クルースニク外伝 ⑩
火山と荒野が広がる赤の世界レドスと双璧をなす過酷な環境が広がる黄の世界イエロア。砂漠の世界と繋がっているのが自然が豊かを通り越してジャングルが広がるグリエーンと年中穏やかな気候で最も暮らしやすいオレジナというのも皮肉な話である。
「諸君! 今日こそ我らの夢を叶える時である!」
そんな砂漠の世界と繋がる地にて野望を達成せんとする男達の姿があった。人目を忍び、森の一角に集うのは逞しい若者達。見詰める先は神殿の一角。そこには砂漠の世界からの来訪者を歓迎する場所があり、彼等の野望の為に目指す場所だ。
その野望とは一体何なのだろうか。誰も彼も真剣な眼差しで指揮官を務める男の言葉を待っている。
「今、若いお姉ちゃん達が水浴びをしている! 覗くぞ、野郎共!!」
「おぉおおおおおおおおおっ!」
あまりにも馬鹿馬鹿しい野望による叫び声に驚いて鳥達が飛び立つ。細かく書き込まれた秘密の地図を手にし、浪漫を求める男達が出発した。
「く、糞! よもや此処までとは……」
「畜生! 彼奴は良い奴だったのに……」
男達の冒険は過酷を極めていた。下調べは今の所完璧だったにも関わらず、多くの男が罠によって脱落して行く。涙を流し、罠に掛かって捕まった者達の(社会的な)死を悼みながらも進み続ける。それこそが生き残った者達に許された道だと信じて。
尚、覗きは普通に許されない行為である。
「よ、漸く来たぞ。ほら、耳を澄ませば聞こえて来るだろう? うら若き乙女が水の中で戯れる声が。……此処から先はより慎重に行くぞ」
この先に存在するのは水浴び場。砂漠を歩いた者達は汗を滲ませ砂塵で体が汚れている。故に豊富な水を集めて作られた無料の水浴び場には多くの者が集うのだ。地図によれば角度が付いているので水浴び場からは見えにくく、間の木々には匂いが強い物が多いので嗅覚が優れた獣人の鼻も誤魔化せる。そんな馬鹿な男の夢の楽園である岩影まで後少し。
そう、後少しだった。向かおうとした男達の襟首が背後から引っ張られる。振り向けば彼ら自身の影から伸びた黒い腕が襟首を掴んでおり、木の陰から男達が知らぬ二人が姿を現した。
「はいはい。ストップストップ。オジさん、手荒な真似は嫌いだから降参して欲しいなあ」
「何言ってんだ。全員ぶっ飛ばせば良いだろ。この先には隊長がいるんだぞ、隊長が! 一度上に置くって決めたんだからケジメは通す。舐めた真似をする気だった野郎はぶっ飛ばす!」
「君、普段はチンピラなのに変な所で真面目だよね」
謎の二人組ことレガリアとレリックは既に勝敗は明らかだと言わんばかりだが、残った男達とて数々の罠を潜り抜けて来た猛者ぞろい。この先で野望を果たした末に(社会的な)死が待っていたとしても止まれない。無理矢理服を引きちぎり、レガリア達に立ち向かう。
「男の夢を邪魔するんじゃねぇええええええええっ!」
「いや、アホか」
数秒後、纏めて叩きのめされた覗き魔達の姿があった。
「いやぁ、若い子ってのは無謀だねぇ。力の差が分かる程度の力は有るでしょうにさ」
やれやれ、本当に面倒だったよ。実はこの覗きだけれど前から発覚していたんだ。でも、それなりの使い手が関わっている上に覗きスポットは数多い。全部の場所を警備するのは無理だから少し策を練った。そう、一網打尽にする為の策をね。
わざと若い子達が集まってるって情報を流し、大勢が集まって覗ける場所の罠の場所をこっそり知らせれば見事に引っ掛かってくれちゃってさあ。オジさんも男だから分かるけれど、本当に男って馬鹿だよねぇ。
「レリック君、取り敢えず知らせてくれるかい?」
当然だけれど隊長を含む女の子達は裸じゃないのさ。万が一にでも抜かれて一瞬でも肌を見られたら可哀想だよねぇ。でも、これで事件は解決。既に容疑者だった連中は捕まえたし、さっさと声を掛けて水浴びをして貰おうか。
「へいへい。おーい! 終わったぞ! ……んじゃ、俺達も水浴びに行こうぜ。……どうせだったら女と一緒が良いよな」
「ノーコメントで。オジさんも男だけど奥さん怖いからねぇ」
岩に飛び乗り、大声を上げたレリック君だけれど少し気になるみたいだね。でも、変に義理堅いから覗きはしないみたいで結構結構。でも、レリック君って年相応の性欲持ってるし、困った事にならなければ良いんだけれどねぇ……。
岩陰から覗けば絶景が待っていると分かってか名残惜しそうに視線を送るけれど、レリック君は最後まで理性を保ちつつ覗き魔達を運ぶ。このまま神殿に戻ったら報酬を貰って今度こそ目的地に向かうだけ。
「……だったら良かったのにねぇ」
まさか嫌な予感が的中するとは人生はままならないよ。神殿の屋根の上、女神像の陰に隠れてレリック君の姿を眺めながら帽子に手を当てる。彼は今、女の子達に囲まれていたよ。
「彼奴達って結構強いのに凄いわ」
「お兄さん素敵ね!」
「はっ! あんな雑魚を倒しても自慢になりゃしねぇよ」
ほら、獣人って基本的に強い相手が好みで、覗き魔達もそれなりの使い手だったんだ。それを簡単に退けたらねぇ。ご覧の通りにモッテモテ。可愛い子達に囲まれてチヤホヤされて、すっかり良い気分になってるよ。
……オジさん? オジさんは奥さんと娘が大切だからねぇ。こうやって逃げ隠れさせて貰っているよ。若い子はレリック君に行ってくれてるんだけど、オジさんと同年代の人達は別でさぁ。……このまま何時まで隠れていれば良いのかなぁ?
