怖イ 人
ハンカチと大剣と頭蓋骨。
これでレイスが意思をもたなかったら殺処分することになるのだろうか。意思の付与に失敗すればレイスは増えるらしい。気安くできることじゃないのだ。他にも選択肢があれば安心なのだが、ルゥの知的好奇心を刺激する類の案件ではないからこれ以上の協力は望めないだろう。マクレリアは育児の真っ最中だし、俺とマンデイはレベルが低すぎて散策は危険。
この三つでやるしかない。
ハンカチで成功すれば婦人か。大剣なら無骨な剣士といったところだろう、頭蓋骨は見当もつかん。
とりあえず発電機を作動、マンデイの魔力を補給しながら思案を続ける。
マンデイはカプセルのなかで読書をしている。最近、本を読むペースが速くなってきているようだ。魔力を吸収しながら四、五冊の本を読み終えることも珍しくない。どんな本を読んでいるのかとのぞいてみるが、難しくてよく理解できないものが多い。著者がルゥだから難易度は高めだ。本当に賢いな、この子。
俺はなにかが襲ってきてもすぐに対処できるように周囲に気を配りながらロボット作成にとりかかることに。
いつも通り、まずはミニチュアからはじめる。レイスの件も今日中に終わらせたいから、スタミナの管理はしっかりしないと。
骨格や外装についてはそこまで苦労しなかったのだけど、問題はやはりエネルギー。途中で切れてしまったらコックピットが俺の棺桶になってしまう。動作不良の問題もある。戦闘中にロボットが攻撃されて動かなくなってしまった場合、俺は外に出て戦うことになるだろう。その時点で既に体力の限界がきている、なんてケースも考えられる。
固形燃料を使うにしても動力源はスペースをとりすぎるだろうし、再生可能エネルギーでは充分ではない。効率のいいエネルギーを生み出して備蓄する方法はあるだろうが、いちいちコストがかかるし、備蓄する拠点がいる。
そもそも巨大なロボットをどうやって持ち運んでいいのかわからない。いちいち操縦してたら現地民が大パニックになるだろうし。
問題は山積みだ。
今日もマンデイの魔力供給は恙無く終了した。マンデイの体感的に(ルゥよりちょっと少ないくらい)らしい。マンデイが喋れるようになるのも時間の問題かもしれないな。
よし。次はレイスだ。
俺が勝手に決めるのもどうかと思い、一応レイスに伝えてみた。
「残念だけど俺とお前は種族的に共存できないらしい。いまどこかに行ってくれるなら、それに越したことはないのだが、どうだろう」
レイスの反応はない。念のために、俺とマンデイのコミュニケーション方法である魔力の導線でも試してみたが反応はない。
「俺はお前を傷つけたくない。ここに三つの素材がある。もし、これでお前が知性を獲得できなければ、俺はお前を殺さなくてはいけない。そうするしかないんだ。この場所は俺とマンデイにとって大切な場所だから、譲るわけにはいかない」
レイスはプルプルと震えている。早く魔力が欲しいのだろう。
「うまくいくことを願ってる」
そこまで言ってしまってから、カプセルのフタを開く。
最初、カプセルの周囲に飛び散った魔力を吸収していたレイスだが、次第に濃度が濃い方へ、つまりカプセルのなかへ入っていく。全体が収まったタイミングで、ハンカチと骨、大剣を投げ入れて、蓋を閉め、中の様子を観察する。
大剣はカプセルに入るか微妙なところだったが、なんとかいけた。最悪砕くことも視野にいれていたが、それで失敗したら砕いたことが原因だったのではないだろうか、と後悔しそうだったから助かる。今後、様々な物に使用することを想定して入り口を大き目にしとくのもいいかもしれない。
「なんか緊張するな」
うまくいけばいいのだが。
マクレリアの説明ではレイスの分裂か意思の獲得の前触れは急な活動の停止らしい。それから数秒から数十秒後、レイスは変化しはじめる。
分裂するか意思を獲得するかの二択。
レイスの輪郭は煙のように常に流動的に動いているのだが、それが止まってしまうのだろう。見逃さないようにしないと。
俺作の発電機は、膨大な魔力を生み出す。熱を利用してタービンを回すとかじゃなくて、熱をそのまま利用しているからエネルギー変換効率がいい。レイスの変化にどれだけの時間を要するかはわからないが、そう長くはないのではないかと踏んでいる。
さぁ、どうだ。
レイスに変化が現れたのは数分が経過してからだった。急な活動の停止とは聞いていたが、想像したよりも過度の変化だった。それまでウニウニと動いていたのがピタリと止まったのだ。停止ボタンを押したみたいに。
とりあえず第一段階。
(ここまでは成功したな)
(うん)
(うまくいくだろうか)
(わからない)
時間が長く感じる。まだか。
レイスはまだ止まっている。
まだか。
分裂だけはしないでくれ。お前を傷つけたくないんだ。どうなってもいいから。
おいまだか。俺の心臓が止まりそうだ。
ようやくレイスが動きはじめた。なんかピクピクしてる。どうなる。
結合しそうな感じはしない。その場で動いているだけだ。ダメか。
と、レイスに新たな動きが。大剣に集中しはじめたのだ。
ビンゴ!
