恐れられし者 ☆
人が住まいし六色世界、神が住まいし無色の世界。六色世界から無色の世界には許可が下りた人か神様しか行けないし、イシュリア様みたいに勝手に行き来して問題を起こしている神様だって居るけれど、基本的に無色の世界から六色世界には行かないらしい。だから何かと姿を見せて主に知り合いの子孫に会いに行くついでに、困り事に遭遇すれば人助けをする賢者様を信奉する人が居るわ。
でも、そんな神と人の関係だけれど、神様については六色世界に伝わっているの。私が信仰する牧羊の女神ダヴィル様、女神様こと武と豊穣の女神シルヴィア様、そして他の神々が男女対なのに唯一一人だけの存在である最高神ミリアス様。世界や地域によって主に信仰される方は違うけれど、数々の神々の言い伝え(実は結構間違っているらしい)と共に敬いの心は受け継がれているわ。
でも、人が神様に感じるのは感謝や敬いだけじゃない。恐怖もまた、人が神に抱く感情。そして今、死や疫病を司る神様すら上回る程に恐れられる女神様が私の前で怒りを見せている。弟子である賢者様や悪戯を仕掛けたアンノウンへの怒りがママゴトだったのかと思ってしまう、そんな怒りだったわ……。
「双方刃を納めよ! 我は魔法と神罰を司りし女神ソリュロ! この一件、我が預かった!」
「いぃっ!?」
その怒りは私には一切向けられてはいない。それはクルースニクの人達が立っている事すら出来ずに跪いて息苦しそうに顔面を蒼白にしている事から明白なのに、それでも私も圧し潰されそうな威圧感に冷や汗を流したわ。目が合った瞬間、最上級精霊であるカデラは巨体を収縮させて影に戻る。
「……これは仕方有りませんね」
同じく怒りを向けられている筈のグレー兎さん、彼女だけは平然としている様子に見えるけれど、キグルミの下に隠された表情がどうなっているのか分からない。ただ、声には僅かに冷徹で冷静さが喪失している風に思えて、手の平に発動していた魔法陣を消し去っていたの。
「さて、双方言いたい事も有るだろう。許可する、答えよレガリアとやら!」
「は、ははあ!」
クルースニクの中で唯一威圧から解放されたらしいレガリアさんは、それでもソリュロ様の名前に冷や汗を流す程のプレッシャーを感じているのか、顔を伏せた状態で口を開く。
「ま、魔族は人への本能的な敵意と常人を圧倒する力を持っています。例え個人間で友愛を結ぼうと、人の中で他人に囲まれれば再燃する。その前に抹殺するべきだと思っていまして……」
「そう畏まらずとも良い……とは無理難題か。良い、それが私の女神としての在るべき姿だ」
神としての威厳を感じさせながら呟き、何かを振り払う様に静かに顔を数度横に振る。その何かはきっと寂しさ。人が大好きなソリュロ様にとって人に恐れられ遠ざけられるのは悲しい事で、同時に神罰を司るのなら必要な事。それが分かっているからソリュロ様は人との接触を控えるの。……とても悲しい事だわ。
「……まあ、魔族に力を貸す者も消す云々は人の世の理、人の営みの範疇だ。それには私は口出しせん。対立せし者との争いを魔族に利用されるな、それだけを言っておこう」
「はっ!」
「続いて貴様だ。彼奴の部下たる異界よりの来訪者よ。何故魔族の娘を庇うのか、明確に説明してやれ。……ゲルダの為、だけでは理解せず納得せぬ者も居ようて」
「……確かに。どうせ納得しないのだからと詳細を省いていましたね。では、副隊長である彼は理解していますが改めて説明を。……勇者である彼女は、この魔族の少女が自らを人の子だと洗脳されて偽りの妹の為に奮闘する姿を目にしました。また、人との絆を結んだ魔族とも出会っていますので死せば強く悲しむ、そう判断した迄です」
……そう、この戦いには私が関わっている。あんな風に明るい未来を信じて前向きに生きる姿を見せられたら、私はそれを後押ししたい。そして彼女がそれを許されずに殺されたら、多分私に心に傷として残るでしょうね。だからグレー兎さんは流を庇い、こうしてソリュロ様に悲しい顔をさせている。
「あの……」
だから、ここから先は私の問題。私の心を伝えて、私の言葉で引いて欲しいと説得する。でも、私の言葉は途中で途切れる。声を出そうとしても出ず、少し出した事さえ誰も気が付いていなかった。
「大丈夫だ。まあ、私に任せろ。こう見えても私はお前よりもずっと年上だぞ?」
私だけに聞こえる囁く声が耳元で聞こえて、この場の全員を威圧しているのが嘘みたいな笑みを一瞬だけ私に向けたソリュロ様は再び険しい顔で威厳と威圧の籠もった声で告げた。
「双方の言い分は了承した。クルースニクの者達の言い分はもっともであり、同時に小娘を殺す事でゲルダが悲しみ旅に支障が出るのも私としては避けるべき事態だ。気にしなければ良い、そんな単純な事で解決する問題では無いからな」
「えっと、じゃあ魔族の嬢ちゃんはどうするんで?」
「私が預かろう。そもそも小娘の様に裏切り者とされた魔族から魔族特有の気配とモンスターを操る能力が失われるのは何故か、その問いへの回答は一つだ。半分ほど魔族から人へと変わっているから、だ」
