クルースニク外伝 ③
「……成る程な。勝手に外に遊びに出て、戻ったら変な連中が居て、仲間の様子も妙だったと。魔族連中、鉱石でも集める気か?」
モグールから事情を聞いた俺達だが、巣には直行ず先ずは依頼主の所に来ていた。他のドワーフとは仲良く出来ないって理由で辺境に住むこの爺さん……名前はサンジーは、モグールとは会った事が有るらしく、レガリアさんの話を聞いて訝しんでいるんだが。……ってか、この爺さん、コンドルモグラの見分けが付くのかよ……。
正直言って俺には分かりそうにないけどな。……言葉は永遠に分からないままだと思う。いや、本当に何で話せるんだよ、レガリアさんはよ……。
「儂も連中とは取引をしているからな。まあ、仕方無いから一旦何か気が付いていないか昔の仲間の所に行って来るわい」
「お供しますよ。何が起こるか分かりませんからねぇ」
「若造に心配される程に耄碌はしてはおらんが、付いて来たくば勝手に来い。儂は知らん」
頑固爺はぶっきらぼうな態度だがレガリアさんも相変わらずのヘラヘラ笑いで受け流す。この人が動揺したのって娘に臭いって言われた時しか見た事が無いよな。
「じゃあ、レリック君は留守番お願いね? モグールを守ってあげといてよ」
「へいへい。気が向いたらな」
「しっかし、チビ助の癖に大したもんだな、テメェ」
「モキュ?」
留守番つっても客がこんな所に訪ねて来る訳もねぇし、要するにモグールの世話をしながら体を休めろって事だ。まあ、俺と違ってレガリアさんは一眠りしてるんだがな。
あの爺が用意した餌を夢中になって食べてる姿からして満足に食べていなかったんだな、此奴は。俺の言葉は分からないんだろうが、それでも自分に話し掛けられたのは分かるのか瞑らな瞳を向けられる。
そう、こんなチビが仲間の危機を感じ取って見知らぬ相手に救援要請をしたんだから凄ぇよ。偶々難を逃れた運や行動力は生き残るのに必要な力だ。……そんな事からしてモグールは強いって評価をくれてやっても良いよな。
「……俺も寝るか」
ソファーに座り込んで休んでいたら眠くなって来やがった。モグールの奴も腹が膨れて安心したのかウトウトしてやがるし、俺も目を閉じれば意識は直ぐに沈んで行く。
夢を見た。不満も苦労も多かったけれど幸せだった日々の夢。滅多に会えない父親が恋しくて泣く日も有ったけれど、兄貴になるって知ってからは弟か妹の頼もしい兄貴になろうと心に決めた日の事も。
だが、幸福な夢はもう直ぐ悪夢に変わり果てる。何度も何度も繰り返したから知っているんだ。止めてくれ、此処で終わってくれと願っても変わりはしねぇ。弱い俺が全部を失う光景を見せ付けられる……かと思ったんだ。
「うげっ!?」
皮肉な事に鼻が曲がりそうな悪臭で悪夢は強制的に中断される。気分は最悪で、状況も吐き気がする不穏さだ。何せこの特徴的な悪臭が何か俺は知っているからな。今回は腐った水みてぇな臭いだが、その核となる物は変わっちゃいねぇ。
「……仕方無ぇ!」
言葉は通じない。だが、四の五の言っていられる状況でも無いからその辺の籠をモグールに被せて重しを乗せる。後は出て来ないのを願って外に飛び出せば周囲一体は水浸しになってやがった。家の周りの雑草は水に浸かり、溺れたのか虫やらネズミやらが浮いてやがる中、予想通りの奴が水の上に立って手鞠歌を歌っていた。
「やろかぁやろか、水やろかぁ。乾いているなら水やろかぁ。やるぞやるぞぉ、水やるぞぉ」
そこに居たのは小さな女の餓鬼。オカッパ頭に着物って所からするとパップリガ系の名前だろうな。鞠遊びをしているが、水面で跳ねているから普通の鞠じゃ無いのは馬鹿でも分かる。背負った水瓶も妙な臭いだが、何よりも餓鬼が一番臭ぇ。間違い無く魔族の臭いだ。
「おい、ウッゼェから下手な歌を止めろや」
「……此処に住んでるドワーフは?」
俺の言葉に素直に歌を止めた魔族は両手で鞠を掴みながら俺を見る。濁り切った嫌な目だ。それに声もだが、俺に向ける目もウゼェ。あの目を俺は知っている。見下した相手を虫けら同然に見ている奴の目だ。
気に入らねぇ、入らねぇ、入らねえ! 見た目が餓鬼だろうが女だろうが、魔族は大体同じ年齢だ。容赦無くぶっ飛ばす!
