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短編 女性主人公

猛毒魔女は手を握りたい

 人の寄り付かぬ土地。そこは空気が腐り猛毒の泥が湧き出る沼地。そんな場所に1人の魔女が住んでいた。名をグレゴール。別名猛毒の魔女。


 その名の示す通りグレゴールは毒の魔法を操る。しかしーー毒を扱い過ぎた代償として彼女は身体は毒に染まっていた。


 黒い艶やかな髪に、しなやかな肢体。魔女故に歳をとらぬ永久なる貴婦人であったが……その体に浮かぶのは紫色の紋様。猛毒の呪印だ。


 吐く息は猛毒の霧となり、触れる手は毒蛇の口付けとなる。


 故にグレゴールが他者の温もりに触れる事は叶わない。何故なら彼女が触れたものは皆冷たくなるからだ。


 その事に対してグレゴールは悩みはしなかった。特に興味は無いし、毒こそが自分の隣人であったからだ。彼女はひたすら毒の研究に没頭した。


 ーーーーそんなある日である。








「……?」


 毒草の採取の為、沼地を探索していた時の事。グレゴールは人の気配を感じた。何とは無しに気配のする方へ向かうと其処には。


「……すー、すー」


 小さな人間の赤子が寝息を立てていた。捨て子か……グレゴールは思う。と、同時に強烈な違和感を覚えた。


 ーー何故この子供は生きている。ここは、住処である奥地よりは人里に近いとはいえ毒の沼地だ。赤子など生きていられる環境でない。なのに何故こいつは平然と寝ているのかと。


「……ふふ」


 グレゴールは赤子に触れぬよう、魔法で赤子を浮遊させ布で包み採取用の籠に入れる。


 グレゴールは捨て子を拾うような慈悲は持ち合わせていないが……何の事は無い。グレゴールは赤子の体質に興味が湧いたのだ。生まれつきのものかは分からぬがその抗毒性は興味深い。


 単純に研究のサンプルとしてグレゴールは赤子を持ち帰る事にしたのだ。


 ーーーー少なくともこの時は。


 

 


 


