クルースニク外伝 23
前回途中から投稿したので修正
我ながら親不孝だとは思っている。だって既婚者(砂糖吐きそうな程にラブラブ)に恋して、その人の役に立ちたいと一念発起しての家出娘だもの。
忙しくても愛情は注いでくれたし、将来を勝手に決めもしなかった。恋愛だって問題の有る相手でもなければ反対はしないと言われてたわ。でも、私の恋心は賢者様に向けられているの。親戚の子供に向ける視線を向けられているのは理解しているけどね。
でも、私は諦めない。賢者様と出会った瞬間、まるで流れる血の中に眠っていたみたいに芽生えた恋心。叶わずとも貫く。私は絶対に迷ったりしないわ。
学生時代、ラムと友達になってからは長期休暇の度に遊びに行った勝手知ったるガラムの街並み……なんだけれど、ちょいと偏屈で変人だけれど腕の良い職人相手への依頼を済ませた帰り道、アヴァターラの観戦に行こうとしていた私は完全に迷ってしまっていた。
「あれぇ? 一応前日にアポを取りに来た時は迷わなかったのに変ね」
この辺りは新規の住人も少なく、壁の壊れ方も含めて昔のまんま。だから噂を聞いて依頼に来た人が迷って辿り着けない工房にだって私は難無く到着したし、朝早くに話し合いに来いって言われて数時間後に漸く解放された後は真っ直ぐ会場に向かう筈だったんだけれど、今の現状は良い歳しての迷子。
うーん。微妙な違いに気が付かずに道を間違えたとか? なら、来た道を戻りましょう。この辺って塀が高いし入り組んでいるから下手な迷路より厄介なのよね。住人だって偶に迷うらしいし、久々に来た私が迷っても仕方が無いか……。
誰に聞かせるでもなく言い訳を心の中で呟くけれど、戻れども戻れども同じ景色が続いている。つまり、戻る筈が更に別の道を進んでしまった悪循環。こりゃアヴァターラの開幕に間に合わないわね。隊長としては仲間の試合は全部見て連携の役に立たせたいのだけれど……まあ、有象無象同士の戦いなら長く続くし、まさか優勝候補な飛び抜けて強い連中と一回戦で当たる確率は低いでしょう。
「決勝で会おうって約束した連中と一回戦で当たった姿を見たら腹を抱えて爆笑する自信すら有るわよ、私。さて、此処から出たら先に何じゃ食べよう。打ち合わせが早いから朝ご飯食べてないのよね」
空腹によるイライラを押さえ込みながら私は見覚えの有る道に進む。流石はアヴァターラが開催される日だけあって通行人とも出会わないし、通りの建物からは誰の気配もしない。入れない人の為に広場に設置された魔法の鏡に試合が映し出されるそうだけれど、此処から離れているから声も聞こえないし、よしんば聞こえたとしても入り組んだ道に居ちゃ無駄よね。
「……お腹が空いて来たわ、本格的に。うん、仕方無いわよね? 随分我慢したし、怒られたら謝ろうっと」
私は自分の背より高い塀の上に飛び乗る。ほら、こうすれば入り組んだ道が良く分かるわ。今居る場所も道の作りも私の記憶と何ら変わらない。……あれ? だったら私ってどうして迷っているのかしら? どうもさっきから羽虫の飛ぶ音みたいなのが聞こえるし、集中力も思考も定まらないわ。でも、塀を飛び越え続ければ簡単に大通りに出れそうね。じゃあ、誰かに見つかって怒られる前に……あれ?
私は今、確かに歩いていた道から塀を挟んだ向こう側に飛び降りた。でも、私は背後の塀から歩いていた道に着地していたの。何が起きたかを理解し、気恥ずかしさから髪を掻く。朝ご飯抜きに加えて気が付きにくい地味な嫌がらせで思考を乱されたわね。羽虫の飛ぶ音とか地味にも程が有るわよ、効果的だったけれども!
