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勇者 ノ 凱旋

 農園の一番の利点は、時間がわからないことだと思う。


 シェルターには外からの光が入らないから時間の感覚があまりない。結果、どれくらい作業したかがわからなくなる。時間に追われることがないから自分のペースで研究できて、好きなタイミングで休めるのだ。


 決まっているのは食事の時間だけ。


 最初はマクレリアが運んできてくれるようになっていたのだが、育児で忙しい彼女に俺の分とゴマの分を一々運んでもらうのが申し訳なくなって、家に戻ることにした。


 みんなで食卓を囲むのはいい息抜きになる。ルゥやマクレリアの顔を見ると、ホッとする自分がいることに気づいたのも、素晴らしい発見の一つだ。


 作業のペースはまずまずといったところ。ルゥの細胞を活性化させるエネルギーの周波はおおよそ完成している。老いた細胞が急に若返るなんてことはないのだが、活動が活発になるのは間違いない。未熟な状態の細胞を一つでも採取すれば次のステップに進める。


 限界まで成長させた細胞の一部が未熟な状態で発見されたケースがあったのだが、これはすべて死滅してしまっていた。これは死の一つの様相かもしれない。一応、活性化させるための培養液につけてみたけど、復活することはなかった。死はあくまでも死だった。


 検証を繰り返すしかない。


 一つでも生まれてくれれば後は分化させられるのだけど……。


 ヨキのボディイメージを構築するための試みは、マンデイとのコミュニケーションを利用して対処することが出来た。作業の休憩時間に三十分程度、俺が見たヨキの体の映像をマンデイを通してヨキ本人に送り続けたのだ。


 将来、誰かに裸を見せることがあるかもしれないと、裸のイメージを築き上げるチャレンジもした。


 「ヨキさん、服を脱いでください」

 「なぜだ」

 「将来、誰かのまえで裸になる機会があるかもしれません。造っておいて損はないでしょう」

 「必要ない」

 「いいえ必要です」


 言ってる途中に気がついた。そもそもヨキって裸になれるのだろうか。幽霊の裸って……。


 しかし俺の心配は杞憂に終わる。渋るヨキを説得してなんとか上半身だけ脱いでもらったのだが、脱衣すると念じて脱げば簡単に裸になれた。なんともお手軽である。


 ヨキは均整のとれた健康的な体をしていた。隅々まで鍛えられているのがよくわかる。


 「下着も脱いで」

 「必要性を感じない」

 「恥ずかしいんですか?」

 「恥などあるものか」

 「じゃあどうして脱げないんですか?」

 「必要性を感じないと言っているだろう」

 「将来、パンツを履いたまま入浴するつもりですか? それにもし排泄機能が獲得できた場合、どこからするつもりですか? 別に口や皮膚から吐き出してもいいんですがね。それでもいいなら必要なさそうですが」

 「別にそれでもかまわない」

 「へぇ、ヨキさんは排泄物が出た場所でご飯を食べてもいいんですね? 皮膚から出してもいいですけど、臭いがしない保証は出来ませんよ?」

 「あぁ」

 「じゃあそんな可哀想なヨキさんのために消臭剤を造ってあげますね。ちゃんと毎日お風呂に入ってくださいよ?」

 「くどいぞ」


 空き時間はパワードスーツの開発をしていた。性能を落とさずに小型化、軽量化するのはなかなか骨が折れる。もしハクの運動能力がマンデイと同じように向上しなかったらハクにも着用させることになるだろう。妥協はしたくない。俺から離れても立派に生きていけるように、メンテナンス不要、かつストレスのかからない性能が求められる。


