エンカウント
(マンデイ)
(なに)
このタイミングで飛竜、十中八九王国からの刺客だろう。こっちに向かってくるまえに実家に立ち寄ったと考えるのが自然。
(たぶん両親がやられた。もう逃げる理由がなくなったんだ。ここで一矢報いて死ぬのも悪くないかもしれない)
(どうして)
(もう皆いなくなったんだ)
(まだ。マンデイがいる)
(壁のなかに逃げてもどうせ追ってくる)
(ヨークにはかてない)
そんなのわかってる。確かに俺は選ばれた勇者だ。改造をされたこの体は一般的な生物よりは強いだろう。だが幼すぎる。
アスナもマリナスも、俺さえ生んでなかったらこんなことにはならなかったんだろうな。
また俺のせいだ。俺が壊した。
このまま俺が死ねばマンデイも死ぬ。敵がマンデイだけ助けてくれるなんて、甘い幻想だ。
これ以上誰にも傷ついて欲しくない。
(母さんと父さん、テーゼは苦しまなかったかな)
(わからない)
せめてマンデイだけでも。
(力をつけようマンデイ。いつか復讐するんだ)
(マンデイもする)
(強くなろう)
(つよくなる)
(よし! 逃げるぞマンデイ)
(うん)
いつかだ。
死の番人にも、この国の王にも復讐してやる。楽に死ねると思うなよ。
俺はマンデイと二人で入れるだけの穴を造ると、フタをした。魔力をコントロールしながら掘り進めていき、破壊されないように敵側の壁を厚くしていく。
この壁、かなり変化させづらい。金属と同程度かと思っていたけれど、金属の方がまだマシなレベルで扱いにくいのだ。やはり普通の素材ではないようだ。
通気口から毒の類や火を流し込まれたらひとたまりもないと考え、通気口を造るのは断念。逆側に小さな穴を伸ばしていく。
壁は想像以上に薄かったようで、すぐに逆側に辿りついた。これだけの高さがあるのに厚みがないってどういう構造だろう。
結局、飛竜が羽ばたく音が聞こえてくるまでに仕上がった壁の厚さは二十センチ程度。これでは心もとないが、魔力はもうない。破られれば確実に始末されるだろう。
コツコツと壁を叩く音が聞こえてくる。心臓が激しく鳴った。
次いで二人の男が言い争うような声。どっちかがヨークだな。たぶん。
壁壊したりすんなよ? 頼むぞ? フリじゃないぞ?
しばらくそのまま黙っていると、飛竜の羽ばたく音が遠ざかっていくのが聞こえてきた。
どうやら諦めたようだ、ふぅ。あっ、フラグになるやつだコレ。神様、フラグの神様、コレは違うやつ。別の種類のなにかですよ?
一時間ほどそのまま待機していた。空気が薄くなってきたような気がして、穴を広げる。作業の途中、もしかして空気とか創造できるんじゃね? と思いついてやってみた。出来た。
俺って密室に限れば最強なのでは? 穴を造ってフタ、敵のいる部屋だけに二酸化炭素なり一酸化炭素を創造するだけでいいのでは? あっ俺が穴の外部にいたら、敵のいる空間の空気をどうやって変化させるんだよ。まったくドジだな俺って。そうだ! 酸素ボンベみたいなやつを造ればいいのか。そのうちやってみよう。まず酸素ボンベだな。いや、死の番人にも勝てたかもしれないぞコレ。まぁ今更ってやつか。
あぁ侵略者が密室にいないかなぁ。条件が整えば無双できそうな気がしてきた。そんなに甘くないか? でも成功したら楽に勝てるぞ。
死の番人の気配が完全に消えたのを確認してから、少し眠る。目をつぶると、必然、思考は家族の方へと転がっていく。
彼らがもうこの世にはいないかもしれないと考えると涙がでてきた。
——まったくどうしてあんな人と結婚したんでしょう。
——坊っちゃん、聞いてください。旦那様、ヘラを買ってきたんですよ! ヘラです。私のひと月分のお給金より高いお金を払って。
——このヘラはいいヘラだ!
——あぁ、私の働きはこれ以下なのですね。
——そんなことはないわ、テーゼ。そのヘラと同じくらいの価値はあるわよ。
——ちょっとアスナさん!
——これは選ばれたヘラなんだ。偶然、棚に残っていてだな……。
——いいからマリナスそろそろ寝たらどう? それともビリビリして眠る?
