ。それ以上は流石にな」


 私の様子に流石に不味いと思ったのか慌てた様子で私に弁明するけれど、そうでないのよ残念ね。私は静かに顔を左右に振りレリックさんの方を見て立ち上がる。恐らく同情の籠もった瞳になっていたのでしょうね。何がどうしたって慌てだしたレリックさんは賢者様の方を向いて漸く目が笑っていない事に気が付いたみたい。


「えっと……」


 本能で不味いと察したのか指先を賢者様に向けながら今にも部屋を出て行こうとする私に声を掛ける。仕方無いわね。何も理由が分からないのは怖いでしょうし、本人に訊ねられる雰囲気じゃないもの。私は死刑宣告をする裁判官の気分になって溜め息を吐いた。


「勇者の出身世界以外で儀式を行う人達については知っているわよね?」


「当然だろ。清女(きよめ)っつって、大抵が美人がなるって奴だ。噂じゃ中々そそる格好で儀式を行うとかだが、実際はどうなんだ?」


「私が言えるのは二つだけよ。色々有って清女は本来とは別の人が行うって事と、その人って賢者様が親馬鹿を隠そうともしないレベルで可愛がっている養女って事。……じゃあ、頑張って。


「……ふへ?」


 流石に儀式では半裸とかで勇者に密着するって事は言わない。エッチなレリックさんの事だもの。きっと情けない顔になるし、そうしたらねぇ……。


「レリック君、初代勇者として勇者一行の心構えを説いてあげましょう」


「い、いや、俺は……」


 扉の向こうから声が聞こえた気がするけれど聞こえない聞こえない聞こえなーい! 狼の耳を伏せ、頭に両側の耳を手で塞いで扉から離れる。まあ、正直言って自業自得よ。女の人にだらしが無さ過ぎるもの、少しは反省すべきよ! 私でもどうして此処までかは分からないけれどレリックさんの言動が気になるし、情けないと腹が立つ。立ち止まって考えるけれどこれだって答えは出なかった。


「……矢っ張りお父さんが恋しいのかしら?」


 賢者様の時もそうだったけれど、パップリガの住民の特徴を持っているレリックさんを見て死んだお父さんを少し重ねているのかもね。まあ、お父さんはあんなに情けない人じゃなかったし、賢者様なら兎も角、レリックさんじゃ少し不良なお兄ちゃんよ。……レリックさんがお兄ちゃんかぁ。


「まあ、別に悪くは無いわね」


「何が?」


「ひゃわうっ!?」


 思わず出てしまった呟き。聞かれてしまったのは、よりにもよってイシュリア様。って言うか、性懲りもなく来たのね、この方。狙いは賢者様とレリックさんのどっちかしら? どうせ失敗するのだからさっさと帰って仕事したら良いのに……。


「なーんか失礼な事を考えている気がするわね」


「……していませんよ?」


「いや、その間がちょっと……」


「していませんよ?」


 情け無いビッチ……じゃなく、腐っても女神、まさか心を見透かされるとは思っていなかった私は焦りながらも何とか誤魔化す。イシュリア様も納得はしていなくても追求はしなかったし、慣れから来る自己防衛法かしらね? ミスをした時に余計な事を言って追加のお説教を避ける為に身に付けたとか。


 ……あれれ? 相手は愛と戦の女神様なのに私ったら随分と失礼な評価になってしまったわね。どうしてかしら? ああ、短期間で目にした行動のせいね。でも、こんなのでも一応女神様だし……。


「取り敢えず謝っておくわ。ごめんなさい、イシュリア様」


「取り敢えず!? って言うか、矢っ張り謝る様な事をされていたの、私!?」


「されていたって言うか、その原因をしていたって言うか……所で一体何しに来たのですか?」


 これ以上はイシュリア様が可哀想だから話を切り替える。向こうも向こうでこれ以上の追求は墓穴と判断したらしいわ。


「ほら、新しい仲間が加わったじゃない。あのちょい悪系の彼。儀式の延期って彼の分の儀式も行うからだけど、儀式の内容が内容だし、童貞だったら挑むのは大変だろうから私が貰ってあげようと思って」


