クルースニク外伝 ⑨ ☆
希望ってのは結構重要な物よ。生きていくのに欠かせない位にはね。明日は今日より素晴らしい筈だ。そうでなくても、昨日より悪い今日は無かったのだから、今日より良い明日が無くとも大丈夫って具合に、悪い事ばかりじゃないって人は思いたいのよ。
「私が旅をしている理由だけれど、一つは恋の為。もう一つは貴方達と同じケジメ案件よ」
「お嬢様が物騒な理由だな、おい」
「あら、私の家は武道派なの。トラブルは最前線で対処するのが掟な位にね」
まあ、武道派って言っても魔族と戦えるのは極々一部なんだけれどね。熊より強いもん、連中ってさ。
……賢者様が言うには魔族と戦えるだけの力を持つ者ってのは勇者や仲間になる可能性が高い人間らしい。勇者候補の中から最も相応しい人が選出されて、勇者との相性が良い者が仲間に選ばれるとか。
でも、それって魔族が誕生する前に決定される事らしいし、不慮の事故や病気で死んだ場合はどうなるのかしら? まあ、世界を救うメンバーに選ばれる時点で簡単には死なないんだけれど。
「既にレガリアさんには言ったけれど、私の一族が運営に関わる学園の生徒が攫われたのよ。それも家族が居ない子ばっかり。……分かる? 要するに騒ぐ人が居ない生徒を拐かしても平気だろうって言われてるの。舐めるな、って所だわ」
声を荒げず、それでも怒りを何かにぶつけたくて隣の木を殴る。拳が当たった部分が弾け飛び、大木が音を立てて倒れていった。
「私達にとって生徒は全員家族なの。それに手を出されて平気じゃいられないわ。ってな訳で手を組みましょう。私達の顔に泥を塗った事を後悔させてやるの」
二人の顔を見据え、拳を突き出す。迷い無く突き出された二人の拳が私の拳とぶつかった。
「決定ね。じゃあ、さっさと行くわよ。黄の世界イエロアへ!」
迷いも恐れも無い。有るのは確証。この三人なら大丈夫だっていうね。そう、私達が中心となれば必ず結成出来るわ。魔族と魔族に協力する人類の裏切り者達に対抗する組織を。
「ねぇ、二人共。ちょっと相談があるの。仲間を集めましょう。英雄になれる程に強い仲間達を集めて、どんな魔族にも負けないチームを作るの」
例え英雄となる可能性が有ったとしても、個の力じゃ限度が有る。生きているなら寝食は必須で、調子の悪い時だって有るわ。物語でだって都合の良い時にだけ敵は来てくれないし、今までの歴史の中でも魔族に取り入る連中は存在する。
だから群れるの。数には数で対抗して、その数に質を求めればきっと最高の部隊となるわ。
「……まあ、数が多い方が良いわな。んで、リーダーは誰がするんだ? レガリアさんか?」
「いやいや、オジさんは家長だけれど、部隊のリーダーには向かないよ。その補佐官って所かな。……だから君に頼むよ、隊長」
決定ね。そう、レガリアさん……いえ、レガリアが提案しなかったら私から口にしていたけれど、人材を集めるには看板が必要で、それなら初代勇者の仲間の子孫で、その武器と名前を引き継ぐ私しか居ないでしょ。
「……レガリアさんが言うなら俺は文句は言わねぇよ」
口では言わなくても、態度では言っているも当然ね。自分より強い相手だとしても、会って間も無い相手が自分達の上に就くってんだから私だって不満に思うわよ。レガリアが言い出してくれて助かったわ。
「じゃあ、此処に宣言するわ。対魔族部隊クルースニクの結成を!」
さーて! これから本格的に忙しくなるわね。隊長になったなら責任重大。支えてくれる仲間を背負い、そして共に力を合わせなくちゃ。
「漸く到着したな。遠すぎるだろ、マジで」
クルースニクの結成後、私達は三日間掛けて大きな神殿にまでやって来た。武と豊穣の女神シルヴィア様を奉る神殿で、他の世界と通じつる門が存在する数少ない場所。
「仕方無いよ、レリック君。余程高位の魔法が使えなくちゃ他の世界に行けないし、管理だって必要なんだ。ちゃんと行き先が保証されているのは珍しいんだからさ」
本当に不便よね。私達が今居る神殿にも存在する門以外にも他の世界に行く方法は有るけれど、手入れされていない門を使った場合は行き先が大きくズレる場合が有るもの。偶に時間を惜しんでブリエルに通じる近くの門を使った行商人が海に出てしまって馬車が沈んで破産したってケースが有るのよね。
私達の目の前には巨大な柱。黒い柱には金色に光る文字が刻まれていて、十人位が横並びで歩ける位の間を開けて二本立っているんだけれど、その間の景色は別の世界になっていたわ。薄い靄の向こうは緑豊かな森でなく、灼熱の砂漠。私達以外にもグリエーンから出掛けたり買い付けに来ていた商人らしき集団が歩いていたわ。
「俺達がイエロアからグリエーンに来るのに使ったのは別の門だったが、この先はどんな所に繋がってるんだ?