——おい止めるんだアスナ。ファウストもパパを助けてくれ。
——アスナさん! いくらなんでもヘラよりは働いてますよ!
いい家族だった。暖かい、家族だった。
(なぁマンデイ)
(なに)
(すごく悲しいんだ)
(うん)
(もっといっぱい話しとけばよかった。俺はいつも強くなることばっか考えてて、だから……)
あぁ、息が出来ん。
(うん)
(普通の子供みたいに甘えたり、迷惑かけたり、遊んだり……、すべきだったんだ)
(うん)
(もう一度、会いたいな)
(うん)
俺はマンデイの手を握って眠った。カエルアーマーを装備しているのに、マンデイは俺を避けようとはしなかった。
目が覚めてマンデイ産の水で口をゆすいで、カエル肉を食べた。味もなにも感じない。
生きなくては。俺のせいで命を落とした人たちのために、マンデイのために。
壁を掘り進めて、数時間で壁の向こうに出た。と思ったら、バカみたいに広い空間だった。そりゃそうだな。こんな高い壁だ、それなりの厚みがあるに決まってる。
一度小休止して、また掘り進める。途中で魔力が切れそうになったところでマンデイの魔力を補充していないことに気がつく。
(ごめんな、マンデイ)
(だいじょうぶ)
普段なら絶対にありえないミスだ。さぞ空腹だっただろう、が、マンデイに俺を責める気配は一切ない。この子はこの子なりに気を使ってくれているのだ。
結局、壁のなかには五つの空間が存在していた。壁の素材のせいで作業は遅々として進まなかったが、なんとか食料が切れるまえに壁の向こう側に出た。久しぶりの外界が真昼間だったから、陽の光で眼球が焼かれるように痛む。
しかしここからだ。まだここからだ。
食料が切れかけている。魔力を節約するためには清潔な水場を探した方がいい。強力な生物がいるらしいし、なんらかの対抗策必要だろう。
が、そのまえに眠ろうか。
この森、まえの世界なら国に保護されているレベルの大樹が普通に生えている。もしかして木のなかで眠れるのでは? と、創造する力を使った。反応なし。
そうか、木も生きてるんだもんな。
諦めて地面に穴を造って、就寝。
目が覚めると夕方だった。なんか久しぶりにちゃんと眠った気がする。固い床で長時間おなじ体勢でいたからだろう、体中が痛い。今日は昼が長い日だったのかな? そんな気がする。
まず食べ物だな。こっちにもカエルがいるといいんだけど、鳴き声は一切しない。というより音そのものがないようだ。怖いくらいに静か。
本格的に暗くなるまえになにか食べ物をみつけたいが……。
木の実はないかと見上げてみるが、それらしきものはないようだ。というより木が高すぎて、登れるビジョンがまったく浮かばない。
少し歩くと朽木があり、その脇にキノコがあった。シイタケに似てないこともないが食べる度胸はない。とりあえずは却下だ。朽木をよく観察すると穴があいている。虫かなんかいるかも、とナイフで削ってみると、丸々と太ったなにかの幼虫がいた。しかもデカい。成人男性の掌サイズだ。
毒とかあるかな。まえの世界だったら絶対に食ってないよな。まぁキノコより安全か。
(ごめん、マンデイ。気持ち悪いよな)
(べつにいい)
カエルはダメで幼虫はいいのか。よくわからん。
古木を漁ってみると、もう一匹おなじ虫と思われるものが見つかった。穴に持ち帰って幼虫の頭を潰して加工。一応毒持ちだった時のことを考えて、マンデイに待機してもらう。
人目はないし火を起こして焼いてみようかとも考えたが、(おおきなけもの)が匂いにつられて寄ってくるリスクを考慮し、創造する力による加工のみで食べてみた。甘さのないカスタードクリームに粉砕したエビの殻を混ぜたような味だった。それなりにいける。
腹が膨れてマンデイのエネルギーも満タン。
なんだか……、幸せだ。
まえの世界ではありえない種類の幸福である。まさか虫食って幸せな気分になるとは思わなかった。人生って不思議だ。
なんならもう少し探索してもいいかなと思ったが、あたりが暗くなってきていたからやめた。(おおきなけもの)が夜行性か昼行性かはわからないが、暗いより明るい方が逃げやすいだろう。
まぁ散々眠ったし眠れないだろうと思っていたけれど、普通に眠った。むしろいつも以上に休めたかもしれない。心身共に疲れてるのだろう。