 数時間後。場所は沼地の奥地にある魔女の家。グレゴールの住処である。立ち込める毒の瘴気は濃くなり、普通の人間ならば対策なしに存在できる場所では無い。


 だが布を開くと赤子は変わらず寝息を立てていた。……やはり何かある。グレゴールは確信した。これを研究すれば更に毒について理解が進む。さて、どうしようか。


 グレゴールは赤子にする実験に考えを巡らせる。するとーー。


「……ぎゃあ。おぎゃあ、おぎゃあ!!」


「!?」


 赤子がけたたましい声で泣き出した。グレゴールは驚き赤子に近づく。赤子の目からは大粒の涙。


「な、何だ突然。何もしてないぞ。毒に侵されたか?」


 なんて事は無い。赤子はおしめが気持ち悪くなり泣き出しただけなのだが……グレゴールは知る由もない。


「??」


 泣く赤子を前にグレゴールはどうする事も出来ない。


 今まで泣き叫び許しをこう敵を冷たい亡骸にした事は数え切れないが、泣く赤子をあやした事などないのだ。


 加えて下手に触れて仕舞えば赤子を殺してしまうかもしれない。グレゴールの手は猛毒なのだ。


 せっかく拾った貴重なサンプルだ。殺すのはもったいない。


「おぎゃあ、おぎゃあ!!」


「く、くそ。黙れっ」


 グレゴールが赤子を泣き止ますのにその後、数刻の時間を要した。これは彼女がどんな強敵を殺すよりもかかった時間であった。








 ーーこの日を境にグレゴールは赤子の世話に追われる事となった。直に触れる事は出来ず、慣れない赤子の世話はどんな敵よりも手強い。


 勿論並行して実験は行った。


「今日はこれを試すか。これなら致死量ではないしな」


 赤子に対して毒を与える人体実験ーーーーとは言え簡単に死なれては困る為、慎重に。毒物を食べても死なないように慣らしたり。


「勝手に死なれては困るからな。これだけは覚えておけよ」


 読み書きが出来るようになったら不注意で勝手に死なぬ様に沼地の毒物の知識を教えたり。


「お前はサリュだ。……ふふ、何喜んでいるんだ?」


 名が無いのは呼ぶ時不便な為、グレゴールは拾い子に名を付けた。名をサリュ。古の猛毒魔獣と同じだと教えるとサリュは無邪気に喜んだ。


「グレゴールさん。僕に毒について教えて下さい」


「……ふぅん。殊勝な心がけじゃないか」


 少年へ成長したサリュは進んで実験体になりたいとグレゴールに言い、その為に毒の知識の伝授を請う。受ける側が知識があった方がより分かりやすい実験結果を得られると。


「お前はお人好しだな」


 サリュは毒を掛けるより、解毒や抗毒に興味を示した。グレゴールも毒を使った脅迫など、駆け引きの為に解毒を使う事はあったが……どうもサリュは人を救う為らしい。グレゴールは甘ったれと呆れたが、別に咎めはしなかった。


 何より、楽しそうに研究を報告するサリュの姿は見ていて悪くなかった。



 こうして2人は共に過ごしていった。2人が直接触れ合う事は無かったが……側から見たらそれは幸せな日々だっただろう。


 グレゴールはサリュに知識を伝授する。サリュの覚えは良く、めきめきと知識を学んでいく。


 そんなサリュを見てグレゴールにいつしか実験台以上の感情が芽生えていた。ーーーーだからこそ。グレゴールは思った。この関係は終わりにしなければ……と。





 ■ ■ ■ ■






「サリュ、食事にしよう」


「はい、グレゴールさん」


 グレゴールとサリュはテーブルを挟み食事を取る。今日も研究で忙しかった1日だ。でも、一緒に入れるから良いとサリュは感じる。


 グレゴールはその毒の腕を買われ、戦いに赴く事が多々ある。毒の密売。暗殺など黒い仕事だ。


 サリュは別にその事に対してどう思う事はない。グレゴールが快楽殺人者ではないのは分かっていたし、こうする事でしか生きられない事をサリュは理解していたからだ。


 2人でスープをすする。サリュは2人の時間が1番好きだった。


「……なあサリュ。お前を拾ってもう15年か」


「え。な、何ですか突然」


 突然の問いにサリュは驚く。というのも魔女の生きる年月は長い。グレゴールが幾つかサリュは知らないが、かなりの年月を生きている事は分かっていた。それこそ15年など些細な事ぐらいは。


「……お前も一人前……迄とは行かないか。3分の2人前くらいにはなったな」


「な、何ですかそれは」

 

 グレゴールが褒め言葉を言うのは珍しい。だからサリュは気恥ずかしかった。サリュを見つめるグレゴールの紫色の瞳がいつになく優しくーーーー悲しそうだった。






 ーーーーサリュの視界が揺れた。


「……っ?!」

 

 ぐにゃりとサリュの視界が歪む。何だこれは。……毒か? 飛びそうな意識を堪え、サリュはグレゴールの意識に耳を傾ける。


「すまないサリュ。お前は用済みだ。本日を持って実験を終了とし破棄する」


「なっ……グレゴ……ル」


 それを最後にサリュの意識は途切れた。




 ■ ■ ■ ■




 

 グレゴールはサリュに生きて行くのに困らない金貨を与えて放り出した。互いはもう一緒に生きていけない。何故なら自分の毒がサリュを蝕んでいたからだ。


 サリュには生まれつきの抗毒性があったがそれは所詮人間の中の異能だ。猛毒の魔女と長く過す事には耐えられない。


 15年共に過ごす。これでもかなりの僥倖だ。だが、限界は来るのだ。


 サリュは気づいてないが、このままでは死ぬだろう。今ならまだ間に合う。だが、あのお人好しの事だ。きっと直すとか言い出すだろう。そんなのはごめんだ。


 それにサリュは私と過ごしていては幸せになれない。あいつは頭は良いし顔も悪くない。あいつは直したがりやだし私の教えた知識があれば、外の世界で幸せにやっていけるだろうーーーーあれ、何でこんな事を。あいつはただの実験台だった筈。


