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ハッピーエンドなプロローグ

「馬鹿な…馬鹿なぁあああああああああああっ!」


 胸に剣を突き刺された巨大な悪魔の肉体が光に包まれながら消え去って行く。邪悪な気が満ち、瓦礫が散乱する城の最奥、魔王が座して待ち構えていた王座の間にて世界の命運を左右する激闘の幕が閉じました。


「終わった……のですよね?」


 魔王にトドメを刺した私は激闘による疲労と張り詰めていた緊張の糸が切れた事でその場に座り込みながら呟く。これでゲームとかならば第二形態が現れるのでしょうが、邪悪な気が徐々に晴れ、暗雲が消え去り青空が顔を覗かせて差し込んだ日光を浴びた事によってホッと胸を撫で下ろします。


 振り向けば苦楽を共にした大切な仲間達も私と同じくボロボロで疲れ果てていて、世界を救った達成感に満ち溢れた笑顔を浮かべているます。


「ふぅ。これで終わりか。あ痛たたたた。ちょっと無理をし過ぎたわい」


 十字架の形をした杖を放り出して腰をさするドワーフの神官ガンダス。彼の回復魔法には何度も助けられました。少し頑固な所がありましたが豊富な知識で旅の助けとなり、私が間違えそうな時は拳骨と怒鳴り声で引き戻してくれました。


「私はさっさとシャワー浴びたいわ。全身が汗臭いし汚れてるし……」


「僕はお腹が減ったよ。凱旋前に何か食べて……って、保存食は食べ尽くしたんだっけ」


 オレンジの髪の毛を持つ猫の獸人ナターシャは自分の腕の臭いを嗅いで顔をしかめるます。身軽さを活かしたナイフでの接近戦と相手の動きを妨害する魔法が得意なムードメーカーで、少し守銭奴なのが玉に瑕ですね。一度パーティのお金を着服していたのが発覚したのですが、育ったスラムの子供達に教育を受けさせる資金だったと判明しました。


 あれだけの激闘の後だというのに緊張感の欠片もなくお腹を鳴らし、荷物を漁って食べ物がないのを思い出したらしく落ち込んでいる少年剣士はイーリヤ。今は十六歳になった亡国の王子です。魔法は使えませんが、卓越した剣技を持つ天才児で剣の腕だけなら私より上でしょう。



「終わったな……」


 そして最後の一人。褐色の肌と燃え盛る炎を思わせる赤い髪をした鎧姿の女性。目を奪われる程に美しいのですが、芸術品ではなく気高き戦士の美しさです。凛々しい顔付きも今は少し緩み、柔らかな笑みを浮かべた彼女は私の隣で斧を下ろして私の手にそっと触れる。


「ええ、そして今日から始まるのです。私達の幸福な日々が」


「そうだな……」


 仲間達が見ているからか少し恥ずかしそうに俯きながら私の手を強く握る。骨が折れそうな程に痛いのですが、愛する女性に折られるならば本望です。



「幸せになりましょう、シルヴィア」


「……お前と一緒に居るんだ。私が不幸な筈もない。お前だってそうだろう?」


「当然ですよ」


 二人は見つめ合い、そっと唇を重ねる。この愛しい女性は女神シルヴィナ、私は勇者として地球より召喚された平泉己龍(ひらいずみ きりゅう)と申します。では、少し時間を遡りながら説明といきましょうか……。






(……体が動かない? それにアレは……私だ)


 それは私が高校生だったある日、登校中に体が動かなくなった私の前を私が歩いていました。幽体離脱でもしたみたいに私は遠ざかる私の肉体を動けない状態で眺め、瞬きをして目を開けば目の前の光景が一変していたのです。清浄さを感じさせる森の中、疲労困憊ながら美しさを一切失わぬ女性が私の前に立っていて……恥ずかしながら一目で心を奪われてしまいました。


 これが私の初恋の相手、シルヴィアとの出会いです。



「さて、急な事で混乱している様だが聞いてくれ。お前は勇者としてこの世界に召喚されたのだ」


 凛とした透き通る声でそう告げるシルヴィア。私は混乱する余裕もなく彼女に心を奪われながらも説明を受けました。一言一句聞き逃すまいと彼女の顔を見つめながら聞いた話はとても信じられない話。なにせ異世界だというのですから。


 この世界は人が住まう輪の様に連なる六色世界と中心に存在する神の住む無色の世界からなるそうで……。


 赤の世界 レドス


 橙の世界 オレジナ


 黄の世界 イエロア


 緑の世界 グリエーン


 青の世界 ブルレル


 紫の世界 パップリガ


 無色の世界 クリアス


 普段は人の行き来こそあれどクリアスに住む神々の干渉で戦争など起こらない平和な世界なそうですが、少し問題もあるのです。人々の怒りや嘆きといった負の念は順番に一つの世界に淀みとして集まり、それが魔王率いる魔族という存在が発生するのです。今までは神々が対応していたのですが、新しく最高神となったミリアス様がこう仰ったそうです。