五感と身体能力に優れた獣人達から逃げおおせるのは並大抵じゃ無い。溜め息を吐き、レリック君の方に視線を戻す。ありゃりゃ。腰に手を回して引き寄せて、顔だって何時もの表情を何とか保てて居るけどさぁ……。
「っ!」
背後から感じる気配に身を竦ませ、凄く疲れるから嫌だけれどコウモリになって逃げ出す事も確保したオジさんは後ろを向いて安堵する。良かったぁ。
「隊長、驚かせないでくれるかい?」
「ごめんごめん。にしても水浴びに来たら面倒な事に巻き込まれちゃったわね。まあ、報酬はそれなりだったけれどさ」
オジさんの横に腰掛けながら弄ぶ袋の中に詰まっているのは覗きに困っていた女性達が出し合った報酬。誰に頼むかって話しているのを聞いて引き受けたけれど、どうやら色を付けてくれたみたいだ。
「私も家出するなら実家は頼れないって自分のお金しか持たなかったし、何をするにもお金は必要だからね。幾らあっても困らないわ。じゃあ、管理宜しく」
「役人に嗅がせる鼻薬に宿代諸経費、各自のお小遣い。オジさんは家にお金を送りたいし、ちゃんと管理しておくよ」
投げられたお金をキャッチして懐に仕舞うんだけれど、レリック君が遂にお持ち帰りされそうになってた。おいおい、獣人の体力と性欲を知らないな、彼。何人か娼婦に相手をして貰っていたけど全員人間だったし。数人の女の子と神殿近くの宿に向かおうとするレリック君に心配が募る。
「男って嫌ねぇ……」
「オジさんはしっかりしてるからね? 奥さん一筋だから」
さて、旅の仲間の顰蹙を買うのも、レリック君が足腰立たなくなるまで搾り取られて出立が遅れるのも嫌だし、ちょいと奥の手を使わせて貰おうか。実は既に屋根裏部屋に忍び込んで捕まえていたんだ。……レリック君が大嫌いな蜘蛛をね。
袋から取り出したのは毒は無いけれど手の平サイズの大きな蜘蛛。元気に足を動かしているし、これなら効果大だね。体から一匹のコウモリを出して蜘蛛を掴み、レリック君に急接近させる。女の子に夢中で胸元やお尻ばっかり見ている彼は気が付かず、頭の上に簡単に落とせたよ。
「ん? 何だ……こりゃ……」
何かと思い、素手で触って見れば手の中で蠢く大きな蜘蛛。レリック君の顔色が見る見る内に青ざめて行った。
「あら? どうかしたの?」
「たっぷりご奉仕してあげるから早くベッドに行きましょう?」
「く、く、蜘蛛ぉおおおおおおおおおおおっ!?」
女の子達が体を擦り寄せて誘惑するけれど、今のレリック君には通じない。情けない悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。あらら。女の子達が呆然としているよ。
「さてと。残りの蜘蛛で驚かせながら上手い事イエロアの方に誘導しようか。じゃないと言う事聞かなさそうだしねぇ」
「……鬼ね」
え? うん、そうだよ。オジさんは吸血鬼だって。ちゃんと教えたよね? それにしてもレリック君の反応は面白いよねぇ。
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アンノウンのコメント 確かに!




