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熱意と語らい

 この世の中には悲劇が溢れている。疫病や災害といった特定の誰かの意思が介入していない物から始まり、人同士の争いや暴政によるもの。他者を踏みにじっても自らの目的を果たそうという悪意は得てして多くの悲劇を生むものだ。だが、そればかりとも一概には言えない。


 何せ、大切な誰かを守りたい、見知らぬ誰かの役に立ちたい、その様な賞賛されるべき善意も時として悲劇を生み出すのだから。



「おい、本当に大丈夫なのか?」


「……信じろ。脈々と受け継がれて来た研究成果を、私達が行って来た研鑽を」



 この日、ニカサラに存在する魔法の研究室にて大掛かりな儀式が行われようとしていた。事の発端はキリュウが召喚された三百年前、その更に昔。未だに神によって魔族の封印がなされ、人が神に依存し振り回される姿にミリアスが大いなる憂いを抱いていた頃だ。その男には才能が有り、何よりも一京分の一にも満たない確率での奇跡が起きた。いや、起きてしまった。



「異世界だと……?」


 遠隔地の偵察の為の魔法の研究中に偶然見えた見知らぬ景色。それだけならば知らぬ土地だと思えたが、情報獲得の為の解析魔法の併用によって理解してしまった。


 自らが住まう六色世界とも、神が住まう無色の世界とも全く異なる世界の発見。何とか神々にコンタクトを取り、魔族封印の懇願が出来ぬかという熱意によっての研究によって一瞬だけの観測を行い、鍛え抜いた叡智と魔法の才能の高さから見えた物が何かを理解した彼が次に挑んだのは召喚。異世界から優れた能力の持ち主を呼び出す事であった。


「神々に頼るだけでは大切な者を守れぬ! 我々の手で戦う為の力を得るのだ!」


 ある者は誇大妄想と鼻で笑い、信じた者も神に縋るのが当然だと、魔族に目を付けられるだけだと、人の身には不可能だと、それぞれの理由から彼の助成の申し出を一蹴し、それでも力を貸そうと集う者達も居た。


 そして数百年の時に研鑽され続けた研究は漸く実を結ぶ。


 この研究者達の心に有るのは守るべき者を守りたいという純粋な願い。勇者が居るのだから大丈夫と楽観的に全てを他人任せにするのではなく、勇者の手が届かない時に危機が訪れるのを危惧し、同時に自分達が自衛手段を持つ事で別の場所の者達が助けて貰える、そんな純粋な理想だ。


 ……後は無知と無謀と慢心。魔法に疎い上に特定の人物をコピーして召喚するという荒技を使ったとしても、神であるシルヴィアが暫くの間、大きく力を削がれたのが異世界よりの召喚だ。


 自衛に足りるだけの戦力を呼び出す事を重視し、相手の善悪や言葉が通じるかどうかが欠如してしまっているのが現状で、何処かに未知の魔法技術を行使する事への興奮も有ったのだろう。


 魔法陣の周囲には魔力を蓄えたミスリルを大量に設置して触媒と化す。数百年もの月日を費やした準備の成果は今正に成功の時を迎え、彼等の顔に歓喜の色が浮かぶ。


「よし! これで……」


 満身と無謀の代償の一部はこの瞬間に払われた。魔法陣が光に包まれ、世界と世界を繋ぐ穴が開いた時、既に研究者達の姿は消え失せた。その肉体も、魂さえも存在を許されず無に帰したのだ。残された穴も直ぐに閉じて、二つの異形の存在が残される。青と赤の二つの姿は排水溝を通って研究所から姿を消し、その存在を知る者は暫くの間出なかった。


 そう、ナターシャがキリュウ達と再会した日まで、人知れず犠牲者を出しながら隠れ潜んでいたのだ。片方は、青いスライムのゴーラは捕らえられた。周囲の物を外骨格として自らの一部にする能力の持ち主。


 ……では、赤の方は何処で何をしているのだろうか。





「しかし勇者が子供とはな」


 イエロアでゲルダが楓と出会った時から時間は遡り、宿屋の近くで営業する酒場、少し床が軋む古びた建物だが料理と地酒が美味く、量も多いので逞しい体のエルフも満足なこの店にてクルースニクの面々が昼日中から酒を酌み交わしていた。テーブルの上には副隊長であるレガリアの財布が置かれており、戦いを生業としている集団だがいたって大人しく酒を飲んでいる。寧ろ酒の席では武具など無粋とばかりに装備を外し、各々の私服姿でさえあった。


 そんな時にふと出た話題、それは信奉する賢者と旅をするゲルダについて。子供が勇者だという事で彼女に悪感情を向けている者は見当たらず、寧ろ彼女の身を案じてさえいる様子だ。