 細胞の分化や、パワードスーツを造るための検証を繰り返していると、ヨキが声をかけてきた。


 「おい、ファウスト」

 「なんです?」

 「下着も脱ぐから映像を送れ」

 「送ってくださいってお願いしてくれたらします」

 「ならいい」

 「いや冗談です。いますぐ送ります。脱いで」

 「……」

 「どうしたんですか?」

 「ここは……。その……。広すぎるだろ」

 「ああ、恥ずかしいんですね」

 「くどいぞファウスト! 恥などないと言っているだろう!」


 顔真っ赤にして言っても説得力ゼロだがな。まったく面倒臭い奴だ。


 俺はシェルターの隅の方にヨキのボディイメージ構築用のスペースを造った。まぁ、目隠しを創造しただけなんだけどね。


 そんなこんなあったが、ヨキの体のイメージは順調に固まりつつあるように思う。元々剣士である彼は、映像を捉えるという能力が高かったのかもしれない。


 数日の訓練の末、ヨキがもつ自分のボディイメージは、俺が見ている実際のヨキと比べてもなんら遜色がないレベルにまで引き上げられた。指のシワや、ホクロの位置まで正確に記憶しているのだ。体と配色用の細胞を造ってしまったら、意外と苦労せずに使いこなせるかもしれない。


 数日後、ひょんなことから理想とする未成熟な細胞が採取された。


 きっかけは玩具のラジコンと、それを追いかけるゴマだ。


 最近、農園にばかりいるため、マンデイとハクが魔力を吸収する時間が長い。そして俺は作業に集中している。


 必然的にゴマが相手をしてもらえる時間が少なくなったわけだ。ヨキが遊び相手になっていることが多いが、ボディイメージを造る時はヨキも手が離せないし、もちろん映像を送り続けなくちゃならない俺やマンデイも釘付けになる。こういう場合を想定してラジコンを造ったのだ、活用しない手はない。


 当時、ハクはカプセルのなかにいて、俺とマンデイ、ヨキは目隠しに区切られたスペースにいた。


 残されたゴマは研究スペース。一応ゴマの溺死防止のために使わない時は風呂の湯は抜いているし、ぶつかって怪我をしないように角のあるものは置いていない。俺は安心してヨキに映像を送り続けていたわけだが、そんな時、ガシャン、となにかが割れる音がした。


 驚いて研究スペースに戻ってみると、卓上のシャーレのいくつかが落下し、割れている。怒られると思ったのか、ゴマは上目遣いで俺の様子を窺いながら、クンクンと鳴いていた。


 いや、怒らないけどね。


 破片が刺さったらいけないとマンデイに診てもらった。少しだけ切れていたのだが、心配するほど傷は深くはない。


 落ちた細胞は、破棄用の消化液や成長促進剤、保護液、保存液などの様々な薬液に浸され、床に転がっていた。


 こりゃもうダメだなと思いつつも一応落ちた細胞を採取して分化させてみる。シャーレに入っていた細胞は、まだ完全にコピー出来ていないものであったが、きちんと複製できるまえに分化させるという試みは何度もしていたために、たいした期待はしていなかった。


 が、予想を裏切り、細胞の一部が異常にポジティブな反応を示しはじめる。急激に増殖したのだ。


 分化の途中で活発化させる薬液につけても、いままでの老いた細胞Aは、A´にしかならなかった。なにも処置をしないよりわずかに元気になるだけだった。だが落下し、薬液のカクテルに浸されたこの細胞は違った。分化させればメキメキと増えていく。明らかにいままでの物とは違う。


 俺は偶然の産物であるこの細胞を未発達な細胞(ベイビー・セル)と命名した。


 これはすごい。なんかのアイテムに組み込んでみたら、いままでに例がないほどの高機能になるかもしれない。


 「マンデイ。カエルアーマー知らない? 探してるんだけど、どこにもなくて」

 (捨てた)

 「捨てたの?」

 (捨てた)

 「実験に使いたいんだ。どこか……」

 (捨てた)

 「でも……」

 (捨てた)

 「そっか。捨てたのか」


 これ以上なにも言うまい。それが男ってもんだ。


 しょうがないから実験は止め、そのままヨキの体を構成する粒子に組み込んでみた。


 ま、失敗しても造りなおせばいいしな。付与した特徴は《電気刺激を与えるまで分裂する》《有機物を分解しエネルギーに変化させる》《光を活用可能なエネルギーに変換する》《加わった力を活用可能なエネルギーに変換する》《強固》《ヨキの魔力に反応し動く》こんなものだ。


