悪辣なる者
ちょいと胸糞有りです
一目惚れ、そんな物が自分に起きるだなんて絶対に有り得ない、そんな風に思っていた頃もあったわ。初代勇者の仲間、学問の園を築いた英雄、そんな風に賞されるご先祖様、私と同じ名前のナターシャ。私の家は六色世界中に分校を持つナターシャ学園の創業者の一族だけあって学者が多く、私だって幼い頃からそんな道に進むと信じて疑わなかったの。
周りの友達が誰某が格好良い、誰彼に惚れた、そんな話を聞かせるけれども私にはサッパリ分からない。ご先祖様の恋に纏わる演劇を観ても、結局は違う人と結ばれたんじゃない、そんな風にしか思えない。まあ、親が用意した縁談を受け入れて、相手に問題が無ければそのまま夫婦生活を続ける、諦め以前に意欲さえ無かった私にとって、恋愛や結婚なんてそんなもの……だったの。
「おや、何ともまぁ……」
それは私が八歳になった年、両親の知り合いが久し振りに会いに来たから挨拶をするように言われて顔を合わせた瞬間だったわ。正に雷に撃たれたみたいな衝撃が走り、普段は落ち着きっぱなしの鼓動が今までの分を取り戻すかの様に激しく早鐘を打ち続ける。先祖返りだって聞かされたオレンジの髪と猫の獣人の耳と尻尾がピーンッと立って、目の前の人以外は視界に入っても認識出来ない。耳だってその人の声しか聞こえない。
「ナターシャ、驚いたかい? この人こそ勇者を導いて来た賢者様だ。そして…‥おっと、これは秘密だったね」
「ええ、そうですわ。あの時は賢者様が酒の席で口を滑らせたから私達が知っているだけで、基本は秘密でしょう」
両親が何を言っているのかも分からないけれど、目の前の人の情報だけは頭に入って来たわ。私の頭に賢者様の手が置かれ、優しく撫でられる。全身が熱く、息が苦しい。心の奥から込み上げる気持ちだけが私の頭を支配する。そう、まるで流れる血の中に眠らせ受け継いで来た物が目覚めたみたいな感覚。気が付けば私は賢者様に抱き付いていて……。
「好き! 今直ぐ結婚して!」
「あっ、既婚者です。それよりも私の娘と歳も近いですし、仲良くして貰えたら…‥」
「じゃあ愛人で良い!」
「……なんとまあ、思いっ切りの良い所まで遺伝しているとは。ちょっと両親、娘をどうにかして下さい」
この日、初恋に落ちた私は求婚して、将来の夢が決まったわ。正妻は無理そうだし、愛人として賢者様と結ばれるってね。何故かご先祖様だって後押ししてくれている気がするし、諦める気なんて無いわ。
「よし! 賢者様との接点を作るわよ!」
それからの私の人生は努力の日々だった。決められていると思っていた道を歩く為の事しかしていなかったそれまでと違い、戦う為の訓練も始めたのよ。幸いってすると不謹慎だけれど、私が生まれた時代に魔族が発生する。なら、勇者に選ばれるのは出身世界の問題で可能性が無いにしても、勇者の仲間に選ばれる位に強くなれば良い。実際、並外れて強い人の中には勇者の仲間の候補としての運命を背負っているからってのも有るらしいしね。
まあ、そのせいで逆に選ばれなかった事で闇落ちするのもいるらしいけれど、私は違う。選ばれなかったとしても、自分の存在を賢者様にアピールしたり、世界を旅する事で旅をしている勇者の情報を手に入れて、助けに来た賢者様と再会する可能性を上げる為に組織を立ち上げたのよ。
「だからさ、一応イメージって物が必要なの。女の子を恫喝するとかクルースニクに悪い噂が立つし、今回の魔族は随分と悪辣みたいじゃない。悪評を利用されたら困るんだって」
そして立ち上げた組織こそが対魔族部隊クルースニク。勇者の仲間候補じゃないのかなって連中を集め、世界を旅しながら勇者の情報だって入手する。最初は実家のネームバリューを利用していたけれど、今では私なりに上手く組織を率いていると思うわ。
