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神前にて神に祈る

 妾の名は白神(しらかみ)……いや、楓・カイエン。今は亡き我が君に代わってカイエン家の舵取りをしている者だ。唐突な話ではあるが、妾は他が羨む者は大抵持ち合わせている。


 舞や琴、歌等の芸事は上々の評価を師より受け、容姿端麗にして頭脳明晰。家柄も高く、金に困った事も無い。夫を結婚後直ぐに亡くしてはいるが、僅かな間に我が君からは五劫の擦り切れる年月にすら匹敵する程の深く暑い愛情を注いで貰えたと自負している。だからこそ妾はそれを家と領地の者達に幾倍にもして返したい。それこそが我が君への愛の現れであり、残された妾の生きる理由なのだから。


「久しいな、ゲルダ! おや、随分と大きくなったのではないか? 未だ一年程度しか経過しておらぬのに、子供の成長は早い。うむ、天晴れじゃ」


 その領主代理として訪れた視察の帰り道、開かれた店の入り口から見知った後ろ姿を見た妾は馬車を止めて中に入る。護衛や店内の他の者には悪いが、どうしても言葉を交わしたかった者だったのじゃ。向こうが再会に驚く間に抱き締めれば以前と頭の位置が少し変わっていた。過酷な旅ではあるが、子供らしく成長が出来ていると知れて一安心じゃ。


 ……何せゲルダはあの二人の子。特別目を掛けてやりたくなると言う物だ。


「楓さん、どうして此処にっ!?」


「視察として訪れて居てな。汝の姿があったので声を掛けたのだ。帰った後に予定外の時間を使ったと秘書に小言を言われそうだが、この時間の価値を考えれば安い物だ」


 ……うむ、本当に秘書には悪い事をしているな。嫁ぐまで、そして嫁いで暫くの間は誰かの見聞きした事のみを話や書で知った気でいたが、民草や王侯貴族に仕える臣下の苦労の一端はその程度ではない。向こうは向こうで此方を気楽と思っている者も居るが、基本的に年中無休で政治や軍事、インフラ整備や経済に関するあれやこれやを取り纏めねばならぬ。まあ、例となる者や選択する者によってどちらが良いかは別だろうが、妾が恵まれているのは確かだ。


「しかし、お主こそどうした? 此処での使命は終えたであろう?」


「えっと……休暇で」


 勇者という立場は妾の今の立場よりも面倒な事が多いだろう。故に周囲の者に聞かれても構わぬ形で聞けば少し負い目を感じた様子で答えるが……良くないな。


「これ、しゃきっとせぬか! どの様な者とて休みを貰えるのは当然の権利。己の役割を果たしているのだから堂々としていろ!」


「は、はい!」


 ……むぅ。どうも説教臭くなってしもうたな。いかん、これはいかんぞ。勇者としての重責から解放された貴重な時を邪魔してしまった事に妾が負い目を感じる中、ゲルダの向かいに座る少女と目が合う。直ぐ様目を逸らされてしまったが、妾を恐れてではないな。妾が行うであろう何かを恐れている。さて、どうするか……。


 このまま帰るのが一番なのは分かっているが、邪魔だけして、別れの時だ、さらば、では妾が落ち着かん。勝手な想いを押し付けていると分かっているが、もう少しだけでもゲルダと触れ合いたかったのだ。


「あ、あの、楓さん。実はお聞きしたい事が有りまして……」


「込み入った話らしいな。ならば共に馬車にまで参れ。ついでに屋敷にて歓待しよう」


 だからゲルダの申し出は渡りに船だった。共に食事をしていた少女も誘い、話をするついでに屋敷に誘う。せめて今この時を邪魔した詫びとなれば良いのだがな。



 ……妾は人が羨む物は大抵持ち合わせている。だが、同時に持つ事を悔やみ、最大の恥辱としている物も有った。それこそが我が生家、白神家との繋がりじゃ。妾の人生において最高の幸福を選ぶとなれば我が君に嫁いで家から抜けた事、もしくは兄上が居た事じゃろうな……。



「では、屋敷に着くまでの間、ゆるりと寛ぎながら話をしよう。ほれ、冷えた果実水を飲め」


 高貴な者には相応しい振る舞いや装い、そして暮らし方が有る。民草の苦境を見て見ぬ振りし、あまつさえ目さえ向けぬのは為政者として失格以前だが、只質素倹約に務めれば良いという物では無い。復興が進むカイエン領、その領主代理である妾の乗る馬車もそれなりの豪奢な物であった。


「わわっ!?」


 先ず、魔法によって拡張された車内は数人がゆるりと寛げる広さを持っている。テーブルを挟んでソファーに座るゲルダじゃが、体が沈みそうになるフカフカさにビックリした様子だが、流石は勇者、直ぐにバランスを取っている。体幹を鍛えている証拠じゃな。もう一人の少女は座り慣れた様子で腰掛けているが、どうも名を告げない辺りに訳有りの様子。馬車の御者がゲルダの事を知らぬ者であれば乗せるのに苦労したであろうな。


「……うむ。聞き耳を立てている者は無し。感謝しよう、楓・カイエンよ」


「なんじゃ。もしやと思ったが、神か」


 幼い少女の容姿には似合わない口調に、見た目相応の声から感じる威厳。神だというのならば納得が行く。賢者殿達がゲルダの傍に居ない理由にもな。どうやら妾が言い当てる事を予想していなかったのか、目の前の少女の姿の神は驚いた様子じゃ。人間を侮っている……いや、余り関わっていない様子じゃな。では、地上に降りた記録が少ない、もしくは記録されていない女神か。