「何時までも神が世話を焼いてたら駄目だ。人の中から英雄となる者達を選出しようじゃないか」


 最高神の意志は絶対であり、神々は総力で魔族と魔王を浄化する儀式を開発、淀みが溜まる世界を時計の十二時とした場合、選ばれし者達が各世界で人々を救いながら時計回りに進む事で封印の楔を作り出す。既に選出は済んで力も与えた……そうなのですが、どうやら何かあったらしい。


「どうも初めての事故に不具合が発生して、勇者となる者が幼い頃に死んでしまってな。……其処で私が少し無茶をして地球よりお前を呼び寄せたのだ。っと言っても本物ではないが」


 ああ、成る程。あの光景はそういう事でしたか。彼女の言葉に合点が行った私の予想は的中しており、正確には私はコピーだというのです。つまり帰るべき場所は存在せず、待っている人も居ないと……。



「……本当にすまない。だが、勝手な願いだがこの世界を救って欲しい。勇者を生み出す術式の副作用で神の力は六色世界に悪影響を与える様になってしまったのだ」


 流石に落胆した私でしたが、彼女は突如私を抱きしめました。




「……私が此処に存在するのは確かですし、魔族が力を強めれば危ないのでしょう? なら、引き受けさせて頂きます」


 この召喚事態が無茶だったらしく力を大幅に失った女神シルヴィアは神の力こそ失っていましたが戦士として腕に覚えは有ったらしく私の旅に同行し、そうして世界を救う迄に至ったのです。



 その旅の終盤、魔族が支配する地域に潜入する前夜の事です。私はシルヴィナを散歩に誘いました。夜風を浴びながら並んで歩くのですが、二人共相手が話すのを待っているので無言でした。意を決した私はそっと手を伸ばせば向こうからも手が伸ばされていてぶつかり合う。少し気まずく感じながらも手を握れば握り替えしてきました。


 そのまま無言で歩き続け、気が付けば人気のない場所まで辿り着いています。目の前には武と豊穣の女神であるシルヴィアの神殿。少し気になるのか彼女が視線を向けた時、私は握った手を引き寄せてシルヴィアを抱き締めたのです。




「シルヴィア……私と結婚して下さい」

 

「ふぁっ!? いやいやいやっ!? お前、正気かっ!?」

 

 一目会った時から私は彼女に心奪われ、共に旅をする事で更に惹かれて行った。相手が女神である以上、これが最後のチャンスと差し出した手。それを前にした彼女は顔を真っ赤にして慌てている。

 

 ああ、何と美しい。この姿は私が初めて好きだと言った時に初めて目にしましたっけ。気高く振る舞う姿も、実は可愛い服や甘い物が好きだけど威厳を気にして興味無いと言いながらも幸せそうにケーキを食べていた所も、私が目を瞑って考え事をしているのを寝ていると勘違いして、私がお前に愛していると伝えたらどう反応するのだろうな、と言った後で慌てて駆け出した様な所も、割れた腹筋を実は気にしている所も、料理下手なのが嫌で影で練習している所も……おや? ああ、声に出ていましたか。指輪を選ぶ時に三人にも注意されたのですが、愛する方について考えたら口に出してしまう癖は治りませんね。

 

「……私で良いのだな? あの王女やら巫女みたいに私よりも可憐だったり色気が有る者達が好意を寄せているというのに……」

 

 彼女が口にした二人には覚えがある。神域の花と称された神官の少女。途轍もない回復魔法の才能を有し、イーリヤが呪いで倒れた時に助けて頂きました。儚さを感じさせる可愛い方で、危険視した魔族に浚われたのを救出して感謝されましたね。


 王女の方は兄である王子達を差し置いて王座に就く事を望まれた才女。知性と同時に色気を感じさせる肉体の持ち主で、兄達が仕向けた暗殺者集団を撃退して少し政争にも巻き込まれました。イーリヤが国を復興する際には協力を惜しまないと言っていましたね。


「……私は神に仕える身。ですが、世界を救った勇者様なら純潔を捧げる事を許されるでしょう」


「世界を救った後で王様になりたかったら私の所に来なさい。この国の王権を半分差し上げても宜しいですわ」

 

 ……今思えばプロポーズだったのですね。意識していなかったので分かりませんでしたが。そんな私の心中を察してかシルヴィアは真剣な眼差しで私の瞳を真正面から見ました。


「分かっただろう? 私ではなく、他の女を選んだ方がお前は幸せになれる。私と共になるという事は人を辞めるという事だぞ?」


「私は貴女が良い。貴女しか考えられないのです」


 人ではなくなる? それがどうしたというのです。愛した女性と共に居られるならば喜んで人を捨てましょう。

 

