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クルースニク外伝 ④ 甘美な誘惑

 俺には正直言ってどうしても苦手なモンが有る。蜘蛛だ。……いや、マジでアレは無理だわ。長い脚を動かして歩く上に毛むくじゃら、細いベットベト糸で作った巣にいる姿とかマジで無理だわ。レガリアさんの奥さんとか素手で叩き潰せるけれど、英雄ってのはあんな人の事を……いや、良そう。


 今、俺の目の前にはトンボみてぇな羽の生えた蜘蛛が大量に飛んで来て、俺が殴り飛ばした糞餓鬼を掴むと何処かに運ぼうとしてやがった。見ているだけで気分が悪くなる光景だが、流石に逃がす気は無い。俺はグレイプニルを掴むと蜘蛛の隙間を縫って突き殺そうとした。


「……あっ?」


 何が起きたのか一瞬把握出来なかった。何せグレイプニルの先端が急に消え去ったんだ。慌てて引き戻して先端を見てみれば歯形が付いている。それも虫のじゃなく、人間の歯形だ。だが、あの糞餓鬼がやったとは思えねぇ。つまりは新手って事で、其奴は直ぐに姿を現した。


「……ふぅ。陣中見舞いに同行したついでの散歩でしたが危ない所でしたね」


 何時の間にか俺の視線の先に立っていたのは燕尾服の女だ。白い髪で片目を隠した奴で、何かを食いながら呟いている。俺の事を気にも止めて居ねぇって態度だが、俺には分かっていた。この女は今まで戦った奴の中でも別格。レガリアさんと一緒に倒した上級魔族よりもさらにうえだってな。


 嫌な汗が背中を流れ落ちるのを感じる。あの女が近くに居るってだけで震えが来そうだ。……グレプニルの先端を食いやがったのは此奴だな。ちぃ! 何をされたのか全く見えなかったぜ。……どうする?



 侮られて生き残る位なら死ぬ……それは馬鹿な臆病者の考えでしかねぇ。屈辱も敗北も、弱さも受け入れて相手を次こそは倒す為の準備を進める、それが俺がレガリアさんから教わった事だ。相手に手の内はサッパリで、分かっているのは格上だって事だけ。絶望的状況だが絶対生き残ってやる。


 女が俺を見たのはその時だ。口の中の物を飲み込み、俺に意識を向ける。だが、あの目は敵を見る目じゃ無い。


「さて、休憩ついでにオヤツにしましょうか。……中々美味しそうですし」


 気が付けば俺は白い皿の上に乗っていて、ナイフとフォークを持った女に見下ろされていた。そうだ、あの目は敵を見る目でも、取るに足らない雑魚を見る目でさえ無かった。小腹を減らした奴が食い物を見る目だ。


「モキュ!」


「……はっ!?」


 後ろから聞こえて来た声に俺は我に返った。今のは幻覚だったのか。俺は目の前の女のプレッシャーに完全に呑まれていたらしい。おいおい、今まで戦った中で一番強いって所の話しじゃねぇぞ。俺だけじゃ勝てないって話じゃねぇ。レガリアさんと一緒でも手傷を負わせるので精一杯だ。いや、それさえも出来ずに食われちまう可能性だって有る。逃げる事すら不可能な相手だ。


「……おい、女。名前は何だ?」


「貴方に名乗る必要は無いわ。どうしても知りたいのなら力で聞き出してみなさい」


 ちっ! 情報を聞き出す事すら無理か。ありゃ完全に俺の事を菓子か何か程度に思ってやがるな。……糞女が! 確かに屈辱を耐えてでも生き残れって教わったがよ、生き残れないのに屈辱に耐える必要は無いよな? 相手の方が圧倒的に強い? 上等だよ。俺は格下を選んで戦う屑とは違うんだ。勝てないにしても顔面に一撃ぶち込んで名前を聞き出してやる。


「……上等だ。テメェが俺より強いのは認めるが、その鼻っ柱叩き折って名前を聞き出してやるよ」


 恐怖で乱れそうな息を整え、拳と脚に力を込める。死なば諸共、俺を食おうってんなら覚悟しやがれ。腹の中をズタズタにしてやるからよ!



