終盤
◇ ファウスト ◇
「お前が、ファウスト……」
どこにでもいる普通の女の子。
デ・マウの印象はそれだけだ。なんの凄みもないし、見た目だけなら邪悪さのようなものは欠片も感じない。
この幼い女の子の体も、本来はデ・マウの物ではなく、誰かから奪ったのだ。
デ・マウさえいなければ、この子は親や兄弟と穏やかな時を過ごしていたかもしれないし、恋の一つもしていたかもしれない。
デルア王国の初代女王アシュリー・ガルム・フェルトの夫も、ルゥの子供も、おなじようにデ・マウに時間と体を奪われた。そして俺は家族と家を。
「デ・マウ、僕たちは和解や取引をするつもりはありません。望むのはあなたの死のみ。そちらはどうですか?」
「貴様のような重罪人と和解するつもりがあるとでも?」
「重罪人? 他人の体や家族を奪うのは重罪ではないのですか?」
「尊い犠牲。私に体を献上した者もさぞ幸福だっただろう。なんの価値もない民が、国を支える太い柱へと昇華するんだ。大変な名誉だ」
「ほう。国のためなら他人の体を好き勝手にしていいし、幸せに暮らす家族を崩壊させてもいいと? 家族や恋人と過ごす時間よりもストーカー野郎に体を奪われた方が幸せなことだと? いまあなたが使っているその体の持ち主がなにを求めて生活していたかとか、ルゥがなにを考えながら生きていたかとか、初めて授かった息子と過ごす親がどんな気持ちで何気ない日々を送っていたかなんて、あなたはきっと考えないんでしょうね」
「話にならんな」
「おぉ、奇遇ですね。僕もおなじことを考えてましたよ」
シェイプチェンジ《山猫》
『マンデイ、斥力を使われたらこっちの攻撃が通らない。デ・マウを疲弊させるぞ』
『うん』
コイツだけは確実にやる。世界のためになんて崇高な理由はいらない。
俺のため、そして恩人のためにやる。
ジェットとスーツのアシストで一気に距離を詰め。
《貫通・正拳突き》
見えない壁。デ・マウの周りにはそれが張られている。まぁ想定の範囲内だ。
「どうした小僧、攻撃が届かんか?」
「届きませんねぇ、困りました」
隙をついてマンデイがデ・マウの後ろからメイスを振り下ろす。だがやはり斥力で跳ね返される。
「ほら、どうしたファウスト。このままでは貴様の拳は私には通らないぞ?」
「そうですね。実に困りました。なので攻撃が通るまで殴り続けるとしましょう。幸い僕とマンデイはこの玉の中にストックしている魔力を使えるし、体力がなくなってきたらマンデイに回復して貰うとしよう。しかしあなたはどうしでしょう。慣れない体、そのうえ毒に侵された味方のために一生懸命に付与術を使い続けて、なにやら切り札らしきものも使いましたね? それと斥力の魔術は受ける力が大きければ大きいほど魔力を消費するみたいだ、マンデイの攻撃を受けた時、顔が歪んでましたよ? ずっと僕たちの攻撃を受けててもいいんですか? ちょっと急いだ方がいいんじゃない? 魔力が切れちゃいますよ?」
「貴様……」
俺と会話しているというのにお転婆なマンデイちゃんがデ・マウの頭部にメイスを振り下ろす。
もちろん弾かれる。が、それでいい。
苦しそうに顔を歪ませるデ・マウ。
「なにか攻撃手段があるなら早めにしてた方がいいと思いますよ。魔力がなくなったらあなた、本当に終わりだから」
「それで、勝ったつもりか」
デ・マウが呟く。
「勝ったつもりはありません、が、勝つつもりではいます。対策して受け勝つのが僕のスタイルだから」
「そうか」
と、デ・マウが急に俺の方へ駆け出した。
肉弾戦?
