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恋 ノ 話

 恋は盲目とはよく言ったものだ。


 ワイズが可憐だと表現していた妻ウェンディは筋肉質で健康的な感じの女性だった。肌は浅黒く、彫りが深い。決して醜くはない。むしろ美しいと思う。だが可憐という感じではない。


 夫婦喧嘩はしばらく続いた。時間が惜しいから早く切り上げて欲しかったが、口出しするわけにもいかない。男女の問題は生粋(きっすい)の引き篭もり童貞系男子の俺にはちょっと荷が重いのだ。


 というわけで、夫婦喧嘩もといウェンディによる一方的なお説教が終わるのをまってから、ゆっくりと話を聞くことに。


 はじめにデルアの脱走を実行したのはワイズ。飛竜隊内での救助と救援を禁止されたことを知り、飛竜保護のために脱出を試みた。


 ウェンディ曰く。


 「飛竜隊の基本的な役目は戦況のコントロールと味方のカバーなんだ。だから、私たちは最後まで堕ちちゃいけない。けど今回の敵は飛竜以上の速度で飛行、攻撃してきた。必然的に私たちは空の前線で戦わなくちゃいけなくなる。もちろん戦えないことはないんだけど、本来私たちは対空戦力じゃない。戦い方なんてのは一朝一夕で変えられるもんじゃないし、ずっと不利状況が続いてる。だから国はこう判断した。恐れを知らないドミナ・マウの兵隊にした方が効果的だ、って」


 とのこと。


 ワイズにはそこまで考える能力がなかったが、救援禁止の指令が竜のメリットにならないというのは感覚的に理解できたのだ。


 しかしワイズの逃走は弓将ルベルに(はば)まれる。


 後先考えずに行動した残念な飛竜隊の長は、当然のように敵前逃亡を咎められることになるのだが、いまはデルアの最重要人物ミクリル王子が誘拐されたという最悪の状態。国としては空の実力者、ワイズを断罪している余裕なんてない。


 「賊討伐が終わればワイズを処罰する。それまではしっかりと手綱を引いておけ」


 ウェンディはルベルから報告を受けた。


 残念で心優しき空の申し子に、未来はなかった。


 「で、駆け落ちした、と。なるほど流れは理解しました。しかし弓将ルベルは中々アホな男のようですね。そんな報告を妻にしたら逃がそうとするに決まってるじゃないですか」

 「い、いや、違うんです。結婚したのはその後っていうかなんていうか」

 「どういう意味です?」

 「その頃はまだ結婚していなかったんです」

 「えぇっと、つまりそんな悪い状況でワイズさんはプロポーズしたわけですか?」

 「いや、僕からしたわけじゃないです」


 あれ?


 あれれ? つまりそれはそういうことかな?


 『ファウスト』


 通信してきたのはマグちゃん。


 『あぁ、俺もおなじことを考えてた』


 間違いない。


 「ウェンディさん」

 「私を疑ってるんでしょ」


 事前情報に嘘はないみたいだな。優秀そうな人じゃないか。


 「えぇ疑ってますね。普通の人間はそんな選択はしません。これから断罪される男と一緒になりたい、国を敵に回して逃げ続けたい。そんな女性はそういませんよ?」

 「信じて貰えないかもしれないけどね、私は本当にワイズ君のことを失いたくなかったんだ」


 さて、どうしたもんか。


 いままでのやりとりで知られて困る情報はあったかな? 武器や今回の作戦については触れてない。(さいわ)い王子の居場所もまだ伝えてないし……。


 このまま離れるのも手かもしれん。


 が、飛竜は魅力的ではある。もし戦闘が不干渉地帯付近までもつれ込んだ時、彼らの連携や輸送能力は武器になるかも。


 ワイズとウェンディが本当に逃亡兵なら、ぜひ味方に引き込んでおきたい。


 「ワイズさん、ウェンディさん。あなた方に自白剤を使用したいのですが構いませんか?」

 「ダメに決まってるじゃないか!」


 即答したのはウェンディ。ワイズは悩んでいるようだ。


 「僕も使用したことがあるので危険はありません。使用しすぎると死ぬこともありますが、もちろんそんな使い方はしない。ちなみにわざわざこうやってお願いするのはあなた方が今後、僕たちの仲間になる可能性があるからです。本当はこんな面倒なプロセスを踏む必要もない。無理矢理に自白剤を打ち込んで情報を引き出すこともできるので。こういう風にね。マグちゃん」