「知りたきゃ俺を倒して聞き出すんだな!」
「分かった。そうする」
あっさり言うなんざ随分な態度だと怒りを募らせつつも俺は不用意に飛び出さず、グレイプニルを放つ。この水は明らかに目の前の餓鬼の能力で出した物だ。敵が準備万端整えている場所に好き好んで行く馬鹿が何処に居るってんだ!
魔族の眉間目掛けて真っ直ぐ飛ぶグレイプニルだが、辺り一帯に溜まった水に至る所で波紋が起こる。予想通りにこの水は彼奴の武器だって事だ。波紋が起きた場所が噴き出し、水の獣になって鎖を掴んでいる俺に向かって殺到した。
俺が今居るのは玄関で、向かって来ている獣の数は約二十。狼やらイタチやらが牙を突き立てようとしているが俺は動かない。下手に動いて家の中で暴れられたら困るんでな。此処から動かずぶっ倒す! 鎖を持つ手を動かす事で鎖の動きが変わり、金属の鞭になって水の獣を打ち据える。次々に向かって来るのを破壊し、取り逃がした奴は拳で対処した。
「はっ! 全然弱いな!」
どれもこれも一撃で崩壊する上に、水滴が集まって即座に再生する事も無い。魔族は動くが伸びる鎖を操って追い掛ければ追い詰めるのは簡単だ。
ほれ、目の前の刃にばっか集中するから背後の警戒が疎かだ。俺の誘導によって木まで追い込んだ魔族は焦りの表情を見せた。俺を舐めた事を後悔しな!
「っ!?」
逃げ場は無い。左右のどっちに逃げても追い、上に飛び上がっても真正面から潜り抜けるのも想定済みだ。さっさと終わらせて二度寝させて貰うぜ。だが、此処で予想外の事態が起きる。俺の知識にある魔族ならしない筈の行動だ。
「モキュ!」
「んなっ!?」
一匹のコンドルモグラが間に割り込んで来た。咄嗟にグレイプニルの鎖を引いて止めた事で刃の切っ先は毛皮を僅かに傷付けただけに終わったが、後少し遅れてりゃあ頭を貫いて殺しちまう所だった。普通のモンスターなら兎も角、モグールの仲間をだ。
「……おい。魔族は一騎打ちに誇りを持ってるんじゃなかったのかよ? 今まで戦った連中はそうだったぞ」
そして相手の行動が予想外だったのは向こうも同じ。だが、戸惑う俺とは違い、嫌らしい笑みを浮かべてコンドルモグラを抱き寄せると手に水の刃を纏って突き付ける。
「何事にも例外は有る。例えば一騎打ちに興味が無い私みたいに。……武器を捨てて」
「このクズがっ!」
苛立ちに任せてグレイプニルを投げ捨てれば魔族が水の流れを操って引き寄せ何度か振るう。コンドルモグラは手放されると翼を動かして飛び上がるが、何時でも介入可能な距離を保っていた。
「じゃあ、今度は私の番。そして貴方の番は来ない」
力任せに振るわれるグレイプニルが何度も俺を打ち据える。魔力を流し込んで鎖を伸ばし、俺を一方的にいたぶって楽しいのか笑みを浮かべっぱなしだ。
「チャンスあげる。ドワーフの居場所を土下座しながら言うなら見逃す」
「……そうか」
完全に俺に勝った気だが当然だろうな。武器は奪い、自分の所まで来るには水の中を駆け抜けるしか無いんだ。……仕方無いよな。
「……未だ眠いから出来れば動き回りたくなかったし、レガリアさん達が戻って来た時に怪我してたら格好悪いと思ったんだがよ」
「恐怖で頭が変になった? 死にたいのなら……」
もう良い、黙れ。俺は目の前の糞餓鬼が言葉を言い終わる前に駆け出す。足を踏み入れた途端に水は激しく流れを変えて歩みを邪魔し、長く鋭い水の刃が四方から襲い掛かる。こりゃ最初の判断が正解だ。足を踏み入れない方が良かったし、勝ち誇るのも無理がない。
「……遅ぇ」
但し、もう俺には全て無駄だ。水の流れで邪魔されるなら、それ以上の速度で走るだけだ。四方から伸びる刃も届く前に通り抜ければ良い。途中、水の刃や矢が襲い掛かり、足に怪我を負うも俺は止まらない。再び割って入ろうとしたコンドルモグラは一睨みで怯ませ、振るわれたグレイプニルを掴むと伸ばされるより速く引き寄せる。
「なあ、もう一度言ってみろ。誰の番が来ないって?」
拳を握りしめて全力で振り抜く。顎に強烈な一撃を食らわせれば華奢な体は横にすっ飛び、気絶したのか周りの水は急速に引いて無くなった。
「雑魚が粋がるな。弱い奴には何も主張出来無ぇんだよ、ボケが!」
目の前で横たわる魔族、そして過去の俺に対して吐き捨てるように言った時、何かが急速に接近して来た……
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