クルースニク外伝 26
水。それは砂漠の世界では値千金の物。隣接するグリエーンやブリエルといった世界では当たり前に周囲に存在するも、このイエロアでは全く別の話。それこそ神様が干渉しなければ侵略戦争が起きていても不思議じゃない位にね。
「……こりゃ噂には聞いていたけど凄いわね」
飛沫で濡れた足場で滑らない様に深い深い谷底を見れば、遙か下まで落ち続ける大量の水。砂漠の民が苦労してその日の分を確保している水が大量に目の前に存在する。手を伸ばせば飛び散る飛沫で手の平には水滴が付いていた。轟音を立て水煙を上げる大瀑布。その周囲を囲む螺旋状の岩場の頂上に私は居た。
此処はサンダサンゼ。王族に与えられる試練の場であり、ガラム王国の豊かさの理由の一つ。砂漠の世界とは思えないこの場所こそが王族が己を試す場所なのだと納得が行ったわ。
……納得が行かない事を挙げるとすれば一つ。
「姫。お足元にお気を付けを。拙者の手をお取り下さい」
「助かりますわ、志郎。ふふふ、逞しい手ですね。きゃっ!?」
先行する私の背後、志郎とサラ王女がイチャイチャしている事かしらね。足場が悪いってのに歩き易さよりも見栄えを重視したドレスとブーツで来ているもんだから歩みはトロトロのサラ王女。志郎が差し出した手を取ったら夢現な感じだから転びそうになって志郎に正面から抱き止められる。慌てて離れるけれど二人共見つめ合っちゃってさぁ。
(まさか本当に恋に落ちちゃってるとはね。高貴な家に生まれた者は下々とは違う、とか言ってたってのに)
まあ、私も賢者様を一目見て情熱的な恋が芽生えたし、気持ちは分かるけれど鬱陶しくなって来た。だって進む速度が遅いのだもの。この洞窟、滝は目の前の一つじゃ無い。周辺の地下水脈が合流して作り出した滝と螺旋状の足場が幾つも集まり、登ったり降ったりをしながら奥に進むのがガンダーラの内容なのだけれど……未だ一つ目の滝の半分辺りなのよね。
正直言ってサラ王女が邪魔だけれど、そもそも私と志郎は彼女の護衛、つまりはオマケ。ったく、足場から飛び降りたり斜め前の足場に飛び移って良いのなら助かるのに面倒ね。
あっ、言って置くけれど私はラブラブな二人に納得が行かないんじゃなくて、この二人と組まされている事に納得していないのよ。アヴァターラに参加さえしていない私が何故ガンダーラで護衛を、それも友達のラムじゃなくてサラ王女のなのか。それはちょっと前に遡るわ。
「真実の木? 何っすか、そりゃ?」
王家の今後を左右しかねないだけあってガンダーラに関する話し合いは混迷し、私達も城に留め置かれて居た。本当だったら王家に届いた報告をサラに教えて貰ったし、ギャードの住処も探す手掛かりも有るし、資金も手に入れたってのに。
願いを叶える神の遣いを崇める怪しい教団とかも気になるのよね。でも、王家から待機しろって言われているから脱走って訳にも行かないし、暇潰しにガンダーラで遭遇する試練について話をしていたの。真実の木はその一つ。
「王族の護衛にのみ与えられる試練で、強制的に帰らされる代わりにどんな質問にも答えてくれるのよ。本人が心に秘めた知りたい事を読み取って、知りたいかどうかを問い掛けて来るらしいわ」
らしい、というのは存在するとは言い伝えられているけれど、実際に遭遇したって記録はかなり昔に片手で数えられるだけの回数。護衛を放り出されただなんて王族の名に傷が付くし、本当はもっと有るのかもとは思うけどね。
「何でもか……」
「絶対遭遇するって訳じゃないし、ギャードの毒で弱ってる人がいるから焦る気持ちも分かるけど期待はしない方が良いわよ」
「……っす」
衰弱した母親を助けたいって願う子供に会って気負っているみたいだけれど、レリックは本当に繊細よね。言動はチンピラみたいなのに。
「ああ、オジさんだったら反抗期になっても娘に嫌われない方法とか知りたいねぇ」
「……遭遇しても誘惑に負けないでね?」
反対にレガリアは焦った様子は見られない。情報集めもしていてくれるし、毒を受けた人達を気にはしているけれど。何か隠しているわね、彼。