 ヒダの技術も活用する。粒子同士の結合が甘いと形を維持するだけで魔力を消費しそうだからね。


 で、やってみたら増えるは増える。数時間で必要量に達した。新細胞、恐るべし。


 だが一つ気になることが。この細胞、黒くないのだ。ちょっと白っぽい透明。分裂はしているのだから間違いなく特徴の付与は成功しているはずだ。電気をあててみると、ちゃんと分裂も止まる。指示は生きてる。なぜ色が違うんだろう。まぁ考えてもわからないか。分裂速度を見るに、いままでの物より効率的であるのは間違いないだろう。未発達な細胞(ベイビー・セル)、良い拾い物をした。


 これを使って色々創造してみよう。




 人生とは筋書きのないドラマである。


 というのは誰かの名言だ。


 人生の筋書きを書いた脚本家はクソ野郎だ。


 そしてこれが俺の見解。


 良いニュースの裏には悪いニュースが隠れてるもんだ。


 一つ目の悪いニュース。


 ヨキの体、使ってみたがやはり維持するのが難しい。かなりの魔力を消費する。これはダメだ。


 普通の生物が魔力切れを起こすと防御反応が起こる。気絶だ。


 だがレイスの場合は気絶などせず、ただ存在が消滅してしまうのだ。つまり、ヨキの魔力切れはそのまま死に直結する。


 ルゥの細胞に期待していただけにダメージは大きい。


 ちなみにスペアとして俺の細胞、老いたルゥの細胞でも造っておいたのだが、未発達な細胞(ベイビー・セル)とは比べ物にならないほど魔力を消費した。未発達な細胞(ベイビー・セル)を用いて創造するという方向性は間違っていないのだが、それでも足りない。


 もう一つ悪いニュース。


 マンデイの成長が限界に達した。いままでみたいに膨大な魔力を吸えなくなったのだ。


 楽観視しすぎていた。


 マンデイが獲得したのは視力と聴力、痛覚、温覚のみ。これだけじゃとても満ち足りた人生なんて送れない。


 なんとかするしかない。ここで終わってたまるか。まだマンデイに美味しい物を食わせてないじゃないか。声だって聞いてないぞ。もし同じ過程で成長するなら、ハクもいつか成長が止まる。たぶん完全体になるまえに。なんとかしよう。絶対に。


 脳のなかで嵐が吹き荒れてる気分だ。情報をまとめろ。考えろ。道はある。


 魔術の通路からマクレリアが飛び込んできたのは、丁度、そんな時だった。


 「ファウスト君。いますぐ戻って」


 珍しく焦っているようだ。


 「なにがあったんです?」

 「フューリーが戻ってきたの。瀕死の悪魔を連れてる」

 「瀕死?」

 「かなり危ない」

 「すぐ行きます」


 そういうとマクレリアは、羽音と風だけを残して消えた。


 俺はみんなを連れて家に戻る。


 家のまえにはフューリーが座っていた。


 (すまんのう。知の)

 「いえ、瀕死の悪魔はなかですか?」

 (うむ。二人が治療しておる)


 フューリーはかなり疲れているよう見えた。体毛も汚れている。足元は泥で、上の方は血液で。なにがあったか知らないが、命を削るようなギリギリの戦いをしていたのだろう。


 台の上に乗せられていたのは、ボロボロの悪魔だった。開いた目は白く濁っていて、腕が片方ないようだ。時折、思い出したように胸が上下しているが、呼吸は限りなく浅い。


 「どんな状況ですか」

 「腕が飛ばされてる。毒を食らって目が見えてない。下半身が動かない。解毒はいま終わったところ。ルゥが心臓を動かして、不足した水分と栄養を補ってる」


 想像以上にギリギリだな。


 糞尿と血液の臭いがすごい。俺、グロ耐性低めだが、そんなことは言ってられない。


 大丈夫か、俺。


 動悸はしているが、なぜか不思議とテンパっていない。冷静に、冷静に。よし、大丈夫だ。


 とりあえず深呼吸を。知識がないからとかそんな言い訳はするなよ。


 俺には能力がある。そして目のまえには瀕死の生物が。俺は当事者だ。


 もう一度、深呼吸だ。


 オッケイ。


 やれる。

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