賢者信奉者
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「……取り敢えず助けるか。おい、アンノウン。お前はアレの相手をしろ」
上半身を砂浜に突き刺した暑そうな格好の女の子。まあ、僕のせいでそうなったんだけれど、その子の足を掴んで引き抜きながらボスは海を顎でしゃくる。向かって来るのは女の子を追って来ていた廃材の山。鉄材や木材、色々混ざっているのが海を突き進んでいる。うーん、何か変な匂い。臭くはないんだけれど、嗅いだ事の無い不思議な感じだなぁ。
「アンノウン、何か気になるので原形を残す方向で頼みますよ?」
分かったよ、マスター! 僕は海の上を走りながら相手を観察する。どうもこの世界の鑑定魔法じゃ正体が良く分からないけれど、多分中央に核になっている何かが存在するみたいだ。全体の大きさは重量からして浮かんでいないだろうし、海の深さからして四階建ての建物程度。ジャイアントジャイアントパンダじゃ少し大きさが足りないし、幽霊船相手に使ったから論外。つまり、選ぶ道は一つだけ。
「僕、全員集合!」
七頭に分けた僕の残りを召喚する。空の彼方から、水平線の彼方から、そして海中から現れた僕達が七段重ねになった瞬間、巨大な毛玉になり、本来の姿に戻る。王冠を被った七の頭に計十本の角、そして神の言語でイシュリアへの罵倒を書いたボディペイント。ある神は僕を制作に携わった神とマスターの人数から666と呼び、またある神は僕の潜在能力を危惧して神の言葉で不吉を意味する黙示録の獣と呼び、仲の良い神はマスターがくれたアンノウンの名を呼ぶ。
「僕の名はアンノウン! いざ尋常に勝負……とか面倒だね。えいっ!」
あっ、描写し忘れていたけれど、今の僕は巨大化して目の前の奴を踏み潰せる大きさになっているから踏み潰した。だって言葉とか通じそうに無かったし、何よりも面倒だったんだもん。只でさえ巨大化した僕が海に突如現れた上に真上から前脚を叩き付けた衝撃で大波が発生して、町を飲み込む前にマスターが慌てて消し去る。廃材の山は文字通りに粉砕して、肉球には何かベッタリした物が付着していた。
「うわっ!? 気持ち悪ーい」
引っ付いたのはゲル状の何か。大きさは人の頭と同程度でインクみたいに真っ青。逃れようと蠢くけれど僕の繊毛が絡み付いて逃げられない。でも、こんなの足にひっついたままで居るのは嫌だなぁ。
「ねぇ、どうすべきだと想う、僕?」
「放り投げれば?」
「賛成!」
「じゃあ、誰にぶつける?」
「マスターは論外でボスは怖いし、あのコートの子にする?」
「でも、マスターに叱られるよ?」
「あっ、ボスが早く戻って来いってさ」
足に引っ付いた謎のゲル状の何かは一見すればスライムの類に見えるけれど、何かが違うんだ。まあ、何がかは分からないし、悪戯以外で頭を動かすのは面倒だね。
「それにしてもボスは直ぐに怒るよね。僕が怒らせているんだけどさ」
神が不変の存在じゃなかったら確実に小皺が増えているよ。そしてミリアスはイシュリアが起こす問題で円形脱毛症になっているね。……あれ? ボスが怒っているみたいな気が……。
「全部口に出してたよ、今日担当の僕」
「じゃあ、お仕事も終わったし先に返るね、僕」
薄情な事に他の僕はクリアスの家に転移して逃げ帰り、僕は獲物を咥えながらトボトボ歩いて戻る。あっ! このスライムみたいな奴、ゲソの唐揚げみたいな味がするや。ちょっとだけ食いちぎって舌先で弄び飲み込む。お腹の中で破片が動いていたけれど直ぐに消化した。
「……何か凄い胃がもたれる」
「変な物を食べるからだ、馬鹿者が!」
ボスにゴツンと拳骨を落とされる。何時もは庇ってくれるマスターだけれど、今はあの女の子の介抱中だ。それにしても黒い手袋に金属製のコート、軍人っぽい帽子とか暑そうだなぁ。
その子はオレンジの髪色をした猫の獣人で、腰のホルスターには随分と年季が入ってそうなナイフ。もしかしてだけれど神の手による物かも。ああ、だから気になっているのかな? 随分と甲斐甲斐しく世話をするマスターの姿にボスが不要な嫉妬を不要と理解しながらする中、女の子は目を覚ました。
「あー、ビックリした。耳や口に砂が入っていないのが奇跡ね、こりゃ」
随分と軽い感じで起き上がった彼女は猫の耳を何度か動かし、状況を確認している。隙だらけにも見えるけれど、何かあれば直ぐにナイフを抜ける位置に手を持って行っている辺り、多分戦い慣れている。あと、砂が入っていないのはマスターのお陰だからね。水面で転んだのはマスターの使い魔である僕のせいだけれど。でも、僕は細かい事は気にしない。彼女も特に気にしていない様子でマスターの顔を見て少し驚いた声が出る。
あれれ? もしかして知り合いだった? 僕が首を傾げた時、ボスがゆっくりと動き出し、女の子は至近距離のマスターに飛び掛かった。
「愛してる!」
……ほへ? 今、凄い命知らずって言うか、死刑執行の許可証に自らサインする音が聞こえた気がする。凄く嬉しそうで、とても発情した表情の彼女はマスターの胸に手を伸ばしながら飛び込み、指先が触れる前にボスが後ろから腰を掴んで背中を仰け反らせる。
そして、ボスの手によって彼女は再び頭から砂浜に突き刺さった
「おお! 見事なジャーマンですね。美しい貴女は技さえも見惚れる程ですよ。……それにしてもナターシャは相変わらず元気ですねえ」
あっ、知り合いだんだ。あれれ? ナターシャってマスターやボスの仲間だった人だよね? でも、本人な訳が無いし……ああ、それにしても胃がもたれるなあ。胃薬でも飲もうか。
賢者信奉者、それは女神シルヴィアの部下(と誤認されている)賢者様を神様みたいに扱う人達の総称。滅多に動かない神様達よりも何かと姿を見せては力を発揮する賢者様の方が親しみやすいのが理由だと思うわ。本人も『恥ずかしいですし、祈りなんて届きませんから止めて欲しいですが、お地蔵様みたいな扱いでしょうね』、との事。お地蔵様って何かは知らないけれど、女神様との遣り取りを見れば止めるんじゃないかしら?
