人形 トノ 暮ラシ
まさか本当に動くとは思わなかった。
それなりに体の仕組なんかを調べて造りはしたんだけど、色々足りなすぎるだろ。
なんで動いてんの? だって血液もない、神経のつなぎ方なんてさっぱりわからなかったから、そこもノータッチ。いや、なんで動いてるんだろう。
俺はポカンとしたまま人形を眺めていた。
経験したことのない種類の混乱だった。なにか声をかけるべき? やぁ、俺がお前を創造したファウストだ。よろしくな。とか?
なんか違う。思ってたやつと違うわ。
最初まったく動かなくて、色々調べていくなかで仮説と実証を繰り返して、ようやく核をエネルギー源にした人形が仕上がるみたいなパターンじゃないの?
あっ、また立った。おっ歩いてる。頑張れ。そこ壁。ダメダメ。壁。壁。あぁ痛そう。
あれ? こいつ目が見えてないのか? それもそうか。普通の神経のつなぎ方もわからないのに視神経なんて高度なものを造れるはずがないもの。
というより、眼球の構造ってどうなってるの? そもそもこの世界には神経なんて概念はまだ発見されていないだろうし、前世の知識もない。医学書に載ってるのだって精々筋肉と皮膚と骨格についてぐらいで、内臓の働きの項もわりと抽象的だったし、眼球なんてふれられてもいなかった。
視神経とか造ろうとしたら鬼のようにコストがかかるんだろうなぁ。十年かかっても仕上げる自信ない。
あっ、また立った。
「おい、とりあえず止まれ。危ないぞ」
しかし人形はそのままヨタヨタと歩いて壁にぶつかる。おい、聞こえてないのか?
あぁ、そうか。
まったくドジッ子だなぁ俺って。そもそも耳だって造ってないじゃないか。聞こえるはずがないんだ。あぁ笑える。アハハハハハハ。
目がないから見えません。耳がないから聞こえません。また立った。倒れた。ぶつかった。
どうしたもんか。
もちろん喋りかけても無駄。聴力がないのだから。手話もできない。視力ゼロだからね。そして極めつけは口がないから喋れない。まいったな、コミュニケーションがとれないぞ。
まえの世界にもいたな。耳も目もダメな人。誰があの人に言葉教えたんだろう。伝記を読もうにもこっちの世界にあるはずないしなぁ。あの人だって完全に視力や聴力がなかったわけじゃないだろう、たぶん。弱視とか難聴くらいだったんじゃないのかな? 知らないけど。
あれ? 動かなくなった。
おーい。大丈夫ですかー?
トントンと人形の頬を叩いてみる。まったく動かない。もしかしてこの人形、触覚とか痛覚もない? いや、ないんだろうなぁ。そんな複雑なものは造ってないから。
ガス欠かな?
とりあえず人形の胸に手を当てて魔力を送ってみる。
すると人形が感じている混乱が伝わってきた。そりゃそうだ。目が見えない上に耳も聞こえないんだ。怖いに決まってる。
向こうから伝わってきたってことは、こっちからメッセージを送れるかもしれん。
(落ち着け。大丈夫だ)
俺は魔力を介してそう念じてみた。しかし人形の混乱はまったく治まらない。手足をバタバタと動かして、払いのけるような動作をしている。敵だと思われているようだ。
どうしていいのかわからない。どうして混乱が伝わって言葉が伝わらないのだろう。あっ! 言語能力がないのか! 当たり前じゃん! いま生まれたばっかなんだもん。
であれば、いまの状況をそのまま映像としてイメージして送ってみよう。
俺は人形の制作過程を思い浮かべながらゆっくりと魔力を送ってみた。初めて魔核を手にした時の感覚や、美しさ。筋肉や脂肪、皮膚を創造する場面。いまの人形の姿と俺自身の姿。
ひとつひとつ丁寧に思い浮かべながら魔力を流していく。すると次第に人形から伝わってくる混乱が和らいでいくのがわかった。
いい子だ、いい子。少しずつ慣れていこう。
まず俺は人形を造ったということを家族に報告した。
マリナスはキラキラと目を輝かせながら制作工程や、いまの人形の能力についてあれこれ尋ねてきた。興味深く俺の返答に聴き入る父の顔は、完全に商人のそれだった。
一方アスナとテーゼはというと、いつも通りにドン引きしてた。
「はぁ……。魔核から人形を造ったんですか……」
「まぁ、なんていうか、その……、可愛いお人形さんね」
そのリアクション、地味に傷つくから止めてほしい。
まぁお世辞にも可愛いといった感じではない。断じてない。
ボディはメイドイン俺素材でできているため真っ黒。顔はツルンとしていて、幼児体型。歩くのが下手だから動きがぎこちなくて、B級映画に出てくるゾンビに見えないこともない。おまけにバタバタと倒れるうえ、四つん這いやホフク前進みたいに進むこともある。
うん。可愛くはない。むしろ怖い。
なんかごめんな。俺はダメな親だ。
「それで、この子、名前はなんていうの?」
母が尋ねてくる。名前とかはまったく考えてなかったな。
色からとって黒子とか? いやもしそんな名前にしちゃったら二号機とか造りたくても造れないな。だって俺が造ると全部黒くなっちゃうんだから。
エンダ―マンなんてどうだろう。ぽいし。
いやまて。そもそも性別がわからん。そのうち聴力と視力を獲得して女の子だって判明した時にエンダ―マンなんて名前を付けてたら目も当てれない。