「取り敢えず歩きながら考えましょ。私、ジッとしているの苦手だし」
誰が何の目的で私を迷わせているのかは知らないけれど、進んでいれば何かの手掛かりが見つかるでしょうし、気が付いた事で何か向こうに動きが有れば糸口になる。ほら、人間は考える足って言うらしいし……葦だっけ? まあ、先ずは目の前の曲がり角を曲がればもしかしたら何か……。
「有った」
いや、うん、まさか速攻で動きがあるとは思わなかったわ。私の足跡が残っているから来た道なのは間違い無いのに、道を塞ぐ薄汚れた壁。元々は白だったのが雨風で汚れて少し黄ばんで来たっぽいその壁と目が合う。そう、その壁には顔が有ったの。
「ウァァ?」
私に今気が付いた向こうは呻き声を出しながら何か考え、結構な速度で迫って来る。歯肉炎だらけで歯がガタガタの口からは涎がこぼれ落ち、目は血走っていた。正直言って口が凄く臭い。ってか、近付いたら涎が服に付きそうで嫌。
正直言って接近戦は避けたい相手ね)乙女的に考えて。迫り来る壁顔から走って逃げつつ足元の石ころを三つほど拾い上げ、振り向き様に投擲。壁部分、目玉、眉間の三カ所に吸い込まれる様に向かい、本当に吸い込まれた。
「……うわぁ」
え? 何? 触れた物を吸い込むとかそういった面倒な能力? 兎に角再び走りながら考えようとしたけれど、左右の壁と足元から石が飛び出して来たのを避ける。でも、避ける為に走る毒度が下がったのは失敗だったわ。まだ距離があるから大丈夫だと思っていたのだけれど、壁顔が進むよりも速く舌が伸びて来た。
こっちも舌苔だらけの汚い舌で、その上唾液の飛沫を周囲に散らす。最小限の動きで避けていたら顔に唾が当たりそうだと飛び退けば、舌は右の壁に向かい、吸い込まれて私の足下から飛び出して来た。やっばっ! 今、空中……。
空中で避けられる筈も無く、お腹の辺りから顔までベロリと舐められる。臭っ! 臭っ!? 咄嗟に目を閉じて口を噤んだけれども、ヌメヌメの舌で舐められた上に唾液まみれにされれば私の中の何かがキレる。
引き戻そうとする壁顔の舌を私の手が掴み、嫌な感触だって今更だから引き寄せる。驚いた表情で私の方に引き寄せられられた壁顔は大きな口を開いて私に噛みつこうとし、私の頭が悪臭漂う口の中に入り、歯が閉じられる。……その前に私の両手は上下の歯を掴んで押さえ込んだ。
「ウ、ウァァ……」
「あら、矢張り生身の相手は吸い込めないのね。舌で舐めたり噛み付こうとしてたし予想はしたけれど……さよなら」
気分は最悪。だから絶対に逃がさない。歯を掴んで動きを止め、蹴りを叩き込む。重く堅い感触。再び蹴り上げ、歯から手を離せば後ろに弾き飛んだ壁顔はそのまま後退を始め、それよりも速い私の踏み込みからの打撃が眉間に命中、壁を粉々に砕く。あら? 声が聞こえて来たし、どうやら脱出成功みたいね。試しに塀を飛び越えれば降りたのは反対側。じゃあ、二人の所に行きましょう。
「先に何か食べてお風呂に入ってからだけど……」
もう身体中がベタベタでクタクタ。お腹も減ったし、何か食べないと……っ!? 今、確かに感じたのは邪悪で強大な力の波動。それを敢えて私が気が付く様に……。
あっ、何となくだけど粘っこい感じがするし、多分初恋の失恋を拗らせるタイプね。性格の悪さを感じるわ。だって挑発だとしても急いでいる時に存在アピールとか鬱陶しいもの。モテないわね、絶対。
「今のはお遊びだったって事? 上等! 戦う時が来れば絶対に叩き潰す!}
でも今は水浴びとご飯……はちょっと無理っぽいわね。何やら会場の方で熱気から来る物とは違う騒ぎ声が聞こえて来たもの。ったく、仕方無い。さっさと終わらせて誰の邪魔もなく休むしかないみたいね……。
少し肩を落として意気消沈。じゃあ、行きましょうか。私は私から誘った部隊の隊長。なら、こんな所で道草なんかしてられないわ。気分を入れ替え私は前に進む。途中で漂って来た焼きたてパンの香りは少し拷問にさえ思えた。
「おやおや、予想以上に……。では、向こうの方は第二段階に移るとしますかねぇ。……これが終われば例の城の手伝いですが面倒ですねぇ。お付きとして好きにして良い魔族の女を一人寄越すそうですが、正直言って至極興味が湧かない。……アナスタシアに比べればどの様な美女であっても劣るのですから」
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アンノウンのコメント うわぁ、こじらせてらぁ




