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クルースニク外伝 ⑪

 灼熱の砂漠を歩き続ければ何か見えて来ると思っていたのにモンスターの一匹すら目にしない。いやはや、退屈のあまり楽器でも弾き鳴らしながら一曲歌いたい所だけれど、楽器は持っていないし奥さんに止められているからねぇ。



「今度人前で歌ってみろ。絶対ぶっ殺してやるからな」


 いやぁ、怖い怖い。奥さんが居ない今なら歌っても平気だと思うけれど、レリック君が絶対バラすからなぁ。奥さんに殺されてバラバラにされちゃうよ、オジさんが。……それにしても。


 照りつける太陽、完全に乾いた空気。そして見渡すばかりの砂砂砂。あ~、嫌だ嫌だ。レリック君が何か面白い事をやってくれたら嬉しいんだけれど、頼んでも絶対にやってくれないよねぇ。だって覗きを退治したら女の子達とお楽しみに漕ぎ着けそうになったのをオジさんが邪魔したからね。……食べるんじゃなくて食べられていたって知らずにさ。


「レリック君。オジさん、ちょっと眠くなって来たんだけれどさ」


「寝るなら寝ろ。流砂を発見次第放り込んでやるからよ」


 ほら、ちょっと弱音吐いただけでこれだよ。吸血鬼は夜行性だから朝は眠いし、昼だって出来れば眠っていたいんだ。夕方から夜明けまで働けばそれで良いでしょうにさ。


「じゃあ、もう少し涼しくしてくれるかい? オジさんの周囲、結構暑くなって来たんだ」


 出会った頃に比べて随分と乱暴って言うかチンピラになっちゃったよね、レリック君ってさ。でも、オジさんの頼みに舌打ちをしながらも御札を取り出す所は素直で嬉しいな。パップリガ特有の魔法である札術によって細かい氷の粒がオジさんの周囲を漂って気温を下げてくれる。


「本当に君が居てくれて助かったと思うよ」


「こんな時にばっか言うよな、レガリアさんってよ。隊長、確か途中にオアシスが有るんっすよね? どの位で到着するんっすか?」


「ん~。此処から見える岩山の大きさからして三十分って所かしら? あの岩山の直ぐ側だし、折角だから競争しましょうか。ビリが一位にご飯奢りって事で……ヨーイドン!」


「汚っ!? ってか、先頭を歩いていただろ、アンタ!」


 提案するなり走り出した隊長と、直ぐ様それを追って走り出すレリック君。砂塵が舞い上がって視界を遮り、漸く見えた時には二人は遙か遠くに行っている。こらこら、オジさんは君達より足が遅いんだから駆けっこじゃ勝ち目が有る訳無いじゃ無いのさ。


 やれやれ、仕方無いなぁ。あの二人のどっちが勝っても沢山食べるだろうし、ちょいと財布が軽くなるのも覚悟して……。懐から財布を取り出して中身を確かめる。まあ、ご飯を食べる位は有るし、年下に払わせるのもどうかだしオジさんが奢るかぁ。






「なーんて事は思わないのさ。二人共一人前なら子供扱いはしないよっと。別に転移は禁止って言ってないし、甘かったねぇ」


 二人が未だに半分位の所でせめぎ合ってる時、オジさんはオアシスに居たので奢って貰うの決定です。いやぁ、実はオジさんも転移系魔法は使えるんだよねぇ。一度来て魔力のマーキングをしなくちゃ転移出来ないし、あまり長距離も無理な上に魔力を馬鹿みたいに使うからマジで使えねぇんだけどさ。正直言って多少時間を使って向かった方が対費用効率的には上な位にね。


「さて、キンキンに冷えたビールでも飲みながら血の滴る肉でも食べたいねぇ。……そうしたかったんだけれどさぁ」


 その辺の建物の壁により掛かり二人が来るのを待っていたんだけれど、どうも様子が妙だ。鼻に付く刺激臭が漂い、元気の無い人達がフラフラしながら歩いている。外に出ている人も少ないし、こりゃ何かあったな。オアシスの町だってのに活気が無い。また面倒な事に巻き込まれそうな予感がするよ。


 砂漠の中を歩き続けた旅人が求める水が豊富に存在するオアシスだけれど、こりゃどうも飲む気になりゃしない。だって小鳥が浮いてるんだもの。


「疫病か伝染病か……もしくは」


 どうやら考えるまでも無かったらしい。底まで見えそうなオアシスの水が中心辺りから赤く染まり始めたんだ。まるでコップの中の水に墨汁を混ぜたかの様に赤い色は広がり、途轍もない臭気が漂う。うへぇ。発生した煙を吸った鳥が落ちて来た。これは危ないと離れれば水は全体がグツグツ煮立って更に臭気は増して行く。こりゃ鼻が利く二人なら鼻を押さえて転げ回っていたよ。オジさんだって長い間放置されていた便所の臭いを嗅いだ気分なんだからさ。


 手で鼻を塞いで逃げ出したいけれど、そうは行かないねぇ。何せクルースニクは魔族に対抗する部隊なんだし。魔本を手に取り待てば水底より巨体が姿を現した。角刈りの金髪に逞しい巨体、後は亀の甲羅っぽい手甲とブーメランパンツ。見るからに不振人物な彼は平泳ぎでオジさんの方に向かって来たし魔法でも撃っておこう。