「して、名前は……どうも言いたく無いのならば聞かないでおこう。女神様とお呼びしても?」


「……問題無い」


 相手の顔色を窺う、それは何も悪い事ばかりでは無いのじゃ。相手の心中を察しって言動を選ぶのも他人を慮る事に繋がる。女神様は名を問い掛けた時に僅かながら身を強ばらせ、ゲルダも同様の反応を示した。


(まあ、其処から大体の予想は可能じゃな。妾は兎も角、神客であったとしても何らかの反応を示すなとは言えん存在。なら、問わぬが双方にとって吉であろう)


「心遣い感謝する」


「止して欲しい。神に礼を言われる程の存在でも無いのじゃ。では、ゲルダ。聞きたい事とやらに答えよう。何でも……は無理じゃがな」


「実は白神家についてなのですが……」


「あっ、それは無理。出来るだけ話したくはない」


「えぇっ!?」


 まさか一度注意しろと言っておいた実家について問われるとは予想外であった。だが、問題は此処から。何故、その様な問い掛けをするに至ったのか、仔細について知らねばならぬ。何故、注意しろとまで言った実家について訊ねるのか、それによって対応を変えねばな。


「白神家については知るな、聞くな、関わるな、そう答えたいが、ゲルダにもゲルダの事情が有るのじゃろう? 述べてみよ。それによって此方も考える」


「実は……」


 ゲルダの語った内容を纏めればブリエルにて呪術の類で創られた式を目撃、それを倒したレリックなる者から白神家に関わるなと忠告を受けた……随分と面倒な。レリックとやらが何故ゲルダにその忠告をしたのか、それが分からぬ。只白神家の内情を知ってか、それともゲルダとの関わりを知っていてか……。


 どちらとも判別が出来ぬ今、一旦は前者として扱う、それしか選択肢は無い、妾はそれを判断し、思い出すだけで屈辱的な事を口にする。出来ればゲルダが気に病まぬ為に表情には出ぬ様に注意してな。


「……パップリガでは獣人を獣として扱う者が多いとは聞いた事が有るな? ……ならば話が早い。特に白神家を筆頭にした術者の名門ではその傾向が強い。……先に言っておくが、妾も兄上も違ったからな? だが、それにも関わらず使用人には獣人が多い。……何故だと思う?」


「えっと……分かりません」


「分からぬ方が良い。腹立たしく、そして簡単な話だ。要するに頭が良くて芸達者なペットを飼う感覚なのじゃっ!」


 話すだけで腸が煮えくり返り、思わずテーブルに拳を叩き付けてしまった。感情に流されるとは情けない。此処から先は悟られぬ様に語らねばならぬと言うのに。


「獣人を獣としてでなく、人として扱う。頭が狂ったと騒がれる考えの持ち主はそれを隠していてな、家に関わる者では、妾達兄妹を入れても知己の者は片手で数えられる程度。その中にお前の父も居た」


「お父さんがっ!?」


「まあ、お主の父は妾腹でな、術の才能が乏しいので放置されていたが、それが幸いして使用人だったお主の母と逢瀬を重ねる事が出来た。本来ならば事実を隠し、家の目を盗んで隠れ家に住まわせる、その筈だったのじゃが……事件が起きた」


 歯噛みし、拳を握りしめれば指先が皮膚に食い込む。それ程までの怒り。そして、妾が家を完全に見限った理由がその事件じゃった。



「……妾の兄上には息子が居た。腹が膨れ始める前に母である獣人の家族の協力で育て、興味を持たれていない事で頻繁に会いに行っていたのじゃが……妾が会いに行った際に不審に思った者によって尾行され、その子は家に居た者と共に殺された。死ぬ前にせめてけものではなくす、そんな風に言った実の祖父に獣人の耳と尻尾を切り落とされ、重傷の状態で崖から捨てられたのじゃ!」


「そん……な事って……」


「その後、妾は急いでお主の両親に逃げ出せと伝え、持ち出せるだけの金を渡した。どうなるか心配じゃったが……こうも元気な娘が生まれ育って安心したぞ」


「……あの、楓さん。私、そんな事を知らずに……」


「随分とショックを受けた様子じゃが、お主は何も悪くない。だからその様に暗い顔を見せてくれるな。童は笑っているのが一番じゃ」


 立ち上がり、話を聞いて泣き出しそうな顔のゲルダを抱き寄せる。そう、この子に罪など有るものか。全ては妾の軽率な行動、そして白神家の業。


 やれやれ、折角の休暇を台無しにしてしまったな。だから屋敷では存分に寛がせてやらねば。じゃが、今はこうして抱き締めていたい。妾のせいで命を落としたあの子の分まで……。



(何ともまぁ、妾は欲深く勝手な女じゃ。今の幸せが身に余る程にな)


 妾は罪を背負って生きていかねばならぬ。じゃが、せめてゲルダは何も気に病む事無く過ごして欲しい、その様に祈った。

応援待っています 僅かであっても、軽くであっても有ると無いとでは大違い 前回のブクマも大いなる感謝を感じます!  


アンノウンのコメント  パンダビーム・ワールドエンドの出番かな?

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