むむむ。
曜日からとってみるのはどうだろうか。
この世界の一週間は、まえの世界の日曜日のように休息日がある。名前はそのまま《休息の日》もしくは《安息の日》それから《水の日》《虫の日》《魂の日》《獣の日》《陰陽の日》《知の日》と続く。人形が完成したのが《水の日》、まえの世界の感覚でいうと月曜日にあたる。水なのに月曜というのはなんだか気持ち悪い感じがするが、この世界のルールだからしょうがない。
「マンデイ」
「マンデイ?」
「そう、マンデイ。変かな?」
「いいんじゃない? マンデイちゃん。ねぇ、ファウストがやってた魔力で会話するやつ、ママもやってみていい?」
「いいけど、マンデイはまだ言葉を知らないんだ。イメージで送ってあげた方が理解してくれる」
「わかったわ」
と、母はマンデイの胸に触れた。
すると、いままでのぎこちない歩き方だったのが、嘘みたいにスタスタと歩きはじめた。
「あれどうやったの?」
「歩き方をイメージしたのよ」
「へぇ凄いな」
あっ壁。あぁ、痛そう。まぁ痛覚はないだろうけど。
俺はまず視覚を造ってあげようと考えた。見えるのと見えないのとじゃ生活の質がガラリと変わってくるだろう。
それからというもの毎日毎日創造する力で眼球や視神経を造るために魔力を注いだ。が、成果はさっぱりだった。小さな変化すらない。ただ魔力を失うだけだった。
そもそもマンデイが普通に生活するだけのエネルギーを供給するだけで俺の魔力はカツカツになるのだ。万全の状態で視力の創造にとりかかれない。
だから母に魔力の供給を頼んでみた。二、三日でいいからお願い、と。すると、
「あなたが造ったんでしょう? ちゃんと最後まで面倒みなさい」
との返答があった。犬の世話か。
テーゼは使用人としての仕事があるから頼みにくいし、父は魔術、魔法の方面の才能はからっきし。悪目立ちしたくないから、母の教え子に依頼するわけにもいかない。
どうしたものか。
「それにね、ファウスト。マンデイちゃんはあなたの魔力が一番好きみたいなのよ。私があげるとイヤイヤされちゃうこともあるの」
そうなの? 全然知らなかった。ていうかこの人、俺に隠れてちょこちょこ魔力をやってたな。絶対そうだ。ほらマンデイちゃん、おやつよーみたいな感じで。いよいよ犬な世話だなこりゃ。
それはさておき視力問題をどうしようか。
まず物が見えるメカニズムをちゃんと学ばないとダメだな。しかしこの世界に教材はない。その辺の生き物を捕まえてきて解剖してもいいが、なんかグロいな。俺、SAN値低めだし。
前世で小学生の頃に勉強したような気はするんだけどまったく憶えてない。勉強、しとくんだった。
俺の最終学歴、幼卒みたいなもんだしな。
今度、電気ネズミでも造ってみようかな。適性あるし意外とうまくいくかもしれない。
そんなこんなで一年が経過してしまった。
マンデイの視力はまったくない。聴力もない。
形からはいってみようと眼球や鼓膜を造ってみたのだが、それを伝達する機構がダメ。そもそも脳がないのにどこで情報を処理しているのかがわからん。とりあえず眼球と魔核を線でつないでみたが、そんなことでうまくいくほど甘くない。
情報を電気信号に変換するシステムがないことが原因かもしれない、と微弱な電気を流してみたのだが反応なし。
しかし、とりあえず歩きの問題は解決した。俺の魔力を電気に変換してマンデイの胸に流す。直接触れ続けるのは現実的ではないため、導線をイメージした魔法をマンデイにつなぎ続け、俺がみた映像をそのつど送っていくのだ。若干のタイムラグはあるものの、いまのところ困ってはいない。
二メートル以上離れると射程から外れ、マンデイが混乱して脅えるので、俺たちは常に二メートル以内にいなくてはならないのだが、それでマンデイが安心して生活できるのなら安いものだ。
マンデイはいつも俺の後ろをちょこちょこと歩いてついてきている。
この世界には魔道具や、小人たちが造りだした高度なからくり人形があるので、そう怪しまれることなく散歩もできるようになった。
俺とマンデイの間に障害物があるとうまく情報を送ることができなくなるから外を散歩する時はずっとマンデイの手を握って離れないようにしている。
マンデイは色々なものに触れ、少しずつ言葉を覚えていった。元の魔核の持ち主が賢かったのか、それともメイドイン俺の体が優れているのかはわからないが、彼女は物覚えがいい。親馬鹿じゃないよ? 本当に賢いんだ。
(あれはうま)
(そうだな。馬だ)
(これはいど)
(賢いな。正解だ)
外の散歩は最高に楽しかった。俺まで新しい世界に触れているような新鮮な気分になったものだ。
ある日、俺たちは射撃場にいた。マンデイに見せてあげたいと思ったのだ。
(すごいね)
(五号機の動きはキモいけどな)
(マンデイもいつかできるようになるかな)
(勿論さ)
(ファウストより、じょうずになるかな)
(それはどうだろうな。負けるつもりはないよ)
(マンデイもひとりで、おさんぽにいけるかな)
(そうなるように頑張るよ)
(ありがとう。ファウスト)
誰だ! マンデイをゾンビだの怖いだの言ってた奴は!
そんな奴はこの俺が許さないぞ!




