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理由

「今日から私がこの家の当主だ。ちゃんと役に立つのだぞ、お前達」


 一族伝統の行事の事故で旦那様ご夫婦を含む多くの方々が亡くなり、それでも幸運な事に跡取りのレーグ坊ちゃまだけは運良く助かったと知った時は神々に感謝の祈りを捧げたものです。このご恩は決して忘れず、幼い主を支えて家を守って行くと誓ったのです。ですが、奇跡的な幸運に続いてやって来たのは破滅的な不運でした。


 ドーク・グライ、一族の恥曝しにして唯一の汚点。幼い頃から何度も皆様が矯正しようと教育を施しても傲慢さや怠惰さが直るどころか悪化する一方。正直言って末端とはいえお仕えする一族の血を引いているとは信じたくない愚者。ああ、神々は何故この様な試練をお与えになるのでしょうか……。




「おい、例の娘が街に来たそうだ! 早速連れて来い!」


「……旦那様。民を無闇に連れて来るのは無理が御座います」


「相手は獣人、たかが獣だ。それとも私の命令が聞けんと言うのか!」


 今日も仕事は私達に丸投げしながら美食と酒に溺れる豚は鼻の下の肛門から聞くに耐えぬ言葉を発する。醜い肉体を晒し、先程から貪っているのは獣同然と侮蔑する獣人の少女。幼さすら残る顔からは生気が抜け落ち、まるで人形の様になすがままにされています。私にはそれを見て見ぬ振りをするしか出来ない。



「この私のペットにしてやろうというのだ。あの小娘もむせび泣いて喜ぶ事だろうさ。ふははははは!」


「……」


 唇を噛みしめ血が滲むほどに拳を握りしめる。この男に従うしかない無力が、目の前の犠牲者に手を差し伸べる事すら出来ない愚劣さが憎い。目の前の男よりも自分が一番嫌いでした。




「……随分と見窄らしくなりましたね」


 これから新しい被害者を生み出す事への罪悪感に悩みながら屋敷の廊下を歩けば掃除が行き届かない廊下や装飾品が全く飾られていない棚が目に付く。先代の頃までは使用人が多く、代々受け継いだ芸術的価値の高い品が多く飾られていたものです。本当にグライ伯爵家は伝統と財力をかね揃えた家でした。家臣も仕える事に誇りを持っていた。


 ですが、あの男が当主代行になってから衰退が始まったのです。お付き合いしていた家も数度会えば奴を嫌悪して付き合いを減らし、悪評を耳にした商人達も近寄らなくなりました。奴が権力を自由に振るい家を意のままにしようとせずにいたのは不幸中の幸いでしょう。


 不当に税を上げて領民を苦しめない様に使用人の数を減らし財産を処分して、後は奴に贅沢をさせて満足させていれば済みます。……せめて坊ちゃまが家を継げる歳になるまでは家を守り抜かなくては。


 その為ならば外道に落ちましょう。身寄りの無い獣人の少女達を使用人として引き入れて奴への生け贄に捧げるのも、奴と怪しい連中の関わりが露見せぬように隠蔽するのも、最後には奴と共に地獄に落ちる事になろうとも家を守る為なのですから……。





「セバス!」


「おお、これは坊ちゃま。お勉強はお済みですかな?」


 中庭に出た時、坊ちゃまが駆け寄って来た。私が汚れきった事も、奴の愚行も極力知らぬ様にしている為か純粋な瞳を向けてこられ、それがたまらなく辛かった。今の私には坊ちゃまにお仕えする資格など無いにも関わらず私を慕って頼りになさる。ああ、このお姿を見る度に自ら命を絶ちたくなる。


「うん! 大人になってグライ家を継ぐ為に頑張ってるよ!」


「ほっほっほ。それは楽しみです。坊ちゃまがご立派に当主を務める姿を一日も早く目にしたいものですな」


 ……嘘だ。私にその権利は存在しない。王家の介入が入ればお取り潰しの可能性すら存在する以上、全ての証拠をこの命と共に消し去る算段だ。既に信頼置ける部下への教育も始まっている。だからどうか、坊ちゃまが健やかに成長なされて家を継ぐ日までは天罰をお待ち下さい、神よ。



「さて、どうすべきか……」


 あの豚が言っている少女については既に調べが付いている。奴が気紛れに外出した左記で見掛けたという羊飼いの少女だ。調べによると既に両親を亡くしており、村の者の世話になっていると言うが外出先で居なくなっても幾らでも誤魔化せる。