今はちょっと言動に問題がある子を叱っている所。私達は国家権力の庇護の下で活動しているんじゃないんだし、悪評が立てば厄介なのよね。少しくらい乱暴なのは活動上仕方が無いけれど限度って物が有るわよ。
「……うっす」
「まあ、お説教は面倒だし終えるわよ? 一応私も隊長としてケジメを果たさなくちゃならないけれど、元々叱るのとか向いてないのよね。……まあ、行き過ぎた真似をしたら潰すから右か左か決めておきなさい」
「う、うっす!」
最後にちょっと問題児なレリックを脅すけれど、此奴は結構な過去持ちだから、ついつい見逃している所がある。レリックって名前は副隊長のレガリアが付けた名前で、本名は捨てた。彼の出身世界はパップリガ、生まれは貴族。……でも、あの世界は獣人の扱いが酷くて、レリックの頭とお尻には根元から切断された傷跡が有る。この子の母親の種族と、何をされて、どんな生活を送っていたのかはお察しよ。
「……にしても勇者が餓鬼だなんてな。大丈夫か、マジで? 俺が代わりてぇっすよ、マジで」
そんな境遇で育ち、瀕死の重傷で川を流れていたのをレガリアに助けられたレリックだけれど、暫く世話になった冒険者パーティーの影響らしく口が悪い。因みにツンデレ。要するに世界を救う旅を子供がするなんて耐えられないし、代われるなら代わってやりたい、そんな感じ。
「矢っ張り情が湧いた? 今まで会った事が無かったのに?」
「そんなんじゃ無いっすよ、隊長。あんな甘い餓鬼じゃ賢者様が一緒だろうと寝首を掻かれるからっすよ」
「はいはい、ツンデレツンデレ」
「違うっつってんだろ! あーもー! 何でこんな時にレガリアさんは寝てるんだよ!」
「そりゃ夜行性だからでしょ、種族的に」
我らが頼れる副隊長、困った時の大人な対応担当のレガリアは絶賛就寝中。カーテンを閉め切り、布団を頭から被って一切の光を遮断しないと安眠出来ないとか。そんなのだから起きている時も日中は帽子が必要だし、外で眠る時は棺桶に入り込む。実は一回間違って火葬されそうになったのよね。棺桶開けたら知らない死体が入っていて驚いたわ。
「……まあ、何を言っても現実は変わらないわ。有るべき風にしか存在しないもの。だからゲルダちゃんが可愛いのなら、一人でも多くの魔族を倒すだけよ。出ない筈だった被害は、それ以上の数を私達で防ぐ。そうやって時間を掛けて強くなって貰いましょう」
勇者が功績を上げる事が魔族の封印に必要だと知りながらも活動を続ける理由はそこに有る。元々は勇者が居ない場所での魔族退治だったけれど、今回の勇者が子供の上に異例の速度で封印を進めていると知って方針が変わったわ。封印が遅れる結果になったとしても、着実に時間を掛けて強くなって貰う。功績による能力の底上げだけじゃなく、基礎を積み重ねさせるの。
「だから違うって言ってんだろ。あんなチビ、只の他人だ」
「まあ、そうだって主張するなら何も言わないわ」
「いや、散々言って……」
会話の途中で私達は窓から外に飛び出した。他の隊員も勘の鋭い子は同じく外に出て空を見上げる。巨大な足が私達の滞在する宿に向かって落ちて来ていた。毒々しい赤紫をした膝から下で、緑の刺と紫の目玉が至る所に存在する気持ち悪いモンスター。それが遙か上空から落ちて来たのだから当然周囲から悲鳴が上がるけれど、私の横からは鎖がジャラジャラと鳴る音が聞こえたわ。
「伸びろ、グレイプニル!!」
レリックが普段服の下に仕舞っている鎖は先端の槍の切っ先を入れても身長程度、真っ直ぐ伸ばしても未だに遙か上のモンスターには届かない。でも、それは普通の鎖だったらの話で、普通の鎖なんかを武器にしても魔族に通用しないのだから、当然普通じゃない鎖に決まっているわ。
