初動
◇ ファウスト ◇
敵本隊は進軍を止めない。
拡声機を用いた王子の説得はうまくいかなかったようだ。
こちら側としてはデ・マウ、ドミナ・マウ、ハマド様、この二人と一頭さえどうにか出来ればいいから別に戦う必要はない。戦意喪失して投降してくれたから、それ以上楽な展開はなかったのだが……。
それぞれに立場があり、思惑があるから人は争う。物事は絡み合った糸のように複雑だ。簡単にほどけるなら血は流れない。
お互い譲れる場所まで歩み寄って分け合って、助け合う。そういう風に出来たらたぶん、争う必要なんてないんだろうな。
「ファウストさん」
と、リズベット。
「なんです?」
「魔術師隊、飛竜隊が配置につきました。敵もう少しで私の射程に入ります」
でも、もう無理だろうな。
お互い戻れない所まできてしまった。
「毒を散布します」
「もういいんですか?」
「えぇ、さっき毒を弱体化させる物質を壁の中に注入しました。特効薬とまではいかないけど、これから散布する毒とは拮抗する」
「いつの間に」
「リズさんが敵陣を観察しているうちにです」
リズベットはやっぱり一つの事に集中しちゃうと周りが見えなくなってダメだな。折角、感覚が強化されたのに完全に生かし切れていない。狙撃の命中率だけを考えると、なにかに熱中してしまう性格はプラスなのかもしれないが、デメリットもでかい。
「リズ、このまえの襲撃とおなじ手順です。毒の入った袋を落下させますので撃ち落としてください」
「はい! わかりました」
メジャーな毒は対策されている。
ならばとマクレリアが提案してきたのが、今回使用する毒。《愛の毒薬》だ。
あらゆる生物はそれぞれに固有の求愛行動をもっている。そして、その行為は知性が高くなればなるほど複雑化する。
ラピット・フライという生物は言語を理解、使用し、集団生活を営み、物を使って生活を簡便にするくらいの知性がある。だから求愛行動も複雑だ。
オスにだけ綺麗な飾り羽があるとか、長くて邪魔な角があるとか、そんな進化はしていない。彼らは毒のスペシャリスト。求愛にもやはり毒を使用する。
文章を残す技術がなかったために世代間の伝達がうまく行かなかったこと、マクレリア以外のラピット・フライがデルアに全滅させられたこと、この二点から《愛の毒薬》どのように開発されたかは不明だ、しかし少なくともマクレリアが子供の頃には既に存在していた。
《愛の毒薬》には二つの効果がある。一つは気分の高揚と性意欲の亢進、そして二つ目が強烈な倦怠感。
これを摂取した個体は、もれなくロマンチックな気分になる。そして体がだるくなり、動くのが面倒になる。恋人と一緒に摂取すれば延々と続く甘い時間に浸ることが出来るのだ。
前世でも似たような代物が存在した。麻薬である。
若いラピット・フライは《愛の毒薬》を使用して、とろけるような夜を過ごしていたのだ。
致死性の毒や麻痺や痛みを狙った毒に比べれば、効果が薄いように見えるこの毒だが、一つ、大きな利点がある。《愛の毒薬》には明確な治療薬が存在していないのだ。
完全に拮抗する物質は存在しない。だから対処療法的に効果を薄めることしか出来ない。そして、薬を生成するには深い知識と、物を造る設備が必要だったりする。
深い知識担当はマクレリア、創造は俺。二人揃っているからこそ、症状を緩和させる薬を造り上げることが出来た。だが、敵にはそれが出来ない。
ロマンチックな気分に関して言えば、デ・マウの魔術で対策されるだろうが、倦怠感だけはどうしようもない。実際に体が怠くなるのだ。幻覚を見せた所で完全にリカバリーすることは出来ないだろう。
もし、ある程度対応できたとしても、デ・マウは自軍を戦わせるために繊細で高度な魔術を発動させ続けなくてはならない。体を入れ替えたばかりで弱ったデ・マウには結構な痛手だろう。
どちらにせよ使って不利になることはない。使い得ってやつだ。
相手が弱体化を使ってくるならこちらも使う。仲間の強化もしたし、兵もそろえた。詰めの策、戦況が悪化した場合の選択肢も準備している。
やれることはやった。後は本番でトチらないように祈るだけだ。
さぁ、出撃だ。
「ジェイさん。指定席にどうぞ」
左の羽のつけ根辺りに、獣の国最高の魔法使いリトル・Jの席を創造した。
いまの俺には火力がない。
基本的に戦闘という行為が許されていない不干渉地帯で暮らしていたのだ。あまりに広い範囲攻撃や、無駄に殺傷能力が高い武器を使っていては生き残れなかった。といってテストなしの急拵えの武器を本番で使う度胸はない。
俺が出した結論はこれ。飛行は俺が担当し、火力はジェイが担当する。俺は撃たれ弱いジェイを全力で守りながら飛び、ジェイは俺に不足している攻撃力を補う。
「ねぇあんた落ちないでよね」
「僕と心中するのはお嫌ですか?」
「それも悪くないわね」
「え? なにか言いました?」
「なにも言ってないわ。さぁ、行きなさいファウスト。私のために全力で飛ぶのよ」
「はいはい。落ちこぼれ組の底力を見せてあげましょう」
「えぇ」
俺は皆が配置についていることを確認し、翼を広げる。
『ムドベベ様、スタンピードを。その後、毒を上空に運搬してください』
Gyoaaaaaaa!
