敗色
〜 side ファウスト 〜
完璧な連携で撤退していく飛竜隊の残党。撤退先は王城方面。
もしかしたらデ・マウの射程内に誘ってるのかもしれん。
難しい択だなぁ。ウザ飛竜は仕留めたい。
ボディリングあるし弱体化の対策は出来ると思う。が、強化の幅がどの程度かわからない。仮にその辺の雑兵ががヨキレベルまで上がるなら、俺たちは確実に負ける。
もし深追いして俺とムドベベが捕まる、もしくは殺されたら完全に詰む。
だがなぁ。通信に反応がなかったからといって、リズとヨキがそこにいないとは限らないんだよなぁ。
かりに二人が俺のコンタクトに応答できない状態にあったらどうだろう。幻影とか見せられたり精神支配を受けてたら。あるいは酷く衰弱していたら。
その場合、急がないと体を乗っ取られる可能性がある。ヨキの体は性質上、絶対に奪えない。問題はリズだ。まぁ悪魔だから大丈夫かな? デ・マウって差別主義者みたいだし。人間以外の体には興味がないかもしれないが。
希望的憶測か。
体を乗っ取られなかったとしても、相当ひどい目に合うのは間違いないだろう。
悩ましい。
ウザ飛竜を倒しておきたい。でも王城には近づきたくない。ヨキとリズは通信できない状態で王城に捕らえられているかもしれない。が、俺とムドベベが落ちたら、たぶん俺たちは崩壊する。増援が来るまえにヨキとリズも探したい。
ジレンマだ。
やっと飛竜を捌いたと思ったら、今度は矢が飛んでくる。休ませてはくれない。
テロリストが国の首都上空で空中散歩をしてるんだ。休ませるはずがないか。
ちょっと観察してわかったことがある。
射手は一人。
高速で飛ぶ俺について来ながら、かつ建物で体を隠し、俺が別の方向を警戒している最良のタイミングで、矢が到達するまでに俺が進む距離を計算して矢を射てくる。
そんな芸当を出来る奴が何人もいてたまるか。
塔みたいなとこから矢を射てくる奴は何人かいたけど、ほとんどが明後日の方向へ飛んでいく。正確に俺を狙ってくる射手は一人だけだ。
壁裏から弓だけを出して射る。そして隠れる。移動する。
デルアってこんな奴ばっかなのかな。ウザいのしかいない気がするけど気のせいだろうか。クネクネ飛ぶ飛竜、陰湿な弓使い。
はぁ。
まぁ矢が届かないくらいに高度を上げればいいんだけの話なんだけど、そしたら地上との距離が離れてしまって、通信可能圏内が少なくなるしなぁ。
どうしたもんか。
射手の立ち回りが完璧すぎて居場所がまったく把握できないんだよなぁ。
マジで面倒くさい。あの弓使いとウザ飛竜の乗り手とだけは友達になりたくない。
あっデ・マウもノーセンキュー。戦い方が中学女子のイジメっ子みたいだから。
やっぱデルアってろくな奴がいない。
リズ……。
捕まってないよな? なんかイヤ〜な予感しかしないんだけど。
もうすぐ歓楽街に着くけど、応答はない。デルアの陰湿な奴らにイジメられてないよな。
はぁ。出会った頃のボロボロのリズを思い出してしまう。
あの悪魔って向こう見ずだし、不注意だし、直情的だし、ちょっとだけおバカさんだし、天然なとこあるし、集中したら周囲見えなくなるし。
どうしよう不安要素しかない。
『リズです。ファウストさん?』
あっ、いた。結構普通にいた。
『おぉリズさん。無事?』
『腕に矢を受けました。でも友達に治療してもらったので、もう大丈夫です』
『どっちの腕?』
『義手じゃない方。右です』
『帰ってからしっかり治療しましょうね』
『はい』
外に出てもらいたいけど、射手がどこにいるかわからん。なんの根拠もないけどリズのスーツを看破した弓兵、いま攻撃してきている奴と同一人物な気がする。たぶん。
『リズさんいま僕凄腕の弓兵に狙われてるんです。外に出ると危ないかもしれないから、ちょっとまっててください。どうにかして倒してしまいます』
『あっ、ファウストさん。その人の位置なら把握してますからいますぐ降りてきてもらっていいですよ。移動しながら弓を引いてる人でしょ?』
『そうです』
『その人はたぶん弓将ルベルですね。デルア最高の弓の使い手です。不意打ちされたら脅威ですが、いまは音で位置を把握してるから安全です』
出た変態索敵。
『わかりました、外に出て。拾います』
『地下で変な音がしてます。急いだ方がいいかもしれません』
変な音? なんだろう。
『了解。荷物はありますか?』
『まとめててもってます。出発時より少し多いくらい』
『それでは外に出てください』
最初に通信可能になったポイントから、おおよその位置は把握していたため、その辺りに絞って飛んでいると、荷物を抱えたリズベットがぴょんぴょん跳んでるのが視界に入ってきた。
『こっちこっち〜』
なぜ跳ぶ。目立つな。
と、その時、リズの背部から矢が飛んできた。
マズい。と、飛行用に使っていた風魔法を飛ばして矢の軌道をズラそうとしたが間に合いそうにない。
クソ。なにやってんだアイツ!
