リザードマン
「ファウストさん、ファウストさん」
「どうしましたワイズ君」
「ファウストさんがの強化は動物にも出来るそうですね」
「えぇ知の世界出身の人以外にも獣、水、虫由来の生物で成功実績がありますよ」
「なるほど、では飛竜も強化できるということですね!?」
キラッキラで無垢な瞳を向けてくるワイズ君。
まぁあれだ、この人、飛竜バカだからな。当然っちゃ当然の発想か。
「可能ですよ。しかし二つの問題点があります」
「はい、なんでしょう」
「まず一つは、飛竜用の細胞がない点。個体を強くするのに使用する未発達な細胞を生成するには、元となる強い個体の体の一部が必要なんです。弱い個体の細胞だと変化に耐えられずに死滅するので。
現在僕が生成に成功したのは三種類。一つが稀代の魔術師ル・マウから採取しヒトの細胞、そして獣の代表者フューリーから取った獣の細胞、最後にこの不干渉地帯の主ムドベベ様由来のトリの細胞です。
残念ながら竜の細胞は保有していないので、何度も繰り返し打ち込みをすることになるでしょう。ワイズ君も経験したあれを何度もするわけだから結構なストレスになります。
二つ目は飛竜の知能が低い点。未発達な細胞は使用者が望む形に成長しようとします。例えば僕なら万能に、マンデイなら力強く。そして、変化する方向性はある程度限られたいくつかのパターンに収束します」
「パターン?」
「えぇ、一つ例を挙げると、先程も言ったように僕は万能な方向へと進みました。力も知能も魔法もすべて満遍なく強化されたのです。それは僕が仲間のフォローをしたい、どんな状況にも対応できる能力が欲しいと常々考えていたからなのです。
で、ミクリル遊撃隊にも僕と似た成長の兆しをみせている人がいます。ユキさんです。彼女の思考回路はたぶん、僕と似ているのです。個人での勝利よりもチームでの勝利を、チームに貢献するために自分にはなにが出来るか、そんな事ばかりを考えているのでしょう。
そこで本題ですが、知能が低い生き物は生存競争に勝つためになにを考えていると思いますか?」
「なにを? 速く飛べるように、とかですかね」
「もちろん、それもあるでしょうね。特に飛竜のような生物が種族のには飛翔能力がモノを言うので。
他にも魔法が使える種は魔法に強くなったり、耐久力がある生き物が更に打たれ強くなったりという成長が確認されたりしている。知性が低い生き物を強化した例が少なすぎるのでなんとも言えませんが、そういう個体別の成長に追加して、すべてに共通する成長の仕方があるんです。それが体の巨大化です」
「え? それのなにが問題なんですか?」
「食性や性格、嗜好が変化する可能性があります。飛竜は現在、小型の哺乳類や一部の昆虫、魚類などを食べますね?」
「時期によっては果実なども食べます」
「飛竜は姿が似た生物と比べてよく食べる方だというイメージがありますが間違いないですか?」
「えぇ、空を飛ぶ分多くの栄養を必要とするのだと思います」
「飛行する彼らはトカゲやワニよりは多くのカロリーを消費するはずだから他の爬虫類に比べて大食だろうと思います。それに飛行するのに風も操っているようですからよりエネルギー消費はより激しい。飛竜はその燃費の悪さを狩りの巧みさと雑食性でカバーしてきた生き物なのでしょう。そんな飛竜の体が巨大化したらなにが起こると思いますか?」
「人を襲う……」
「ご名答。それに知性を維持できるかという課題もあります。ゴマとハクは細胞の打ち込みで体の巨大化に加えて高い知性も獲得してくれました。しかし飛竜がそうなるとは限りません」
「そうか。残念です……」
「いやいや、不可能なわけではないんですよ? 現にゴマとハクも成功していますし。
何度も針を刺のは我慢して貰わないといけないですし、すべての飛竜を強化するわけにはいきません。管理できる位の数なら……、そうですね、乗り手の数でどうでしょう。ワイズ君に一頭、ウェンディさんに一頭」
「はい、お願いします!」
「じゃあ最も信頼できる、性格がいい飛竜を二頭選んでください。僕は可能な限り針を刺す回数を減らす方法がないか探ってみます」
そういうやりとりがあった後、飛竜に打ち込むのに適した細胞を探していたのだが、中々ない。竜に近い生物で、フューリーやムドベベ様、ルゥ並みにスペシャルかつ生物としての強度が高い個体がいないのだ。
ぱっと思いつくのは水の前代表者の水龍カトマトだが、カトマトが協力してくれる保証はない上、水の領地とは距離がある。二頭の飛竜のためにそこまでは出来ない。やっぱり何度も打ち込みをするしかないか……。
結論を出すそのまえに……。
「なぁマンデイ、ちょっと相談があるんだけど」
「なに」
「ルゥの著書の中に強い竜の記述はなかった? 生物として強い体をもった個体」
「ルゥが討伐した竜の記録があった」
「ダメだな。未発達の細胞の元となる細胞は新鮮じゃないといけないんだ」
「竜の細胞を欲しいのならムドベベの細胞を使えばいい」
「は? ムドべべ様は鳥だろう?」
「竜と鳥は生物として近い」
「いやいやいや、竜も鳥も空を飛ぶけどさ……」
「そういうことじゃない。ヒトの細胞が獣人や悪魔にもマッチした。だからムドベベの細胞も竜に合うはず。人と悪魔よりも鳥と竜の方が種として近い」
「へ?」
周知の通り、ルゥは生前、料理の研究もしていた。具体的になにを調べていたのかというと、肉の質と体の仕組みだ。敷衍して種としての在り方や、進化の過程、種としての近しさにまで好奇心が及んだ。