素材はミスリル、魔力の浸透率が優れた金属で魔法剣士が杖の役目を持たせた剣の素材に愛用している。それをドワーフの名工に依頼して造って貰った武器こそレリックの持つ魔鎖槍グレイプニル。魔力を込めれば自在に伸縮、但し動きの操作は使い手次第。そしてレリックはクルースニク随一の使い手なの。……でも、そんな武器でも大きな弱点が有るのよね。あのモンスター、普通じゃないし嫌な予感がするわ。
私が少し心配する中、グレイプニルの切っ先はアキレス腱付近、骨と骨の間の肉の薄い所に突き刺さり、そのまま絡まる。落下速度に合わせて鎖が収縮する事でピンッと張った鎖の上、そこを私は走り抜ける。曲芸師もかくやって身軽さでほぼ直角の鎖の上での高速綱渡り。腰のナイフの柄に手を掛けて、あと数秒で到達する時に嫌な予感は的中したわ。
「……ギャ、オギャァアアアアアアアア!!」
「ああ、もう矢っ張り! しかも最低最悪のパターンじゃないの!」
槍の切っ先が刺さった場所から闇が液体になって溢れ出す。泥みたいに粘り気の強い液体は赤ん坊の鳴き声を発して、私の目の前で大人程の大きさの赤ん坊の姿になる。へその緒は繋がったままだった。赤ん坊は両手で鎖にしがみついて、触れた場所から黒く変色して……呪いによって穢されて行くわ。これがミスリルの弱点。魔力を通すけれど、同時に呪詛だって良く通る。
あの赤ん坊は呪いの塊、そして同時に呪いの犠牲者。一体何処の誰だか知らないけれど、術者は随分と悪辣な真似をしてくれたわね。だって、あの子は産まれてさえいない。産まれる前に母親に腹を割き、取り出して死なせた胎児の血と魂を媒介にした呪い、それが目の前の赤ん坊。
「……助けて上げられなくてゴメンね」
謝っても仕方が無いし伝わりもしない。そもそも目も耳も手も届かない何処かで出る犠牲を防ぎたいだなんて傲慢ね。でも、それでも私は謝りたかった。自己満足と分かってはいるけれど……。
腰のナイフを抜いた時、鎖への浸食は足元まで達している。これに触れたら私も呪われる。死んだら多分赤ん坊に取り込まれるのでしょうね。でも、既に私はナイフを抜いている。未だ空に輝く日の光は純白の刃で反射して、鎖の穢れも呪いの塊の赤ん坊も一瞬で浄化する。そのまま疾走すれば巨大な足首が目前に迫り、私は鎖を強く踏んでナイフを投げた。
一切の抵抗無くナイフは突き刺さり、光が溢れ出す。モンスターは消え去り、真っ二つになった人の形の小さな木の板とナイフだけが空中に残って、固定する物が無くなったのだから足場にしていた鎖だって落ちるわよね、うん。
「さてと……」
片手で鎖を掴み、もう片方でナイフをキャッチ。如何にも怪しい木の板は足を伸ばして上に乗せた。そのままグレイプニルは元の長さに戻り、私はレリックに板を投げ渡す。
「レリックの方が詳しいわよね。どんな物なの?」
「ヒトガタ……式神って呼ばれる使い魔の核にする物っす。パップリガ独自の術だし……白神家の糞共が俺に気が付いたのか?」
「さて、どうでしょうね。もしくは魔族の協力者が私……って言うか私の持つホリアーの力を試す目的だったとか?」
私は手にした年代物のナイフに目を向ける。柄に巻いた布や鞘は随分と古びているのに、一切輝きを失わない純白の刃は一切の呪いを浄化する。初代勇者パーティーが魔王を討伐した際にご先祖様が扱い、代々継承されて来た伝説級の武器。魔族が警戒して当然の物ね。
「酒は先に飲んでて。私はちょっと賢者様に報告して来るから」
本当はレリックも連れて行きたいけれど絶対素直に接しないから却下よ。それに仲間とはいえ、他人が口出しする事じゃないしね。
「ったく、このツンデレ……はい?」
私は途中で振り返ってレリックの姿を見て、思わず呆けてしまう。だって、凄く変な姿になっていたのだもの……。
応援よろしくお願いします かるーく気持ち程度で良いので感想とか欲しいです
アンノウンのコメント 次回は僕のターン! シリアスなんて消えちゃえ