「あら、アイリーンったらこんな所に居たのね。探したんだから」


「レリル様……」


 ……名前、分かっちまったな。急に現れた露出の多い美女の口からは、俺が覚悟を決めて聞き出そうとした女の名前が出て来た。にしても派手な格好だな、あのレリルって名前の女。布を巻き付けているだけじゃねぇか。


「あら? あらあら? ワイルド系の美少年ね。どう? 私と一緒に楽しまない? 私はレリル・リリス、最上級魔族よ」


「空気読んで下さい、レリル様」


「アイリーンの方が好みなら一緒に参加させるけれど? 二人揃って好きにして良いし、好きにされるのが良いなら二人掛かりで……」


「巻き込まないで下さい、セクハラ色ボケ上司様」


「あら? アイリーンったら照れちゃって可愛いわね」


 急に姿を見せたかと思ったら信じられない会話を繰り広げるレリル……様にアイリーンは顔を真っ赤にしている。だが、心底興味が無い。どうせ死ぬんだったらと誇りだけでも守ろうと聞き出そうとした名前だってだ。今の俺の中に有るのは一つだけ……レリル様の事だけだ。


 頭の中が熱に浮かされたみてぇに思考が定まらない。レリル様の事しか考えられない。あの方への愛だけを口にして、その愛の為だけに死にたい。今すぐ跪き、俺に意識を向けて貰えれば何も要らない。誇りも今までの人生も捨て去っても……。



「おや、落ちたみたいですね」


「当然よ。私を前にして、私に誘惑を受けて恋に落ちない男は居ないもの。さあ、来なさい。今日から貴方も私の恋人よ。その身が朽ち果てたとしても愛してあげる」


 そうか、それなら何よりも嬉しい。俺はそれだけで……。俺はレリル様に跪き永遠の愛を誓う為に歩き出す。自分でも顔に力が入らず緩み切っているのが分かったが、永遠の愛をくれるのなら何でも良い。俺の人生はレリル様の為に有るからだ。


「私を信用しなさい。……約束よ」


 約……束……? 足が何故か止まる。レリル様の事以外を考えたくないのに誰かの顔が浮かんで離れない。あの言葉が浮かんで来る。そう……チビで弱い餓鬼だった頃の事だ……。



「十六夜、貴方なら絶対生まれて来る子の自慢のお兄ちゃんになれるわ。そして今以上に私の自慢の子に……」


「うん! 弟でも妹でも、俺が絶対守ってやるんだ! 祖父ちゃんも祖母ちゃんも、父さんも母さんだって守れる位に強くなる! 約束するよ!」


 俺は自分の腕を見る。今まで鍛え続けた腕だ。これからはレリル様の為に振るう力が此処に……本当にそれで良いのか? 俺は……。



「……ふーん。私の誘惑に抗ってみせるだなんて素敵な話ね」


「どうしますか? 殺しますか? 小腹が減ったので食べても良いですね?」


「駄目よ。私、この子が欲しくなったわ。ねぇ、私のお城で飼ってあげる。それなら私と居る時間だって長いし……この体を好きに出来るわよ」


 布が解かれる音が聞こえ、俺は気が付けば前を向いていた。目の前のレリル様は肌を惜しげもなく晒し、俺を手招きしてくれている。男の肉欲を体現したかの様な美。この姿には獣でさえ欲望を抑えられないだろう。それ程までに美しく、俺の頭から全てが消え去ろうとしている。もう考えられるのはレリル様の事だけ。今から愛を貰い、至福の時を過ごして忠実な愛の奴隷になる事が俺の幸福だ。もう約束だなんてどうでも……。


「……ねぇ……が」


「あら? どうかしたの?」


「どうでも良い訳が無ぇだろうがぁ!!」


 レリルに欲望をぶつける為に伸ばした腕に力を込め、緩んで情けない事になっているだろう自分の顔面に拳を叩き込む。鼻の骨が折れる感触がして結構痛ぇが丁度良い! くっだらねぇ事に向ける意識が減るからな!


「このボケ女が! 誰がテメェの物になるかよっ!」


 ああ、そうだ。俺は決めたんだ。何があっても家族は俺が守り抜くってな! 祖父ちゃんも祖母ちゃんも殺された。父さんや母さんにだって追っ手が掛かったって聞いている。どうせ死んでいるだろうが……生きているんだったら弟か妹が生まれているだろうからな!


 名は捨てた。過去も捨てた。でも、あの約束だけは絶対に捨てねぇ。家族として守れねぇんだったら、全員俺が守ってやる。魔族と魔族に力を貸す糞共をぶっ飛ばして、何処かで生きているかも知れない弟か妹だった奴に危害なんて加えさせねぇ!



「掛かって来いよ、阿婆擦れが! テメェは道連れにしてでも今此処でぶっ殺す!」


 俺はきっと死ぬだろう。だが、少しでも手傷を負わせて、僅かでも情報を残す。頼んだぜ、レガリアさん。任せたぜ、今回の勇者。



 俺に代わって俺の家族を守ってくれや!



応援お待ちします  また停滞してて……


アンノウンのコメント 僕だって空気は読むよ? だから黙っていたけど……限界が近い



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