「ジェイさん。飛びますよ」
「いつでもいいわ」
初動。
なにに於いても最も肝心な部分。
俺とジェイがすることは一時的な制空権をとることだ。ドミナ・マウの操る飛竜の動きを封じ、《環境破壊》愛の毒薬verを落下させなくてはいけない。
「ジェイさん。子機の使い方はマスターしてますね?」
「私を誰だと思ってるの?」
「そうでした」
弘法筆を選ばず。
名人はどんな道具を使っても名人だ。だが性能が高い道具を名人が使えば、そのパフォーマンスは他の追随を許さない。強力な武器は強い人が使って初めて真価を発揮するのだ。
ドローンを改良して造った《子機》はかなりスペックが高い。魔力関連の製品を造りまくった俺が、魔法攻撃の幅を広げるために創造したのが《子機》だ。この世界に存在する魔道具なんかと比べても見劣りのしない物だという自信がある。だが残念なことに俺の能力が追い付いていない。
未発達な細胞で強化されたとはいえ、俺は普通の人間だ。どこにでもいる弱い個体。特別魔力が多いわけではないし、才能があるわけでもない。ただ管理者から与えられた成長率の向上と、母のありがたくも迷惑な特訓のお蔭で身につけた魔力を上手に操作する技術があるだけ。
一方ジェイは獣の国という大きな集団で、魔法一本で身を立てた生粋の魔法使い。どちらが良い物を使うべきかは明白だ。
名人のジェイが、優れた道具を使う。そうすることで名筆は生まれる。
「ジェイさん、電気の魔法を使います。《子機》に魔力を注入してください」
「えぇ」
ジェイが魔力を注入する。
荒削りで、力強い。まるで嵐のようだ。
こちらの動きに反応して、敵も動く。空の脅威には空の戦力を。
大量の飛竜だ。
一人ならどうしようもない数。強烈な威圧感。
だが、《ホメオスタシス》を打ち込んだ俺には恐怖はない。そしてなにより、一人じゃない。
《電気魔法・鳥籠》
「さすがは獣の国最高の魔法使いですね」
どっかのポンコツ魔法使いの技が子供の遊びに見えるほど、範囲も威力も桁違いだ。
「そのうち世界最高の魔法使いと呼ばれるようになるわ」
直撃を食らった飛竜がバタバタと落下していく。なんとか直撃を免れた個体も、動きがかなり鈍くなった。
あと十発くらいジェイの魔法を使ったら、とりあえずは空はとれるだろうが、これだけの大規模な魔法だ。それまでジェイの魔力がもつという確証がない。ジェイにはまだ仕事がある。ここで戦闘不能になってもらうわけにはいかない。
「ジェイさん。魔力の管理はしっかりしてくださいね」
「そんなの言われなくてもわかってるわよ」
ムドべべ様が配置につくまでもう少し。
敵軍からは飛竜の群れのおかわりが。
先程使用した《子機》はまだ手元にない。
「《子機》のチャージが間に合いません。これに魔力を注入してください」
「なんなの?」
「攻撃用のギアです。魔力を力に変換します。出力のベクトルを変えることで衝撃や貫通など様々な――」
「敵、来てるわよ」
「攻撃ギアの説明はそのうち」
さすがにジェイの魔力でお腹いっぱいになった攻撃ギアを腕につけて殴る度胸はないから、核だけ取りだして魔力を込めてもらう。
そしてギリギリまで魔力を吸った核を、風の魔法で飛ばす。狙うは先頭の飛竜。
《衝撃・投擲》
可能な限り飛竜から離れていたし、核を撃った後すぐに逃げたのだけどまったく間に合わず、俺たちは爆音と共に広がる衝撃に巻き込まれてしまった。
やはりジェイの魔力は一級品だ。想像の上を行く。
「あんたバカなの? あぁビックリした」
「いやぁビックリしましたね」
深いため息をつくジェイ。ごめんて。
だが時間は稼いだ。
上空には絶望の影が。
『ムドべべ様、投下を』
とりあえず空の初動は俺たちの勝ち。
飛竜のスペックや数は把握していた。ここまでは計算通りだ。勝ったのは必然。
問題は次。
地上は、大量の生物の行進によって巻き上げられた土煙でよく見えない。
皆、無事に生き残ってくれ。
「ジェイさん。もう少し飛竜の数を削った後、次の作戦に移行しますよ」
「えぇ」
俺は俺に出来る最高の仕事をするだけだ。
誰も死なせない。そして勝つ。