なにをしてくるかはわからないが、格闘に持ち込んでくるなら好都合。
デ・マウが手を伸ばす。宙に浮かぶ魔術陣。
と、枯葉みたいに軽々と飛ばされる俺の体。
なるほど。斥力は攻撃にも使えるのか。勉強になった。
すぐ背後に迫る電気の壁。
良い狙いだ。さすがは千年生きた男。キャリアが長いだけはある。
俺の体が超高電圧の電気の壁に、呑み込まれた。
「フハハハハハハ! 貴様は自らの行い故に命を落とすのだ。滑稽だなファウスト! 貴様らしい最後だったぞ。フハハハハハハハハ! 次は貴様だ女。貴様も――」
「あのぉ、盛り上がってる時に水を差すような真似をして申し訳ないのですが」
「!?」
「自分で電気の闘技場を造ったんですよ? 対策してないと思いましたか? このスーツ、絶縁体」
まぁ電気の層で止められたから良かったけど、双子ちゃんの障壁で挟まれたらペチャンコになってたかも。
危ない危ない。デ・マウが詰めの甘い人物で助かったよ。けどアレか。そうなったら双子ちゃんに障壁を解いて貰えばいいだけか。
『マンデイ、気づいてるかも知れないけど、いまの攻撃で障壁とサンドイッチされたら結構痛そうだから気をつけてね』
『うん』
『常に横移動をして正面からもらわないように』
『うん』
時代を代表する魔術師デ・マウ。
最初は勝てるかどうかわからなかったが、想像以上に弱っているし、そもそもこの人は接近戦が得意なスタイルじゃない。
もはやこれは戦いではない。自分たちが生きていく場所を確保するための狩りだ。
俺とマンデイが一緒に戦闘する時の立ち回りは、狼の動きによく似ている。俺たちはずっとゴマやハクと狩りをしてきた。だから必然的に彼らと合わせると動きをするようになった。片方が獲物の注意を引いて、もう片方が死角から攻撃する。獲物がこちらのリズムに慣れてしまわないように、時には破調させ、時には大胆な動きをして翻弄。
確かにデ・マウは戦争のプロかもしれない。敵軍を弱体化させ、自軍を強化し、幻覚を見せ、狂わせ、勝利を手にしてきたのかもしれない。
だが、ここまでくると、もう戦争じゃない。狩りと生存競争は俺の土俵だ。
ゆっくり時間をかけて仕留めればいい。より安全に。より正確に。
「アシュリーとは違うでしょ? 僕は美しくはないし、人々を魅了する踊りも踊れない。派手じゃないし、戦場で輝くタイプでもない。でもね。これでも知の世界に選ばれた代表者なんですよ。他の勇者みたいに一騎当千というわけには行きませんが、準備する時間さえ与えてくれれば戦いを支配することくらいは出来る。あなたの勝ち筋は僕に対策されるまえに倒す、これしかなかったんです。しかしあなたは待ち続けた。いままでの相手はそれで勝ててきたから。ですがその成功体験が仇になりましたね」
「来るな! 寄るな!」
デ・マウの動きが目に見えて悪くなってきた。肩で息をして、こちらの攻撃に対する反応もワンテンポ遅い。
もうすぐだ。もうすぐ終わる。
この人はもう、限界だ。
「僕はね、よくわからないままこの世界に飛ばされたんです。世界を救え、なんて急に言われたもんでひどく混乱しましたね。能力を得る試練では何度も死にかけました。それでもなんとかやってこれたのはね、厳しくも優しい教師の母と、酔ったらガラクタを買ってくる悪癖がある商人の父と、口にしなくても僕の苦しみや悲しみを理解してくれる親切な使用人が支えてくれたからなんです。
そういう大人たちと過ごす時間が、前世で経験した無念や挫折をゆっくりと溶かして、エネルギーに変えてくれた。僕は本当の意味で、この世界の住人になっていった。そしていつからか、こう考えるようになった。《知の世界》や管理者の頼みだから戦うのではなく、この世界で獲得した愛すべき人々の幸福のために、戦うのだと」
「まて! 手を組もう! 王国は貴様の存在を認め、支援しよう!」
「あなたは正しい魔術の使い方を知らない。他人痛みを知らない。そんな人とは手は組めません」
「頼む! 許してくれ! デルアは私の宝物なんだ! 私の人生そのものなんだ!」
「なにか勘違いしているようですね。今回の襲撃や戦争にデルア王国は関係ありません。あくまでも僕とあなたの物語です。もしあなたが死んでも僕はデルアには手を出しません。なんなら復興のお手伝いをしようかと考えていた位です」
「そんな妄言を信じるものか! 貴様が欲しいのは……、貴様が……」
「やっと気がつきましたか」
「……」
「この障壁はあなたの魔術を遮断します。支援をなくした兵士は戦意を失ったようですね。この戦い、あなたは負けたのです」
「デルアは……、私のデルアは……」
「あなたはいつもそうでした。妻に先立たれ、失意のドン底にいたルゥに幻覚を見せ続けたのはなぜですか? その方が管理が楽だったからではないですか? ルゥに必要だったのはそんな偽物の支えではなかったはずなのに。マクレリアの燃えるような赤い瞳のなかに、失った妻を見出したルゥの気持ちがあなたにわかりますか?」
「……」
「なぜ僕を殺そうとしたのですか? 立場を奪われるのが怖かったのですか?」
「……」
たぶん、俺の声はこの人には届いていない。
もうこれ以上、言葉はいらないだろう。
最終盤。
俺に残された仕事は一つだけ。
勝者の義務。
「ファウスト、マンデイがしてもいい」
やっぱりマンデイは優しい子だ。
「いや、いいよ。俺の仕事だ」
「うん」
◇ デ・マウ ◇
デイ!
私はね、この国を温かい国にしたいんだ。
みんなが笑顔で楽しく生活する。
ご近所さんたちはみんな仲良し、ちゃんと愛し合って、時にはケンカして、それでも次の日にはまた仲良しになってるような。
――それはそれは、とても楽しそうな国ですね。
うん。
でもやっぱり無理かな。
子供じみてるよね。
――いや、君ならきっと実現できますよ。
そうかな……。
ダメダメ。
弱気になっちゃダメ。
そうだよね!
きっと実現する!
ねぇデイ!
新しい国にはきっと君の力がいる。
手伝ってくれるよね?
――えぇ。もちろん。私で良ければ。
ありがとう!
楽しい国にしよう。
綺麗な国にしよう。
明るい国にしよう。
――実に楽しみだ。
うん!
――それでは行きましょう。女王様。
なんだかくすぐったいな。
女王様、か……。
アシュリー。
アシュリー。
アシュリー。
私は……。