矢が。
当た――
『ファウストさん』
『リズ!』
リズの手には一本の矢。風でなびいた髪が流れて輝いている。笑みとも怒りともとれる複雑な表情は、美しい悪魔を妖艶に彩っていた。
「ケガは?」
「ありません。言ったでしょ、安全だって」
「よかった。掴んだんですか? 矢」
「えぇ、見えてましたから」
ふぅ、と息を吐くリズ。敵の矢を手に、逆光のなかに凛と立つ姿は、一幅の絵画のようだった。
やっぱ美人は得だな。なにしても絵になる。
「弓将ルベルは私が討ちとります」
リズの腕を射たのはルベルという奴なんだろう。
よし。
今度会ったら一発殴るか。
「行きましょうファウストさん。地下の音が激しくなってます」
「あっ、はい」
いかん。見惚れていた。
コイツは残念な子。コイツはおバカな子。コイツは料理下手。コイツはロリババア。よし、リセット完了。
俺はリズを抱えてムドべべのところに飛ぶ。
「ちなみに音ってどんなのですか?」
「大勢の足音と、羽音です。一際大きな個体もいるようですね。羽音は恐らく飛竜かと」
「面倒臭そうだ。さっさとヨキさんを救出して逃げないと」
「ヨキさんはまだ……」
「えぇ」
「あっ、救援に来てくれてありがとうございます。助かりました。敵陣真っ只中だし、ファウストさんは危険なことはやらない主義なので、もう助からないものだと思ってました」
俺ってそんな風に思われてるのね。なんかショックだわ。
「見捨てる選択肢はなかったですよ。せっかく仲間になったのに」
「……」
あっ、そんな風にみつめないでね。恥ずかしいからね。
「音はどうです? まだ聞こえますか?」
「シャム・ドゥマルドの南側に足音が多いですね。王城周辺からは羽音が」
「そんな遠くまで聞こえるんですか?」
「聞こうと思えば」
聴力はこんな変態的な仕上がりになったのに、どうして味覚はダメだったんだろう。成長する因子には謎が多い。
味覚は本人が望まなかったのかな? 少しは望んだ方が良かったと思うけど。
『ムドべべ様。リズベットをお願いします。不穏な動きがあるようなので、僕はマンデイたちの様子を見てきます』
……。
…………。
うん。これは理解してますよの沈黙だ。間違いない。
とりあえず高度を上げてマンデイたちを探してみるか。
はい?
なんだ、なんだあの数は……。
人々が同じ方向に行進している。
軍隊?
『リズさん、マンデイたちは目視できる!?』
『見えます。何者かと交戦しているようです。あっ、ファウストさん。来ます!』
その時。
シャム・ドゥマルトの各地に建てられていた、教会のような建造物から次々に人や飛竜、見たこともないような種族の生き物が、わらわらと出てきた。所々皮膚が剥がれ落ちた、生気のない飛竜の群れ。体の一部分から骨が飛び出している個体もいる。
なるほどそういうことか。
王城の守りはデ・マウの弱体化と、ハマド様。
街の守りはドミナ・マウの作りだした死の軍隊とウザ飛竜、ウザ弓兵。
やっぱり俺はこの街が嫌いだ。
こりゃヨキ捜索なんてしてる暇はないぞ。なんとか生きて帰らなくちゃ。
『ムドべべ様。飛竜の相手を任せてもいいですか? 僕は下と合流し、ゴマ、ハク、マンデイを退避させる道をこじ開ける!』
Gyoaaaaaa!
オッケイ任せた。いま俺たち、空を愛する者同士、バッチリわかりあったな!
もう俺たちは親友だ。だから過去のことは根にもたないでください怖いので本当にお願いしますはい。
『あっリズさんを振り落さないようにしてくださいね』
ギロ
…………。
そういえば指示されるのお嫌いでしたね。親しき仲にも礼儀ありですねはいごめんなさい謝るのでもう睨まないでください。
『出来ればでいいので』
『ちょっとファウストさん! 私、ケガ人ですよ?』
『大丈夫大丈夫。ムドべべ様は優しいから。リズさん、マンデイたちの居場所を教えて』
『あれ? えぇっと』
『早く! 飛竜が来ます』
『それが……、見当たらないんです』
は?
『さっきまでは誰かと交戦してたんでしょ?』
『えぇそうなんですが、いまはまったく見えません』
『音で探してみて!』
『はい。やってみます』
そんなやり取りをしていると飛竜の群れが突っ込んできた。コイツらには戦略も駆け引きもなにもあったもんじゃない。もう死んでいるのだから恐怖もないし。玉砕覚悟でぶつかって間合いも無視して噛みついくる。純粋な数の暴力。
『ムドべべ様。この飛竜は既に死んでいます。有効なのは頭部の破壊です』
Gyoeeeeee!
