苦悩 ト 発想
マンデイは良い子だなー、なにも言わずに背中ナデナデしてくれて。優しいなー、本当に。俺の癒しだよ。
オロオロオロオロオロオロ。
(つらいね)
「辛いなー。辛いよー」
(フューリーの背中はダメだね)
「ダメだねー。ダメだよー」
オロオロオロオロオロ。
視界がぐわんぐわん揺れるし、舌噛むし、お尻痛いし、力入れすぎて肩凝るし、風強すぎて顔の感覚ないし、良いこと一個もなかった。楽しかったのは、最初の三秒くらい。後は後悔後悔また後悔。
乗せてって言った手前、降ろせとは言えず最後まで頑張ってみた。
頑張らなければ良かった。嘔吐がとまらない。
(すまんのう。知の)
「いや、僕が頼んだわけですからね。フューリ……」
オロオロオロオロ。
フューリーがなんとも言えない表情をしている。ごめんね。やれると思ったんだよ。楽しそうだなって、思っちゃったんだ。狼の背中に乗るのって夢だったし。はぁ。なんか一日中吐きまくってた神経の改造を思い出すよ。
「はいファウスト君、これ飲んでねぇ」
「ありがとうございますマクレリアさん。」
俺は手渡されたお猪口を一気に空にする。ドロドロとした甘い蜜のような飲み物だった。
「薬ですか?」
「違うよぉ」
「蜜?」
「違うよぉ。オロオロオロオロ吐きまくってる人に蜜なんてあげるはずないじゃん」
「じゃあなんですかこれ」
「楽になった?」
「まぁ、多少は」
「良かったぁ。少し多すぎたんじゃないかって不安だったんだぁ」
「多すぎるとどうなるんですか?」
「眠たくなっちゃうよぉ」
「言われてみれば眠たい気もします。いや無茶苦茶眠たい。ダメだ眠たすぎる。多すぎたんですよ。たぶん薬が……。効きすぎて……」
「寝ちゃいなよっ」
マクレリアがキラッキラの笑顔で言ってくる。あれ? わざと多めに飲まされた?
「でもフューリーさんが戦地に……」
「君が行っても邪魔になるだけだよぉ」
「ですが」
「はいはい。寝た寝た」
まぶたが重い。意識が沈み込んでいく。底なし沼みたいな。
(また来るぞ、知の)
「ごめんねフューリーさん、僕……」
(構わぬ。それに心配には及ばん。いまの我は絶対に死なぬ。なにをされてもな)
「わかりました、じゃあ……」
なんかすげー喉が痛い。吐きすぎたようだ。もう駄目、限界。眠たい。
ベッドに戻らないと。このままじゃ……。風邪を……。
ん?
夢?
どうやら、夢を見ているようだ。知らぬまに眠ってしまったのだろう。
俺は光のなかにいて、神と話をしていた。
彼女は俺になにかを伝えようとしていたのだが、うまく聞き取れない。ただ耳障りな雑音が流れているように感じるだけだ。
怒り、あるいは悲しみ。そんな風に感じた。
なにを伝えたいのかはさっぱりわからないけれど、送られてきていたのが良い感情じゃないのはよくわかった。
「ごめんな。聞き取れない」
「ザー、ザーッ、ガガ、ザーッ」
「無理だ」
プツ、と音が消える。俺を包んでいた光も徐々に弱くなっていく。
手になにかが触れる。
サラサラとした砂だ。
突然、砂の一部がメリメリと音をたてて巨大化しはじめた。
潰される。そう思った瞬間、砂が視界を埋め尽くす。
俺は跡形もなく潰された。しかひ痛みはないし、苦しくもない。
カサカサと音がする。肌がむず痒い。虫だ。虫がいる。俺は体についた虫を払いのけた。だが次々に現れる虫に、体を食べられていく。さっきまで俺を潰していた砂は、もうどこにもない。
ファウスト。
なんだ? マンデイか? どこにいる。マンデイ! あクソ。なにも見えん。マンデイ!
ここにいる。ファウストのそばに。
マンデイ! 見えない! どこにいるかわからない!
ここにいる。
はっ!