「で、鳥と竜が近いの?」
「近い」
「へぇ」
やっぱマンデイに聞いてよかったな。一度試してみてもいいかもしれない。
結果、デルアの面々の成長はこのようになった。
まずミクリル王子。
王子の体は順当に成長したと言っていいだろう。最も伸びたのは力。マンデイが瞬発力だとするとミクリル王子は膂力や握力、投擲力などだ。
わりと素直に物事を考える王子の性格を考えると、強力な侵略者を倒すために力が必要だ、と考えていたのだろう。近いうちに成長した彼の能力とシナジーのある武器を造ってあげよう。
弓将のルート君は感知能力の質が上がり、身体能力もわずかに上がった。リズのような魔法を使った武器を創造してあげたいのだが、ルート君は魔法の才能が非常に残念な感じなのだ。
まさかこの世界での俺の父、チンパンジー並みの才能しかないマリナスより魔法が下手な人間がいるとは思ってなかった。彼の武器を創造するのには骨が折れそうだ。リズといいジェイといい後ろで戦う系はいつも俺を悩ませる。
夜這い野郎こと闘将クラヴァンは体力が上がった。打たれ強いとか攻撃性能が上がったとかそういうんじゃなく、ただスタミナが増えたのだ。大量のスタミナを消費する強化術とは相性は良いのだが、クラヴァンがそんな深い考えを持っているとは思えない。
「なんでこんな成長をしたんだろう」
俺が呟くと。
「長い時間女性を楽しませるためじゃないですかねっ」
奴は歯をキランと光らせながらそう言い放った。
今度はもっと立派な処刑道具を造ろうと思う。
飛竜隊は、それぞれ面白い成長を見せてくれた。
ワイズ君は感覚の共有というぶっ飛んだ能力を手に入れる。もっと飛竜とコミュニケーションを取りたいと常々思っていた彼らしい成長なのかもしれない。わかりやすくいうと、マンデイなしで映像や音声をシェア出来るようになったのだ。細胞が馴染むまでの期間に、よくワイズ君は頭痛を訴えていたのだが、もしかすると体の一部、脳の一部が変化したのかもしれない。
ウェンディさんは反射神経や身体能力が上がるという比較的オーソドックスな成長をした。飛竜の乗り手として、そういう基礎能力はいくら高くても無駄にはならないから、良い成長だと言えるだろう。生真面目で優秀な彼女らしい成長だ。もし夫婦喧嘩になったらワイズ君に勝ち目がなさそうなのがちょっと気になりはするが。
飛竜はマンデイの言った通りムドべべ様由来の細胞がマッチしてくれた。ワイズ君の愛竜ミレドは若干飛翔能力が上がった程度だった。体のサイズすら変わっていない上、毒の吐息とか火のを吹くとかそういうトリッキーな変化もない。追加で未発達な細胞を打ち込んでも変化がない点から成長限界には達していそうなのだが……。
ウェンディさんの愛竜のデュカはゴマっぽい成長をした。体が大きくなり、タフになった。いかにも動物らしい成長と言える。
最も面白い成長をしたのは舞将ベルちゃんと捕虜のアレン君だろう。
まずは舞将のベルちゃんだが、実を言うと、俺はこの子がどのように成長したのかをよく観察していなかった。それどころかマンデイすらベルちゃんに注目しておらず、存在を忘れることすらあった。
これが異常な事態だと気がつき始めたのは成長も終盤に差し掛かった時だった。
未発達な細胞の打ち込みを行った個体の生命兆候や、マンデイの診察で見つけだした変化をノートに記載していたのだが、いつもベルちゃんの診察だけを忘れていた。で、呼びに行こうとすると、すぐ隣にいる。
「す、す、すいません。私の存在感が薄いから。ほ、ほ、本当にすいません」
わかりやすく上がったのは俊敏性。それも驚くような変化はしていない。
で、俺とマンデイが出した結論は、ベルちゃんは他者から認識しにくくなる能力を手に入れた、というもの。
ハイパーネガティブ少女のベルちゃんは恐らく、私を見ないで欲しい、注目しないで欲しいという願望があったのではないだろうか。その結果、陰が薄くなるという能力になった。成長した理由は残念な感じだけど、結果は最高。
ゲノム・オブ・ルゥにもベルちゃんと似たような子がいる。マグちゃんだ。二人の共通点は相手の意識外から急襲できるという点。マグちゃんとはずっと一緒に戦っていたからよくわかる。この戦法、かなり強い。
このようにミクリル遊撃隊の面々が皆いい感じの成長をする中、一人だけ残念な結果になってしまったのが捕虜のアレン君だ。
打ち込みの序盤から変化していた皮膚は、結局ウロコのようになった。固いウロコだ。力をメインに身体能力が少し上がり、体力がついた。歯が尖り牙のようになって、爪が鋭くなった。
面白い変化ではあるが、実用的ではない。体を固くしたいのなら身体強化を学べばいいし、爪や牙は武器で代用できる。
どうしてこんな成長をしたのか心当たりがあるか尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「僕の村は昔、リザードマンと戦争をして多大な被害を出したそうなんです。子供の頃からそれを聞いていたから……」
なるほど、こういう成長の仕方もあるのか。
リザードマン。水の世界由来の生物で、人とトカゲの中間のような見た目をしている。戦闘能力や狩猟能力に優れていたが、縄張り意識が強く、食性が肉食で人も餌食になっていたために何百年かまえにルゥが討伐した。
アレン君の中での強いのイメージがそれだったんだろうな。
「ま、まぁ良い成長なんじゃないかな」
「本当に思ってますか?」
「……………………。うん。思ってるよ☆」