ムドべべ様が翼を広げる。
うわ。近くで見ると、アホみたいにデカいな。
いやぁ味方でよかった。
シャム・ドゥマルトの民家の石材がふわりと宙に浮き、飛竜の群れの上に大量の石が降り注ぐ。頭部を狙うなんて助言は無駄だったな。体を潰してしまったらどうしようもない。
ドミナ・マウの操る飛竜は躱すということをしない。素直に突っ込んできて、素直に肉片になってくれる。
俺もムドべべ様の攻撃の巻き添えにならないように飛行しながら、手の届く範囲の飛竜を落としていく。
使用するのは新攻撃ギア・スピン。狙いは頭部及び頸部。大体一撃で沈んでくれる。
翼を壊すのもいい。飛べなくなった飛竜はなんてただのトカゲだ。
対処できないことはない。が、倒しても倒しても教会から飛竜が出てくる。キリがない。不毛だ。
このままだといつか魔力が切れる。ドミナ・マウの魔力が先に切れてくれればいいのだが、そう都合よくいくとは思えない。ていうか前情報より明らかに数が多い。地上と飛竜あわせて千はいるのではないだろうか。
なのに教会から出てくる個体はまだ増え続けてる。
ダメだ。撤退。付き合ってられん。
『リズ! マンデイは!?』
『それが……』
『なんです!?』
『足音が聞こえません。まったく』
『ゴマとハクは』
『いいえ。なにも』
なんだと……。
フューリーは死なない。だからいい。でもマンデイは、ゴマは、ハクは……。
足音がない?
足音がないだと?
それじゃ、まるで……。まるで……。
『ちょっと、ファウストさん! 一人で突っ込んじゃ――』
通信が切れる。
笑えない冗談じゃないか。
シェイプチェンジ《山猫》
ふざけんなよ。
俺から家と家族を奪って、それでも飽き足らず執拗に追い回してきて。
ふざけんな。
今度はマンデイまで……。
足音がない?
それって。
ザザ、……、ザ……、ザザザ……
「力、が欲し、いなら、貸し、てもいい、けど、さ。下ら、ない、汚れ、たこの世界、を壊し、てくれ、るなら、さ。君、の体、をさ、貸してくれ、たら、さ」
誰だ。俺の管理者じゃない。別のなにかだ。
「貸し、てもいい、けど、さ。憎ん、で、いるのな、らさ」
コイツらを、殺す力が欲しい。デ・マウを倒す力が。
仲間を守れる力が欲しい。マンデイとゴマ、ハクを助けたい。
「なら、さ。貸し、ても、いいけ、どさ。代わ、りにさ、体、を頂戴。世界、をさ。壊、しちゃ、おう」
コイツは……。
侵略者か?
「貸し、てもいい、けど、さ、体、を――」
断る。邪魔だからどっかに行ってろ。
「憎い、のなら、さ。力を――」
俺が憎いのはデ・マウだ。不条理だ。世界じゃない。
「なら、さ。壊し、たくな、ったら、さ。呼んで。僕の名前、はさ――」
Gurooo!
気がつくと目のまえに死の傀儡が。
危な!
なんだいまの。侵略者だよな。
感化だ。たぶんあれが感化なんだ。
怖っ! むっちゃ怖かったんですけど!
いかんいかん。マンデイは!
「マンデイ! ゴマ! ハク!」
下にいたら次々に動く死体が襲ってくる。処理しきれん。
屋根の上に跳び乗る。と、そこには六人の兵士。半数は既に死んでいるようだ。
「あぁ厄日ね。昨日からろくなことがないわぁ」
そう言ったのは背が高く、やせ形の女。
「俺の仲間をどうした?」
「あのワンちゃんのこと? それともお嬢ちゃん?」
「どっちもだ」
「あれかな? いやあれかもしれない」
女は動く死体の群れを指さす。
「死体の胃のなかにね。バラバラになってね。うふふふふ」
そうか……。
間に合わなかったか。
「ごめんなさいね。あの子たち、お腹すいてたみたいなの」
そうか。
頭のなかに冷たい血が流れていく。空では、大量の飛竜がムドべべ様に屠られていってる。
足元には死の傀儡の群れ。
そうか。
「あら、諦めたの?」
そうか。
「一つ、確かなことがある」
「なぁに?」
「かりに俺がここで倒れたとしても。お前らだけは連れて行く。そして地獄でもう一度殺す。命乞いをしても道を正したとしても関係ない。殺し続ける」
「あなたも若いわ。まだまだ青い」
スーツが唸りをあげる。
とりあえずコイツらだけは絶対に許さん。
皆殺しだ。