「人間に? まあ、そうなんでしょうが、それとソリュロ様が預かるのにどんな関係が?」
聞き返すレガリアさんの声からはソリュロ様の提案への不満が感じられたわ。賛同はしないけれど、その気持ちは分かる。信念の下に殺そうとした相手をただ預かると言われて、それで納得する程度の軽い信念じゃ、魔族と戦い続けるのは難しいのは私だって感じているから。
「まあ、聞け。裏切り者だとしても魔族は魔族、そう思っているのだろうとは分かっている。世界の封印が行われれば別の世界に弾き飛ばされ、魔王討伐によって完全封印がされれば裏切り者とて他の魔族同様に消え去る。……例外を除いてな。神が認めた者のみ人として生き続けられる。魔族の力を失いはするがな」
「よし、宿に帰ろうか、皆」
「レガリアさん!?」
あれだけ殺気を出して何が何でも殺そうとしていたのに、ソリュロ様の言葉を聞いた途端に呑気な様子で引き下がる姿に面食らったのは私だけじゃない。同じ組織のレリックさんも不満と驚きの顔で抗議しようとするけれど、レガリアさんそんな彼の頭に手を置いた。
「別に俺達は俺達の手で殺さなければ気が済まないって集団じゃないんだし、勇者の邪魔にならないで済むならそれで良いじゃないのさ。放置しても大丈夫って神様が認定するなら大丈夫だしさほら、此処で無駄に消耗しないで休んで次に行こう」
「……うっす」
「そうそう、クルースニクを必要としている人達は沢山居るからね。隊長への報告はオジさんがしておくからさ」
未だ不満は残っている、そんな様子で引き下がるレリックさんだけれど、文句の言葉は出ない。彼以外の隊員もその言葉に大人しく引き下がり、呆気無い程に去って行った。
あの信頼されているレガリアさんでさえ副隊長? じゃあ、隊長さんって一体どんな人なのかしら? 私は興味と同時に恐怖も覚える。魔族と魔族の協力者への明確な敵意を持つ集団を統率する人。賢者様の信奉者だと思うけれど、私はその人に会いたいとも会わなければ良いとも、相反する想いを感じていた。
「もう終わりましたね? では、私は夫と演劇を観に行く約束がありますので失礼させて頂きます」
「お前、結婚していたのか……」
「子供も居ますが何か? この格好は貴女の弟子の使い魔の仕業です。師匠であるならばバ飼い主の弟子をどうにかして頂きたいですね」
「……善処する」
思わず呟いたソリュロ様を軽く威圧した後でグレー兎さんは何処かに転移する。流はあまりの事態について行けず、困り果てた様子で固まってしまっているわね。うん、気持ちは分かる。普通は神様って滅多に会える存在じゃないし、そもそもの話からして魔族の敵だもの。それが自分を助けてくれただなんて直ぐに理解出来ないわよ。
そんな彼女を私が見詰める中、ソリュロ様は別の方向を見て黄昏ながら呟く。とても寂しそうな声だった。
「……ゲルダ。怖がらせて悪かったな。矢張り私は駄目だ。人の子に魔導の叡智ではなく恐怖しか与えられぬのだからな」
「だ、大丈夫です! イシュリア様みたいに何をしでかすか分からない頭のネジが外れて行方不明の神様と違って、ソリュロ様は立派な女神様ですから! ちょっとビックリしたけれど、怖くなんて無いです!」
ソリュロ様があまりに寂しそうだったから、私は思わず一気にまくし立てる。だって人間が大好きで、人間の為に頑張ってくれているソリュロ様が怖がられるだなんて間違っているもの! 私の本人に知られたら少し拙い発言にソリュロ様は固まり、少しすると震え出した。
「……ぷっ! ぷははははははっ! お前も中々言うな! ゆ、愉快過ぎて腹が捩れる! ははははははっ!」
予想外の反応だけれど、多分これで良かったのね。大笑いしているソリュロ様を見ながら私も自然と笑みを浮かべていた。
そして一頻り笑った後、ソリュロ様は急に真面目な顔になる。賢者様もだけれど、切り替えの早さは流石に師弟ね。
「……さて、此奴を何処で住まわせるかだな。私が創った世界はアンノウンがお菓子の世界に変えてしまったし。……あっ、ケーキバイキングの代わりに行くか? さて、本当に何処に……キリュウ達の家で良いだろう。見張りにアンノウンの残りが居るし」
「えぇっ!?」
平然と言い放たれる提案に私は少しだけソリュロ様が怖くなる。だって賢者様の家でお留守番しているのは六頭ものアンノウンなのだから……。
「……操られてとは言っても被害は出ているし、一応何らかの罰を与えるって事かしら?」
そうでなければ説明が付かない内容に少し戦慄しつつ、先に許可を取ろうと賢者様の所に転移する私達。一瞬で景色が切り替わり、砂浜に立っている。そして……。
「は、反省しているわ……」
「私も……」
クルースニクの服装をした猫の獣人のお姉さん(頭だけパンダのキグルミ)とイシュリア様(首から下がパンダのキグルミ)が正座して女神様に睨まれていた。何が起きたのか全く分からない。でも、分かる事が一つ。
「絶対アンノウンが何かしたわね」
それだけは確信を持って言えたわ……。