 今は奴を満足させて厄介な事態、それこそ王家の介入を避けなければならない。それを怠った結果が例の勇猛なる獅子団との接触だ。どうにかボロを出す前に始末しませんとね。


「最悪の事態だけは何としても……」


 既に私が責を負えば丸く収まる段階を既に過ぎ去っている。明日にでも訪れるやも知れぬ事態を想像して身を震わせた時、外から騒ぎ声が聞こえて来た。


「……嫌な予感がしますね」


 旦那様達が乗る船が嵐で沈んだ時も、行事の参加を許されなかった故に死なずに済んだあの男が当主代行に就任した時も、王家に知られれば家が取り潰しにあう程の事を奴が行っていると判明した時も、今と同様に胸騒ぎがした。


 いや、きっと大丈夫でしょう。剣聖王イーリヤ様の代からお仕えしているグライ伯爵家ならば悪評が立ち衰退の一歩を辿っているとしても簡単に介入は不可能。だからこそ今までも大丈夫だった。


 では、何の騒ぎか調べるとしましょうか。そうすれば安心出来る、と、私は自分に言い聞かせて街へと向かったのです。



 これによってグライ伯爵家を取り巻く状況が大きく動くなど、この時の私に知る由もなかった……。






「……これは手厳しい。確かに我が家にはあらぬ噂が立っていますな。ですがご安心を。どうぞお出で下さい」


 ちょっと町中を歩いただけで聞こえてきたグライ伯爵の悪い噂。賢者様は噂だけでなく自分の耳と目で得た情報で判断しなさいって言って来たけど、森で出会ったダブモさんからも気を付けろって言われた伯爵様からのお招きに思わず身が竦んじゃったけど、女神様の言葉を聞いて固まっちゃったわ。


(貴方は胡散臭いって誘って来た本人の前で言うとかー!?)


 見れば言われた執事さんも固まっていたのだけど、咳払いをしたかと思うと直ぐに丁寧な態度で誘って来たし、断ったら失礼に当たるわよね? 女神様も今は普通の女の人の役だし、全然演じられてないのだけど。


 それで、この場合は誰が決めるのかしら? 私は子供だけれど勇者って大々的に名乗りを上げちゃってるし、此処で更に断ったら拙い事になるんじゃ……。



「何があらぬ噂だ。実際に何人も消えてるじゃねぇか」


「怪しい連中が出入りしてたって何人も目撃しているのよ……」


 狼の獸人の血が流れているから私は鼻だけじゃなくって耳も良い。だから執事さんに聞こえない様に囁いた言葉も聞こえたのだけれど、それで不安は増したわ。此処は何とか当たり障りのない断り方を……。


「え…えっと、ですね……」


「是非ともいらして下さい。既に準備は整っています」


「は…はい」


 無理ー!! 最近まで普通の羊飼いだった私に伯爵様からの誘いを断るとか無理! 私が了解したら執事さんは嬉しそうに……には見えないけど丁寧な態度で案内してくれる。あーあ、私ってまだまだね。これから交渉術を身に付けたいとは思うのだけど……。


 どれだけ自分に今は駄目でも良いって言い聞かせても、こんな風に落ち込んじゃう。勇者なら堂々としてなきゃ駄目って分かっていても肩を落としそうになった時、頭に賢者様の手が優しく置かれて撫でられた。


「……ちょっとだけ元気出た、かな?」


 撫でられた場所に自分の手を重ねる。温かさが残っている気がして、落ち込む必要は無いって安心出来たわ。



「ガウ」


「アンノウンも慰めてくれるの?」


 今度は背中に前足が優しく当たる。森では腹が立つ悪戯をされて性格の悪い子だって怒ったのだけど、本当は優しい子なのね。


「森での事は許してあげるわ」


 賢者様に撫でられた頭に触れたみたいにアンノウンが触れた場所に触れる。温かさが残って……あれ? 何か紙が貼られている? ちょっと引っ張ったら簡単に剥がせた紙には魔法でも使ったのか弱く光っている文字でこう書かれていた。


 貧乳勇者参上! 、と。





「絶対に許さない」


 前言撤回、見直して損したわ! 貧乳じゃないもん! 私、まだまだ子供だからだもん! 偶々知り合いで歳の近い子全員が胸が大きいだけなのよ、きっと!