「既に経験済みらしいですよ、お帰りは彼方です」


「そうか残念……って、貴女まで私に辛辣過ぎないかしら!?」


 少し五月蠅く騒ぐイシュリア様の背を押して入り口に向かう。途中、下着同然の格好なので揺れる胸を至近距離で見てしまってから少し扱いが更に乱雑になった気がするけれど……私は悪くないわ。




「……何か凄く雑に追い出されたけど、あの子ったら何があって。……ははぁ~ん。これは面白……愛の女神の出番ね。……あら? 空から光が落ちて来て……」


「パンダビームΩ(オメガ)!」


「ぎゃっぱっ!?」


 ……外から悲鳴が聞こえた気がするけれど絶対空耳ね。だから確かめないわ、面倒だもの。え? 妙にリアルな蛙のキグルミ(顎の部分に顔を出す場所がある)を着た人が白目を剥いて気絶しているのが発見された? ふぅ~ん。世の中には理解不能な変な人が居るのね。絶対に関わらない様にしなくちゃ。


 イシュリア様がお帰りになられた後、入り口に塩を撒いた私は自室に戻っていた。フッカフカのベッドにダイブして顔を枕に押しつけて足をバタバタ動かすけれど、心の中のモヤモヤは消えない。本当に何なのかしら、この気持ち。


 認めたくは無いけれど、レリックさんの発言を聞いてからね、このモヤモヤは。イシュリア様が相変わらずの色ボケで彼をベッドに誘おうと言っ他のを聞いてから更にモヤモヤは増すばかり。


「あー、もう! あー、もう! あー、もう!!」


 これは嫉妬? でも、別にあの人の近くに居てもドキドキはしないし、好きな訳じゃ無いと思うわ。だって真偽は別として、私の中にはレリックさんへの女装趣味のロリコン女誑しスケベの疑惑が残っているのよ。破滅願望は持っていないし、駄目男を扶養してそれが幸せだと思うお姉さんみたいな人とも違うわ。


「例えるなら……あれね」


 お父さんに相手をして貰いたかったのに近所の子が泣いていたからって世話をしていて後回しにされた、その時の感覚に似ているわ。私、レリックさんに親近感でも強く感じて家族みたいに思っているのかしら? それこそ羊達やゲルドバと同じく。


 流石にそれは有り得ない、顔を横に振って否定する。多分目に余る行動に呆れて、どうにか真面目に行動して欲しい、そんな感じでしょうね。そう考えると十一歳の私が十八歳のレリックさんの生活態度に気疲れするだなんて腹が立って来たわ。咄嗟に手元のパンダのヌイグルミを掴んで壁に投げ付ける。


「パンダ?」


 よくよく考えれば羊の形の枕はあってもパンダのヌイグルミなんて持っていなかったわよね? つまり、あのパンダは私の物じゃないわ。アンノウンが操るヌイグルミよ。


 私が壁に投げたパンダは空中でハングライダーを操って私の手元に戻って来る。そんな物を何時出したのって質問するのも馬鹿馬鹿しいわね。どうせギャグキャラの持ち物に言及しても云々って言われるだけだわ。


「……アンノウン、女の子の部屋に勝手に入るのはどうなのかしら? 貴方一応男でしょう」


「僕の本体は猫科の猛獣っぽいのだよ? だから男ってよりは雄! そんな事よりも手の平に乗るサイズのパンダを投げるってどうなのさ!」


「ヌイグルミだから平気でしょ」


「うん! 全然平気、問題無ーし! てか、問題有ると思う方が理解不能だって」


「じゃあ出てって。今直ぐ。即座に。さっさと」


 パンダの頭を掴み、扉を開けて追い出そうとすると外に出掛けていくレリックさんの姿があった。賢者様と二人っきりになってから短時間しか過ぎていないのに随分と憔悴してフラフラしていたわ。でも、そんな状態で何処に?


「マスターもえげつないよね。多分時間を操作してお説教してたよ。偶にボスがイシュリアを叱る時に使ってる奴! ……所でどうする? 面白そうだから僕は尾行するね!」


「あんな状態で何か起きたら心配だし、私は離れて見守るわ。……だから尾行じゃないわよ?」


 ちょっと気になるとかじゃなくて心配なだけ。……本当よ?






「所でアンノウン。ザハクを彼処まで敵視していたのは何故かしら?」





アンノウンのコメント ふっふっふ レリっ君に関してマスターに未だ黙っている事があるのさ

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