「賢者様が居るんだし、此処まで封印を進めて来たんだから大丈夫だろ」


「そうか、それもそうだよな」


 魔族と魔族の協力者の必滅を掲げるクルースニクの面々、隊長であるナターシャとマッチョな鮭のキグルミ姿にされたレリックが賢者達に会いに行き、副隊長のレガリアが早々に部屋に戻ったので残ったのは十人足らず。


 少ないと言えば少なく、多いと言えば多い、そんな人数だ。クルースニクのメンバーは末端の者までもが一騎当千の強者となれる才の持ち主、勇者の仲間に選ばれた可能性もあった存在だ。当然総数は少なく、更に自らの研鑽を忘れておらず、その上でナターシャの勧誘を飲んだ者。そこまで厳しい条件で集まったのだ。十人も居れば奇跡に近いとさえ言える。


そんな彼等が酒を飲む場所の扉が乱暴に開かれ、鎧姿の騎士達が姿を見せる。最初に気が付いた者が立ち上がり、他の者も続く。先程までの陽気な酒の席の空気は何処にやら、此処に居るのは戦士の顔した者達だ。


「怪しい連中め! 全員大人しく捕まれ!」


 姿を見せて早々の抜剣からの威圧。剣呑な空気に他の客が逃げ出し、店員が姿を隠した時、騎士に刃を向けられている男が動く。抵抗したと反応するよりも速く、彼の蹴りが騎士の体を天井まで蹴り上げた。


「……隊長がやった件が理由か?」


「いや、違うな。この者達、随分な血臭がするぞ」


 頭を天井に突き刺して揺れ動くエルフの問いに獣人の男が鼻を動かしながら答える。相手が騎士らしいから僅かにしていた遠慮はこの瞬間に完全に消え失せた。


「そんじゃあ、酒飲んだ後の軽めの運動と行くか。


 武装した相手を前に、今は共通の衣装であった金属製のコートさえも身に付けず、当然無手だ。だが、一切臆した様子は無し。剣を振るう騎士相手にアクビが出そうな程に余裕綽々の表情で迎え撃つ。


 但し、戦闘にはなっていない。騎士達は常人離れした身体能力を見せ、まるで肉体の限界を超えた力を行使しているかの様だが動きは雑で、喧嘩慣れした子供の方が幾倍もマシな程。対してクルースニクの面々は常人離れした者達の中でも上位の身体能力に加え、技巧も上々。店への被害を抑えつつ全員纏めて店外に叩き出す余裕すら見て取れた。


「ほいっと!」


 今、最後の一人がエルフの青年が放ったジャブでバランスを崩し、筋肉で膨れ上がった足による蹴りでくの字に体を折り曲げた姿で水平に飛んで行った。丁度山積みになった仲間の前で止まり、準備運動程度をしただけの様子にすら見えるクルースニク達は少し困った様子で顔を見合わせた。


「それでどうするよ?」


「誰かレガリアさんか隊長を探して来たらどうだ?」


「鎧に所属を示す家紋が無いし、極秘部隊か? 全然忍んで無いけどな。これだけ暴れたし、追っ手が掛けられるかもな」


「今更だろ。それを覚悟して……うげぇ!?」


 どうも治世者側らしい騎士達を返り討ちにした事に少しだけ困った様子を見せた時、一人が苦手な虫でも発見したかの様な声を出し、他の者もそれに気が付いた。仰向けで大口開けて気絶していた騎士の体が急激に干からび、口から血を思わせる赤色の粘液が大量に出て来たのだ。意志を持っているのか一斉にバラバラの方角に逃げ出すその物体に対し、一人が剣を突き刺すもすり抜ける。どうやら見た目通りの材質らしい。


「……怪しい雰囲気を感じたから様子を見に来たら……オジさん、夜行性なんだけれどなぁ」


 心底困った風な声がして、クルースニク達は一斉に後ろに飛び退く。その一瞬後、地面から吹き出した炎が赤い粘液を焼き尽くし、眠そうな顔でフラフラしているレガリアは酒場の壁に持たれ掛かった。


「もー駄目。眠くて限界。おーい、誰かオジさんの棺桶ベッド持って来て。……あれれ~? ねぇ、オジさんが寝ぼけているだけかい? 未だ昼間なのにお星様が見えるんだけどさ」


「いえ、現実です」


 否定して欲しかったレガリアだが、空気読めない部下が肯定してしまった。


 昼間の空に光り輝く星は光の線で結ばれ、巨大なパンダの顔が現れる。何が起きているのかと人々が見上げる間も光は輝きを増し、星の光は地上に降り注いだ。建物を通り抜け、星の光は人々に向かう。昼間に輝く星が消え去った時、町には無数のキグルミ達の姿があった。

応援お願いします 熱意の燃料投下を!


アンノウンのコメント  あの中にロリコンが二名いるよ

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