 紙を握りつぶしてポケットに乱暴に入れる。こうなったら口でも引っ張ってやろうかと思ったのだけど、振り向いたら姿が消えていたわ。



「アンノウンですか? 勝手に抜け出して怒られたから馬小屋に戻る、ですって」


 人を弄くるだけ弄くったアンノウンに何時か仕返しをしてやろうと決めた時、私の心から落ち込む様な暗い感情は完全に消え去っていた……。







「しかし伝説の賢者様が若いお方だったとは思ってもみませんでした。物語の挿し絵では白い髭の老爺として描かれていますから」


「ああ、アレですか。私からすれば不満なのですが、そっちの方が面白いから、と神々に修正を止められていまして」


 執事さんに案内されて屋敷まで来たのだけれど、その途中で思ったのは私達が勇者だとは信じて貰えていない事。巨大な鋏を持ったツナギ姿の女の子じゃ強いモンスターを倒して来ても偽物だって思われているのね。実際に後一歩の所で女神様が投げたアンノウンに当たって倒しちゃったのだけど。


 あの人、笑っているみたいで実際は目が笑っていないわ。もしかしたら勇者の偽物として捕らえる気じゃって思った私が屋敷の中に入った時、武器を持った人達の姿が目に入った。予想が当たったと思ったのだけど、貴族様の屋敷の兵士さんにしては態度が悪いしお酒臭いわ。

 


「さて、皆様に後はお任せしましょうか。勇者を騙る愚か者を捕らえて下さい。但し、あの少女には傷を付けずに」


「いっひっひ。あっちの姉ちゃんは好きにして良いんだよな? 丁度前の女が完全に壊れて困ってたんだ」


「男の方は身包み剥いで殺すか。何せ勇者の偽物だもんなー」



「私は偽物なんかじゃないわ! ちゃんと儀式だって受けたんだから!」


 武器を構えて近寄って来る男の人達に私は思わず叫んでいた。だって頑張ったんだもの。良くやったって褒めて貰ったのだもの。応援して貰ったのだもの! 誰が何と言おうと私が勇者じゃないなんて言わせないわ!


「へへっ! 随分と勇敢な嬢ちゃんだ。ほら、痛い目を見たくなかったら大人しく……」


 人を相手にするのは初めてで少し怖いけど、人だからこそデュアルセイバーの能力を発揮出来る。ニヤニヤと笑って手を伸ばして来た人の横をすり抜けて着地した瞬間、禿げた。髪の毛は勿論、髭も眉毛も睫毛だって全部床に落ちる。


「……へ? 俺の髪は一体何処に……」


「えっと、お掃除が大変そうね」


 尻尾の毛が生え替わる時期は掃除が大変だった時を思い出して掃除の人に謝りたくなりながら、頭に手をやって禿げた事が受け入れられない人の胴体にデュアルセイバーを叩き付ける。あっさり飛んでいった後で棚に突っ込んで伸びちゃった。


「この餓鬼っ! 兄貴に何しやがった!」


 次は大きいオジさんが掴み掛かって来たのでデュアルセイバーを小さくして屈んで避けると真上に振り上げながら大きさを戻す。丁度足と足の間に勢い良く叩き込んだら宙を舞って階段に激突したのだけど、予想以上にダメージがあったのか泡を吹いて気絶しちゃったわ。グシャって感触がしたけど潰れたのかな?


「この餓鬼、かなり強いぞ!」


「囲め! 囲んで叩き潰せ!」


 二人もやっつけてしまったからか、私は無傷でって依頼も忘れて彼らは武器を向けてきたのだけれども、何故か少しも怖くなかったわ。デュアルセイバーを分割して構えて迎え撃つ構えを取る。だけれども、私の初めての対人戦は拍手の音によって唐突に終わりを告げた。



「立派ですよ、ゲルダさん。人間相手の戦いは初めてでしょうに頑張りました。では、私が残りを終わらせましょう」


「あぁん? テメェ、舐めてると……」


 賢者様は拍手を続けながら私の横に並び、最後に大きく手を打つ。屋敷が一瞬で消え去った。玄関ホールの床だけが切り取られたみたいに残って残りが煙みたいに消え去って、私達に武器を向けていた人達が驚きで固まったのだけれども、一番動揺しているのは執事さんだった。


「坊ちゃま! 坊ちゃまは一体何処に!?」


 あれれ? この人、伯爵様の部下だったわよね? でも心配しているのは坊ちゃまって子だけなんだ。えっと、もしかして……。



「その坊ちゃまが私を捕まえろって命令したの?」


「馬鹿を言うな、坊ちゃまは聡明で優しいお方だ! あの豚と一緒にするな!」


「ぶ…豚?」


「ああ、そうだ! 全てグライ伯爵家の名を汚す豚が命じたのだ! 彼奴さえ、彼奴さえ居なければ……」


 あまりの気迫に私はビックリしちゃった。さっきまでの優しそうな人から一変してしまうのだもの。執事さんは貯めに貯めた怒りを吐き出すみたいに叫び続けるのだけれども、そろそろ男の人達が動き出す頃じゃ。……あれ? 何時の間にか鎖で縛られて転がっているわ。