「ふははははは! 我が輩の名はギャード・タラ……ブッ!?」


「いや、敵の名前とか興味無いからさ。有るとしたら死に様かな?」


 オジさんの周囲を浮かぶ無数の黒い球体。光さえ飲み込む漆黒の闇を半透明の膜が覆い、内部で青白い炎が揺らめく。大きさは拳大。総数は二十。それをパンツ一丁の男に向かって放つと最初の一発が顔面に命中した。着弾と共に弾け飛んだ弾の衝撃で彼の動きは止まり、残りも次々に命中して行く。必死にもがくけど無駄さぁ。だって泳ぐのに必要な手や足を重点的に狙って居るし、最後の一発で見事に沈む彼を見送ってから水に近付く。指先で触れて臭いをかいで見たけど、こりゃ酷い。……臭い取れたら良いのになぁ。


 娘に加齢臭を指摘された時の事を思い出して落ち込むけれど、咄嗟に伏せれば水の中から飛び出して来たギャードの拳が頭があった場所を通過する。腕を前に突き出して背筋を伸ばしながらギャードはそのまま正面の建物を貫通し、こっちに背を向けた状態で着地した。


「さてさて、日課の放屁が終わったと思ったら貴様の様な強者と遭ぐっ!?」


 うん、そんな隙を晒している相手に攻撃しない理由が無いよねぇ? オジさん、さっきも使ったけれど実は詠唱無しで魔法を発動出来るのさ。ギャードの足の間から影が上に伸びて爪が鋭い腕となって思いっ切り握り締める。え? 何処をって? はっはっはっ! 二つ有る方の一つをさ。


「悪いが馬鹿をマトモに相手取る気は無いんだよ、オジさん」


「……ほほぅ。だからこの程度の攻撃しかして来ぬのか」


 はぁっ!? いやいや、どうして平然としているのさ!? オジさん、結構魔力を込めたのに今ので効いてないとか有り得ないでしょうっ!?


 でも、確かにギャードは平然としながら影の腕の手首を掴むと握り潰す。腕が手首を中心にボロボロと崩れ始め元の影に戻る中、振り向いたギャードには傷一つ無い。さっきの魔法も全然効いていないのかぁ……。


 未だに太陽は高い所で輝いているし、転移だの何だので魔力を結構使ってるし、オジさん結構疲れて来たんだけど、目の前の馬鹿は帰ってくれるタイプじゃ無いよね。


「ふははははは! 軽い、軽過ぎる! 貴様の魔法には重さが足らん!」


「まあ、物理的な質量が足らないからねぇ。それで日課の放屁って何さ」


 胸筋をピクピク動かしてポーズを取りながらギャードは人差し指を突き付けて来るけれど見ていて暑苦しいよ。ったく、誰だよ、こんなのイエロア派遣したのは。余程性格が悪いんだろうよ、其奴。


 今の状況は面倒で、それと同時に結構ピンチだ。だってさ、今の魔法で無傷って中級魔族程度じゃ有り得ないもの。今のオジさんじゃ手に余る。うん、時間稼ぎに徹しよう。訳の分からない事を言っているし、何か大きな企みのヒントに繋がるかもね。


「分からぬのか? 愚かだな、貴様!」


 うっわっ! 馬鹿に馬鹿にされるとかオジさん超ショック。


「日課の放屁とは……決まった時間に盛大に屁をする事だ! 冷たい水底で放つと最高に気持ちが良いから貴様もやってみろ!」


「まあ、その内ね。……ああ、そうだった。君に確認したい事が有るんだけどさぁ。君、レリル・リリスの部下?」


「否っ! 我が輩の上司は魔族を真なる強者に至らせようとするリリィ様だ!」


「そっか。それは良かったよ。うん、本当にね……」


 助かったよ。いや、だってさ……レリルの部下だったら絶対に見逃す訳にはいかないじゃないのさ。今のオジさんじゃ勝ち目が薄いとか関係無くね。





「じゃあ、もうかえっても良いよ」


「帰っても良い、だとっ!? 何を言う? 我が輩、未だ拠点に戻りはせぬぞ!」


 ありゃりゃ、怒らせちゃったよ。随分と沸点が低いのは馬鹿だからだろうねぇ。オジさんがリリィって奴ならこんな部下は要らないよ。力を持つ馬鹿って危険だもん。考えただけで頭痛がして帽子に手を当てる中、オジさんに向かってギャード腕を振り回しながら迫る。




「いや、違うよ? 家に帰れって言ったんじゃなくてさ……土に還ってって事さ」


 さて、出し惜しみしても仕方が無いし、残った魔力を注ぎ込んで切り札を切ろうかね。挑発に乗って動きが単調に……速っ!


 それは予想外の事態。怒ったギャードは予想以上に速度を出し、豪腕がオジさんの腹を容易に貫いた……。



「ふははははは! 大勝利!」





 ……うん、そうだね。ちょっと油断が過ぎたみたいだ……。

応援ほしいです  誰か、応援でやる気を下さい!


アンノウンのコメント  彼とは気が合いそう!

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