クルースニク外伝 ⑰☆
城に忍び込んだ末に初対面の王女様を押し倒し、胸を揉んで唇も奪った。何処のエロ小説か天下の不埒者の仕業だよって、俺の現実だよ。その結果天井ギリギリまで蹴り上げられたんだが、何とかお縄には成らずに済んでる。
ああ、俺が不埒な真似を事故で働いたのは第三王女のラム姫で正解だとよ。
「お茶が入りました。砂糖は三つで宜しいですね?」
このメイド、第三王女の専属らしいんだが、こうして怪しい俺に対しても甲斐甲斐しく接待してくれるんだ。此処まで来ると居心地が悪くなるぜ。
「は、はい。どうも……」
「イーチャのお茶は美味しいんだ。ほら、クッキーも食べなよ。最近開店したお店の物で、紅茶に合うよ」
小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座るラム姫は楽しそうだ。にしても、不審者でしかない俺を相手に心を許し過ぎてやしねぇか? 隊長と本当に親友だっつても、その手紙を持って来た奴を信用するのは別だろ。特に俺はよ。
カップを握る手に意識を向ければ確かに残る胸の感触。着痩せするたいぷなのか見た目より大きかったな。だからこそ思う。初対面で胸を揉んだ相手を信用する奴が居るのかってな。
……この姫様、本物か? もしかしてメイドが実は……考え過ぎだな。
「こりゃ確かに……」
砂糖をたっぷり入れた紅茶とクッキーの相性は抜群で、中々に俺の好みだ。更に言うならイーチャってメイドは凄く俺の好みだった。知的でクールな顔立ちで口元のホクロが色っぽい。それでもって愛想が無い訳じゃないんだ。例えるなら色気の有る女教師? おっと、ジロジロ見てたら不味いわな。
「イーチャは凄く有能で、僕が一人で過ごせる時間を手配してくれたり、買い物だって僕の好むお菓子を買って来てくれたりしてくれるんだ」
「ラム様のご命令とあらば容易い事です。ええ、猫被りが発覚しない様に取り計らう事に比べれば」
「相変わらずだなぁ。ちゃんと噂通りの清楚な姫様を演じているじゃないか。まあ、嫁いだ先で隠し通せるとは思わないし、その時はフォローお願いするよ」
うん、まあ、此処までの流れで丸分かりなんだが、清楚だの何だのとの噂は全部演技による物だ。王女様にしてはちぃっとばっかし活発過ぎるってんでイーチャの指示で民衆が期待する王女様を演じ、出来るだけ表には顔出ししないんだってよ。それが噂を読んで更にイメージが出来上がって行くってんだから適当なモンだぜ。
「じゃあ、君の冒険の話をもっと聞かせてよ。僕、外の話が大好きなんだ」
「了解っと。……所で本当に言葉を崩しても問題無いので?」
「無いよ! どうせ非公式な出会いなんだし、堅苦しいのは抜きにして欲しいんだ」
…イーチャの方は少々問題有りますって顔だな、こりゃ。主が言うから黙っちゃいるが、下手な真似は出来ねぇぞ。馴れ馴れしいが不敬でない程度で話をしなくちゃな
「まあ、ビックリさせた詫びに話を聞かせろってんなら話すぜ。じゃあ、あれは俺が一人で怪しい魔法使いの組織に探りを入れた時の話なんだが……」
俺の話にラム姫は興味津々って感じで身を乗り出す。まるで昔話を聞かせて貰う餓鬼みたいだが、窮屈な王城暮らしで自分を偽って生きてるんだ。庶民からすれば王侯貴族の暮らしなんて雲の上に話だが、向こうからすれば俺達みたいなのが興味深いんだろうよ。
……俺に妹か弟が居れば同じ風に話を聞かせてやってたのか? レガリアさんの娘はレガリアさんが話聞かせているし、こうやって話すのは何時以来やら。
最初は面倒だし、詫びと金と情報の対価程度の認識だったんだが、俺の話を興味深そうに聞き、表情をコロコロ変えるラム姫の姿は見ていて楽しかったよ。こりゃ確かに人気が出るはずだ。それだけに惜しいよな。
「なあ、アンタはその素の表情の方が魅力的だぜ」
「そ、そうかい?」
っと、王女様を口説いてる場合じゃ無いよな。ちょいと照れた様子のラム姫に選択を誤ったかと思ったが、こんな魅力的な姿を見れたんだから別に良いだろ。んじゃ、時間が許す限り話をしてやるか。
「姫様、そろそろムマ様とサラ様とのお茶の約束の時間では?」
「ええ!? もう時間なのかい!? ……惜しいなあ。折角良い所だったのにさ」
楽しい時間は直ぐに過ぎるもんだ。例えば美人を抱いてたら直ぐに朝になっちまうみたいにな。イーチャが時計を指し示した時、丁度盛り上がる所立出だったんだからラム姫は残念そうに肩を落とす。
……仕方無いか。此処まで話たんだし、最後までしないと俺も気持ちが悪い。
「安心しろ。ちゃんと続きを話しに来てやるからよ」
「本当かい! やった!」
おわっ!? 急に抱きついて来るもんだから咄嗟に受け止めはしたが、俺の手は柔らかい物を掴み、揉む。それはラム姫の尻だった。
またやっちまったぁあああああああああっ!?
