ナターシャ
賢者様が次々にパンダの頭を外すけれど、除けても除けてもパンダが出て来る。果物の薄皮程度の素材なのだけれど、外した途端にポンって音が鳴って普通の厚さになっていた。砂浜に積み重なるパンダの頭。あれ? 目が動いて正座させられているイシュリア様を笑っている気がするけれど……普通にしそうね。
「あはははは! 何、これ。凄く笑えるわね!」
「相変わらず呑気な子ですね。本当に先祖にそっくりですよ。……アンノウン」
「大丈夫だよ。あと三個だから」
「なら大丈夫ですね」
賢者様、もう少し使い魔の躾を考えて欲しいわ。残り三個なら大丈夫とかじゃなくて、何個もパンダの頭を被せている事を叱るべきよ! ナターシャさん、だっけ? 貴女も笑ってないで、賢者様の知り合いだったら文句を言えば良いのに……。
「さてと、賢者様が紹介してくれたけれど、私から改めて自己紹介するわね。私はナターシャ・アイズマン。初代勇者キリュウの仲間だったナターシャの血を引く者よ」
パンダの頭の最後の一個を除ければナターシャの顔が漸く晒される。オレンジ色の髪をした陽気そうなお姉さん。ご先祖様に瓜二つだそうだけれど、私がイメージしていたナターシャそのままの顔で驚いたわ。
「私はゲルダ・ネフィル、四代目勇者です」
「うんうん、宜しくね、ゲルダちゃん。はい、握手しましょ」
差し出された手を握れば向こうも握り返して来る。私と同じくスベスベじゃない少し分厚い皮をした手の平。きっとナイフを相当使い込んでいるのね。
「あっ、そうだ。ゲルダちゃんは初代勇者のヒロインはシルヴィア派とナターシャ派のどっち? 実際がどうだったかは知っているだろうけれど、演劇とかの話で」
「えぇっ!?」
思わぬ質問に私は困り果てる。賢者様が勇者だった頃の冒険は伝え聞いた活躍を吟遊詩人が更に広めた物も有名だけれど、より詳細なのが途中の遣り取りさえ描いた『勇者救世録』。同じく勇者の仲間だった卑劣王子イーリヤが祖国復興後の資金集めに売り出した物語は多くの演劇に題材として選ばれ、解釈違いや脚色を加えた物が今でも出版されているのだけれど、ヒロイン論争が度々行われるの。
実際は女神で賢者様の奥さんになった謎多き戦士シルヴィアとナターシャ。賢者様様から聞いた話じゃ大本からして随分と脚色が加えられていて、二人共とくっつきそうでくっつかないもどかしい展開が続くの。クールながら時に熱い姿も見せ、エルフだと噂されるシルヴィア、ムードメーカーで冗談で色仕掛けをしているのか本気だったのかファンの間で論争が起きるナターシャ。どっちがメインヒロインなのか、結末を知らなければ私だって迷ったでしょうね。
「……女神様?」
そう、実際に鬱陶しい位のラブラブを見せられて辟易しているのは別として、私はシルヴィア派。だって、ナターシャってスタイルが抜群だって描かれているんだもの。戦士としての筋肉質なシルヴィアを応援していたわ。
でも、答えてしまってから思ったわ。しまった、ってね。だって目の前にいるのはナターシャの子孫のナターシャさんだもの。でも、私の返答を聞いた彼女は不機嫌な様子は見せず、逆に明るい嬉しそうな笑みを向けて来たわ。まるで太陽みたいに明るくて、見ているだけで元気付けられる、そんな笑顔を。
「よね! 私もシルヴィア派なのよ。だって無愛想な女戦士が偶に女の顔を覗かせて、最後に意中の相手と結ばれるのってロマンチックだもの。気が合うわね、ゲルダちゃん!」
「わわっ!?」
突然抱き付かれた私は驚くけれど、ナターシャさんは気にせずに強く抱き締めて来る。そんなに同士に出会えたのが嬉しいのかしら? 確かにナターシャ派の方が多いらしいけれど。
「いやね、実は私の仲間ってナターシャ派ばかりで、論争しても数で押し負けて楽しくないのよ。やーっと同士に会えて嬉しいわ」
「えっと、ナターシャさんの仲間って……クルースニクの人達ですよね?」
そう、会った時から気になっていたのだけれど、ナターシャの着ている服はクルースニクの人達が共通して着ていた物と同じ金属のコート。薄いけれど堅くて、おかげでコートの下で存在を主張する胸を気にせずに済んだわ。
「ありゃりゃ、先に会ってたのね。馬鹿な事言われなかった? レリックとかレリックとか、レリックとかに」
「え、えっと、乱暴な言い方だったけれど、間違った事は言われなかったです」
「分かった、宿に戻ったら罰として彼奴の股間潰しておくわ。あんにゃろう、小さい女の子に乱暴な言い方するなって言ってるでしょうに」
あの人の言っている事は言い方は兎も角、間違っていたとは思わない。だからフォローしておいたのだけれど、私から離れたナターシャはナイフを鞘に納めたまま素振りを始める。あの目は間違い無く本気ね。
「って、部下って事は……」
「うん、私が隊長。それで左右のどっち潰す? 両方行っておく?」
「こらこら、部下には優しくしないと駄目ですよ、ナターシャ」
「賢者様がそう言うならそうするわね、抱いて!」
「お断りします」
え、えぇっ!? 今の流れでどうしてそんな言葉が出るの!? それに女神様とも知り合いみたいなのに……。あと、とんでもないお仕置きに私を巻き込まないで欲しい。