明るくなってから、朝食用に残しておいた虫を食べて探索再開。とりあえず食料。可能であれば水。そういえばここに(老いた個体)がいるんだった。爺さんか婆さんだな。そんなすぐに見つかるとは思えないけど、とりあえず探してみるか。
虫がいればまた食べれるなと古木を探しながら歩いていると、突然エンカウントした。
目が合った瞬間に間違いない、と確信する。
コイツが(おおきなけもの)だ。
そこにいたのは熊だった。俺の体が小さいせいか、とても大きく見える。いや、俺が小さいとか関係ないな。これはデカい。大型トラックサイズ。ここは平和的にひとつ……、無理か。歯、剥き出してるし。
とりあえず電気の魔法を熊の目に向かって放つ。熊は躱そうとサイドステップ。しかし、その動きはドローンよりははるかに遅い。回避した方向に魔法を曲げて綺麗にヒットさせた。
修行の成果。
コイツを狩れればしばらくは食糧に困らないだろうな、なんて考えたのも束の間、熊はふるふると頭を振ると俺に向かって吠えてきた。
ダメージなし。
(逃げるぞ)
(うん)
一世一代の全力疾走するが、向こうさんの方が足が速いようだ。
様子見にとちょこちょこ電気の魔法を放ってみたけれど、当たっても効かないことを学習したのか、避ける素振りすらみせない。
なめプである。みてろよ、そのうち剥製にしてやる。
風の魔法で前方にあった細めの木を倒して熊にぶつけてみたけど一瞬の足止め程度にしかならない。
コイツ、前世の熊より足が遅いか? ヒグマとかは時速六十キロくらいで走るって聞いたことがある気がする。
無駄に体がでかいから、走るの苦手なのかもしれん。持久戦に持ち込めばなんとかなりそうな雰囲気ではある。
穴を掘ったところで無駄だろうな。壁まで行ければチャンスはあるか? だめだな。加工中に食われる。持久戦しか道はないか。
あれこれ考えながら走っていると、急にマンデイとの接続が切れた。なにが起こったわからずに振り返ると、そこには巨大なシカがいた。そしてマンデイは二十メートルくらい先の木の根元でぐったりしている。
なにが起きた? なにが。
シカはクルリと方向を変えて走り去っていった。
ほら、クマさん。美味しそうなシカですよ。追いかけていったらどうですかー。ん? クマさん? なんでこっち見てるの?
あ。
そういうことか。
あのシカ野郎、俺らを囮にしやがったな。
おぼえてやがれ。お前も剥製コースだ。
ていうかマンデイ、あれ大丈夫か? ちくしょう。
ありったけの魔法を熊に放ちながらマンデイに駆け寄る。マンデイの核に接続してみたが、応答がない。どんどんエネルギーが抜けていってる。
魔核が傷ついたか。
一瞬、迷った。
マンデイを置いていくという選択肢もあるだろう。うまくいけば俺は助かる。俺には勇者としての仕事があるじゃないか。せっかく死の番人の魔の手から逃れたんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。
だが……。
ないな。マンデイを見捨てるなんてそんな選択肢ははじめから存在してない。
俺はマンデイを抱きかかえて、底の抜けた水瓶みたいにエネルギーを失っていく核に魔力を補給しながら走った。魔核の修理をしようかとも思ったが、魔核に創造する力が無力だということを思い出して止めた。熊の鼻っ面や目に電気の魔法を当て、風で木の枝や石をぶつけ、結論を遅延しながら走るしかなかった。
魔力はじきに空になるだろう。マンデイの延命に使う魔力が多すぎる。
走っていると、開けた場所に出た。舞台装置みたいに見えないこともない。牧歌的な劇の、ピクニックのシーンに使われるような。
こんな状況じゃなかったら感動してただろう。
あぁ風が気持い。よく晴れてんなー。
俺の手からはもう、魔力が出ない。
ごめんな、マンデイ、すっからかんだ。
マンデイの体から流れる魔力は止まらない。
熊が少しずつ歩いてくる。
この熊、なんか赤いな。趣味の悪いカラーリングしやがって気持悪い。
痛いかな。食われるのってやっぱ痛いよね。
突然、風が吹いた。女の叫びのような音。
次の瞬間、熊がなにかに潰された。
ん? なに? なにがあったの?
熊の上にはワシが乗っていた。
大型トラックサイズの熊より遥かに巨大な体のワシが。熊はすでに事切れているようで、ピクリとも動かない。
どっちにしろ詰んでるか。
そこで俺は意識を手放した。