 羽音を残してマグちゃんが消える。


 瞬き。


 首元に突きつけられた針。


 「くっ」


 睨みつけてくるウェンディとおろおろするワイズ。


 ワイズは本当にあれだな。竜に乗ってないとなにも出来ない感じだな。敵に回すとすげー厄介なんだけど……。


 「これは僕の誠意です。自白剤の使用はお二人の意志で決定してください。あ、別に断わってもらっても構いませんよ? 危害を加えるつもりはないので。もし身の潔白が証明されたら、僕たち、ゲノム・オブ・ルゥはあなた方を友軍として扱います。もちろん無茶な特攻の指示や、あなた方の不利益にしかならない要求をすることはない。断るのならご縁がなかった、ということでお別れになります」

 「それだけ?」

 「えぇ、それだけです。実はワイズさんみたいな性格の仲間がいるんですよ。向こう見ずで優しくて一途で。だから他人って感じがしません。お二人が仲間になってくれたら完璧ですが、少しでも疑わしい部分があるのならそういうわけにはいきません。味方の安全確保が最優先ですので。ウェンディさん、もしなにか企みがあるのなら、すぐに止めてください。僕はなにも好き好んで破壊行為をしているわけじゃないんです。この美しい場所も、ただ飛竜を愛し守ろうとする青年も、そしてそんな青年に恋をして危険も(かえりみず)みずに助けた女性も、この世界には必要だ」

 「……少し、考えさせてくれないか?」

 「えぇ、勿論。僕たちは離れておいた方がいいですか?」

 「いや、構わない」


 なんか悪い人じゃなさそうなんだよな。ウェンディ。


 でもなぁ、プロポーズしたタイミングが不自然すぎるんだよなぁ。ルベルからなんらかの指示を受けている可能性もある。


 本当にワイズが断罪されるのが嫌で、自分の立場を捨てて結婚、逃亡したとなれば凄い純愛だけどな。


 「あっ、ワイズさん。あなたの奥さんを脅すような真似をしてすみませんでした」

 「い、いや大丈夫です。僕のつ、つ、妻は傷一つ負ってませんし」

 「戦意のない人を傷つけるつもりはありません。やむを得ない場合を除けば、の話ですが」

 「ファウストさんは凄い人なんですね」

 「へ?」

 「ずっと紳士的で優しい人だな、って思ってたんですが、やるべきことはちゃんとやるし、仲間の安全とか先のこととかもしっかり考えてて。僕には出来ないなって」


 なんだそんなことか。


 「人には得て不得手がありますからね。ワイズさんだって飛竜に乗ってる時は凄いじゃないですか。何度冷や汗をかいたことか」

 「僕にはそれしかありませんから」


 なんか。


 俺、ワイズ君好きかもしれん。


 色々造ってあげたくなっちゃう!


 「かりにそれだけだったとしても、なにか一つの分野でトップ・オブ・トップになれるのは凄いことです。少し僕の話をしてもいいですか?」

 「あっ、はい」

 「僕の人生は逃走の繰り返しでした。逃げて逃げて逃げて、負けて負けて負けて。でも逃げた先に仲間がいました。大切な場所があって、守りたいものが出来ました。負けて得たものは場所や仲間だけではありません。先程ワイズさんが言われた仲間の安全を考えることであったり、弱っている相手の立場になって考える姿勢を学んだ。まだまだ未熟ですけどね。きっとワイズさんにも素敵なシナリオが用意されているはずです。道程は厳しくても、もうダメだって思っても、きっといつかこれで良かったんだって思える瞬間に出会えます」