「周囲にオアシスも無いし、ちょっと不便な場所だけれど門が有るから商人が集まって大規模なバザーが開かれているわ。サーカスとかの旅芸人も来ているし、それを目当てで娼婦も結構集まってるけど、二人はそんなのに興味有る」
「ん~。オジさん、奥さん愛しているからねぇ。あと、浮気したら絶対バレて殺される」
「俺も金が無いからな。グレイプニルを新調したら依頼の報酬が吹っ飛んだしよ」
あっ、レリックの方はお年頃だし、興味は有るって感じね。レガリアは完全に奥さんの尻に敷かれていると。ふむふむ、成る程ね。私が二人と会話している間にも次々に人が門の向こうに歩いて行き、私達も簡単な検査だけで門を潜る。靄を通り抜け、一歩踏み出せば文字通りの別世界。何度も来た事が有るのだけれど、この暑さは堪えるわね。
「さてと、先ずは砂漠の旅に必要な物資を買いましょうか」
「情報の心当たりが有るって言ってたけれど、何処に行くんだい?」
「此処から二日間位歩いた先にあるガラサ王国。私もナターシャ学園に通ってたんだけど、留学生として……騒がしいわね」
このバザーはグリエーンと安全に繋がる門が有るから活気付いているんだけれど、どうも商人が客を呼び込む騒がしさじゃない声が聞こえて来る。私も猫の獣人だし耳は良いのよ。未だバザーの入り口付近って感じね。これは悲鳴?
「行くわよ!」
「おう!」
「何かあったんだね?」
私に続き、レリックも聞こえていたのか、店が連なり人がごった返す中を走り抜ける。レガリアは朝の内はレリックが引っ張る棺桶の中で爆睡したってのに未だに寝ぼけた感じね。もう昼よ、昼!
未だ入り口の方の騒ぎに気が付いていないのか慌てた様子の人達は居なかったのだけれど、入り口付近に近付けば様子は変わったわ。悲鳴の理由を知る人達が慌てて駆けて来ていて、その横をすり抜ければ直ぐに視界の中に姿を捉える。バザーに向かって慌てた様子で向かって来る蠍猿の群れと、それを上回る数で追い立てる砂鮫の群れ。
「餌を探す途中で遭遇、押し付ける為にこっちに来ているって所かしら?」
「んな事は関係無ぇ! 全部纏めてぶっ殺せば良いだけだ!」
一足飛びに蠍猿に接近、先頭の一頭の頭を縦に割り、死骸を踏みつけて後ろの一頭の頭を串刺ししても蠍猿は止まらない。私に襲い掛かるよりも生存を優先しているのね。
レリックは私が飛び越してスルーした蠍猿を蹴り殺し、頭を爪で引き裂き、グレイプニルで次々に貫いて行く。周囲に立ち込める血の香りに砂鮫達は興奮を募らせ、一頭が私の足下から大きな口を開けて飛び出して来た。その鼻先を片手で掴んで受け止め、腹に一撃蹴りを食らわせれば腹を陥没させて宙に舞った仲間に他の砂鮫が食らい付く。うぇ!? 血の匂いで大分興奮しているわね。本来なら共食いはしないのだけれど……。
「こりゃ全滅させないと危険ね。誰彼構わず襲うわ」
仲間が死んでもお構いなし、寧ろ餌が増えて万々歳とばかりに前方から向かって来る砂鮫達。少し本気で相手をしましょうか。私は家宝にしてご先祖様の遺産である白い刀身のナイフ、ホリアーを強く握って群れの間を駆け抜けた。足を止め、ホリアーを鞘に納めれば砂鮫達は砂の上に転がる。肉と内臓、そして骨に綺麗に解体された状態で。私、魚を捌くのは得意なの。花嫁修業を頑張ったのよ。さて、もう何もしないで良いわね。
「雑魚が! ウジャウジャ群れるな、鬱陶しい!」
次々に砂から飛び出して大口でレリックに齧り付こうとする砂鮫の口から入り、腹から飛び出すのはグレイプニルの刃。そのまま次の砂鮫を貫き数匹の鮫を繋いだまま振り回し、他の砂鮫に叩き付けていた。
それにしても随分と興奮しているし、食べ物に不足していたのかしら? 例え死骸でも本来なら共食いはしない筈だし、同様に強いと判断した相手からは直ぐに逃げ出す臆病者でもあるもの。
なのに砂鮫は仲間を秒殺した私の周囲で背鰭を出しながら回り続ける。敵は私だけじゃないのに馬鹿ね。背鰭を出して砂の中を泳ぐだなんて、彼に狙い撃ちして欲しがっているみたいじゃない。
「じゃあ、残りは引き受けるよ。一匹残らずね」
私はその場から一歩も動かない。いいえ、一歩も動く必要が無いわ。だって、雲一つ無い空から黒い刃の雨が降り注いで来たのだから。気付いた時にはもう遅い。砂に潜って背鰭を隠しても、既に間近まで迫った死は砂を貫き命に届く。墓標の様に地面に突き刺さった黒い刃が消えると血の噴水が至る所で起きていた。
「……一旦グリエーンに戻りましょう。水浴びがしたいわ」
砂鮫に囲まれていた私は当然大量に血を浴びてしまった。……レガリアは後で殴ろう。
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