「……さてと、聞いた話じゃ祭りでもないのにキグルミ姿を続けるトンチキなのは勇者の仲間に居ないって事だし、お嬢さんは勇者の旅の仲間じゃないって事で正解かな? オジさんの見立てじゃ協力者って所だけれど」
「ええ、それで正解です。……それと、この格好は好きでしている訳では無いのをご理解下さい。全ては腐れパンダ擬きの仕業です」
「……腐れパンダ擬き?」
「ええ、腐れパンダ擬きです」
凄くシュールな会話をしているわね、二人共。どうあっても魔族である流を殺そうとするレガリアさんが召喚した存在をグレー兎さんは最上級精霊と呼んだ。そんなのを呼び出せるだなんて、勇者の伝説に出て来る英雄級の存在だって事だわ! 気さくな人に見えたけれど、魔族と戦う組織の副隊長なだけあるわね。でも、そんな凄い人が戦おうとしているのに、二人の発する言葉が台無しにする。
「これも全部アンノウン悪いわ」
「えっと、そのアンノウンってのが兎のお嬢さんにキグルミを着せているのかい? 変な奴だなぁ。一体何者なんだい?」
「賢者様の使い魔よ」
私が思わず呟いた言葉。それが耳に届いたレガリアさんは聞かない方が良い事を知りたがった。残酷だけれど、私は正直に話したわ。すると案の定、レガリアさんだけでなくクレリックの人達も固まってしまった。
「……いやいやいやっ!? 有り得無ぇだろ、絶対に!」
「そうだよ、レリック君の言う通りだって! 賢者様だよ!? 今まで勇者を導いて来て、君も導いている賢者様の使い魔が幾ら何でもさぁ!?」
「私だって一年位一緒に旅をして未だに信じられないわよ! でも、実際に自由過ぎるの! その上無駄にハイスペックなのに、肝心の歯止め役な賢者様は躾が出来ない駄目な飼い主なのよ!」
「マジでっ!?」
二人は私の話が信じられないっていうより信じたくないって様子で反論するけれど、私は普段から溜め込んでいた物を吐き出すかの様にアンノウンの普段の行動を次々に口にする。気が少し晴れたので十分の一程度で止めたけれど、レガリアさん達は随分とショックだったみたいね。
このまま勢いで帰って貰えれば流が助かるかも、そんな淡い期待を私が抱いた時、レガリアさんは落ち着く為か煙草を咥えて火を付けた。
「……ま、まあ、事実は小説より何とやら。それに……俺達がすべき事は変わらない。魔族は殺す。勇者の仲間じゃなくて協力者なら……邪魔者も粛正対象だ」
アンノウンの話題で緩んでいた空気、それがたった一言で一変した。レガリアさんは一瞬で気の良さそうなオジさんから戦闘を生業にする者へと空気を一変させ、片手を振り上げた。
「最終警告は済んでいる。その魔族を守る理由も何となく察してはいるが……殺せ、カデラ」
「私が守りに徹していたのを能力不足からと見誤っているらしいですが……貴方達を攻撃出来なかったのではなく、しなかったと教えてあげましょうか?」
殺意のみ籠もった言葉と共に闇の精霊の目が見開かれ、グレー兎さんの手に魔法陣が出現する。互いの放つ魔力の余波だけで空気が震え、地面に罅が入った。このまま戦いになれば少なからず町に被害が出ちゃうわ。止められる自信が湧かない程に威圧感が凄いし、レリックさんは私が止めに動くのを邪魔する構えを取っている。でも、動かない訳には行かないわ。勇者として、流を守りたいと思うゲルダ本人として。
「……こんな街中で戦争でも始める気か? この……痴れ者共がっ!」
だけど私が気圧される程の威圧感は更に重苦しい威圧感によって塗り潰される。二人を遮る様にして現れたソリュロ様は明確な怒りを示していた……。
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