「……後悔するなよ? 裏切ったら地の果てまで追い詰めて八つ裂きにしてやるからな」

 

「ええ、当然です。貴女を裏切った私に生きる価値など存在しないのですから。そんな私が世界一美しい貴女に殺して頂けるなど光栄の極みです」

 

「……馬鹿者め。その時は私も後を追うからな。精々私を自害させぬ事だ」

 

 シルヴィアは目を逸らして耳まで真っ赤にしてから私の頬に触れてキスをします。その後、目を閉じて私の目前に顔を寄せたのです。何を望んでいるかを私は察し、この時初めて私達はキスをしました。この後は語った通りに魔王倒し、被害の爪痕が残っているなど問題は多いですが世界は救われたのです。

 

 こうして勇者の……私の冒険はハッピーエンドを迎えて終わりました。この後、シルヴィアとの結婚を報告に向かった際に最高神に祝いとして不老不死を戴いたり、仲間が滅びた祖国を復興させたけど一悶着あったりと大変でしたが……私は世界一の幸せ者です。






「おい、そろそろ起きろ。……私としてはお前の寝顔を眺めていたいがな」


「私も貴女の膝枕を堪能したい所ですが仕方有りませんね……」


 あれから三百年が経ち、私はシルヴィアと初めて会った森の中の屋敷で暮らしていました。何もしない怠惰な生活は怒りを買うので魔法の研究を始めた私は勇者として戦っていた時よりも力を増しているのですが、それに目を付けたミリアス様に仕事を押し付けられています。


 それは後輩である歴代勇者達の手助け。フードと杖を装備し、謎の賢者としてアドバイスをしたり時にピンチを救い、重要なアイテムを渡すなどそれなりに忙しいのでシルヴィアと過ごす時間が減るのは問題ですね。……通信機能が有る鏡など作らなければ良かったですよ。


 大体、相変わらず勇者関連の術式には問題があって、仲間になる筈の男が死んでたので次の候補を探したり、勇者が封印の洞窟を探索中に目的である聖剣が折れたので急いで新しい物を用意したりと神でも万能ではないと思い知らされる。


 きっと今回も問題が発生したのだと起き上がった時、私は神々しい力が満ちる王座の間に居ました。慌てて跪いた先には黒髪の少年が豪奢な椅子に座っています。赤いマントを羽織り金の瞳で私を見ている少年こそ最高神ミリアス様。私に毎度問題を押しつけて来る傍迷惑な方ですよ……。



「やあ、傍迷惑な最高神ミリアスだよ。久しぶりだね、キリュウ。早速だけど毎回恒例の問題発生だ」


 ……心読めるんですね、初めて知りました。ああ、本当に厄介な方だ。怒った様子が無いのに安堵した私は今回のトラブルについて話を聞くのであった。









「あの……何方ですか?」


 そして私は今、幼さの残る羊飼いの少女の前に立っています。見慣れない二人組に困惑しながらも怯えた様子は見られず度胸は合格ですね。それはそうとして二人組……そう! 今度の仕事はシルヴィアと一緒なのですよ! 女神としての仕事があるからと長旅でゆっくりするのは許されないシルヴィアと一緒なんて実に素晴らしい! まるで遅めの新婚旅行ですね! ああ、見慣れぬ風景の中に居るシルヴィアも美しい、美くし過ぎる……。







「あ…あの……本当に何の用ですか?」


 ……おっと、シルヴィアを賛美するのは後にして、今は目的を果たしましょう。私が黙ったままなので戸惑っていますしね。


「いや、さっきから全部口に出しているぞ、お前……」


 呆れ顔を向けてくるシルヴィアも魅力的ですが、本当に本題に入りましょう。







「やあ、お嬢さん。単刀直入に言おう。君こそが今回の勇者だ。私達は君の旅の手助けをすべくやって来た」


 私の言葉に幼い後輩は驚いて言葉も出ない様子でした……。





 さて、それでは始めましょうか。既に勇者の役目を終えた私ではなく、これから役目を果たす少女の物語を……。


 


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[良い点] 一度勇者として世界を救った主人公が、新しい勇者のサポートをするというストーリーが斬新だなと思いました。「ダイの大冒険」のアバン先生が主人公みたいな感じでしょうか。 [気になる点] 地の文で…
[良い点] とても片手間とは思えないクオリティ [一言] ツイッターから来ました。応援してますね!
[一言] 地の文が丁寧語り口で綴られるのは、この手の物語ではあまり見かけないので、新鮮でした。 女神さまとの平和な生活からのスタート、これからどうなっていくのか楽しみです。
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