(やったぞマンデイ!)
(うん!)
現れたのは黒い長髪の若い男だった。十五~十七歳くらいに見える。
カプセルのフタを開けると、ぬくっと立ちあがった。デカい。そして細い。
赤い民族衣装のようなものを着ている。上はチャイナドレスのスリットを足のつけ根まで伸ばしたようなデザインで、袖は和服みたいになっている。下はニッカポッカのふくらみを小さくしたような形状の物を履いている。
「ここはどこだ」
「禁足地帯です。とりあえずそこを出てくれませんか? 魔力が漏れ続けるのは危険なので」
「わかった」
物静かな印象を受ける。吊り目で眼光が鋭い。そして怖い。
分裂したほうがマシだった。
俺は猛烈に後悔している。
まずは自己紹介だな。嫌われないように。怒られないように。
「あなたの名前はなんですか」
「俺はヨキ。ヨキ・アマル・セルチザハル」
「僕はファウストです。ファウスト・アスナ・レイブ。この子はマンデイ。マンデイ・ファウスト・レイブです」
「ファウスト、マンデイ。憶えた」
怖い。やっぱ怖い。どうして意思をもたせようなんて思ったんだろう。名前、憶えられちゃったよ。殴られたりしないよな。なんでこの人、ずっと殺気を放ってるんだろうか。
男がキョロキョロしてる。なんだ。なにを探してる?
「ファウスト、これを開けてくれないか? 剣をとりださなくては」
「あぁ、剣を探してたんですね」
カプセルを開けてあげると、男は剣に手を伸ばす。
だが、手がすり抜けて剣をもてない。
「どうなってる……」
呟く。怖い顔がいっそう怖くなっている。
(マンデイ)
(なに)
(逃げないか?)
(どうして)
(俺が生み出したことを説明したら殴られそうな気がするんだ)
(レイスはなぐれない)
そういう問題じゃない。
怖すぎて失禁しそうなのをなんとか我慢、意を決して説明をした。
「つまり俺は死んだのか」
「おそらく、そうですね」
「で、レイス一匹殺す度胸がないお前が人為的に俺を生み出した、と」
はいおっしゃる通りですごめんなさいすいませんグゥの音も出ません魔力をあげるので許してくださいごめんなさい。
「その通りです」
「とんだヘタレ野郎だな」
「申し訳ありません」
「…………」
「もしよかったら僕と一緒に行動しませんか? 魔力はこれで提供できますし、困ったことがあったらそれなりに対処できると思います」
「ただ生きて」
「はい?」
「ただ生きてなんになる」
ギロ
ひーーーー。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
冷静だ。冷静に。頑張れ俺。俺がやったことなんだ。誠意だ。誠意だぞ、俺。
「と言いますと?」
「剣を握れない」
「剣が握れればいいんですか?」
「この体じゃそれも叶わんだろうな」
「なんとかしましょう」
「レイス一匹殺せない能無しになにが出来る」
それ以上言わないでください泣きそうです謝りますごめんなさい。
「一応器用な方ではあるので」
先が思いやられる。
「あっ! おかえりファウスト君! ほぉらパパが帰りまちたよぉ。パパでしゅよぉ。ヨチヨチヨチヨチ」
「ただいまマクレリアさん」
「その子がレイス君だね! なんだなんだぁ、格好いい子じゃないか。私はマクレリア。よろしくねぇレイス君」
「ヨキだ。貴様、ラピット・フライか? 木精には見えないが」
「ラピット・フライだよぉ」
「驚いたな。絶滅したものだとばかり思っていたが」
「私が最後の生き残りだねぇ」
「死に損ないか」
「あははは。君は死んでるじゃないか! こりゃ傑作だなぁ」
「皮肉だな。この体になったことに感謝するとは」
「どうしてぇ?」
「俺に毒は効かんぞ害虫め」