 そうだ、ただの実験台なんだ。グレゴールがそう自分に言い聞かせ、サリュの前から姿を消した。

 



 その日、グレゴールは元の住処から逃げる様に離れた。そして、何かを忘れる様に仕事、研究に没頭した。












 ーーーー20年後。





「……やっ……てしまった……か」


 グレゴールは死に瀕していた。戦いに敗れたのだ。皮肉にも限界まで弱った身体は自らの毒によってトドメを刺されようとしていた。もはや、自分の毒すら制御できない。


 最後の力を振り絞り、命からがら逃げ伸びたのはーーーーかつていた毒の沼地だった。今の体では余計死を進めるだけなのに何故ここへ……グレゴールは無意識に歩みを進めていた。


 そしてかつての住処にたどり着き、グレゴールは倒れる。ああ、懐かしい。……ふふ、たった20年で懐かしいか。魔女の私が。グレゴールは自著気味に笑う。


 そういえば、あいつは元気かな。ちらほらとお人好しで危ない目に合う解毒士の噂を聞いていたがもしかしたらアイツかもしれない。お人好しな奴だ。


「……」


 命の火が消えるのをグレゴールは感じる。ここまでか。無駄に長い命だったが毒で死ぬのは私らしい。悔いはない。グレゴールはゆっくり目を瞑る。


 ーーーーいや、願うなら一つだけ。彼に触れたかったな。







































「…………」


 どれくらい経っただろうか。目を開けるとベッドに寝ていた。グレゴールは困惑する。生き……てる?


「おはようございますグレゴールさん」


 声のした方へ顔を向けるとすぐ横に居たのは見知らぬ男ーーいや、誰かに似ている。まさか。


「サリュ……か?」


「はい、お久しぶりです。グレゴールさん」


 其処には成長したサリュが居た。突然の事にグレゴールは言葉が出ない。だが、それ以上にある衝撃的な事に気付いた。


「っ?!」


 サリュがグレゴールの手を握っていた。素肌と素肌が触れ合っていたのだ。グレゴールは咄嗟に払いのけようとするが、サリュは掴んで離さない。


「お、お前?!」


「大丈夫です。……グレゴールさんの体の毒は全て解毒しました」


「……は?」


 グレゴールは呆気に取られる。解毒? 私を? しかし、自らの体に目を向けると、毒の紋様が綺麗に消えていた。


「……ずっと研究していた甲斐がありました」


「……っお、お前!」


 サリュと突然の再開。解毒。触れ合っている。その信じられない事実の数々にグレゴールの感情が溢れ出した。


「お前、教えただろ! 危険だって! 死ぬかもしれないんだぞ! だから、私は、私は!」


「……僕の為に、僕をグレゴールさんから遠ざけたんですよね」


「っ」


 不意を突かれてグレゴールはおし黙る。サリュは続ける。


「一緒に居れば僕は死んでしまうと。……でもあの頃の僕ではどうする事も出来なかった。だから、必死に研究しました。グレゴールさん……貴方の元へ戻る為に」


「それに……ずっと貴方に触れたかったんです」


 サリュはグレゴールの手をぎゅっと握る。昔と比べて逞しくなった手。沼地で捨てられていた小さな手。


「僕を救ってくれた貴方に温もりを返したかった……それがようやく出来ました」


「……ほんとうっにお人好しだね」


 グレゴールはそう言い、サリュの手を握り返した。


「でも、暖かいよ……サリュ。私もずっとこうしたかった」


 繋いだ2人の手をグレゴールの涙が静かに落ちていった。




 


 

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