只、ほんの僅かな付き合いでレガリアについて分かったのは身内第一主義で結構腹黒いって事。そんな彼が黙っているって事はちゃんとした理由が有るんでしょうね。だから詮索はしない。
そんな風に今後についても話し合っていた時だった。部屋の戸がノックされ、イーチャさんが入って来たのは。明らかに面倒な事を持って来ましたって顔でね。……本当に厄介だわ。
「さて、王侯貴族のいざこざに巻き込まれて下さい。具体的にはガンダーラに参加して下さい」
「拒否権は……無理かぁ」
「無理です」
そっかぁ……。とりつく島もなく告げられた言葉に元から無いやる気が更にガンガン削られて行くのを感じたわ。
アヴァターラの時に起きた異常事態。参加者の誰も彼もが歴戦の戦士なれども立ち向かえ事態を解決出来たのは六名。この英雄達を差し置いて……とまぁ、こーんな感じの事を告げられてさ、然もチームはバラッバラにされた上に、一番強い私と意中の相手っぽい志郎が組んでる時点で第一王女と支援する一派が絡んでるわね、絶対。
(ったく、とんだ腹黒姫様だわ。それでもって杜撰過ぎであからさま。どれだけ借りを作ったんだか……)
イチャイチャする二人の遣り取りを背中で感じながら木の上から飛び掛かって来た蠍猿の首を斬る。ちょっと意地悪して血が飛び散る方向をコントロールして背後に飛ばしたんだけど、志郎がサラ王女を抱き締めて庇ったから血を浴びたのは彼だけ。……ちっ。
「ご注意を。姫様を野蛮な生物の血で汚してはなりません」
「……あー、はいはい。次からは気を付けるわよ。所で……そろそろかしらね?」
何となく察したのか僅かに責める感情を含めた視線を受け流し、私は一つ目の螺旋の三分の二を漸く過ぎた頃だと気を引き締める。ちょっと足場が悪くて多少モンスターが出る、その程度の試練だったら半分寝ながらでも踏破して見せるわよ。試練の試練たる所以、それは此処から現れる……らしい。
ほら、私だって洞窟に入ったのは初めてだもん。王家の試練の場だし、英雄の子孫だろうと入れないもの。入った連中が残した記録を読んだだけだしね。
「ほら、サラ王女をしっかり守って……どうせだったら姫抱きにでもしておきなさい。大切な相手と密着しておけば誘惑に負けないでしょう?」
「むぅ……。流石にそれは……」
「やりましょう! 私を守って下さいませ、志郎!」
私が軽い冗談を口にすれば本当にしやがったバカップル。……言うんじゃなかったなぁ。何が悲しくって自分は全然初恋が実る可能性が無いってのに他人のイチャイチャを見なくちゃならないのよ。あぁ、賢者様に会いたいわ……。
「おや、ナターシャではありませんか。久し振りですね」
「ふぁっ!?」
ほ、本当に賢者様が居たっ!? 私の目の前、其処には確かに賢者様が立っていた。ど、どうして賢者様がこんな場所にっ!? いや、賢者様なら何処に居ても変じゃないけど。えっと、今日はお化粧とか……前からしてないか。
「あの、賢者様が此処に何をしに……」
「貴女を探しに来たのですよ、愛しのナタ……」
それ以上の言葉は必要無い。私は腕を広げた賢者様の胸に向かって飛び込み、襟首を掴んで顎に拳を叩き込むなり腹に蹴りを入れて滝に叩き込んだ。
「……不愉快」
……ったく、胸糞悪いわ。賢者様が愛しのとか名前の前に付けるのは奥さんと娘だけだってのに。
「何か見えたのか?」
「うん。凄く不愉快な物が」
さっき私の前に現れた偽賢者様こそが試練。試練の内容を知っていても実際に目の前に現れれば騙される幻。本人の深層心理を読み取って現れる誘惑。私だって危なかった。私を愛してくれる理想の賢者様なんて、私が愛する賢者様じゃないもの。……ちょっと悲しくなったわね。
「レリックは大丈夫かしら? 彼、真実の木にでも遭遇したら……遭遇は奇跡的な確率らしいからないでしょうけど」
「教えてあげようか? 君が知りたい世界の真実。唯一無二の肉親の居場所をさ」
「……あっ?」
応援待っています
アンノウンのコメント あのマスター……キモッ!