「隙だらけでしたので」


 あっ、賢者様がやったのね。猿轡をされて喋れない彼らが何か叫ぼうとするけれども賢者様は目もくれないで執事さんの方、更にその後ろの地下室への階段を見ていたの。次は彼処に行くのねと思った私が進もうとしたけれど、肩を掴まれて止められた。えっと、どうしたのかしら? 賢者様を見れば首を横に振っていたわ。


「……行かなくて結構です。未だゲルダさんには刺激が強い。……シルヴィア、見て来て下さい。連れて来なくて結構ですからね」


「了解した」


 女神様は何があるのか知っているのか、それとも賢者様の頼みだからか迷わず進む。途中、執事さんが立ちはだかろうとしたけれども一瞥しただけで動けなくなって、女神様はそのまま階段を下りていって、数分後に戻って来たわ。ちょっと不愉快そうな顔で……。



「食べ物と服と……医者が要るな」


「そうですか。……では、さっさと捕まえましょう」


 賢者様も不愉快そうにしてもう一度手を打ち鳴らす。消えた屋敷が元に戻って目の前に太った男の人が縛られた状態で転がっていたわ。何が起きたのか分からないって状態で目を白黒させて動こうとするのだけれど鎖がジャラジャラ鳴るだけで動けない。その体に賢者様の足が乗せられた。



「グーラ・グラン伯爵代理、多くの獣人の少女を不当に捕らえ虐待した容疑によって只今を持って権限を剥奪、拘束して王宮に移送する」


「!?」


「ほら、これが国王からの指令書です。……他の容疑も直ぐに調べが入るでしょう。覚悟する事です」


 私はこの時、地下室に誰がどんな状況で居たのかを理解してしまった。もしかしたら自分もその中の一人になっていたって事も。だから少し震えながらも協力していたみたいな執事さんを睨もうとして、直ぐにその気が無くなった。膝から崩れ落ちた執事さんは笑いながら泣いていたの……。



「はは、ははははは……。終わりだ、何もかも。私は今まで何を、何の為に……」


 きっと守りたい何かがあって、それでしたくもない事をしていたのだろうって分かって、それでも私は執事さんを許せない。きっと許しては駄目なのだわ。気が付けば私は執事さんの前に立っていた。





「貴方、色々やって来たのね。それで結局何がしたかったの?」


 その問い掛けに執事さんは答えてくれはしなかった。ただうなだれて、最後にはうずくまって泣き出して……。






「賢者様、全部分かっていたの? あの屋敷で起きていた事全て……」


 あの後、転がっていた男の人達を含む全員を王宮まで転移して連れていった賢者様が戻った時、私は思わず問い掛けてしまった。


「容疑は前々から有るとジレークに調査を頼まれましてね。だからといって勇者が貴族の屋敷に乗り込むなど厄介事の種です。あくまで招かれた先でやむを得ず戦った結果に悪事を見抜いた、そんな功績にしたかったのですよ」


「そんなっ!」


 それって酷い目に遭っている人達を直ぐに助けられるのに助けないって事じゃ、そう言おうとして私は思い出す。何故勇者が功績を挙げながら旅をする必要が有るのか。初代勇者様、賢者様の旅を描いた物語の後半のシーンを。



 どうしてもっと早く来てくれなかったんだ! それは魔族に町を破壊された人が子供の亡骸を抱きしめて勇者様に怒鳴った言葉。 旅が進み、魔族が発生した世界に近い世界ほど魔族の被害が大きくなる。だから少しでも功績を立派にしなくちゃ駄目だって。人を数で判断するのは駄目だって言うけれど、目の前の人だって確かに生きてるって言うけれど、目の前に居ない大勢の人達だって確かに生きているのよね。


「……ごめんなさい」


「おや、何を謝っているのですか? その必要など無いでしょうに」


 私が下げた頭に賢者様の手が置かれる。今はその暖かさが少し辛かった……。



「賢者様、グライ伯爵家はどうなるのかしら……」


「容疑が容疑ですからね。……ですがジレークは甘い子です。勇者が誕生した事による恩赦を口実に取り潰しは免れるでしょう。何だかんだ言って古い家ですからね。


「そう、良かったわ……」


 犠牲になった人達には悪いけど、私は胸をなで下ろして安堵する。だって、あの時に見た執事さんの姿は本当に悲しそうだったから。

 


 


「……おや?」


 賢者様の懐から鈴の音がしたのはその時。不吉を告げる音が静かに鳴り響いた……。

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