 「ファウストさん……」

 「そうだ! もし味方になって全部終わって平和になったら、その時は一緒に飛びませんか? 不干渉地帯を案内しますよ」

 「おぉ、いいですね!」


 ワイズ君とはマジで友達になれそうだ。


 「あっ、ワイズさん。そういえば僕、沢山の飛竜を墜としてしまいました。本当にすみませんでした」

 「いやいや、あの頃は僕たちは敵同士でしたし……」

 「本当に申し訳ありません。こうなるとわかっていたら攻撃なんてしてませんでした」

 「僕だってこうなるってわかってたら、もっと早くに逃亡してますよ」

 「それもそうか」


 あははははは。


 あはははは、あははははは。


 いやいや、ちょっとまて。


 まだウェンディには疑いがかかってるんだ。いくらなんでも打ち解けすぎたわ。


 「狂鳥、いや、ファウストさん。自白剤、使ってもらって構わない」


 切腹をする武士みたいな表情をしたウェンディが言う。まぁ切腹をする武士なんて見たことないけど。


 「ありがとうございます。では早速自白剤の説明をしてもいいですか?」

 「ん? 説明?」

 「ウェンディさんにもしものことがあってはいけないので。自白剤は訓練された生物や、体の大きな生物には効きが悪い傾向にあります。体の大きな生物はサンプルが少なくて適用量がわかっていないのが原因です。訓練された生物は精神力で抵抗しようとするからだと考えられます。ウェンディさんの体の大きさなら問題なく適用量を入れられるでしょう。成体の人間には何度か使っていますので。訓練された、という部分を勘案(かんあん)するにウェンディさんには効きが悪いでしょう。ですので出来るだけリラックスした状態で受けて欲しいと思います。緊張した状態は良くないです。自白剤に対抗しようとしないでください。体の変化に身を任せるイメージでお願いします。あっ、あと確認しておきたいんですが妊娠の可能性はありますか?」

 「に、妊娠なんてしていない!」

 「それは結構。妊婦さんに使ったことがないので一応確認させて貰いました。この状況でリラックスしてくれというのは酷な話ですが、どうぞご協力お願いします」


 とは言ってもまだ緊張しているようだな。当たり前か。これが普通の反応だ。


 「マグちゃん。自白剤を俺にも打ってくれる?」

 「どうしテ?」

 「安全性の証明だよ。少量でいいから」

 「わかっタ」


 自白剤を使うまえだけど、話した感じこの夫婦、白だな。本当にただの逃亡兵だ。純愛を貫き通した夫婦っぽい。




 「よし、いい感じに効いてくれましたね。ワイズさん。奥さんが普段言いそうにないこと。秘密にしていそうなことになにか心当たりはありませんか? 本当に自白剤が効いているのかテストしたいので」

 「えぇっと。じゃあどうして僕のことを好きなったのかを訊いて貰っていいですか? 何度質問してもはぐらかされるんです」

 「おっ、なるほど。それはいい案ですね」


 ウェンディが本当にワイズを愛しているのなら、プロポーズしたタイミングにも合点がいく。


 「ウェンディさん、聞こえますか?」

 「なんだよ」


 朦朧(もうろう)とした様子のウェンディさんが答える。自白剤って相手の協力があるとこうも完璧に効くんだな。



 Q,ワイズさんのどこが好きなんですか?


 A,どこって全部に決まってるじゃないか。全部だよ、ぜ・ん・ぶ。



 Q,好きになったきっかけを教えてもらっても?


 A,軍に孤児上がりの変わり者がいるって聞いたから見に行ったんだ。私も孤児だったから、気になったんだ。そしたら嬉しそうな顔して飛竜の世話をしてるワイズ君がいた。


 その頃、私は自分を捨てた親とか世間とかを見返すために必死になって働いていた。毎日血を吐くくらい訓練をして、寝る間も惜しんで勉強をしてたよ。心にも時間も余裕がなかったんだ。


 だから初めてワイズ君を見た時、正直に言うとすっごく腹が立った。なんでコイツはこんな風に楽して生きてるんだ、って。必死に努力している私が苦しんで、飛竜の世話をしているだけのコイツが楽しそうに仕事をしているのは間違っている、って。


 でもなんでだろう。気がつくとワイズ君のことを見ている自分がいたんだ。


 どういう経緯だったか忘れたけど、ワイズ君が怒られている場面に出くわしたんだ。孤児上がり、しかも厩務員の下っ端に対する兵士の態度はそりゃ酷い。可哀想になるくらい怒られてたよ。その時は必死に謝ってたワイズ君だけど、しばらくするとケロッとして飛竜の世話をはじめた。いつもの嬉しそうな、眩しい顔で。


 ――なぁ君、どうしてそんなに嬉しそうに仕事をしてるんだ?


 私は訊いた。すると。


 ――ずっと飛竜と一緒にいれるんですよ? 嬉しくないわけないじゃないですか。


 こう返ってきた。


 もう苛立ちなんてなかった。


 幸せそうなワイズ君を見ているだけで苦しい訓練も勉強も耐えられた。


 ある寒い日の夜。手に息を吹きかけて水を運ぶワイズ君を見た。やっぱりキラキラした顔だった。


 心が温かくなっていくのを感じた。


 私はこの人が好きなんだ、その時、自覚した。




 うん。やっぱりこりゃ本物だ。疑って申し訳なかった。

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