「えっと、ナターシャさんってシルヴィア派なんじゃ……」
「それはそれ、これはこれ。それにご先祖様だって賢者様の事は少なからず想っていたらしいし、子孫の私が結ばれるってロマンチックでしょう? ってな訳で愛人を認めてよ、シルヴィア様」
「お前、毎度毎度懲りん奴だな。あと十回ジャーマン食らうか?」
「それは嫌。でも、愛人になるのオッケーなら構わないわよ」
「だから却下と言っている」
……うん、何と言うか見た目だけじゃなくて、性格も物語のナターシャそっくりね。だから比較的寛容なのかしら、女神様が。チラリと視線を向ければ未だに正座中のイシュリア様の姿があって、小刻みに震えているわ。実のお姉さんでさえこんな風なのに、ナターシャさんの様子を見れば手加減されているとしか思えないわよ。
「あの……」
不意に私の服の袖が流に掴まれる。ナターシャさんが怖いのか私の影に隠れている彼女を見るナターシャさんの目を見た時、ゾクリとした怖気が走ったわ。ニコニコと笑みを浮かべているのに、直接向けられていない私でさえ竦む程の濃密な殺気。クルースニクの一員だってのを再確認させられた。
「あっ、ごめんごめん。レガリア達が見逃したって事は何か理由が有るんだろうし、ゲルダちゃんまで怖がらせるのは駄目だったわ。えっと、一応何があったか教えて貰える?」
「ならば私が教えよう」
「あっ、ソリュロ様、久し振り。相変わらずフリッフリの服が好きね」
「お前も相変わらずだな……」
神様だって分かっているのに態度を変えない姿は物語のナターシャのままで、私が驚いている間にも説明は続けられる。途中、グレー兎さんの服装に驚く姿も見せたけれど、最終的に流を殺さない事に納得した様子だったわ。
「……まあ、ソリュロ様が責任を持つなら構わないか。今回みたいにゲルダちゃんが見逃したいって思える相手を同時に発見するなんて偶然、物語じゃないんだから中々無いでしょうし。……よし、私も仕事を終えたし宿に戻って酒でも飲んで来るわ」
「仕事……え?」
今まで気が付かなかったけれど、僅かに香る香水に混じって人の血、それも複数人分がナターシャさんから漂って来た。それも随分と新鮮で、思わず後退りしてしまった私の姿を見た彼女は、失敗したとばかりに髪の毛を掻く動作を見せる。
「だ、大丈夫。怖がる必要は無いわよ。えっとね、実はこの辺りの領主を調べたら新しい妾が魔族だったのよ。だから一緒に始末する事にして、魔族に魅了されていて私を襲って来た騎士も一緒に始末しただけだから。……うーん、勇者だから感覚も強化されているのね。ちゃんと消したと思ってたのに失敗失敗」
「だけって……」
「うん、そうね。理解出来ない方が良いのだけれど、理解した方が良い事よ。……じゃあ、私はもう行くわ。さっきのスライムみたいな奴については明日にでも聞きに行くから宜しくね」
戸惑う私を余所にナターシャさんは素早い動きで姿を消す。あの屈託の無い明るい笑顔のまま告げられた言葉に、私は戸惑いしか感じる事が出来なかった。
「……あんな所まで先祖にそっくりだとは」
「だな。……遺伝とはこうまで強く出るものなのだな」
ナターシャさんのご先祖様のナターシャと旅をした賢者様と女神様も今の姿には思う所が有るみたいね。きっと物語で知っただけの私と違い、どっちの事もよく知っているからこそ……。
「……」
この言い表せない気持ちが嫌で、私は足下に転がっていたパンダの頭を蹴り上げる。はしたないけれど、今は何かに感情をぶつけたい気分だったの。パンダの頭は砂浜を転がり、賢者様が置いていた他のパンダの頭に軽くぶつかったわ。
「連鎖! 二連鎖! 三連鎖!」
途端にパンダの頭がアンノウンの声を出しながら消えて行く。四つがくっつくと消えて、声に押されて更に転がった物が更に消えて、それの連続で次々と消えて行く。……明らかに不自然な動きで転がる物さえ有るし、意図的な物ね。陽気な声は張りつめていたシリアスな空気を台無しにして、最後のパンダの頭が消える際に強く光り輝いた。
「オールデリート! プレミアムパンダフィーバー!!」
「な、何が起きるの!?」
これは絶対に何か変な事が起きる前兆だと身構えた私だけれど何も起きる様子は無い。風が吹き、砂を巻き上げるだけで特に何も起きなかった。
「アンノウン、何か起きるんじゃないのかしら?」
「え? 一体誰が何かが起きるって言ったの? 僕、何も知らないよ。だって面倒だから用意してないけれど……うん、ゲルちゃんが言うなら仕方無いね。何処かで何かを起こすよ」
「そんなあやふやな事の責任を押し付けないで欲しいのだけれど!?」
何と言うべきかアンノウンはどんな時もアンノウンだった。私にはそれしか感想が湧かなかったわ……。
「じゃあ、適当にクルースニクの誰かが筋肉質な鮭のキグルミになるって方向で」
「止めなさい!」
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アンノウンのコメント 対戦の場合、イシュリアに明太子が降り注ぐ




