クルースニク外伝 24
ブクマ200!
こりゃ何とかなるか? そんな風に俺は動きを止めたコーザスの姿に楽観を覚えていた。再生と膨張によって肉に深く食い込んだグレイプニルの鎖。そしてレガリアさんの魔法による二重の拘束は完全に動きを止め、体の端を残りの三人が攻撃し続ける事で再生に力を向かわせ膨張を防ぐ。
どうにか殺さずに済んで何よりだ。気軽にぶっ殺すとか言ってレガリアさん達に叱られる事もある俺だが、別に好き好んで誰かを殺したい訳じゃ無い。寧ろ助けられる命なら多少の無理を覚悟で助ける方だ。大と小とか、数で割り切れる程に現実的じゃねぇんだ。……まあ、俺はそうでも、レガリアさんは別だろうがな。
ちょいと顔を見れば俺が浮かべていそうな楽観的な表情に見えるんだが、その実は警戒ともしもの際の冷徹な判断をする覚悟を決めている。俺やコーザスの仲間である志郎が反発するだろうから絶対に表には出さないがな。悪い、レガリアさん。毎回憎まれ役を引き受けてくれてよ。分かってんだ、俺も。助けたいと思っても助けられない時がある。時には非常な決断も必要だってな。
「おらおらおらおら! 成長期は過ぎてんだから大きくなるのはいい加減に止めとけや!」
身軽な体を活かし、巨大化したコーザスの体を走り回りながら殴打を続けるルゴド。中央の輪っかに指を通し、三つの鉄球を叩き付けながら振り回し、鎖の一本を掴んで跳躍の勢いを乗せての振り下ろし。餓鬼みたいな体格の癖に結構な怪力で蠢く肉を弾き飛ばしていた。
「……力だけなら彼奴の方が上か?」
あのチビは気に入らないが、認める所は認めてやる。総合力は俺の方が勝ってるし、勝負したら俺の方が勝つ。俺には札術が有るしな。ギャードとの戦いから作り出しておいた札を空中にばらまき、冷気を浴びせてコーザスの体を床に貼り付ける。今凍らせたのは破損した部分。当然再生を阻害し、時間を稼ぐ。
「ぬぅんっ!」
「せいっ!」
轟音と研ぎ澄まされた一閃。バシルの持つ斧の重量と怪力による一撃は太く頑強な部分も切り落とし、志郎が走り回りながら深い切れ込みを入れる。だが、志郎の一撃は研ぎ澄ませ過ぎだ。綺麗にも程が有るせいで簡単に再生を許してしまっている。ったく、再生能力持ち相手だと剣の腕前が高いってのは仇になるんだな。
だが、それなら俺が手助けしてやれば良いだけだ。志郎が刀で切り裂いて数秒もしない内に癒着を始めた断面に札を入れ、内部から爆裂させて肉を弾けさせた。
「……助かった」
「気にすんな。ってか、邪魔だから下がってろ」
ったく、迷ってるのが丸分かりなんっだっつーの。ダチ相手だ、どんな状況だろうが迷わずぶった切れる野郎じゃないだろ、テメェはよ。少し戦えば何となく分かっちまうんだ。分かった気でいるだけかも知れねぇがな。
「……気遣いは無用。だが、共に戦う者に迷惑を掛けるのも気が引ける。……コーザス、後で存分に謝らせてくれ」
刀を鞘に納めた志郎は腰を屈め、滑る様な動きでコーザスに接近して自分の数倍の大きさの肉を細切れに切り裂いた。しかも今度は断面が荒ぇ。ありゃワザと剣筋を乱したのか。ありゃ普通に斬られるよりも痛ぇだろうし、反応からして痛覚が有るのは歴然だぁな。
……んな顔すんな。テメェがダチをどれだけ想っているかってのは伝わってる。俺達みてぇなのは特別な存在として良い意味でも悪い意味でも特別視されるもんだ。正直言って羨ましいよ。俺には家族は居てもダチは居ないからな……。
っと、考え事は後だ。これだけ騒ぎになってるのに隊長が未だ来ないのは妙だが、何かあってもあの人なら大丈夫だろ、多分。俺は俺のやるべき事を……何だっ!?
「全員っ! 今直ぐ其奴から離れろぉおおおおおおっ!」」
それは一瞬の事だった。偶々変わった風向きで漂って来たコーザスから漂う呪いの悪臭に起きた僅かな変化。猛烈にヤバい気がした俺は確証も無しに叫び、全員が飛び退く。それが正しい判断だったと知れたのは直ぐ後だ。勘違いだったら良かったのによ、糞が!
「アァ、アァアアアアアアアアッ!」
頭が完全に胴体に包まれたせいで聞こえない筈の声がした。苦しそうで、理性を感じさせない叫び声だ。鎖と影の槍で完全に拘束した筈のコーザスの肉体が蠢き、両方の脇腹の周辺が盛り上がる。不細工な肉の隆起は歪な形の腕になり、自分の肉を引き裂き始めた。狂った……のか?