(こわい夢だったね)
「気持ち悪い夢だった。知らないうちに映像を送ってたか。すまん」
(マンデイがのぞいた。うなされてたから)
「フューリーから他の代表者の話を聞いたからだな。たぶんそのせいでうなされた」
(そう)
「俺以外が強すぎて、プレッシャーになってるのかもしれない」
(うん)
「まぁいまから巻き返せばいい。俺も強くなる」
(うん)
「あー腹減った。フューリーはもう行ったのか?」
(行った。急がないといけないって)
「なんか大変そうだもんな」
(大変そう)
口ではあぁ言ったが、本当に巻き返せるだろうか。
虫の軍隊、スケールの違う巨大生物、あの壁を飛び越える超生物。マクレリアやルゥもそうだ。どれだけ頑張ってもマクレリアの速度に対処できる気がしないし、どう足掻いてもルゥの魔術に対応できるビジョンが見えない。
倒さなきゃいけない奴は不死身で、他の代表者やこの世界の強者は、俺が守る必要もないほど強いときてる。
まいったな。
夕食後、体の仕組みを勉強することに。
不干渉地帯に存在する本の量は、実家のそれとは比べ物にならない。そのうえ著者がルゥだということもあり、一冊一冊のクオリティと難易度が高すぎる。よくわからない単語があり、その度に止まってしまうのだ。ルゥが発見した物質や現象は、当然、彼が命名していのだが、量が多すぎてとても記憶できない。
一つの文章を何度も読んでようやく理解できるレベルだ。これをサラサラ読むマンデイの頭がどういう構造をしているのかが気になる。といってなにかを質問すると的確に返してくるから理解してないわけじゃないと思う。
新しい知識を得るというのはいい。一歩一歩進んでいる気がする。しかし道のりは長い。ヨキの体が出来上がるまでにどれだけの時間がかかるのだろうか。
いっそ核を利用して造ってみようかとも考えたが、その場合、人格がどうなるのかが予想できない。そもそも人型の魔核がない。
不安だらけだ。
ヨキの体、侵略者、他の代表者。なに一つはっきり見える未来がない。いっそバックアップに徹するか。戦闘はせずに、武器や防具の創造だけで貢献する。マンデイの身の安全も保証できるし。
だが……。
だが、本当にそれでいいのか。フューリーや他の代表者だけにやらせて。
フューリーが出て行ってから数日後。
ハクの体に毛が生えてきた。マンデイが最初に獲得したのが視覚だったから、ハクも目から機能すると思い込んでいたから、意外だった。毛質は柔らかく、フェルトなんかに近いような気がする。
マンデイは温度を感じれるようになった。急ごしらえで洋服を造ってあげたのだが、マンデイは可愛い服を欲しがった。ふわふわしたスカートや、花のついたブーツ、ゆったりとした上着などを造ったら、喜んでくれた。防御性能を考慮すると特徴は付与したい。がそれをすると色が黒くなる。(黒は好きだよ)とは言ってくれるが、もっと明るい色の服を着せてあげたいとも思う。
パワードスーツはまだ少し時間がかかりそうだ。ヒダ素材は十分にあるし、問題はない。が、機能面に気を使うとどうしても厚くて重くなる。理想の出来とは程遠い。
勉強も停滞している。新しく血液を生み出す機構やホルモン関係がさっぱり理解できない。マンデイも協力してくれるんだけど、それでもダメだ。自分の頭の悪さが憎い。
「ちょっといい? ファウスト君」
「なんです? マクレリアさん」
「そろそろマグちゃんが蛹になるんだけどぉ、外だと怖いからファウスト君の部屋のあれ、使わせてくれない?」
犬タワーのことだろう。どうせ誰も使ってないしマグちゃんのためになるなら否やは無い。
「もちろん。少し造り変えましょうか? マグちゃん用に」
「そうだねぇ。してくれると助かるよ。でも大丈夫? 最近忙しそうだけど」
「造り変えるのは問題ないです。意外と忙しくはないんですよ。ただ自分の頭の悪さに嫌気がさしてるだけです」
「あんまり頑張り過ぎないようにねぇ」
「ボチボチやります」
その後、マクレリアと相談して犬タワーをマグちゃん用に造り変えた。具体的にはボールゾーンなどの不要な部分の撤去。それだけ。
久しぶりに雨が降った。
朝からしとしとと弱い雨がずっと降り続いている。
カプセルに屋根を造って、いつもみたいに魔力の補給をしても良かったんだけど、気分が乗らなくて中止。今日は勉強の日にしよう。
そういえばゴマが久し振りにオシッコを失敗した。砂場にする度に大袈裟に褒めていたら、ちゃんとしてくれるようになっていたのだけど、朝起きたらベッドの足にしていた。イライラしていたこともあり、感情のままに怒ってしまったのだが、すぐに後悔。
短期間でうまくいくはずないじゃないか。俺だってそうだろうが。
なにやってんだろう。
そういえば砂が少なくなっている。まぁ毎日使ってたからな。補充しとこう。
と、砂に触れてみると、いつもより硬い。湿気か。雨降ってるもんな。
創造する力で水分を飛ばす。
いちいち砂を捨てないでこうやって分解してもいいかもな。含まれているのが尿だから衛生面が気にならないではないが。
「マンデイ、ちょっと外に行ってくる」