「……事故だよね?」
「……事故だ」
疑いの眼差しを向けるラム姫の尻から手を離し、慌ててドアから出て行こうとして立ち止まる。おっと、俺が此処から出ていける訳がないか。んじゃ、どうやって出て行くんだ?
「レリック様、水晶玉を壁にお翳し下さい」
「こうか?」
言われるがままに水晶を翳せば壁の一部が光り輝く。これに触れれば隠し通路に出るんだろうが……。
「なあ。この隠し通路って誰が何の為に作ったんだ」
「制作者は知らないよ。その水晶玉はナターシャと倉庫で遊んでる時に見付けた隠し金庫で発見したんだけれど、許されない恋に落ちた二人の密会の為だってさ。何時か堂々と会う覚悟を決める為に回数を最初に決めて通路を作って貰ったんだってさ」
「許されない恋ねぇ」
俺は再び光に包まれながら思った。もし両親の恋が許されていたら、俺は今でも家族全員と暮らせていたんだろうと、有り得ない無意味な妄想だ。だが、捨てた過去であっても完全に忘れ去れない。それは守ってやろうと思っていた下の兄弟の名前。一番下が俺だったから、守る立場に成れるのが嬉しかったんだ。
既に名前は決まっていた。弟だったらクラトス。妹だった場合は……。
「ゲルダ、だったよな。両親が上手い事逃げてりゃ何処かで平和に暮らしているのかねぇ」
まあ、だとしても俺には無関係だ。行き着く先は修羅の道、それが俺が選んだ道だからな。だから仮に会ったとしても……。
「姫様、大会も近いですし、会いに来ると言っても気軽には会えないのでは?」
「そっか、残念。大会かぁ。僕は別に試練に参加出来なくても別に良いよ」
「いえ、そういう訳には行きません。私達も三位以内に入れる者を探さねば参加資格すら……いえ、その必要は有りませんね。……今夜は少々出掛けさせていただきます」
「別に良いけれど? ……それより僕はサラ姉様が心配だよ。あの人、最近妙な商人と密談してるらしいじゃないか。確かパップリガ出身で、名前は……」
「よく来てくれたわね、クェイロン」
ラムが心配を寄せるサラはガラム王国第一王女、王位継承権第一位の存在だ。これはレリックがラムを押し倒して胸を揉みながらキスをした日の前日、誰も入れない筈の城の中の自室にて彼女は一人の男と出会っていた。
彼はパップリガ出身だという商人の青年。だが、それ以上は詳しく知らない。只、前々から裏で取引をしていたのだ。例えば閉じた扉の向こうに自動で返事をする札や暫く透明になれる蓑。訳有って外で会わなくてはならぬ相手が居る彼女からすれば恩人に等しい。
だが、何故か彼女は疑問に思わない。何時出会ったのか、どの様にして頼る事になったのか、それを全く思い出せない事に。
「さて、例の大会も近い事ですし、これを手の者に服用させて下さい。きっと優勝確実で、試練も突破可能な事でしょう」
サラが不自然な程の信頼を向ける彼は幾つかの丸薬を取り出し、サラはそれを手にして真剣な眼差しを向けていた。
「そう。これさえ有れば私が試練を突破して、そうすれば彼と……あら?」
何時の間にかクェイロンの姿が消えていたが、サラは直ぐに気にしなくなる。この丸薬の代金……そして今までの商品にさえ一切代金を支払っていない事に彼女は疑問を抱かずにいた。
「……私も堕ちましたねぇ。人を捨て、魔族に組し、仲間の子孫さえ……いえ、決めた事です」
サラの前から姿を消した数秒後、クェイロンは城から遥かに遠くの岩の上に腰掛けて呟き、頭を左右に振る。その姿は一瞬で変わり、全く別の人物へとなっていた。いや、違う。これこそが彼の本当の姿。
先代勇者の仲間の一人であるウェイロンこそが彼の本当の名だ。
「忘れるな。欲する者を手に入れる日まで屍が積み重なった道さえ歩くと決めた。光に背を向けて進み続けると……」