「拙い! 拘束箇所周辺の肉を削いで脱出するつもりだ!」
「ちぃ! 往生際が悪いんだよ!」
レガリアさんの叫びを聞いたルゴドが微塵を叩き付け、バシルと志郎もそれに続いて武器を振り下ろすが弾かれた。おいおい、さっきまで効いてただろうが。急成長にも程が有るだろ! 俺も札術を使うが、凍らせた部分が直ぐに膨れ上がって氷が砕かれる。
そして、続いての異変は直ぐに。頭部が埋もれている周辺の肉が鎖を押し退けながら膨れ上がり、まるで芋虫みてぇな頭が現れる。だが、目玉があるべき場所には苦痛に歪んだコーザスの顔。志郎の表情もそれを見て歪んでいた。
「……シテ、コロ……シテクレ……」
「出来る訳が無いだろう! お前は拙者の唯一の友なのだぞ!」
今にも泣きそうな顔で叫ぶ志郎に目掛けてコーザスの腕が伸ばされる。咄嗟に避けようとした志郎だが、コーザスに意識を向け過ぎた為に足元の石を踏んでバランスが崩れる。体勢を整えるが間に合わない。巨大な腕が志郎を殴り飛ばした。血を飛び散らしながら志郎は宙を舞い、地面に激突する瞬間に咄嗟にレガリアさんが受け止めた時、泣いていた。
「彼……奴はっ、初めての友人……だった。彼奴は優しい奴……なのに、そんな奴に友達を殴らせてしまったのが……悔しい。助ける為に何も出来ないのが……」
俺と大して変わらない年頃の奴が泣きながら屈辱と無力感に顔を歪ませ嗚咽を漏らす。……そんな時だった。この場に似つかわしくない声が響いた。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ! あんなに強~い剣士が泣いちゃって変なの~!」
「……あっ?」
……誰だ? この糞ムカつく糞野郎は? 俺は嘲笑う声の主を探し、直ぐに見付けた。何時の間にか王族が居た場所に置かれた『?』マークが描かれた派手な箱。それが揺れ動き、蓋が外れて中から紙テープやら鳩が飛び出した。
「ダダダダダダダダダ、ダン!」
続いて下手くそなドラムロールの口真似と共に其奴は姿を見せた。真っ白に塗りたくった顔。青色でトランプのダイヤマークを左目に、赤いハートマークを右目に描き、口元は紫に塗っている。頭に被った帽子は二股に分かれて先端には白いフワフワの飾り。鼻には丸い着け鼻を被せ、着ている服は赤と白の縦縞。サーカスのピエロを思わせる格好をした痩身の男は志郎を指さし、腹を抱えていやがったんだ。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ! ちょーっと見学の予定だったけどさ、こーんな面白い物を見せて貰ったらお礼をしなくちゃ失礼だ~よねっ! 取り敢えずコーザス君は伏せっ!」
志郎を嘲笑うピエロの言葉にあれだけ暴れていたコーザスが大人しく地に伏せる。まるで犬扱いされた通り躾をされた犬みてぇにな。
「……おい、テメェがコーザスを呪ってこんな姿にしやがったのか?」
「ん? ああ、命令聞いてくれてるからそう思ったんだ~ね。ブッブー! 不正解! ウェイロン君が命令権をくれたからでした~」
そうか。そのウェイロンって奴がこんな事をしやがったのか。じゃあ、目の前のピエロは……どっちにしろぶっ殺す! 俺が飛び出そうとした時、既に志郎が動いていた。納刀状態からの構え、そして抜刀。俺相手に使った飛ぶ斬撃。聞こえた鍔鳴りの音は三つ。当然だが斬撃も三つ。それが前方と左右からピエロを囲って襲い掛かる。はっ! 俺の時は一発だってのに様子見でもしてやがったか?
流石にあれなら多少は効くだろうと俺は追撃態勢を取る。だが、ピエロの態度は変わらない。相手を馬鹿にした笑い声も止まなかった。
「ワ~オ! 凄い凄~い! じゃあ、ボクもちょっとした芸を見せようかな?」
そんな余裕だらけの態度のままピエロの体はアッサリと切断されて床に転がる。……いや、違う! 床に転がったのはブッサイクなピエロの人形だ。本物は……後ろっ! 漂って来たピエロの香りに俺は後ろを向いて構える。ピエロはまるでショーでもやってる気分なのか両腕を左右に広げて自己アピールのポーズだ。
「ビックリしたかい? こんな物で驚くのは……早いよ?」
口を大きく開けて何も入っていない事を示して閉じ、次に開けた時は大口を開けて舌を出す。その上に乗っていたのは目玉だ。ピエロはそれを右手で握り、指を開くと指の間に一個ずつの目玉。悪趣味なマジックショーに来た気分だぜ。
だが、俺が気になったのはピエロから漂う体臭だ。魔族には僅かに独自の悪臭がするんだが、此奴は人間と魔族が入り混じった妙な臭いだ。得体の知れない何かが俺に動くのを躊躇させる。ちっ! 今直ぐにでもぶん殴りに行きたいってのによ!
俺と同じく他の連中もピエロの不気味さを感じてか動かねぇ。まあ、下手に動いてコーザスを暴れさせても困るんだが。
「じゃあ、ボクはそろそろ帰るね。流石に勝手が過ぎるとリリィちゃんが怒るしね~」
ピエロはポケットから取り出したハンカチを宙に投げる。それは直ぐに大きくなってスカーフに変わり、ピエロに被さる瞬間に俺と奴の目があった。
「おっと! ボクったらドジっ子ピエロだ。ミスが多いってお姉ちゃんにも叱られたっけ。ボ~クの名前はア~ビャ~ク! アビャクっだよ、宜しくね~! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
アビャクに触れたスカーフは一切の抵抗無く地面に落ち、吸い込まれるように消える。当然、アビャクの姿も消える。
「ウァオオオオオオオオッ!」
「……だよな」
当然だがコーザスも大人しく伏せをしたまんまじゃ無い。だが……時間は十分稼げたみてぇだ。昔から言うだろ? 主役は遅れてやって来るってな!
コーザスの巨体が蹴り飛ばされて王族用の観覧席まで吹っ飛ぶ。ったく、物語上の演出じゃ有るまいし、もっと早く来て欲しいぜ。
「二人共、お待たせ! それで、あのデカいのが敵って認識で良いのかしら?」
さてと、これでどうにかなりそうだぜ……。
応援待っています
アンノウンのコメント ……同族嫌悪