(マンデイも行く)
と、マンデイは読んでいた本を置き、立ち上がる。最近、少し動きがスムーズになったような気がする。気のせいかもしれないが。
「あぁ、一緒に行こう」
ハクとゴマも俺たちの後ろをチョコチョコとついてくる。その後をヨキが。
簡易な東屋のようなものを創造、降る雨を眺めていた。
雨はこの世界でも綺麗だ。空から無数の糸が垂れてるみたいに見える。ピトピトと水が地面で砕ける音も気持ちがいい。なんか心が浄化されていくような気がする。
朝一でマンデイとハクに魔力をやってたから、もうすっからかんだ。この軽い酩酊と疲労が心地いい。
「なぁファウスト」
「なんです? ヨキさん」
「俺に出来ることはないか」
「うーん。なんかあるかな。あっ。簡易の体を造りましょうか? そしたら、ナデナデも出来るし剣の練習も出来るようになるかもしれません。俺ってバカだな。最初からそうしとけばよかったのに」
「いやいい」
「どうしてです?」
「お前にこれ以上の負担をかけるつもりはない」
「ヨキさんって、そういう気遣いが出来る人だったんですね」
「黙れ」
「すいません」
「寝てないだろ、最近」
「あぁ、まぁそうですね。昔は魔力を全部失って死んだように眠ってたんですが、発電機を造ってからは余裕がありますからね。睡眠が浅い気がします。考え事も多いですし」
ハクとゴマがじゃれあっている。
ハクはいまマンデイと導線を繋いでいるのだけれど、生まれて来たばかりの頃と比べると動きに慣れ、素早くなったようだ。普通の犬みたいに見える。
「他の代表者のことか」
「知ってたんですね。てっきり興味がないと思ってました」
「マクレリアから聞いた」
「そうなんですね」
風が気持ちいい。そういえば前世では雨の日、コンクリートの匂いみたいなのがしてたな。懐かしい。
だが、こっちの雨の匂いも悪くない。
「俺は剣士として恵まれない方だった」
「へぇ。背が高いし手足も長いから有利そうですけどね」
「力がなかった。いくら鍛えても弟の剣を防ぎきれなかった」
「弟がいたんですね」
「腹違いのな。俺たちはほぼ同時に生まれたんだ」
「複雑な感じですね」
「そうでもない。草原では普通のことだ。俺の父には二十人の妻がいた。兄弟は数え切れないほどいる」
「なかなか主人公やってますね」
「なんの話だ」
「いや、こっちの話です」
「兄弟はみな剣を振る。そのなかで俺は最も弱い剣士の一人だった。打ち合えば剣を弾き飛ばされ、こちらの斬撃は簡単に躱された。小さい頃は一度も勝てなかったな。俺の母の年齢が若く、貧しい出だったこともあり、何度も痛い目にあった。馬糞を口に詰められたこともある」
「うわー。それはきつい」
「俺は自分の剣の道を探した。父は俺に細身の剣をもてと言った。力がないのだからと。だが俺はそれでは負けだと思った。弟が使う大剣で、おなじもので勝ってやるんだと、ひたすら身の丈に合わない剣を振り続けた。そして、ある日気がついた」
「なにに?」
「剣は腕で振るものではないと。体全体で振り、魂で振り、全存在をかけて振るのだと」
「なんか抽象的ですね」
「この感覚はなかなか伝え難いな。一振りに人生をかけるといったらわかるか?」
「集中する、ってことですかね」
「やはり言葉では伝わらないな。いつか剣を教えてやる」
「楽しみにしてます」
「その瞬間に俺の全存在が剣になるのだ。経験や哲学、怒りや優しさ、すべてが。それに気がついてから、俺は負けなくなった。父や上の兄との差はまだあったが、いつか超えられるという自信があった。俺は俺の剣の道をみつけた。俺だけの剣を」
「へぇ」
「お前も探せ。お前だけが進む道を」
全身全霊で振るう剣、か。
「頑張ります」
「苦しめ。その先に道が続く」
道ねぇ。
なんかヨキと話して少し楽になった気がする。ボチボチ頑張ろう。
家に戻るとゴマが砂場でオシッコをした。せっかく外に出てたんだから、外ですれば良かったのに。可愛い奴だ。
もう一度外に出るのが面倒だったので、俺は固まった砂を手に持ち、尿を分解。砂は乾燥して、サラサラと落ちていく。
まただ。またあの違和感が。
俺は、手に残った砂を観察する。なにが引っかかってるんだ。
(どうしたの)
「いや、なんか砂を見てるとな。違和感っていうか変な感じがするんだよ」
(どんな)
「わからない。変な感じになるんだ」
手に残った砂を払う。さすが高品質。嫌な臭いがまったくしない。
「まぁいい。今日は勉強して休もう」
(うん)
就寝前、ホルモンの勉強をした。
ホルモン許すまじ。臓器からそれが出来るっていうイメージが全然湧かない。血液中の栄養素をコントロールするホルモンを調整するホルモンを調整するホルモンとかなに。わけわからん。
あったま痛いわ。
もういい、寝よ。
そして俺は泥のように眠った。
夜中に喉が渇いて目が覚める。
マンデイに水出してもらお。
そう考えながらベッドに。
あっゴマがまた、砂場にオシッコしてる。外に出るのが面倒だったから、手の上で分解した。
それは突然だった。
突然ヨキの体についての、新たな構想が浮かんできたのだ。