「でも吹き飛ばすことくらいは出来るよ」
ぶん、と音がしてマクレリアが消えた。そしてヨキの後ろに現れる。相変わらずの速さ。
なんかマジック・ショーみたいだ。これでパフォーマンスして稼げないかな。いかんいかん。商人の血が。でもいいだろうなぁ。噴水のまえとかで、マクレリアに消えてもらうんだ。俺がハンカチを被せてだな。ひゅっと。観客は拍手喝采。おひねりが飛んでくるわけだ。俺はシルクハットとステッキでそれっぽくして。あっマリナスみたいな髭を生やしてみよう。雰囲気って大事だぞ。雰囲気は。
ふぅ。現実逃避は止めよう。とても剣呑な雰囲気だ。ヨキさん、死に損ないとか言っちゃダメ。めっ。マクレリアさんも挑発しちゃダメ。めっ。
「速いな」
「君もなかなかだねぇ。見えてたでしょ」
「これでも剣の世界に生きる者の端くれだ」
「いいねぇ」
実力者同士が認め合うみたいな感じかな? よかった、のか?
「あの、ヨキさん」
「なんだ」
「マクレリアさんはあなたが思っているような性格じゃないと思いますよ。温厚で面倒見がよくて優しいんです。一般的に周知されているような好戦的で残忍な性格ではないというのは僕が保証します」
「お前の保証がなんになる。俺は自分の目で見たことしか信じない。この害虫は数えきれないほどの殺しをしてるんだ」
む。
なんだコイツ。口が悪いのはいい。気がついたら死んでたんだ。混乱してるだろうしな。俺もここに来たとき、そんな風だったしな。
だがなんだ。むかむかする。
「それはヨキさんが自分の目で見たんですか?」
「なんだと」
「マクレリアさんの種族が生きていたのは随分昔の話です。いまでは伝承で伝わるだけ。その時代にヨキさんは生きていて、その目で見たんですか?」
「違うが、それがどうした。コイツの種族が……」
「なら矛盾してますね。確かにマクレリアさんの種族は少し好戦的だったかもしれない。嫌われるようなことをしたかもしれない。ですがあなたはそれを自分の目で見たわけじゃないですよね?」
「なんだとガキが」
「謝罪してください」
「なぜ俺がーー」
「謝罪してください。意味もなく他者を冒涜するような人に剣は造れません」
「チッ」
「それにあなたには好戦的な種族の行為を批判する権利はありませんよ」
「なに」
「だって、そうやって意味もなく初対面の相手を責めてるじゃないですか。あなたの方が好戦的ですよ。種族がどうとか僕にはわかりません。でも、いまこの場で間違ったことをしているのはヨキさん、あなたです。もしそれが出来ないのならこの場から立ち去ってください。この家には入れません。意味なく僕の友人を傷つけるのは許しません」
すると、マクレリアが横から。
「まぁ君の家じゃないんだけどねぇ」
お願い、ちょっと黙っててね。
「ふん。癪ではあるが、お前の言うことも一理あるかもしれんな。ただの能無し野郎だと思ってたが、それなりに根性はあるようだ」
「根性なんてないですよ。ただ友人が批判されて腹が立っただけです」
「おいラピット・フライ」
「マクレリアさんです。それと、おい、なんて言わないでください、高圧的です」
「チッ、マクレリア。俺が悪かった。いままでの発言、謝罪して撤回する」
「別にいいよぉ」
「じゃあなかに入りましょうか」
俺はヨキを促すが、彼は動こうとしない。
「来ないんですか?」
「ちょっといいか」
「なんです?」
「その……。ラピット・フライとお前は体のサイズが違いすぎるだろう? 種族も違う」
「ですね。マクレリアさんは小さいです」
「どうやって作ったんだ」
「え? なにを?」
「あれだ」
ヨキがモグモグと葉っぱを咀嚼するマグちゃんを指さす。
あぁ、この人、たぶんすごい勘違いをしてる。




